臓器の培養(17:52)
講演内容の日本語対訳テキストです。
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これは、ハーバード大学医学部の図書館に飾ってある絵画です。初めての臓器移植の様子が描かれています。ジョー・ミュレーの様子が伺えます。そして、後ろの部屋には、ハーバードの泌尿器科科長であるハートウェル・ハリソンが腎臓を摘出している様子が描かれています。実に、腎臓こそが、人間に移植された最初の臓器なのです。
それは1954年のことでした。55年も前の話です。我々は、何十年も経った今も同じ難題に挑戦しています。もちろん、たくさんの医学的進歩があり、たくさんの命が救われました。しかし、私たちは重大な臓器の不足に直面しています。臓器移植の順番を待つ患者はここ十年で2倍に増えています。その一方で、臓器移植の手術数はほとんど増えていません。これは高齢化が関っているためで、寿命が延びているからです。医学の進歩によって、私たちは長生きできているのです。しかし、私たちが年を重ねるとともに、私たちの臓器は衰えてゆくのです。
これは、私たちに課せられた難題です。臓器だけではなく組織も衰えて行きます。膵臓の移植や、パーキンソン病を和らげるための神経の移植に挑戦しています。これらには重大な問題が伴います。驚くべき統計データがあるのですが、30秒に1人の割合で、体の一部を再生させたり移植をすれば助かる患者が亡くなっているのです。では私たちに何ができるのでしょうか? 今晩は幹細胞についてお話しています。それこそ私たちが取るべき手段なのです。しかし、幹細胞治療を臨床応用するには長い道のりがあります。
私たちの体を再生させられたら素晴らしいと思いませんか? もし 私たち自身の体の力を活用して、回復させることが実際にできたら素晴らしいと思いませんか? これは、日常からかけ離れた概念なのではなく、実は地球上で日々起こっていることなのです。これはサンショウウオの写真です。サンショウウオはこのように驚くべき再生能力を持っています。ビデオでご覧になっているのは、損傷したサンショウウオの足です。実際に、サンショウウオの足が数日のうちに再生する様子を、時間を追って撮影した写真です。瘢痕ができているのが見えますね。瘢痕の部分から新たな足が伸びてきます。
サンショウウオにはこのような事が出来るのです。なぜ人間は再生機能がないのかと思うでしょうが、我々も再生する力をもっています。皆さんの体にはたくさん臓器があり、それぞれの臓器には、傷ついたときに働きだす細胞群が備わっており、休みなく働いています。皆さんが年をとるにつれて、皆さんの骨は10年ごとに再生されています。皆さんの皮膚も2週間ごとに再生されています。皆さんの体は常に再生され続けているのです。体が傷ついたとき、その再生の挑戦が始まるのです。怪我をしたり、病気になると、まず体は傷や病気がほかの部分に広がらないように封じ込めようとします。体の他の部分へ感染が広がらないよう封じ込めようとします。それは、臓器であれ皮膚であれ、最初の反応は外部と遮断するために瘢痕組織がつくられます。ではこの傷を封じ込めようとする力を利用する方法はあるのでしょうか? 現に、高性能な生体材料を用いて実用化されているのがその一つです。どのように役立つのか見てみましょう。左の写真は損傷した尿道です。これが膀胱から体の外につながる管です。このように傷ついています。まず、その高性能な生体材料を『橋(ブリッジ)』のように利用できることを発見しました。ブリッジをつくり、外部の環境から封じ込めることができれば、体内で再生させた細胞にブリッジを渡らせて、尿道をたどらせることができるのです。
これがその様子です。これが、私たちが実際にこの患者の治療に用いた高性能の生体材料です。左に見えるのは損傷した尿道です。中央に示している生体材料を用いました。そして 6ヶ月後…右に見えるのが、再生された尿道です。短い間隔に限ってだけですが、私たちの体は再生できるのです。1cmまでしか再生できないと言われています。高性能生体材料でも1cmまでしかカバーできないのです。
私たちは短い間隔であれば再生することができるのです。より大きな臓器が損傷した場合、どうすれば良いのでしょうか。組織の損傷が1cm以上の場合、どうすれば良いのでしょうか? このような時には細胞の出番です。ここで取る戦略は次のようなものです。患者が臓器に問題を抱えて来院します。その患者の臓器から一部を採取します。切手の半分以下の大きさです。そして組織を細かく切って、基本的な成分を観察し、患者の細胞を取り出して患者の体外で培養させます。そして、ここで臓器の骨組みとなる物質を用いるのです
裸眼では洋服の切れ端のように見えますが、実はこの物質はきわめて複雑で、体内に入ると分解されてしまいます。数カ月後には分解されてしまいます。つまり、細胞を適切な場所に行き渡らせるためのみ働くのです。体内に細胞を運んで、新しい組織を再生できるようにします。そして組織が再生されると骨組みは消えてしまいます。
筋肉に施した方法をお見せします。これは、筋組織の一部とその構造のつくり方を示しています。細胞を取り出し増やした後に細胞を骨組みに乗せ、その骨組みを患者の体に戻します。しかし、その骨組みを患者の体に戻す前に、できたての筋肉に運動をさせるのです。筋組織が患者の体内で本来の動きができるように運動させておくのです。その運動がこれです。筋肉バイオリアクターが、筋肉を前後に運動させている様子をご覧いただいています。
この平らな組織が筋肉です。それでは他の組織ではどうでしょうか? これは、再生医療によってつくられた人工血管です。尿道をつくる工程と似ていますが、もう少し複雑です。まず骨組みを準備します。骨組みはまるで一枚の紙のようです。それを筒状にして、血管も同じ方法でつくります。血管は2種類の細胞で構成されています。筋肉の細胞を取り出し、年輪のように重なるケーキを焼くように、筒の外側に筋細胞を貼りつけていきます。内側には血管内皮細胞を配置します。細胞が植え付けられた骨組みをオーブンのような装置に入れます。人間の体内環境と同じで、摂氏37度/酸素95%にしてあります。先ほどのビデオのように血管を動かします。
右にみえるのは人工頸動脈です。頸動脈は首から脳につながる動脈です。このレントゲン写真では、きちんと機能している血管が見えます。血管や尿道などはもっと複雑な組織です。なぜなら2種の異なる細胞を導入することになるからです。しかし、実際にこれらは導管としての役割を果たしています。液体か空気が一定の状態で流れるようになっているのです。管状の組織は、空洞の臓器ほど複雑ではありません。空洞の臓器は状況に応じて機能するからです。
膀胱もそのような臓器のひとつです。同様に膀胱から切手の半分以下の大きさを切り取り、その組織を分けて、筋肉と膀胱に特化した二つの細胞成分に分類します。体外で細胞を大量に増やします。臓器から取り出した細胞は約4週間で培養できます、そして、骨組みを膀胱のような形に整えます。膀胱の内面を内側用の細胞で覆います。そして外側を筋肉の細胞で覆います。そしてオーブンのような装置へ戻します。組織の一部を採取してから6~8週間後に臓器を患者の体に戻す事ができます。
これは実際に骨組みを表したものです。この物質は細胞で覆ってあります。臨床実験を最初に行った時は、各患者に合わせた骨組みを作りました。手術の6~8週間前に患者に来てもらい、レントゲン撮影の後、患者の骨盤腔の大きさにあった骨組みを特別につくりました。そして、臨床試験の第2期には、小・中・大・特大サイズで骨組みをつくりました。(聴衆より笑い)本当です。皆さんは特大がいいんでしょう? (聴衆より笑い)
膀胱は、明らかに他の組織よりも少々複雑なのです。さらに複雑な空洞の臓器もあります。これは私たちが再生医療でつくった人工心臓弁です。心臓弁の作り方は同様の方法です。骨組みに細胞をのせます。ご覧のとおり、弁が開いたり閉じたりしています。同じ方法を用いて、移植の前にこれらの臓器に運動をさせます。
そして最も複雑なのは固形臓器です。固形臓器がより複雑なのは、1cmあたりに必要な細胞が格段に多いからです。例えば耳です。軟骨細胞をのせているところです。細胞で覆った後は、オーブンのような装置に入れます。そして数週間後、軟骨の骨組みを取り外す事ができます。
指をつくっているところです。これは一層一層、積み重ねられています。最初に骨、そして隙間を軟骨でふさぎ、筋肉を上にのせて固形組織の層を積み重ねます。繰り返しますが、かなり複雑な臓器です。しかし、他とは比べ物にならない複雑な固形臓器は血管が多い臓器です。血管が多いのは、心臓、肝臓、そして腎臓などの臓器です。固形臓器をつくる方法はいくつかありますが、これはその一例です。
私たちはプリンターを使います。インクを使うのではなく、細胞を使います。これは普通のプリンターです。これは、実は心臓の二つの小室を一層ずつプリントしているのです。ご覧になっているのは心臓で、約40分で印刷が終了し、4時間から6時間後には筋肉が収縮し始めます(拍手)。私達の研究所にいたタオ・ジュ氏が開発した技術です。この技術は試験的なもので、まだ患者に使用できる段階ではありません。
また、脱細胞化した臓器も使用しました。ドナー提供された臓器を用いて、刺激の少ない洗浄剤で、すべての細胞成分をこれらの臓器から取り出します。左手のパネルと上のパネルは肝臓です。ドナー提供された肝臓を洗浄します。刺激の少ない洗浄剤で、すべての細胞を肝臓から取り出すのです。
2週間後には、この臓器を持ち上げる事ができます。見た目も感触も本物の肝臓のようですが、細胞はありません。肝臓を取り除くとコラーゲン製の骨組みが残ります。コラーゲンは拒絶反応を起こすことがありません。これは何人もの患者に使用できます。そしてこの血管組織を取り出し、血管の供給の維持を証明できます。
これはフローラスコピーです。ご覧になっているのは、造影剤を脱細胞化した肝臓に注入しているところです。無傷のままの血管樹が見えます。そこで、木のように枝分かれした血管に患者自身の細胞を行き渡らせます。肝臓の外側に、患者自身の肝臓の細胞を一面に散布します。肝臓を機能させるようにします。ご覧になっているのがそれです。まだ試験段階ですが、肝臓機能の再生を成功させています。
腎臓に話を移します。講演の最初にお見せした絵でも腎臓移植をしていましたが、臓器移植が必要な患者の90%は腎臓移植が必要な方たちです。私たちが試みているもう一つの方法は、ウェハーをつくり、それをアコーディオンのように積み重ねる方法です。腎臓の細胞を使ってウェハーを重ねます。これは私たちがつくった小さな腎臓です。これらは実は尿をつくり出しているのです。小さな組織をどうやって大きくするかという難題に、今、私達の研究所で取り組んでいます。皆さんにお話ししたかった事のひとつは、再生医療が取ろうとしている戦略です。
もし可能ならば、既製の高性能な生体材料を使って、患者の臓器を再生させたいと思っています。再生できる幅は限られていますが、目標はその大きさを広げていくことです。高性能な生体材料の使用がだめなら、自分の細胞を使うことです
拒絶反応を起こさないからです。皆さんから細胞を取り出し、組織をつくり出す。そして、それをそのまま皆さんに返す。そうすれば拒絶反応は起きません。もし可能なら、特定の臓器の細胞が好ましいのです。気管に問題がある場合は、気管の細胞を取り出します。膵臓に問題がある場合は、膵臓の細胞を取り出すわけです。
理由は、採取する細胞は、自らが何の細胞なのかわかっているからです。気管の細胞は、自身が気管の細胞だとわかっているので、どんな細胞になるのか教える必要がありません。よって、特定の臓器の細胞がいいのです。今では、大半の臓器から細胞を得ることができますが、心臓・肝臓・神経・膵臓などがその例外で、それらには依然として幹細胞が必要です。もし患者自身の幹細胞を使えない場合は、ドナーの幹細胞を使います。拒絶反応を起こさず、腫瘍を形成しない細胞を選びます。
そのような特性をもっているのは、2年前に発表した幹細胞です。その幹細胞とは、羊水や胎盤から採取でき、私たちはその研究に取り組んでいます。いくつかの難題についてお話したいと思います。紹介した技術は順調に見えますが、現実の答えはノーなのです。それほど簡単ではありません。今日紹介した内容の一部は、我々の研究所で、700人以上の研究者が、20年の年月を経て成し遂げたものです。
とても難しい技術であって、正しい方式を見出すまで、道のりは長いのです。ぜひこの漫画を見てください。暴走した馬車の阻止の仕方です。馬車の御者が、上の絵では馬の背をたどって先頭の馬まで進んでいき、最後に暴走した馬車を阻止します。科学者ならそうするでしょう。下にいるのは通常、外科医です。(聴衆より笑い)外科医の私には面白くありません。(聴衆より笑い)
しかし、実は上の方法が正しい取り組み方なのです。それが意味するのは、このような技術を病院で患者に着手する時は、どんな時でも、絶対に研究室でやれる事のすべてをやってからにするよう徹底しています。また、これらの技術を患者に施す前に、自らにとても難しい問いかけをするように徹底しています。自分の大切な人に、この臓器移植をしても差し支えないかを問い、その答えがイエスなら事を進めます。なぜなら、第一の目標は危害を与えないことだからです。
では、とても短いのですが、培養した臓器の移植を受けた患者のビデオをお見せします。このような組織の移植は14年以上前に始めました。ですから、このような人工臓器を抱えて、10年以上元気に歩きまわっている患者がいるというわけです。これからお見せする若い女性患者は、脊髄異常が原因の二分脊髄症で苦しんでいました。彼女の膀胱は正常ではなかった。これはCNNニュースからのひとコマです。5秒間だけお時間頂きます。これはサンジェイ・グプタが実際に携わったひとコマです。
幸せです。私はいつも、事故か何かでどうかなることを恐れていました。でも、今は友達と外へ繰り出し、やりたい事ができるのです。
結局のところ、再生医療の将来性が唯一の希望なのです。本当にとても簡単ですが、それだけで患者に勇気を与える事ができるのです。ご清聴ありがとうございました。
(拍手)
アンソニー・アタラの最先端技術を駆使した研究所では筋肉、血管、膀胱を始め様々な人間の臓器が培養されています。TEDMEDでアタラ医師は生体工学の研究者たちと取り組んでいる様子を紹介します。摂氏37度に予熱されるオーブンのようなバイオリアクタ―や人間の組織をプリントする機械など、どれもSF小説の中から飛び出して来たような発明ばかりです。