記憶が語るフィクション(17:36)

エリザベス・ロフタス(Elizabeth Loftus)
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対訳テキスト
講演内容の日本語対訳テキストです。
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私が関わった訴訟についてお話しします。
スティーブ・タイタスという男性の事件です。タイタスはレストランの支配人で、当時31歳で、ワシントン州シアトル在住でした。グレッチェンという婚約者がいて、運命の人との結婚を間近に控えていました。
ある夜、二人はおしゃれなレストランで食事を楽しみ、家に戻る途中、警官に止められました。その日の夕方、女性ヒッチハイカーが男にレイプされる事件があったのですが、タイタスの車はレイプ犯の車と似たところがあり、タイタス自身も犯人とどこか似ているというのです。そこで警察はタイタスの写真を撮り、ほかの人の写真と一緒に被害者に見せました。すると、被害者はタイタスの写真を指差し「この人が一番近い」と言ったのです。警察と検察は逮捕・起訴に踏み切りました。

スティーブ・タイタスが強姦罪で公判に付されたとき、レイプの被害者は証言台に立ち、こう言いました。
「この人で絶対に間違いない」
タイタスは有罪判決を受けました。彼は無実だと主張し、家族も陪審に叫び声をあげ、婚約者はその場に泣き崩れました。そして、タイタスは刑務所へ送られます。このときあなたならどうしますか? タイタスは司法への信頼を完全に失いますが、あることを思いつきます。地元の新聞社に電話し、ある調査ジャーナリストの協力を得ることに成功します。そして、そのジャーナリストは真犯人にたどり着きました。その男は最終的にこのレイプを自白し、この地区で50件ものレイプをしていたと考えられています。この情報が裁判所に提出され、タイタスは自由の身となりました。これで一件落着し、すべて終わりとなるべきでした。タイタスにしてもこれは最悪の一年で、冤罪との闘いもようやく終わったと思ったはずです。

でも、そうは行きませんでした。
タイタスはかなり憤慨していました。仕事を失い、それを取り戻すこともできず、婚約者まで失いました。彼のしつこい怒りに婚約者は耐えられなかったのです。タイタスは、貯金も尽き、裁判を起こすことを決意しました。彼の味わった苦痛の責任を負うべき警察などを相手取った裁判です。
私がこの件に関わったのはその時からで、私が解明しようとしたのは、なぜ被害者の証言が「この人が一番近い」から「この人で絶対に間違いない」に変わったのかです。

タイタスはこの裁判にのめりこみ、寝ても覚めてもこのことばかり考えていました。
裁判所に出廷するほんの数日前、タイタスは朝目覚めると、身もよじれるほどの激痛に襲われ、ストレス性の心臓発作で亡くなりました。35歳でした。私がタイタスの事件を頼まれたのは、私が心理科学者で記憶の研究をしているからです。もう数十年になります。
飛行機で乗り合わせた人と――ここへ来る時にもありましたが――「お仕事は何を?」というやりとりをしますよね。「記憶の研究」と私が答えると、たいてい「人の名前を覚えられない」とか「アルツハイマー病や記憶障害の親戚がいる」という話になります。
でも、私は「忘れる」ことは研究していないのです。私の研究はその反対で「記憶する」こと。起きてもいないことを覚えていることや、実際とは違う風に覚えていることを研究しています。私は、虚偽記憶を研究しているのです。

残念ながら、スティーブ・タイタス以外にも、他人の虚偽記憶によって有罪とされた人たちがいます。米国のあるプロジェクトで、無実の罪に問われた300名の情報を集めました。犯していない罪で有罪とされたこの300名の被告は、刑務所で10年、20年、30年を過ごし、今になってDNA鑑定により無実が証明されたのです。これらを分析した結果、4分の3のケースは、目撃証人の「誤った記憶」が原因でした。

なぜ こんなことに? これら無実の人たちを有罪とした陪審員や、タイタスを有罪とした陪審員をはじめ、多くの人が記憶というものを記録装置と同一視しています。人は情報をそのまま記録しておいて、それを呼び出して再生し、質問に答えたりイメージを認識したりするというわけです。しかし、何十年にもわたる心理学研究が、そうではないことを証明しています。
私たちの記憶は組み立てられるもので、再構成もされます。
記憶はむしろウィキペディアのようなものです。自ら内容を書き換えることもできれば、他人が書き換えることもできます。
私が、この記憶の構成過程の研究に着手したのは1970年代でした。そのとき行った実験では、被験者に模擬犯罪や事故の現場を見せ、覚えていることについて質問をしました。ある研究では模擬事故を見せ、こう聞きました。
「車がぶつかった時、速度はどれくらいだったか?」
別の人たちにはこう聞きました。
「車が激突したとき、速度はどれくらいだったか?」
「激突」という言葉で質問をしたとき、証人たちが証言する車の速度は上がり、さらに「激突」という言葉を使うことによって、ある証言を得る確率が上がりました。事故現場でガラスが割れているのを見たというのです。実際は、ガラスは割れていなかったのにです。

別の研究では、車が一時停止の標識がある交差点を突っ切る模擬事故を見せました。徐行の標識があったことをほのめかす質問をすると、多くの証人は、交差点にあったのは徐行の標識で、一時停止の標識ではなかったと言いました。皆さんはこうお考えかもしれませんね。これはビデオだから、特に緊迫した状況ではないと。
では、もっと緊迫した状況なら同じ間違いは起こらないのでしょうか? 答えは、私たちがほんの数ヶ月前に発表した論文に載っています。この研究では、通常と違い、被験者に強いストレスのかかる経験をさせたのです。

この研究の被験者は、米軍に属し悲惨な訓練に耐えている人たちでした。戦争捕虜として捕らえられることがどんなものか学ぶための訓練です。この訓練の過程で、軍人たちは30分間、肉体的虐待を含む攻撃的で厳しい尋問を受けます。その後、尋問をした人を特定するよう指示されます。私たちが、別の人物を暗示する情報を与えると、多くの人が、尋問した人を間違えました。しばしば、実際の人とは似ても似つかない人を選んだりもしました。

これらの研究が示しているのは、経験した事実について誤った情報を与えると、他人の記憶を歪曲したりねつ造したり変えてしまうことが可能だということです。現実世界は、誤った情報であふれています。私たちが誤情報に触れるのは、誘導尋問をされるときだけではありません。他の証人と話していて、相手が意識的に、あるいは何の気なしに言う情報が誤っていることもあります。 また、経験していてもおかしくないことをメディアの報道を通じて見ることによっても、私たちの記憶は歪められてしまう可能性があります。

1990年代、私たちはさらに危険な「記憶」を目にするようになりました。
何らかの問題で心理療法を受けた患者が――鬱や摂食障害などの治療です――治療を終えると、別の問題を抱えるようになっていたのです。おぞましい虐待に関する、常軌を逸した記憶です。悪魔崇拝儀式や、本当に異様な要素を含んでいることもあります。心理療法を終えたある女性は、何年もの間、儀礼虐待を受け妊娠までさせられ、堕胎もしたと信じ切っていました。でも、その話を裏付けるような傷跡やその他の身体的証拠はありませんでした。

こうしたケースを調査し始めて思いました。この奇妙な記憶はどこから来るのだろう? そして、ほとんどのケースで、ある特殊な心理療法が行われていたことに気づきました。そこで思ったのです。この心理療法で行われていること――想像訓練や夢判断、一部の例では催眠や虚偽の情報にさらすこと――こうしたことが、患者に、奇妙でありえない記憶を作らせているのではないか?

そこで私は実験を企画し、この心理療法で使われるプロセスを検証できるようにし、このような内容豊かな虚偽記憶が、どうやって形成されるか研究しました。最初に行った実験の一つで、私たちは暗示を使いました。問題になっていた心理療法から着想した手法で、ある種の暗示を使って、被験者に偽りの記憶を植え付けました。子どものとき、5歳か6歳ごろ、ショッピング・モールで迷子になって怖くて泣いていたら、お年寄りに助けられ家族と再会できたという記憶です。その結果、私たちはこの記憶を被験者の4分の1に植え付けることに成功しました。こうお考えかもしれませんね。あまりストレスのある記憶ではないと。でも、我々研究者は、もっと非日常的でもっとストレスのかかる、内容豊かな虚偽記憶の植え付けも行っています。

テネシー州で行われた研究で研究者が植えつけた虚偽記憶は、子どものときおぼれかけて、救命士に助けられたというものでした。カナダの研究で研究者が植えつけた虚偽記憶は、子どものときにどう猛な動物に襲われたようなひどい経験で、この植え付けは被験者の約半分で成功しました。イタリアで行われた研究で研究者が植えつけた虚偽記憶は、子どものとき悪魔憑きを目撃したというものでした。

こうした実験はまるで、科学という名のもとに被験者にトラウマを与えているようですが、私たちの研究は、研究倫理委員会の精査を受け、承認されたものだということを付け加えておきます。実験において、被験者は一時的に不快感を抱くかもしれないが、これらの研究は、記憶の過程を理解し、世界各地で起こっている記憶の悪用問題を解決するために必要だと判断されたのです。

驚いたことに、私がこの研究成果を発表し、ある特定の心理療法に異論を唱え始めると、困った問題が起きました。ひどい嫌がらせを受けたのです。主に自分たちへの攻撃と捉えた、抑圧記憶のセラピストからで、影響を受けた患者からもです。私は、時には武装した護衛をつけて招待講演にのぞみました。私の解雇を狙った手紙攻撃キャンペーンも展開されました。でも、おそらく最悪だったのは、ある女性の無実を私が主張したことです。

彼女は、成人した娘から虐待者として責められていました。娘は、母親を性的虐待で非難していましたが、その根拠は、抑圧された記憶でした。告発をした娘は、実際に自分の話をカメラの前で語り、それを公開していました。私は疑念を抱き、調査を始めて、最終的に、母親が無実であると確信できる情報を見つけました。私が、これに関する暴露記事を発表すると、告発していた娘は、そのすぐ後に訴訟を起こしました。彼女の名前は完全に伏せていたのですが、名誉棄損とプライバシー侵害で私を訴えたのです。
ほぼ5年もの間泥沼の裁判をし、不快な思いもしましたが、ついに、ようやく終わって、私も自分の仕事に戻れました。でも、その過程で私は、アメリカの悪しき風潮に巻き込まれました。世間で大論争になっていることを話題にしただけで、科学者が訴えられるという風潮です。

研究に戻った私に、こんな疑問が湧きました。
誰かの心に虚偽記憶を植えたら影響はあるのだろうか? その後の考え方や行動に影響を与えるんだろうか? まず試した虚偽記憶は、子どものとき、ある食べ物で具合が悪くなったというものです。ゆで卵やピクルス、苺のアイスを使いました。この虚偽記憶を植えたあと、被験者を戸外の食事に招くと、これらの食べ物を以前ほど食べなくなることがわかりました。
虚偽記憶は、悪いことや不快なことである必要はありません。アスパラガスなどの健康的な食べ物にまつわる、心が温まるような記憶を植えつければ、アスパラガスをもっと食べたくなるようにできます。

これらの研究が示しているのは、虚偽記憶は植え付けが可能で、その記憶が根付いた後は、長期に渡って行動に影響を及ぼすということです。こうして記憶を植え行動をコントロールすることは、当然重大な倫理的問題を伴います。
例えば、この心理技術をいつ使うべきか、使用を禁止するべきか、といったことです。
倫理上、療法士は患者に虚偽記憶を植えてはいけません。それが患者のためになるとしてもです。
でも、親が、肥満の子どもにこの方法を使うことは止められていません。
これを公言したとき、また激しい抗議を受けました。
「今度は、親が子供に嘘をつくことを推奨するのか」サンタはどうなの?(笑)

つまり、別の言い方をするなら、これは選択の問題なのです。
子どもが肥満や糖尿病で寿命を縮め、様々な問題を抱えるのと、ちょっとした虚偽記憶を持つのとどちらが良いか。
私なら、我が子のためにどちらを選ぶか決まっています。でも、もしかしたら、仕事柄人とは考え方が違うのかもしれません。ほとんどの人にとって記憶は大切で、自分のアイデンティティーや、人間としての本質を象徴するものです。それは十分理解しますし、私もそう感じます。でも、私は仕事を通じて、どれだけフィクションが世にあふれているか知っています。この数十年、こうした問題を研究してきて何か学んだとすれば、これです。
誰かに何か言われて、その人が自信満々で詳細に語ったとしても、感情がこもっていたとしても、それが事実とは限りません。虚偽の記憶を確実に見破る方法はありません。一つ一つ実証していくことが必要です。こうしたことに気付いたことで、友人や家族の日々の記憶違いにより寛容になりました。この気付きがあれば、スティーブ・タイタスを救えたかもしれません。虚偽記憶によって、彼は将来を奪い取られずに済んだかもしれません。
でも、同時に心に留めておくべきは、しっかり留めておくべきは、記憶は自由と同じではかないものだということです。

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このプレゼンテーションについて:

心理学者のエリザベス・ロフタスは、記憶の研究をしています。正確には、彼女が研究しているのは「偽りの記憶」―起きてもいないことの記憶や、事実とは違う形で残っている記憶です。こうした虚偽記憶は、一般に考えられているより普通にあることです。ロフタスは、衝撃的な事例や統計を紹介し、私たちが考えるべき重要な倫理的問題を提示します。

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