世界で一番退屈なテレビ番組がやみつきになる理由(18:06)
講演内容の日本語対訳テキストです。
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たった18分で何日、何時間に渡るものを説明しなきゃいけないのですぐに始めた方が良いでしょう。
まずアルジャジーラの番組『リスニング・ポスト』をご覧ください。
ノルウェーというのは比較的ニュースに乏しい国です。
先週の選挙でも、あまりドラマはありませんでした。あまりドラマがないのがノルウェーのメディアの特徴です。
数年前、ノルウェーの公共放送NRKが7時間の列車の旅をライブ放送することにしました。
レールを走る列車の映像を7時間ひたすら流し続けるんですが、視聴率調査によると百万以上のノルウェー人のお気に召したようです。あらゆるテレビの常識を覆す、新しい種類のリアリティ番組の出現です。ストーリーも台本もなければ、ドラマもクライマックスもない。これは『スローテレビ』と呼ばれています。
この2ヶ月、ノルウェーの人達は沿岸を行く船の旅を見続けています。しかも沿岸部は霧が多いんです。NRKの経営陣は、全国的な編み物の夕べの放送を検討しています。一見すると退屈そうですが、実際退屈なんです。しかし、このテレビの実験の何かがノルウェーの人々の心を掴んだようです。それで、リスニング・ポストのマルセラ・ピザーロ記者をオスロに派遣して、それが何なのか探ることにしました。ただ忠告しておきますが、視聴者によっては放送映像に失望を感じるかもしれません (笑)
この後アルジャジーラは、8分間の映像でノルウェーの変なテレビ番組のことを伝えました。
アルジャジーラもCNNも、これを不思議がっています。
始まりは2009年のことです。同僚が良いアイデアを思いつきました。その場所は昼食の席でした。
1940年のドイツによるノルウェー侵攻の日の経過をたどるラジオ番組を作ったらどうか? それが起きたのとちょうど同じ時間に放送するんです。面白いアイデアでしたが、侵攻の日まで2週間しかありませんでした。それで、まさに進行中の出来事を伝える番組として、他にどんなものが考えられるか議論しました。何か、すごーく時間のかかるものがいいです。誰かが鉄道というのを思いつきました。その年はちょうど、ベルゲン線の百周年でした。西ノルウェーから東ノルウェーに行く鉄道でかかる時間は、40年前とまったく同じ7時間です (笑)。
それでオスロの編成責任者を捕まえて、ベルゲン線のドキュメンタリーをノーカットで作りたいと言いました。
すると「どれくらいの長さになる予定?」と聞きます。
私たちは「ノーカットで」と言い、「だから番組の長さは?」そんなやり取りを繰り返しました。
幸い、彼らは笑って快くOKを出してくれました。それで私たちは、9月のある晴れた日に、7時間4分の番組を撮り始めました。実際には最後の駅の信号機故障のため7時間14分になりました。4台のカメラを持ち込んで、3台は外の美しい自然を撮し、それから乗客の話や情報も伝えました。
それだけですが、トンネルが160もあるので、その間に記録映像を流しました。
食事を消化している間にちょっとナンパします。目的地に着く前の最後の下りです。ミェルフェル駅を通過します。
新たなトンネルです(笑) 私たちは思いました。いい番組ができた、ノルウェーにいる2千人の鉄道マニアにはウケるだろう。
2009年の11月に 放映しましたが、私たちが思っていたよりはるかに魅力的だったようです。
これは通常の金曜日におけるノルウェーの5大チャンネルです。NRK2が右端にありますが、ベルゲン線の番組を流した時にどうなったかというと、120万人のノルウェー人がこの番組を見たんです(拍手)。
もう1つ面白いのはNRKのメインチャンネルで、ニュースキャスターが「ちなみに第2チャンネルでは、列車がミルダル駅に着くところです」と言ったところ、何十万という人がこらちの列車に飛びついたことです(笑)。
これはまた、ソーシャルメディアという面でも大成功でした。何千というフェイスブックやツイッターのユーザーが番組を見ながら、まるでいっしょの列車に乗っているかのように互いに話しているのは素晴らしいものでした。
これは特に私の好きなやつです。76歳のお年寄りなんですが、番組を最後までずっと見ていて、終着駅に着いたところで席を立ち 荷物を手に取って、それからカーテンレールに頭をぶつけてはじめて、自分のいるのが列車の中じゃないことに気付いたそうです(拍手)。だから、とても力強く生き生きとした番組だったわけです。金曜日の夜の436分間です。
その夜にツイートが来ました。
「436分でやめてしまうなんて臆病じゃない? ノルウェーを象徴する旅を8,040分使って放送することだってできるのに?」
沿岸フェリーのフッティルーテンは、ベルゲンからキルケネスまで3千キロの海岸線を端から端まで繋ぎ、120年の興味深い歴史があり、沿岸地域の生活に深く結びついてきました。
それで、ベルゲン線の番組のほんの1週間後にフッティルーテン社に電話して、次の番組の準備に取りかかりました。今回は少し違ったことをしたいと思いました。ベルゲン線は録画番組でした。編集室に集まってこの映像を見ていました。ある記者とオール駅で会った時のものです。彼には電話をして番組の話をしていました。それで彼は駅に来て写真を撮り、こちらのカメラに手を振ったわけです。
それで思ったんです。我々が列車に乗っていることをもっと多くの人が知っていたら?
たくさんの人が やって来たのでは?
どんな風になっただろう?
それで、次の番組は生でやることに決めたんです。
フィヨルドの上と画面上に同時にいる、こういう絵が欲しかったんです。NRKのカメラが船に乗るのは始めてのことではありません。これは1964年のもので、当時は技術責任者もスーツにネクタイ姿でした。NRKは装置一式を船に積み込んで、岸から200メートルのところで中継していました。機械室で技師と話したり、甲板では素晴らしい余興をしていました。
船でやるのは初めてではありませんが、これは5日半ぶっ続けの生中継です。助けが欲しいと思いました。それで視聴者に質問しました。
何を見たいか? 何を映して欲しいか? どんな風にして欲しいか? ウェブサイトはあった方が良いか? そこで何を提供すべきか? それで視聴者から色々意見をもらい、番組を作る上で大変参考になりました。2011年6月にフッティルーテンの船に23名のスタッフが乗り込み、出航しました。
この旅で強く記憶に残ったものが色々ありましたが、それはみんな人です。
たとえばこの人はトロムソ大学の研究部門のトップです (笑)。
それから服をお見せしますが、これもまた強く記憶に残るもので、エリック・ハンソンという男が着ていたものです。あるいは我々の番組をしっかり引きつけたこの2人や、旅路に現れた何千という人々が番組を作り上げたんです。彼らがストーリーを作ったんです。
この少年はカールという中学3年生です。「明日は学校に少し遅れる」と書いてあります。朝8時に学校に行かなければならないところを9時に行ったんですが、先生に叱られませんでした。先生も番組を見ていたからです (笑)
どうやって制作したかですが、船の会議室をテレビの調整室に改造しました。全部自分たちでやり、11台のカメラを持ち込みました。これはその1台で、私が2月にスケッチしたものです。このスケッチを元に、NRKの専門家が素晴らしいものを拵えてくれました。創意工夫が込められています 。これで上下させます、これは今やノルウェーで最も重要なドリルです。
船からの素晴らしいライブ映像を撮る11台のカメラのうちの1台――船首カメラの上下を制御します。8本のワイヤーでカメラを支えています。私は別のカメラを担当しています。それぞれの状況でカメラを使い分けるんです 。
これは別のカメラで、通常スポーツ中継に使われるものです。何百メートルも離れた人のクローズアップを撮ることができます。こんな風に (男が落馬する — 笑) 多くの人が、あの人大丈夫かと電話してきました。彼なら大丈夫です。問題ありません。行く先々で手を振る人々をカメラに収めることができました。何千という人々です。みんな携帯を手にしていました。彼らにカメラを向けると「パパ 映ってる!」というメッセージを受け取って手を振るわけです。5日半に渡る、手を振る人々の映像です。すごい喜びようです。愛する人々に温かいメッセージを送れるのが嬉しいんです。
ソーシャルメディアの上でも大成功でした。最後の日にノルウェーの女王陛下が登場した時には、ツイッターは負荷に耐えきれませんでした。インターネット上では、この週に148カ国に向けて、百年分以上の ストリームを流しました。このウェブサイトは今も見ることができ、実際永久に見ることができます。フッティルーテンは、ユネスコのノルウェー・ドキュメンタリーに選ばれたからです。また、最長のドキュメンタリー番組としてギネスブックにも載りました (拍手)。 ありがとうございます。
長い番組です。首相のように一部だけ見た人もいれば、もっと長く見た人もいます。
「私は5日間ベッドを使っていない」とあります。彼は82歳で、眠れなかったそうです。何か起きるかもしれないと番組を見続けたんです。たぶん何も起きなかったと思いますが (笑)
これは航海中の視聴者数です。有名なトロル・フィヨルドと、その翌日にNRK2史上最高を記録した地点が分かるかと思います。
2011年6月におけるノルウェー主要局の視聴者数はこんな感じです。テレビプロデューサーとしてフッティルーテンが最高になったのは嬉しい限りです。320万人のノルウェー人がこの番組を見たんです。人口が500万人しかいない国でです。
フッティルーテンの乗客ですら番組を見ていました(笑) 90度横を向いて窓の外を見る代わりにテレビを見ることを選んだんです。この奇妙なテレビ番組を通して、音楽や自然や人々の姿とともに私たちはみんなの居間の一部になることができました。
「スローテレビ」は話題の言葉になって、私たちは他に何がスローテレビにできるか探し始めました。鉄道やフッティルーテンのような、何か時間のかかるものを対象にしてもいいし、何か対象を選んでそれを長くしてもいい。
これは最近のプロジェクトで、覗き見ショーです。テレビで14時間にわたってバードウォッチングをしたんです。インターネットでは87日間やりました。18時間かけて鮭釣りのライブ中継をやりました。最初の魚が釣れるまで3時間かかったので、すごくスローな番組になりました。
美しいテレマルク運河を行く12時間の船旅もやりました。
鉄道旅行をもう一度北部鉄道でやりました。視聴者に四季を経験してもらうために、これは録画を使いました。
次のプロジェクトは、ノルウェー国外からの関心を引くことになりました。これはコメディ・セントラルの 『コルベア・リポート』です。ノルウェーで非常に人気の番組が私の目にとまりました。
『全国暖炉の夕べ』です。どういう内容かというと、防寒具を身にまとった人々が森でおしゃべりしながら薪割りし、それから8時間にわたって暖炉の火を撮し続けるんです (笑)。これはノルウェーの他局の番組を圧倒しました。
『ペンキが乾くのを見よう』や『素晴らしき氷河レース』です。ノルウェー国民の20%近くが見たそうです。20%ですよ!
暖炉の火や薪割りが興味深いものになるなら、編み物はどうでしょう?
私たちの次のプロジェクトでは、8時間以上を使って、羊からセーターに至るまでの過程をライブで放送しました。
ABCで番組をやっているジミー・キンメルはこれが気に入ったようです。
番組に出ている人ですら居眠りしてるよ。しかも編み手たちは世界記録を破れもしませんでした。
失敗でしたが、ノルウェーの古い諺に言うように勝ち負けは問題ではないんです。死は万人に訪れるんだから、何事も問題ではありません (笑) まさにその通り。ではなぜこの番組が際立っているのでしょう? 他のテレビ番組とはまったく違っています。私たちは今まさに進行中の旅に視聴者を連れて行き、視聴者は自分が本当にその場にいるように感じます。列車の中や船の上に居て、一緒に編み物をしているように感じます。なぜそう感じるかというと、タイムラインを編集していないからだと思います。
時間を編集しないというのは重要なことです。また、私たちがスローテレビを人々が関われるものにしているのも重要なことだと思います。これは我々の文化に根付いたことです。これは去年の夏に7週間かけて沿岸を航海した時のもので、計画や調整しなければならないことはたくさんありました。これは去年の夏の150人分の作業計画です。
しかしさらに重要なのは、我々が何を計画しなかったかです。何が起きるかは計画しません。ただカメラを持って行くだけです。スポーツの試合のようなものです。人を集めて、何が起きるか見るのです。
これはフッティルーテンの進行表です。134時間の番組に対してたった1頁です。
ベルゲンを出る時点ではそれ以上のことは決まってなかったのです。私たちは、視聴者が自分でストーリーを作るに任せました。例を挙げましょう。これは去年の夏のもので、テレビプロデューサーとして見た時、これはいい絵になっていると思いますが、この辺で画面を切り替えたいと思います。しかしこれはスローテレビなので、映し続けなければならず胃が痛くなってきます。それでもさらに続けます。これくらい長く映し続けていると、牛がいるのに気付いた人もいると思います。旗があるのに気付いた人もいるでしょう。そして疑問に思い始めます。飼い主は家にいるのかな? 出かけてるのかしら? 牛がさまよってるけど大丈夫? あの牛いったいどこへ行くんだ? つまり、このように長く映し続けていると――10分間映していましたが――見ている人は頭の中で ストーリーを作り始めるんです。それがスローテレビです。
スローテレビはテレビでストーリーを語る1つの良い方法だと思います。
私たちはそう頻繁にではなく、年に1回か2回これを続けていこうと思っています。特別な出来事という感覚を保つためです。そして私たちが良いスローテレビのアイデアだと考えているのは、「そんなのテレビ番組にできないよ」と誰もが言うようなアイデアです。みんなが笑みを浮かべるなら、それはスローテレビの良いアイデアかもしれません。
何にせよ、少し奇妙なくらいの時にこそ、人生は面白いものになるんです。
ありがとうございました (拍手)
スローフードというのは聞いたことあるけど、スローテレビですって? この愉快な講演では、ノルウェーのテレビプロデューサーであるトーマス・ヘルムが、とても長くて退屈な出来事を、時には生で放送するようになって、しかもその番組に夢中になる視聴者がたくさん現れたいきさつを話してくれます。これまでに放送されたのは7時間の列車の旅、18時間の魚釣り、ノルウェー沿岸をたどるフェリーでの5日半の航海など。結果として生まれたのは美しくも魅惑的な番組です。本当ですって!