サイコパス・テストへの奇妙なこたえ(18:01)
講演内容の日本語対訳テキストです。
自動スクロールはしませんので、映像に合わせてスクロールさせてご覧下さい。
私は友人の家にいました 彼女の本棚には DSMマニュアルがあります これは精神障害を診断する マニュアルで あらゆる精神障害が 載っています 1950年代には 薄っぺらな冊子でしたが その後 どんどん どんどん 厚くなり 今では886ページもあります 現在374種類の 精神障害を掲載しています
自分に精神障害があるか考えながら パラパラとめくっていくと 12種類あることが わかりました (笑) まず 全般性不安障害です これは予想通りでした そして悪夢障害 ― これは追いかけられる夢や ダメ人間と言われる夢を 繰り返し見る障害です 私は夢でいつも 誰かに追いかけられて 「ダメ人間」と罵られます (笑) 親子関係の問題も抱えています これは両親のせいでしょう (笑) 冗談です いや本当です いや冗談です 仮病もあります 仮病と全般性不安障害を 両方もっているのは かなり珍しいと思います だって 仮病を使うと 不安になるのですから
DSMを読みながら 自分は想像以上に おかしいのかと考えたり ― 訓練されたプロ以外 自分自身を診断するのは よくないと思ったり ― あるいは精神科医は 普通の行動を精神障害と 名づける奇妙な欲求が あるのだと考えたりしました どれが正しいかは わかりませんが 少し興味がわいてきました だから精神医学に 批判的な人に話を聞こうと 考えたのです それで結局は「サイエントロジー」信者とランチすることになりました (笑)
その人の名はブライアン ― サイエントロジストの精鋭 チームを率いて 精神医学を片っ端から 叩き潰そうとしています チームの名前はCCHRです 私はこう尋ねました 「精神医学は ― いかがわしい疑似科学だと 証明できるかい?」 彼のこたえは 「ああ 証明できるよ」 「どうやって?」 「トニーに会えばいい」 「トニーって 誰?」 「トニーはブロードモアにいる」 ブロードモア病院のことです かつてブロードモア刑事犯精神病院と 呼ばれた所で 連続殺人犯や 自分を抑えられない人が 送られます トニーが何をしたのか ブライアンにたずねると 「大したことじゃない 「誰かを殴ったか何かした後 ― 狂ったふりをして 刑務所送りに なるのを逃れようとしたんだ ただ上手くやりすぎて ブロードモアに収監された 彼が正気とは 誰も信じないだろう トニーに会いにブロードモアへ 行ってみるかい?」 「ぜひ」と私は答えました
ブロードモア行きの 列車に乗りましたが ケンプトンパークの辺りで あくびが止まらなくなりました 犬は不安な時に あくびをしますが それと同じです 目的地に着き たくさんのゲートを通って 健康管理センターに行きました ここで患者と面会するのです あのハンプトン・インを巨大にした感じです 桃色 松材 そして落ち着いた色彩で まとめられています 唯一 鮮やかなのは 真っ赤な緊急ボタンです 患者が入ってきました みんな肥満体で スウェットパンツ姿 ― おとなしそうに見えます ブライアンが耳打ちしました 「投薬されているんだ」 これはサイエントロジストにとって 最も忌まわしいことなのですが 私は内心“よかった”と思いました (笑)
ブライアンが言いました 「トニーだ」 男が入って来ました 太ってはおらず 健康そうです スウェットではなく ピンストライプの スーツ姿でした 『アプレンティス』に 登場するビジネスマンよろしく 男は手を差し伸べました 自分が正気だと 納得させるような服装を しているのだと感じました
男が席につきました まず本当に狂気を装ったせいで 入所したのか聞きました 「そう その通り 17で暴行事件を起こしたんだ 裁判まで拘置所にいたんだが 同じ房のやつが言ったんだ “わかってるな? 狂った振りをしろ 自分は狂ってるって言え そしたら楽な病院に送られる 看護士がピザを運んでくれて PlayStationができる”ってね」 私は方法を聞きました 「精神科医の 診察を希望したのさ 映画の『クラッシュ』を 見たばかりだった 車をぶつけることで 性的に興奮する人たちの話だ だから医者に “車を衝突させると性的に 興奮するんです”って言ったのさ」 「他には?」と尋ねると 「こんなことも言った 女が死ぬところが見たい そうしたら まともになったような 気がするからってね」 その話をどこで仕入れたか聞くと 彼はこう言いました 「刑務所の図書室にあった ― テッド・バンディの伝記さ」
とにかくトニーは自分の狂ったふりが 上手すぎたと言っていました 結局 楽な病院ではなく ブロードモアに送られたのです 彼はここに着くとすぐに 精神科医に面会を申し出て 言いました 「大きな誤解だ ― 俺は精神病じゃない」 私は入所して何年になるか 聞きました 「元々の刑期なら 5年で出られたはずだ 「元々の刑期なら 5年で出られたはずだ なのにブロードモアに来て もう12年になる」
トニーによれば 自分が正気だと 思わせるのは 狂っていると思わせるより 難しいのです 「正常だと思わせるには サッカーやテレビみたいな 普通の話題を 普通に話せばいいと 思っていたんだ 俺は「ニュー・サイエンティスト」を とっていて 最近 ― 米陸軍が爆発物探知用に ハチを訓練する記事を読んだ だから看護士に ― “米軍が爆弾を探すハチを 訓練してるって 知ってたかい?”って 言ったんだ ある時自分のカルテを見たら こう書いてあったよ “ハチが爆薬を嗅ぎわける と信じ込んでいる”ってね」 「奴らは俺の精神状態を知るために 言葉以外の手がかりを いつも探しているのさ でも正常な座り方って どうやればいいんだ? 正常な足の組み方は? そんなの無理だよ」 トニーの話を聞いて 考えてしまいました 私はジャーナリストらしく 座ってるのだろうか? ジャーナリストの 足の組み方だろうか?
彼は続けます 「俺の隣には ストックウェルの絞殺魔がいて 反対側には“チューリップ畑”の 強姦魔だ だから怖くなって 部屋にこもりがちになった そしたら それがおかしい 証拠だって言うんだ ― 打ち解けず 気取ってるってね」 つまりブロードモアでは 連続殺人犯を避ける態度が 狂気のしるしなんです 私には彼が正常に見えましたが 本当にそうでしょうか?
そこで彼の主治医の アンソニー・メイデンに連絡し 事情を聞きました 彼によると 「トニーが刑を逃れるため 狂気を装ったことは わかっていました そもそも彼の妄想は ありきたりで ブロードモアに来たら 消えてしまったからです それでも私達は 彼を診察して サイコパスと 診断したのです」 狂気を装うこと自体が サイコパス特有の 人を操る 悪賢い行為です 診断表にもあります “狡猾で人を操る” 頭がおかしいと 装うこと自体 頭がおかしい証拠です 他の専門家によると ピンストライプのスーツは 典型的な精神病質のしるしです 診断表の 最初の2項目は “口が達者で一見魅力的” そして“過剰な自尊感情”です 私はトニーが他の患者に 近付かないと言いましたが 典型的なサイコパスには 誇張と 共感の欠如が見られます トニーの正常そうに見える 部分こそが 狂気の証拠だったのです 狂気の証拠だったのです 彼はサイコパスでした
医師は言いました 「サイコパスについて もっと知りたければ 診断表を作った ロバート・ヘアが主催する サイコパス診断講座に 行ったらいい」 だからそうしました サイコパス診断講座に通って 今では公認の 結構 優秀な サイコパス診断者です
ここで統計を紹介しましょう 普通の人100人のうち 1人はサイコパスです ここには1,500人いますから 皆さんのうち15人は サイコパスです この割合はCEOや会社役員では 4%になるので この部屋に30-40人の サイコパスがいても おかしくありません 夜中には死体の山が 出来ているかも知れません
(笑)
ヘアは理由をこう説明します 徹底した資本主義では 精神病質的な行為が称えられる たとえば人に共感しないことや 弁が立つこと 狡猾に人を操ることなどです 最も非情な状態の資本主義は 精神病質が具現化したものです 私達全員に降りかかる 精神病質のようです さらにヘアは言いました 「狂気を装ったかどうかも怪しい トニーみたいな男は問題じゃない 大した話じゃない 本当の問題は企業の精神病質なんだ 企業にいるサイコパスに 話を聞いてみるといい」
だから試しにエンロンの社員に 手紙を書きました 「刑務所にお邪魔して 皆さんに面談し サイコパスかどうか 診断したいのですが」 でも返事は来ませんでした そこで方針を変えて “チェーンソー・アル” ダンラップに メールしました 90年代に会社資産の収奪で 利益をあげた人です 弱体化した企業に参入して 社員の30%を解雇し 街をゴースト・タウンに 変えてきました 今度はこう伝えました 「私の推測では あなたが特別で ― 恐れを知らないやり手なのは 脳が特殊だからです その特別な脳について インタビューしたいのですが」 彼は 来るように返信してきました
アル・ダンラップが住む フロリダの豪邸に行くと いたるところに 捕食動物の彫刻がありました ライオンやトラがありました 彼が庭を案内してくれます ハヤブサやワシもあります 「向こうにはサメもある」と 教えてくれました 力強い話し方です 「サメなら もっとあるし トラもある」 まるでナルニア国です
(笑)
次にキッチンへ行きました さて アル・ダンラップは 倒産寸前の会社を救うためにやって来て 労働力の3割を削減しました また彼はよく冗談を言いながら 人をクビにしました こんな話があります 社員が彼に言ったそうです 「新車を買ったんですよ」 彼はこう応えたそうです 「新車が手に入ったって 失ったものがあるだろう 仕事だよ」
キッチンには彼と 妻のジュディ ― ボディガードのショーンが一緒でした 私はこう言いました 「あなたが特別なのは 脳が特殊だからだと言いましたよね」 「素晴らしい仮説だ」と彼 「スタートレックみたいだな 驚異に満ちた物語ってわけだ」 私は続けて言いました 「心理学者ならこう言うでしょう その脳のせいであなたは...」 (ぶつぶつと) (笑) 「何だ?」 「あなたはサイコパスなんです いま精神病質の 診断表を持っています 一緒に見ていきましょうか?」
彼は気持とは裏腹に 興味深げでした 「いいだろう」 「まず過剰な自尊感情です」 これには彼も頷くしか ないようでした 彼の後ろには巨大な 肖像画が掛っていたのですから (笑) 彼は言いました 「自分を信頼すべきだ」 「人を操りたがる」と私 「それはリーダーシップだ」 「感情の薄さ つまり 多様な感情を持てないこと」 「くだらん感情で悩みたい奴が どこにいる」 彼は診断表を 読み換えていきました 「チーズはどこへ消えた?」 みたいにです
(笑)
でもアル・ダンラップと過ごして 気づいたのです 彼が普通のことを話したとします 例えば ― 「青少年の非行はだめ」 彼は陸軍士官学校 出身だそうですが ウエストポイントに 不良は入れません 「結婚を何度も繰り返すのはだめ」 彼は2度結婚しています 確かに最初の妻は 離婚届けに こう書いています “彼がナイフで脅してきて 人肉はどんな味だろうと 言った”と でも関係が悪化すると 口論の末に 馬鹿なことを口走るものです それに2度目の結婚は 41年も続いています とにかく そんな普通のことなら 本には載せられないと 私は思いました その時気付いたのは サイコパスの診断をはじめて ― 自分が少しサイコパスに 近付いたということです 私は必死になってサイコパスの レッテルを彼に貼り 彼の狂っている部分だけを 見て診断しようとしていたのです
さらに気付きました ジャーナリストとして自分は こういうことを 20年間してきたのだ 我々ジャーナリストは メモ帳を携えて世界を駆けまわり 宝石を探します その宝石とは インタビュー相手の人格の 極端な部分です 我々は中世の僧のように 宝石をつなぎ合わせますが ありきたりの物は 捨ててしまいます これがある種の精神障害を 過剰に診断することにつながります 小児双極性障害では たった4歳の子どもが 双極性障害と診断されます 子どもは癇癪を起こすので 双極性障害の診断表で スコアが高くなるためです
私がロンドンに戻ると トニーが電話してきました 「どうして電話をくれなかった?」 私は みんな彼がサイコパスだと 言ってると伝えました 「俺はサイコパスじゃない ― 診断表の項目に “後悔の欠如”があるけど 別の項目には “狡猾さ”や“人を操る傾向”もある だから犯した罪を 後悔していると言っても 医者は“サイコパスにありがちな ― 後悔を装う巧妙な 手口だ”って言うんだ 奴らは魔法みたいに 何でも逆に解釈するんだ」 そしてこう言いました 「審理があるんだ 来るかい?」 私は了解して 審理に行きました ブロードモアに入って14年 とうとう彼は釈放されました 決定理由はこうです 彼を無期限に収容すべきでない なぜなら診断表で スコアが高くても それが意味するのは 再犯の可能性がある という程度だからです 彼は釈放されました 廊下で彼は言いました 「ジョン いいか? みんな少しはサイコパスなんだ あんたも 俺も まあ俺は明らかだが」 私はこれからどうするつもりか 聞きました 彼は 「ベルギーに行くつもりだ 好きな女がいるんだが 結婚してる だから旦那と別れさせるのさ」
(笑)
ここまでが2年前の話です 私の本はここで終わっていました その後20か月は すべて順調でした 悪いことは起こりませんでした 彼はロンドン郊外で 女性と暮らしていて サイエントロジストの ブライアンによれば 失った時間を取り戻しています ― 不気味な気もしますが いやそうでもありません 20か月経った後 彼は1か月間 刑務所に入りました 彼によればバーで喧嘩になり 1か月 服役したのです 悪いことではありますが 刑期が1か月であれば どんな喧嘩であれ そうひどくなかったのでしょう
トニーが電話をくれました 私はトニーが出所したのは 正しいことだと考えています 狂った部分だけで 人を評価すべきではないからです トニーは半分だけ サイコパスなのです 社会は曖昧さを嫌いますが 彼はグレー・エリアです でもグレー・エリアこそが 人の複雑さや 人間性が見えるところ ― 真実が見えるところなのです トニーが言いました 「ジョン 酒でもおごらせてくれ あんたがしてくれたことに 感謝しているんだ」 でも私は出かけませんでした 皆さんならどうしていましたか?
ありがとう
(拍手)
狂気と正気を確実に分ける一線はあるのでしょうか?『サイコパスを探せ! 「狂気」をめぐる冒険』の著者ジョン・ロンスンが,身の毛もよだつような話を通して,正気と狂気の間にあるグレー・ゾーンを明らかにしていきます。