世界水準の眼科治療をローコストで実現する方法(17:27)
講演内容の日本語対訳テキストです。
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こんにちは。今日皆さんと共有したいのは、人類の苦難を取り除く方法についてです。ベンカタスワミー医師の物語をお話ししましょう。彼の使命と理念はアラビンド・アイケア・システムに関するものです。まずは盲目が何を意味するかを理解することから始めましょう。
女性:仕事を探しましたが、全て断られました。私達盲目の女性は一体何の役に立つと言うのでしょう? 針に糸も通せないし、頭に付いたシラミも見えない。ご飯に蟻が入っても見えません。
失明によって人は視力を失うだけでなく、生計を立てる手段や人間としての威厳、そして― 自立した生活や家族内での地位までも奪われてしまうのです。彼女は、何百万人のほんの一例にすぎません。さらに皮肉なことに、その多くは本来回避できるものなのです。
シンプルで先進的な眼科手術によって、何百万人もの患者の視力を取り戻すことができます。眼鏡のような一層シンプルな手段でも、さらに何百万もの視力が回復します。私を含めて皆さんの中には、眼鏡のおかげでより生産的な生活ができている人は沢山居るでしょう。それと同じように、インドでは5人のうち1人が眼科治療を必要としており、総数は2億人にのぼります。その中で治療を受けた患者は、未だ10%にも達していません。
この現実こそが、アラビンド・システムが生まれた背景なのです。30年程前、ベンカタスワミー医師(通称ドクター・V)は、退職後、無資金で新プロジェクトを立ち上げました。彼は資金調達のために老後の貯えを抵当に入れ、融資を受けなければなりませんでした。それは時を経て、タミル・ナードゥとポンディシェリーの2つの州にまたがる5つの病院から成るネットワークとなりました。それに加えて、ビジョン・センターと呼ばれる施設をいくつか設置し、ハブ・アンド・スポークモデルを作りました。直近では、我々はさらにいくつかの病院を、他の州にも設置し、また国外にも同様に設置を始めています。
過去30年の間に、我々は約350万人の眼科手術を執刀しました。その大多数は、貧困層の人々です。現在では、毎年30万件の手術を行っています。アラビンドでは通常、一日におよそ1,000件の手術を行い、6,000人の患者を診察をする他、医療チームを農村に送り。治療が必要な患者を病院に搬送し、遠隔診察も行います。また、研修医と眼科助手のトレーニングも行っています。彼らは将来アラビンドの人材となるのです。
トレーニングは毎日何度も繰り返すので、成果を上げるために、モチベーションを保てるよう配慮します。このシステムが実現したのは、ドクター・Vが導入した基本構造のお陰、すなわち― 価値体系や効率的な医療提供のプロセス、そして革新的な組織文化のお陰なのです。
農村出身の私は、村人と向かい合って座っていました。ある日突然、彼の内面と対話するようになり、彼と一体化したように感じたのです。彼の心は純粋に私を信頼しています。“先生、私はあなたが言うことを全て受け入れます” “絶対的な信頼を寄せています” “ですから、先生はそれに応えてください”― 私を信頼している人の為にも最善を尽くさねばなりません。人は、精神的な意識の中で成長する時、自分が世界の一部であることに気付く。ゆえに、搾取は存在しないのです。我々が助けるのは自分自身であり、我々が癒すのも自分自身である。
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極めて倫理的で患者中心の組織と、それを支えるシステムは、この彼の言葉によって支えられています。しかし現実においてはサービスは効率化されなければなりません。そして奇妙に思われるかもしれませんが、彼はマクドナルドから発想を得たのです
マクドナルドのコンセプトは単純です。世界中の人々を、世界中のあらゆる場所で、宗教や文化やその他の違いに関係なく一様に訓練し、同じ方法で製品を生産し、世界中どこでも同じ方法で提供することができると考えているのです。
彼はマクドナルドの話ばかりしていたんだ。何を言っているのか我々にはさっぱりわからなかったよ。彼が実現したかったのは、効率的な眼科治療のメカニズムを備えたフランチャイズだったんだ。マクドナルドのようにね。
もし、同じ方法で、同質の治療を提供できる眼科治療のプロセスを作り出し、人々が世界中のあらゆる場所で治療を受けられるようになれば失明は根絶できるのです。
眼球を例に挙げましょう。眼球は人類みな同じです。アメリカ人も、アフリカ人も、病気の症状は同じで治療法も同じです。しかし、サービスや治療の質に大きな差があるのは何故でしょう。これは、我々が医療提供システムをデザインする際の根本的な問いです。そして勿論、大きな問題もあります。我々は何百万人もの患者を治療したいのですが、その為の財源は非常に少ない。その上、物流や適正価格に関する問題もあります。
我々はたえず革新しなければなりませんでした。初期の革新で、現在でも続けているのは、問題に立ち向かうコミュニティの中に所有意識を創出することです。そして、パートナーとして協力し合うのです。一例を挙げましょう。これは組織されたばかりのコミュニティー・キャンプです。コミュニティの人々によって組織されました。まずは場所を決め、ボランティアを組織して、我々が診察します。そして、医師が診察で問題を見つけると、さらにどのような検査が必要かを判断します。これらの検査は、視力や緑内障の検査を行う専門家が担当します。
そして、全ての検査結果をふまえて医師が最終診断を下し、治療方針を示します。患者に眼鏡が必要な場合には、その場で処方されます。― たいていは木の下で、鏡のフレームは自分で選ぶことができます。これは非常に重要な点です。なぜなら、眼鏡は、視力を助けるだけではなくファッションの一部でもあるので、彼らはお金を出すのです。眼鏡は20分ほどで手に入ります。また、手術を望む患者は相談を受けた後、待っているバスに乗り込んで病院へと直行します。
このような戦略とサポートがなければ、このような人達が眼科のサービスを受ける機会はないでしょう。緊急時にはなおさらです。翌日、患者は手術を受けます。1-2日を病院で過ごした後、またバスに乗り込み、家族が待つ村へと送り届けられます。
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これは、毎年何千回も実現しているケースです。とても効果的なプロセスで、多くの患者を診察してきたことは、感動的に思われるかも知れません。しかしよく考えてみると、我々は、問題を解決できているのでしょうか? 我々は研究し、科学に基づいて実践しましたが、大変驚いたことに、実際には目標の7%にしか達していなかったのです。我々はより大きな問題を適切に扱うことができていませんでした。
新しい何かが必要でした。そこで、初期眼科センター、ビジョン・センターと呼ばれる施設を立ち上げました。オフィスは完全にペーパーレス化していて、カルテ等も全て電子化されています。患者はここで、総合的な眼科診療を受けることができます。シンプルなデジタルカメラを網膜カメラに改造して、どの患者も医師の遠隔診療が受けられるようにしました。
これらの効果はというと、初めの1年以内に市場の40%まで浸透したのです。人数にして5万人を超えます。2年目には75%に上昇しました。我々は、プロセスをつくる過程で市場に切り込み、治療を必要とするすべての人に手が届くようにしたのです。そしてテクノロジーを使ったプロセスの中で、ほとんどの人が、病院に来る必要はないことも明らかになりました。
では、彼らはどれだけの費用を支払うのでしょう? 治療費は、次回の病院までのバス代を考慮して金額を固定しています。彼らが支払うのは20ルピー(約35円)だけです。
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もう一つの挑戦は、どうしたら患者にハイテクで先進的な治療やケアを提供できるかということです。我々がデザインしたバンに衛星通信システムを搭載し、患者の画像を病院に送れるようにしました。病院で診断が下され、村で待っている患者に結果が送られます。出力された診断書は患者の手に渡り、今後の処置について相談することができます。医師の診察を6か月も待つ必要はありません。テクノロジーの力が患者と医療をつないだのです。
この衝撃は、市場成長の本質でもあります。なぜなら、非顧客層に注目して、彼らを顧客化することで著しい市場成長を成し得たのです。
また、眼科医が不足する状況下でいかに効率を上げるかがポイントです。このビデオは手術の様子です。ご覧のとおり、向こう側に次の患者が待機しています。そして、一人目の手術が終わったら、顕微鏡を動かすだけでいいように、手術台の位置は調整されています。このような工夫をすることで、手術の執刀数は4倍以上に増やすことができるのです。
そして、手術をサポートする確かな労働力も必要です。農村の少女達を雇います。組織の背骨となる人材です。彼女達はルーティンワークのほとんどを行います。各々に担当を持たせると、非常によい仕事をします。その結果、非常に高い生産性を実現しました。しかも高品質で、かつ大変ローコストです。一連の工夫によって、我々のスタッフの生産性はほかのどの病院よりも著しく高くなったのです。
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見づらい表ですが、この表でお伝えしたいのは、治療の質について確かな品質保証システムを導入している点です。その結果、術後の合併症発症件数は、イギリスで報告された件数をはるかに下回っています。この数値は稀にみる低さです。
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難問の最終章は、どのように財政的に自立させるか、ということです。特に、患者が費用を払えない場合に、我々の病院では、多くの患者を無償で治療を施し、払える人には地域毎のレートで支払ってもらいます。大体は通常よりだいぶ安いです。我々は、市場の非能率性に助けられています。今でも救世主です。もちろん、余剰資金を寄付したいと申し出てくれる人もいます。
その結果、数年の間に支出が大きく増えました。また、収入も大幅に増え、病院経営に健全なマージンを与える一方で、大勢の患者を無料で治療できています。絶対値で考えると、昨年 我々は2,000万ドル以上を稼ぎ、1,300万ドルを消費しました。EBITA収益率は40%超です。
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しかし、本当に世界から失明を根絶したいのならば、我々がこれまで行ってきた以上のことが要求されます。我々がしたことは、実に直感に反したことです。我々は自身のために競争を作り出し、ローコストな消費をつくることで眼科治療を可能にしました。我々は、率先して組織的にインドの多数の病院やその他の国でこのようなやり方を促進しました。その影響はというと、我々がコンサルティングを行った病院では、その翌年2倍の生産性を実現しました。同時に、経営財政も再建しました。
また別の問題として挙げられたのは、技術面のコスト増加にどのように対処するか。という点です。かつて、手術で使う眼内レンズの価格交渉が決裂したことがありました。そこで我々は独自のレンズ製造ユニットを立ち上げ、大幅なコストカットを実現しました。始めた際の2%の価格にまで下げたのです。今日、このレンズは世界市場の7%のシェアを占め、120以上の国々で使われています。
結論として、我々の取り組みは世界的に通用することなのか? それともインドや途上国に限られるのでしょうか? これを説明するために、イギリスとアラビンドを比較しました。ご覧の通り、我々はイギリスが年間に行う手術の50万件の約6割にあたる数の手術を行っています。およそ30万件です。また、我々は、年間50名の眼科医を教育します。イギリスでは70名です。教育や患者ケアの質は同等です。お分かりの通り、我々は本当に同じ土俵に居るのです。では、コストはどうでしょうか(笑)
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理由は簡単です。イギリスはインドではないからです。他にも理由はあるとは思いますが、他の側面も見なくてはなりません。おそらく 、高コストの解決策は、多産性や仕事の能率、臨床プロセス、レンズや消耗品にどれだけお金をかけているか、規則や防衛訓練――こういったものの中にあります。これを解読することで、先進国に答えがもたらされるでしょう。そうすれば、アメリカではオバマ大統領の支持率が上がるかも知れません。
(笑)
他の視点では――これは皆さんに託しますが、問題が非常に大きかったり、すべての経済層をまたいでいたり、良い解決策を持っている場合、私がお話したプロセス――生産性 品質 患者中心のケア――の3つが答えをくれるでしょう。この方法論が応用できるものは沢山あります。歯科、補聴器、産科など実際に活用されている事例は沢山あります。しかし、おそらく最も難しいのはソフト面です。
どうしたら「思いやり」をつくれますか? どうしたら問題を自分のことのように感じ、それに対して行動してもらえるでしょう? 難しい問題です。しかし、聴衆のみなさんは解決策を見つけられるはずです。
それでは、私の話はこの言葉で締めくくることにします。
『人は精神的な意識の中で成長する時、自分が世界の一部であることに気づく。ゆえに搾取は存在しないのです。我々が助けるのは自分自身であり、我々が癒すのも 自分自身である』
ありがとうございました。
インドの革新的なアラビンド・アイケア・システムは、何百万人もの眼病患者の視力を回復しました。
コスト削減と同時に医療の質を向上させるための独創的なアプローチと、このシステムが全ての人的サービスを再考するきっかけとなる理由について、地域眼科医療研究所(LAICO)責任者のトゥラシラジ・ラヴィラ氏が語ります。