色分けされた手術(16:08)
講演内容の日本語対訳テキストです。
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今日お話したいことは、医学の大きな誤った妄想の一つについてです。それは、医学的な大発見を続けさえすれば、私たちの抱える問題を全て解決してくれるという考えです。私達の社会は夢みがちです。研究している科学者が、独りきりで、ある時夜遅くに 世界を揺るがすような発見をする。ジャーン! 一夜にして全てが変わってしまう。とても魅力的な想像です。しかし実際はそうではありません。現実では、医学は団体競技なのです。様々な意味でずっとそうでした。私が実際にそれをまざまざと体験したときのことをお話ししましょう。
私は外科医です。そして私たち外科医は、常に光と密接な関係がありました。患者の身体の中を切開するときはとても暗いのです。何をしているかの確認に光が必要です。そのため、手術は伝統的に朝早くに開始して、日光を有効活用しているのです。この昔の絵を見ると、初期の手術室が大体建物の一番上に置かれていたのが分かります。西洋で一番古い手術室が、ロンドンにあるこの手術室です。手術室は教会の一番上にあり、日光を取り入れるようにしています。そしてこれは、アメリカでもっとも有名な病院のひとつである、ボストンのマサチューセッツ総合病院です。手術室はどこでしょう? まさにここ、建物の頂上にあり、たくさんの窓から光が入るようになっています。
今日の手術室では、日光は必要なくなりました。日光を使う替わりに、手術室用に作られた照明器具を使うからです。肉眼で見える光ではなく、今までは見えなかったものが見えるようになる、違う種類の光をもたらすことができます。これが私の考えている光、蛍光の魔法です。
少し補足させてください。医学部での授業では、画面のように図解の解剖図で学び、全てが色分けされていました。神経は黄色、動脈は赤色、そして静脈は青色です。誰でも外科医になれそうですよね。しかし、これは首の図と同じ部位ですが、実際の手術で目にするとき、それぞれの組織を見分けるのはそう簡単ではありません。ここ数日間で私たちは、ガンが社会的にまだまだ緊急問題であることと、毎分1人ががんで死なざるを得ない状況の解決策が強く求められていることを聞いてきました。ガンが早期に見つかり、手術によって摘出することが可能だったのであれば、そのガン細胞に、どんな遺伝子やタンパク質が含まれていても関係ありません。もうビンの中にあるのですから。摘出は完了し、ガンが治療されたのです。
ガン切除法をお話ししします。医者は研修やガンの見え方、触診や他の組織との繋がり、経験の全てを以て最善を尽くします。医者は言います。よしガンはなくなった、成し遂げた、摘出した、患者を手術状態としたままでこんな風に話します。実際には、全て摘出したかまだわからないからです。手術台の患者の切除後の周辺数か所から検体をとり、病理検査室へ送る必要があります。その検査の間患者は手術台の上にいて、看護師・麻酔医・外科医、そして助手は待っているのです。待つしかないのです。病理医はその検体を凍らせ、切断し、一つずつ顕微鏡で確認し、手術室へ結果を伝えます。一つにつき20分かかります。もし3つ検体があったら1時間かかるのです。そして病理医が言うのは、「AとBは大丈夫ですが、Cにはまだガンが残っているので、その部分を切除してください」手術ではこの検査と切除を何回も続けます。
そして次のように言うのです「終わりました。全ての腫瘍は摘出されたようです」数日後に患者は帰宅しますが、私たち担当医に電話がかかり「残念ですが、最終の病理検査を最後の検体に行っていたところ、ガンの陽性反応がでました。患者にはまだガンが残っています」と告げられるのはとてもよくある話です。こうなると医者は患者に伝える事態に直面します。まずは、再手術もしくは放射線療法や化学療法などの追加の治療が必要なことを伝えるのです。外科医が、手術中に術野にガンが残っているかを確実に分かる方が良いに決まっていますよね。様々な意味で、手術のやり方はまだ暗闇の中で手術するようなものなのです。
2004年、外科医の研修中にロジャー・チェン先生と出会う幸運に恵まれました。2008年にノーベル化学賞を受賞した方です。ロジャーとそのチームはガンの発見方法を研究しており、とても賢い分子を開発していました。彼らが開発した分子は3つの部分からできています。主要な部分は青い部分、ポリカチオンで、どの体細胞にもとてもくっつきやすいものです。
この成分だけを使ったものをガン患者に投薬したとしても、全てが光ってしまいます。これでは特定できません。まったく特異性がないのです。そこで彼らはもう2つの成分を加えました。1つ目は赤い部分、ポリアニオンで、シールの裏側のように、くっつかない役目を果たします。この2つを一緒にすると分子は中性になり、体細胞にくっつかなくなります。2つ目は黄色部分で2つを繋ぐ役目を果たします。黄色部分は決められたハサミでしか切れません。例えば腫瘍が作り出すプロテアーゼ酵素をハサミに設定します。
次のように使います。この3部構成の分子で溶液を作って、緑色で表されている染料と一緒にガン患者の静脈に投薬します。すると 通常の細胞はハサミとならず、分子は体内を通り排泄されます。しかし腫瘍があった場合、腫瘍がハサミとなり、この分子を腫瘍部で切断します。そして、腫瘍は標識化され蛍光に光ります。
これは腫瘍が神経の周りにできている例です。腫瘍がどこかわかりますか? 私のときはわかりませんでした。しかし、ほら、光るのです。緑色の部分が見えます。そう、今なら皆さん全員がガンの位置が分かりますね。手術室、現場でも分子レベルでガンの場所や、外科医が摘出のためにどう切除すれば良いのか、どの程度周りを切除するのか分かるのです。また、蛍光のすごいところは明るいだけではなく組織の裏からでも光るところです。蛍光が発する光は組織を通り抜けられるのです。なので、腫瘍が表面になかったとしても見ることができるのです。
この動画では、腫瘍が緑色になっているのが見えます。実は、正常な筋肉が手前にあります。見えますか? その筋肉をどかしてみましょう。しかし、筋肉をめくる前でも、腫瘍が裏側にあるのが見えました。これが、腫瘍を蛍光で標識化することの長所なのです。境目が分子レベルで見えるだけではなく、表面ではない、通常見えないところにあったとしても見えるのです。またリンパ節転移発見にも活用できます。
センチネルリンパ節切除は、乳がんやメラノーマの治療を大きく変えました。以前までは、腋下のリンパ節を全て切除するという 患者を弱らせてしまう手術が必要でした。センチネルリンパ節切除が標準的な手術方法となった今、外科医はリンパ節でもガンに浸潤された筋だけを探せばよくなりました。もしその節にガンがあった場合、その女性は腋下リンパ節の切除手術を受けるのです。つまり、リンパ節にガンが見つからなかった場合、その女性は不必要な手術を受ける必要がないのです。
しかし、現在の方法では、センチネルリンパ節はどこへ行くかを示すただの地図に過ぎません。例えば高速道路を運転していて、次のガソリンスタンドを知りたければ、道の先にガソリンスタンドがあることがわかります。しかしそこにガソリンがあるかどうかまではわかりません。切り出して、家にもって帰り、スライスして中を見てやっとガソリンがあることがわかるのです。このやり方だと多くの時間が必要です。検査の間も患者はまだ手術台にいます。麻酔医や外科医は待っています。時間がかかるのです。
私たちの技術を使えばその場でわかります。小さな丸いコブが見えますね。この中に肥大したリンパ節があります。他のものと比べて少しだけ大きいものです。風邪でも肥大したリンパ節は現れます。肥大してもガンがあるとは限らないのです。私たちの技術があれば、外科医はすぐさまどこにガンがあるか見分けられます。深くはお話しませんが、私たちの技術は腫瘍や転移性リンパ節に蛍光で標識化するだけではなく、同じ3部構成の分子を使って、切ったりすることなくガドリニウムの標識化もできます。ガン患者に対して、リンパ節がガンに侵されているかを、手術する前に確認できます。MRIで見ることができます。
手術では、何を切除するのかを知るのが重要です。しかし同様に、体機能に大切なものを温存することも重要です。意図しない損傷を避けることがとても重要です。ここで私がお話しているのは神経のことです。神経は、傷つけられると麻痺や痛みを引き起こします。前立腺がんを例に取ると、60%の男性が前立腺がんの手術のあと尿漏れと勃起不全を起こしています。多くの人に多くの問題が起こってしまうのです。そしてこれは、外科医が十分に注意して神経を避けるような手術、神経温存手術でさえ起こっているのです。
前立腺がんの場合には、これらの神経はとても小さく、決して見ないのです。血管構造に沿っていると知られている、解剖学的な神経経路をたどっているに過ぎません。これは誰かが研究しているからこそわかることですが、それは、実際の場所はまだ研究中ということです。こんな手術で大丈夫でしょうか。ガンの場所がわからないのに切除しようとしているのです。神経の場所がわからないのに温存しようとしているのです。
お伝えしたように、蛍光によって神経を標識化できればすばらしくないですか? 最初はあまり支援されませんでした。人には『ずっとこのやり方をしてきましたよ、問題ないですよ、合併症もそれほどないよ』と言われました。しかし私は突き進みました。ロジャーが助けてくれたのです。チーム全てを引き連れてきてくれました。ここでも団体競技の必要性がわかります。そして、ついに神経を標識化する分子を見つけたのです。これで溶液を作り、蛍光で標識を付けマウスに投与したら、神経が文字通り輝いていたのです。どこが神経かわかります。
これはマウスの坐骨神経です。大きく太い部分がよく分かるでしょう。しかし、私が今指し示しているところにはとても微細な分枝がありますが見えません。小さいメデューサの頭のようなものが見えますね。顔の表情や動き、呼吸、それらの全ての神経、前立腺のあたりの排尿の神経も見ることができます。神経一つずつを見ることができるのです。この二つが指し示していることをお教えしましょう。ここに腫瘍があります。この腫瘍の縁がわかりますか? これでわかりますね。この腫瘍につながっている神経はどうでしょう? 白い部分は見やすいですが、腫瘍の中に入っている部分はどうでしょう? どこに入っているかわかりますか? これでわかりますね。
基本的には、私達は医療現場で細胞を染色し、色分けをする方法を開発したのです。これはちょっとした革命です。手術のあり方を変えると思っています。私達は、研究結果を米国科学アカデミー紀要とネイチャー、バイオテクノロジーで発表しました。ディスカバリーとエコノミストでは解説を頂いています。多くの同僚の外科医に見せたところ『すごい、私の患者も恩恵を受けられるだろう。この方法なら、私の手術はより良い結果が出せて合併症も少なくなる』と言っていました。
今待ち望まれているのは、この技術の更なる発達と、通常の手術室でこの蛍光標識を可能にする仕組みの開発です。最終的なゴールは、これらを患者に適用することです。しかし、患者各々に特有の蛍光分子を開発するのは単純にできるものではないとわかりました。当然ながら、医薬業界では、皆が使える長期にわたる日用服用薬などに焦点が当てられています。私達はこの技術を発展させることに専念しています。また新薬や成長因子を発展させたり、周囲の細胞を傷つけずに原因の神経を殺傷したりすることに注力しています。私達はこれが可能であること、やるべきことであると信じています。
最後に、この考えを皆さんに伝えます。本当の革新というのは一つのひらめきだけでは成し得ません。短距離走ではありません。個人競技ではないのです。本当の革新というのは、団体競技のリレーなのです。一つのチームがひらめきを生み、もうひとつのチームがそれを適応させ浸透させるのです。そのためには、長期にわたって昼夜を問わずに知らしめ説得し、認知を得るたゆまぬ勇気が必要なのです。今日の健康と医療に投じたいのは、この光なのです。
どうもありがとう(拍手)
細胞の種類ごとに色分けされた教科書と、実際の手術は今まで全く異なるものでしたが、これからは違います。TEDMEDではキエン・グエンが分子マーカーを使って、どこを切ればいいのかが見えるように腫瘍を緑色に光らせます。