F1が赤ちゃんを救う?(7:56)
講演内容の日本語対訳テキストです。
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カーレースの世界は面白いものです。毎年新しいレーシングカーを作っては、残りのシーズン全てを使って、どうやったらそのマシンを良く、速くできるかを模索していきます。そして、次の年になれば同じことを繰り返します。
目の前にあるレーシングカー(注:マクラーレンチームが2011年のF1に実際に走らせた"MP4-26"がステージに上げられました)は、かなり複雑な構造をしています。シャシーは11,000もの部品からなり、エンジンだけで6,000、電気系は8,500の部品を使っています。つまり、故障を招きかねない部品が25,000もあるわけです。
カーレースはまさに、細部にいかに注意を払えるかです。
特にF1に関しては、常にマシンに手を加えて速くしようとしています。2週間ごとに、そのマシンに使う部品を5,000も新調しています。レーシングカーの5~10%が、一年を通じて2週間ごとに変わっていくわけです。どうやってやるのか? まず、レーシングカーから始めます。車体にたくさんの計測センサーをつけます。ここにあるレーシングカーで言えば、レースで走るときにはおよそ120のセンサーをつけます。そのマシンに関するあらゆることを計測し、データが記録されます。記録するのはデータシステム内の500のパラメータ、13,000の異常察知パラメータ、そして、予定通りに動いていないことを示す事象です。
それらのデータはピット・ガレージに無線で毎秒2~4メガビットの速度でデータが送られます。つまり、2時間のレースで、各マシンは7.5億もの数字を送信するのです。それは、私たちが一生で話す単語の数の2倍に当たります。ものすごい量のデータです。でも、データを取り、計測するだけでは十分ではなく、それで何かができないといけません。だから、私たちは多くの時間と労力を費やして、データから様々なことが語れるようにしてきました。エンジンの状態がどうだとか、タイヤの磨り減り具合がどうだとか、燃料消費がどうかといったことです。要するに、データを取って、それを行動に結び付けられる情報に変えるのです。では、データについてちょっと見てみましょう。
こちらで見るのは、生後3ヶ月の患者のデータです。これは子どもで、今ご覧いただいているのは実際のデータです。 画面の右側に行くと、いろんなことがぐちゃぐちゃになっています。患者が心不全になっていっているのです。 これは予見できないこととされていました。誰も予期しえない心臓発作でした。でも、ここの情報を見れば、心不全になる5分ほどくらい前から少し乱れてきているのが分かります。小さな変化が見て取れます。 例えば、心拍数もそうです。これらは全て、通常備わっている異常検知機能では検知されませんでした。では、なぜ分からなかったのでしょう? これは予期しうる出来事だったのでしょうか? データのパターンをもっとよく見たら、助けるために何かできたのでしょうか? この子は、ここにあるレーシングカーとほぼ同じで、生後3ヶ月です。この子は心臓に問題がありました。上のスクリーンに表示されているデータ、心拍数や脈拍、酸素、呼吸数などを見ると、それらは全て普通の子どもとは違います。でも、この子にとってはそれが普通なのです。
医療における課題の一つは、目の前にいる患者を診て、その患者特有の状態を把握し、状態が変わり、悪化しそうなときをどうやって見出すかなのです。レーシングカーのように、どの患者も容体が悪くなり始めたら手を打つのにもう一刻の猶予もありません。そこで私たちが行ったのが、F1で2週間ごとに稼働させるデータシステムを病院のコンピュータに導入することでした。バーミンガム小児病院で行いました。小児集中治療で使われているベッドサイドモニタからデータをストリーミングし、リアルタイムでデータを見ると同時に――こちらがより重要ですが――データを蓄積して、そこから学習できるようにしました。まず、アプリケーションを適用して、リアルタイムでデータからパターンを認識できるようにしました。何が起こっているか見て、変化が起こりそうなときを察知するためです。
カーレースでは、みんなちょっと野心に満ちていて、恐れを知らず、時にちょっと傲慢です。だから、私たちは病院に救急搬送されてくる子どもたちも見ることにしました。病院に到着するまで待たないといけない理由なんてないでしょう。そこで、リアルタイムのネットワークを救急車と病院との間でも作りました。通常の3G回線を使ってデータを送るのです。救急車が、まさに集中治療室のベッドになるのです。
私たちはデータを分析し始めました。上のグラフにあるいろんな色の波線は、通常、モニターで見るデータで、心拍数・脈拍・血中酸素濃度・呼吸数です。下にある青と赤色のラインが、興味深いものです。赤のラインは、自動で算出された早期警告スコアで、バーミンガム小児病院ではすでに使用しています。2008年から導入していて、病院内での心不全や心停止を防いできました。青のラインが示すのは、パターンの変化で、それは即座に見て取れます。医学的な解釈をするまでもなく、データが語りかけるのです。データは、何かがおかしいと訴えています。そして、赤と緑の固まりで示されているのは、細かなデータをそれぞれ互いにプロットしたものです。緑色は、その子にとっては普通の範囲のことで、「通常のクラウド」と呼んでいます。状態が変わり始める――状態が悪くなり始めると、ラインは赤色になります。
ここに高度な科学はありません。すでにあるデータを、違った形で表示しているだけです。データを増幅させ、医者や看護師に手がかりを与え、何が起こっているか可視化するのです。
同じように、優秀なレーシング・ドライバーは、こうした手がかりを頼りにブレーキやコーナーを曲がるタイミングを判断しています。医者や看護師が問題を察知できるよう、手助けする必要があります。
私たちには、とても野心的なプログラムがあります。もう、変革に向けたレースが始まっているのです。大きなことを考えていますが、そうすべきなんです。
私たちのアプローチは、もしうまく行けば病院の中だけで終わりません。その壁を越え、広めることができます。今のように、ワイヤレス接続の環境があれば、患者や医者、看護師たちが常に同じ場所にいる必要はありませんし、全員が一緒にいなくてもいいんです。
そして、私たちの生後3ヶ月のかわいい車も、サーキットで走らせ、安全を確保しながら、より速くより良いものにしていくのです。
ありがとうございました。
フォーミュラ1のレーシングカーは、1レース走行中に何億ものデータポイントをピット・ガレージに送信し、リアルタイムでの分析・フィードバックを受けます。この詳細で緻密なデータシステムを他でも応用しない手はありません――例えば、小児病院で。ピーター・ヴァン・マネンが語ります。