- 所属:倉敷成人病センター
- 役職:副院長・内視鏡手術センター長
- 氏名:安藤 正明 先生
- 専門分野:婦人科(腹腔鏡手術の第一人者)
婦人科腹腔鏡下手術 婦人科悪性腫瘍手術・化学療法
- <経歴>
- 1980年 自治医科大学医学部卒業
- 1986年から倉敷成人病センター勤務。
- 北京首都医科大学客員教授、Thai-German Multidisciplinary Endoscopic Training Center 客員教授
- 慶應義塾大学産婦人科客員教授、京都大学医学部臨床教授、大阪大学医学部臨床教授
- AGES(Australian Gynaecologic Endoscopy Society)名誉会員、西安交通大学医学院客員教授
- 復旦大学 客員教授、三重大学客員教授 を歴任。
- <所属学会名及び役職>
- 日本産婦人科内視鏡学会常務理事、日本産婦人科手術学会理事、日本婦人科腫瘍学会評議員、
- International Advisory Board: Society for Laparoscopic Surgeons (USA)、日本産婦人科学会、
- 日本産科婦人科手術学会、日本内視鏡外科学会、日本婦人科腫瘍学会、エンドメトリオーシス学会、
- 日本癌治療学会、Association of American Gynecologic Laparoscopists
若い医師へ向けたメッセージ
専門分野の魅力
今回、婦人科の腹腔鏡手術についてお話したいと思います。私は1997年比較的遅くなってから腹腔鏡を始めました。パイオニアといった立場ではないのですが、比較的多くの腹腔鏡手術に接する機会、また国内外の多くの学会を経験する機会がございました。これからいろいろな事を学んで行かれる若い先生方にこれらの経験やそれに関連し感じたことをご紹介したいと思います。
言うまでもないことですが手術療法は疾患の治療の法の一つであり、手術でしか治らない疾患が数多く存在しているため極めて重要な治療手段となっています。短期間に治療経過に大きなインパクトを与え、一気呵成に患者さんの疾患や苦痛を取ってしまうことができる手術療法は医療者にとっても非常に魅力的な治療手段です。また、手術でしか成し得ない治療も多く存在します。
たとえば私の属している婦人科領域においては悪性腫瘍手術(子宮頸癌、子宮体癌、卵巣癌)、良性腫瘍(子宮筋腫・卵巣嚢腫)先天奇形、性器脱など大半の疾患が手術療法の対象となります。
一方、手術は病気の治療のためとはいえ、人為的に患者さんの体に傷を付け大きなダメージを与えることになってしまうのですから、術後の苦痛が強かったり、回復が遅かったりするのは非常に悩ましいことです。また合併症も起こりうる負の要素であり患者さんにひどい苦痛を与えることになってしまいます。
これらの手術療法の負の要素を軽減させるアプローチ法がMIS(minimally invasive surgery)であり、現在その中の大半をしめるのが内視鏡手術です。いままで内視鏡は主に内科領域で主に診断の手段として用いられてきました。
外科手術は近代外科学の発展以後、4半世紀前まで、従来手術は大きく開腹して行われて来ました。手術内容は先人達の努力により、改善されてきましたが、体腔内へのアプローチ法としては革新的な変化がありませんでした。大きな開腹が必要であった時代が続きました。当時は“The great surgeon, the great incision.”といわれており、また私が医師になった頃も名外科医ほど切開創が大きいといわれていました。標的の内臓に到達する為には体表に切開を入れ腹壁を切り開く必要があり、周辺臓器との位置関係の把握や術野の展開、作業のし易さなど大きな切開創が圧倒的に有利だったのです。婦人科で行われる子宮頸癌の広汎子宮全摘では臍上まで、体癌で大動脈周囲のリンパ節郭清が必要な例にいたっては剣状突起まで切り上げることになり長大な開腹創が必要とされていました。病気との闘いとはいえ患者さんの術後の苦痛は大変なものでした。
体腔内へのアプローチ法に関してはこのように過去大きな変遷のなかった外科手術ですが、この20年間で大きな変貌があり、また新たな科学技術の進歩に伴い医療界にも新たな潮流が生まれてきています。また、ここ5年間は更なる低侵襲化を図ったRPS(reduced port surgery)が登場しています。これは腹腔鏡手術の進化型で、たとえば臍底の2.5cmの切開創1点から行う単孔式腹腔鏡手術、また複数の穿刺孔(ポート)が必要だが細い器具を用いる細径腹腔鏡(ニードル・ラパロスコピー)などが登場しました。他にもロボット(da Vinci)を用いたロボット腹腔鏡手術も急速に広まりつつあります。これらに関連して新たな手術手技も生まれつつあります。ものすごい勢いで変化がおこりつつあります。近年発達した内視鏡手術はまさに革命的な治療手段であり、この医療における技術革新はまさに江戸末期の黒船来港に匹敵するものといえるでしょう。黒船の来港以来突然の文化と科学技術の変革が起こりましたが、多くの有志が粉骨砕身して新しいコンセプトを取り入れた歴史は皆さんご存じでしょう。現代も外科医にとっても新たな手術技術を習得するための努力が必要となっています。従来の外科解剖の知識や剥離、縫合、結紮と行った技術の他に、専門技術が必要となり体腔内の器具の操作法や新たなエネルジー・デバイス(進化型電気メス・超音波メス)の知識も要求され、細長い器具を用いての体腔内での剥離、縫合、結紮など新たな作業環境に慣れるため相当なトレーニングが必要となります。現在、日本内視鏡外科学会や日本産婦人科内視鏡学会など国内全体の内視鏡手術技術の向上を目的にその知識と技術を評価して技術認定を行い、資格を与える制度を作っています。少し高いハードルかもしれませんが、やる気のある人には返って常に刺激され技術の向上には有利と思います。MISは科学技術の発展とは切っても切り離せない関係があり、現在新たな機器の開発をめざして医学部と工学部など産学連携が行われておりこれが次の世代の治療をになうことになるでしょう。
醍醐味
内視鏡手術は本来侵襲の大きい手術がより低侵襲に行えます。患者さんが病気から解放され、早期に回復し日常生活に戻って行かれる姿をみると大きな喜びを感じます。たとえば子宮筋腫の子宮全摘を要した患者さん(3mm径本と2mm径2本の超細径内視鏡手術で手術を行った方ですが)、私が翌日部屋を訪問し診察した後退出し廊下を歩いていると小走りに走って来られ一緒に写真を撮りましょうとおっしゃいます。これには居合わせた担当医や看護師もちょっと驚きました。従来の開腹手術では考えられないことです。
低侵襲手術は大きな手術ほど差が大きく出ます。特に従来非常に大きな侵襲であった癌の手術では、開腹では10日寝たきり、1週間まともな食事が出来ないなどが当たり前の経過でした。このようなケースも腹腔鏡手術では翌日歩行と常食摂取が可能となります。先日も大動脈から骨盤までの広汎なリンパ節切除を受けられた74才の高齢の子宮体癌の患者さんがおられましたが、翌日座って笑うほどの余裕があるなど執刀医が驚くほどです。従来なら2週間ほぼ寝たきりだったでしょう。患者さんが回復して元気になっていく姿を見るのは外科系の医師にとっては大変な喜びです。ましてこれが予想されたよりも遙かに早く回復するとなるとどうでしょう?
新しい技術は学会でも大きく取り上げられこれを学習していく機会が数多くあります。国内でも海外でも多くの腹腔鏡手術関連の学会が開催されています。これらに参加していますと目的を同じくした他施設の医師との交流も多くなり、他施設の手術法を学ぶ機会も多くなります。私自身も腹腔鏡を開始して海外国内の学会あるいはワークショップなどで多くの友人ができました。親友ともいえる友人も多くでき、貴重な財産と考えています。腹腔鏡手術は従来の開腹手術と異なり、体腔内の手術映像がビデオカメラシステムに記録されていますので、明確に手術内容を観察し手技を学ぶことができます。腹腔鏡という技術や関連した知識を通して一施設内の縦割りの人間関係と異なり、横への繋がりが拡がり施設間の交流がより活発となっていることを実感しています。
専門分野の発展性、将来性、課題
今まで述べて参りましたとおり、この20年で婦人科の手術は大きな変化がありました。たとえば子宮全摘術に関しては、従来開腹と膣式が行われてきました。
これが1990年代初頭から腹腔鏡手術が導入されはじめ、除々に広まりつつあります。傷がめだたない整容性の優位性はもちろん痛みや回復も著しく改善し、入院期間は半減し、早期の社会復帰が可能となりました。腹腔鏡手術の歴史は1886年にさかのぼります。蝋燭を用いた内視鏡を用いいイヌの体内を除いたのが始まりとされ、その後人体に適用され、エジソンの白熱灯、気腹装置、光学機器の発達により除々に進化してきました。
私自身が学生のころは現在のようにテレビカメラを用いモニター上で術野を観察するのではなく、望遠鏡のように片目で直接スコープを覗き込むシステムでした。複数で観察する場合teaching scopeを付けて検査をおこないます。診断のため観察が主な目的で、体腔内の操作は単純な操作に限られ、せいぜい生検あるいは卵管の焼灼などでした。これがテレビカメラとビデオモニターの登場により一転します。術者と助手が共通の映像を共有できることになったため、助手が手術に参加することが可能となり複雑な手術操作が出来るようになったのです。手術手技と機器の発展のためほとんど開腹術と同様の操作が可能となりました。さらに操作器具の太さも10mmから5mmに細径化され、最近では3mm 2mm など極めて細い器具(needle laparoscopy)も使用が可能となっています。
当然のことながら今後も低侵襲手術はさらに進化し続けるでしょう。現在胃や膣から腹腔に入り、体表に全く傷をつけないで腹腔内の手術を行うNOTES:(normal orifice transluminalsuergery=経管腔内視鏡手術)が研究段階ですが一部臨応用をされています。体腔内で移動し手術を行う極小の治療用ロボットの開発もされており、急速に新たな技術が導入されていくでしょう。それに伴い医療従事者とくに治療チームを牽引していかなければならない、外科医は新たな知識の収集やトレーニングによる技術の習得が必要とされるようになると思われます。
研修医の頃に学んだこと、一番重要だと感じたこと
私が研修医のころは現在では当たり前となっていますが、この頃では異例の2年間の多科ローテート方式の研修でした。当時は直接外科・内科・婦人科など専門科に入局するのが普通であり、卒業したての私の感覚では遠回りを余儀なくされ、若干のあせりを感じていました。このため常に手術の技術を磨きたいというハングリーな状態になっていたと思います。モチベーションを維持できたのもこのような経緯があったからかもしれません。私が実際に腹腔鏡手術を開始したのはかなり遅く43才の時です。この年齢で始めても可能なのです。1997年に開始してから新たな手術法に挑戦しそれまでの開腹術をほどんど腹腔鏡下に再現できるようにし、その後も新たな術式を開発して導入していきました。いまでは私の施設では年間1300件の腹腔鏡手術を行っており、国内のみでなく海外からも多くの専門医が手術見学に訪れています。私自身いまでも月水金土は週4日間、一日5-6例の腹腔鏡手術を行っています。また海外を含めた他施設で手術を行う機会も多くあり、講演学会発表も年間80件以上行っています。ここで最も重要となるのは体力です。読者の方々には健康の維持と体力の増強を図っていただきたいと思います。
研修医、これから医師になる際に必要な心構え
新たな技術の習得には困難が伴います。トレーニングの期間いつも満足のできる操作ができるとはかぎりません。しかし努力を続けている限り、進歩しつづけているのです。「継続は力なり」投げ出さないで続けていくことが最も重要ななことだと考えています。