ハイブリッド思考の世界が来る(9:52)
講演内容の日本語対訳テキストです。
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一つ物語をお話しします。2億年前のことです これは大脳新皮質―「新たな外皮」―の物語です。
さて、ネズミのような初期の哺乳類では――ちなみに大脳新皮質を有するのは哺乳類のみです――それは切手サイズの大きさと薄さで、彼らのクルミ大の脳を覆うほんの薄い外皮だったのですが、新しい考え方を可能にしました。哺乳類以外の動物が持つ、組み込まれた習性に従うだけではなく、新たな習性の発明を可能にしました。例えばネズミが天敵から逃げていて、逃げ道がふさがっていると別の解決策を見出そうとします。上手くいくかは分かりません。しかし、上手くいけばそれを覚え、新たな習性を得て、その習性は種全体にウイルスのように広まります。他のネズミがそれを見て「あの岩を迂回したのは賢かったな」と言って自分も新しい習性を取り入れるのです。
哺乳類以外の動物はこれが出来ません。習性は固定されています。新しい習性を得るためには一生涯では足りません。千世代ほどを通して新たな習性を進化させます。2億年前はそれでまったくもって大丈夫でした。環境の変化はゆっくりしていて、大きく環境が変化するのに1万年近くかかったでしょう。そして、それぐらいの期間で新しい習性を進化させるのです。
それでも上手くいってましたが、6,500万年前にあることが起きました。急で、過激な環境の変化です。K-T境界(白亜紀末)の大量絶滅と呼ばれています。これは、恐竜が絶滅し動植物の75%が絶滅した時です。哺乳類が絶滅種のニッチを埋めた時でもありました。そして、「生物学的進化」さんはこう言いました。「この大脳新皮質っていいね」。そして、それを育て始めました。
哺乳類は大きくなり、脳はさらに速いペースで肥大化し、大脳新皮質はそれよりさらに速く肥大化しました。そして表面積を大きくするための特徴的な隆起や折り目が発達しました。もし人間の大脳新皮質を取り出して広げたら、テーブルナプキンぐらいになります。組織は非常に薄く、テーブルナプキンほどの厚みです。しかし、いくつもの隆起と皺のため脳の80%も占めているのです。そしてそこで思考が行われていて、考えを昇華させてくれます。基本的な欲求や動機を与える古い脳はまだ残っています。しかし、例えば私が持つ支配欲は、大脳新皮質によって昇華されるのです――詩を書いたり、アプリを開発したり、TEDで講演をすることにその昇華が起こっている場所こそが大脳新皮質なのです。
50年前、私は論文で私の考える脳のメカニズム――モジュールの連続的な組み合わせ――を説明しました。各モジュールは一つの パターンを処理します。パターンを習い、パターンを覚え、パターンを実行します。そしてモジュールは階層的に組織され、その階層は私達自身の思考により組織されます。50年前はその論文からそれ以上発展することは殆どありませんでしたが、でも、これでジョンソン大統領に会えました。
私はこのことに関して50年間考え、1年半前に本を出版しました。「思考の創り方」です。同じ仮説を立てていますが、今度は沢山の証拠があります。ニューロサイエンスにより、脳に関するデータは毎年倍増しています。あらゆる脳スキャンのイメージ映像が毎年倍増しているのです。現在では、生きている脳の中を見て、個々の神経がリアルタイムで繋がりを作り、伝達を行い、脳が考えを創り、また考えが脳を創る場面が見られます。実はこれがカギなのです。
簡単にですが説明します。私はモジュールの数を数えました。それらは3億個近くあり、それらで階層を作りました。簡単な例を示します。ここにたくさんのモジュールがあります。これらは大文字「A」の横棒を認識します。機能はそれだけです。美しい音楽が流れても、素敵な女性がそばに来ても反応しません。しかしAの横棒を見たら非常に興奮して「横棒」と言います。軸索から信号が出力される確率は非常に高くなり、次の階層に出力されます。階層ごとに異なる概念レベルで組織されています。それぞれが前の階より抽象的です。次の階層が「大文字A」と言い、さらに高い階層で「APPLE」と言うかもしれません。情報は下方にも流れます。APPLE認識モジュールがA-P-P-Lと認識したら、その層は「ウーン、Eがおそらく次だろう」と考え、E認識モジュールたちに伝達します「Eに目を光らせて、もうすぐ来るから」と、E認識モジュールは閾値を低くしてEに見えなくもない物も認識します。普段とは違って、予期していたので「E を見た」と言い、APPLEモジュールは「APPLEを見た」と言います。
さらに5つ階層を上がれば、この階層のかなり高い所に来ます。そこでは下の階層の別の五感の情報を――特定の生地、声、香水を――認識するモジュールの情報を組み合わせ、「妻が部屋に入ってきた」と言います。
さらに10階層上がれば、かなり高い階層に出ます。そこは前頭部皮質あたりでしょう。
そこでのモジュールはこう言うでしょう。「今のは皮肉だね」「それは面白い、彼女はかわいい」。
上の階層の方が洗練されていると思いがちですが、実際に複雑なのはその下の階層組織なのです。16才の女の子が脳手術を受けているとき、執刀医が彼女と話をするため意識を保っておきました。脳の痛みは感じないため、こんなことが出来ます。
そして、大脳新皮質のある小さな点を刺激したら――この赤い部分です――彼女は笑いました。執刀医たちは、反射的に笑う点を 刺激したと考えていましたが、すぐに、大脳新皮質のユーモアを認識する部分を見つけたと気づきました。それで、そこを刺激する度に、彼女には全てが滑稽に感じたのです「貴方たちがそこにいるだけで面白いわ」というのが主なコメントでしたが、執刀医たちは面白くありませんでした。手術中だったのですから。
では、現代ではどのようになっているでしょうか?
まず、コンピューターが人間の言語を大脳新皮質のそれに似た技術で習得してきています。実は、私が開発し「階層隠れマルコフモデル」と呼ばれる、私が90年代に取り組んでいたものに類似しています。
「ジェパディー」は、広範囲な自然言語を使うゲームですが、「ワトソン」の得点は、ベストプレーヤー二人を合わせたものより上でした。
彼はこの問題にも正解しました。「泡立ったパイのトッピングによる、長くて退屈なスピーチ」「メレンゲ・ハレンゲとは何?」とすぐに答えました。ジェニングズたちにはこの答えが分かっていませんでした。これは、コンピューターが人の言語を理解できるという高度な例です。その知識は、実際にウィキペディアやその他百科事典を読んで得られたものです。
5年から10年後、検索エンジンは言葉の組み合わせやリンクに基づくだけではなく、ウェブ上の情報や本を読んで理解した内容に 基づくものになるでしょう。
あなたが歩いている時にグーグルが出てきてこう言います。
「マリー、一か月前に貴方はグルタチオンのサプリが血液脳関門を通ってないのではと不安になっていましたね。実は13秒前、新しい研究が発表され、グルタチオン摂取の全く新しいアプローチを紹介しています。今から要約しますね」と。
今から20年後にはナノボットが、開発されているでしょう。微細化の技術は急激に進歩しています。それらは毛細血管を通って脳に行きます。そして私たちの大脳新皮質をクラウドの人工大脳新皮質につなぎ、大脳新皮質の機能を拡張します。今でも私たちの電話にはコンピューターがあります。複雑な研究のために1万の コンピューターを数秒間必要とするとき、クラウドにアクセスすればすぐに出来ます。2030年代では、余分に大脳新皮質が必要になれば、脳から直接クラウドにつなげられるようになるでしょう。私は歩きながら「あ、クリス・アンダーソンだ」と言い、彼が近づいてきます。何か賢いことを言わなければ。時間は3秒。私の大脳新皮質にある3億のモジュールだけでは足りない。あと10億必要だ。そこで私はクラウドにアクセスできます。そして私たちの思考は、生物学的と非生物学的な思考のハイブリッドになります。そして、非生物学的な部分は私の収穫加速の法則に則ります。指数関数的に成長するのです。
前回大脳新皮質が拡張した時、何が起きたか覚えていますか? 200万年前、私たちはヒト科へと進化し、大きな前頭葉を発達させました。他の類人猿の額も突き出していますが、前頭葉はありません。しかし、前頭葉は質的に特別ではなく、大脳新皮質が拡張しているのです。思考の量が増えたことが、質的な飛躍を遂げることを可能にした要因なのです。言語や芸術、科学や技術、そしてTED。他の種にはできなかったことです。
次の数十年で私たちはまた飛躍します。再び大脳新皮質を拡張します。
ただし、今度は決まった構造の容器にその限界を決められることはありません。限界なく拡張するのです。この量的な拡張はまたもや文化と技術に質的な飛躍をもたらす要因となるでしょう。
ありがとうございました。(/clap)
2億年前、我々の祖先である初期の哺乳類は、脳の新たな器官、大脳新皮質を発達させました。この切手サイズの組織(クルミの大きさ程の脳を覆っていた)は人間が進化する上での鍵となりました。フューチャリストのレイ・カーツワイルは次なる脳の大きな飛躍—クラウドの演算能力の利用—に備えるべきだと提言します。