なぜジャーナリストには権力に挑む義務があるか(14:30)

ホルヘ・ラモス(Jorge Ramos)
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対訳テキスト
講演内容の日本語対訳テキストです。
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私はジャーナリストで 移民でもあります これら2つのことが 私を特徴づけています

私はメキシコ生まれですが 人生の半分以上を アメリカでの報道に費やしてきました 移民によって作られた国 アメリカでです 報道記者として そして外国人として 私が学んだのは 中立の立場をとって 沈黙し 恐れることは 最善策ではないということです それは報道の世界でも 日々の生活でも同じです この「中立性」を 隠れ蓑(みの)に 私たち ジャーナリストは 本来 果たすべき責任に しばしば背を向けています

その責任とは何か? 権力ある人たちに対し 疑問を投げかけ その正当性に挑むことです このために報道はあるのです

権力を問い それに挑む これは報道の美徳とも 言えるものですが もちろん 私たちには 事実をありのままに伝える義務もあります 虚構を語ってはいけません その意味において 私は客観性の原則に同意します 家が青色であれば 青色だと言いますし 失業者が百万人いれば 百万人と言います しかし 中立性を保てば 必ず真実に導かれる というわけでもありません たとえ 私が 完ぺきなほどの慎重さでもって あるテーマについて 両方の立場を伝えるとしても― 例えば 民主党と共和党 リベラル派と保守派 政府と反政府といった立場です― それでも結局は 何が真実で 何が真実でないかを 知ることができる保証はありませんし 誰がやっても 保証されることはないのです 人生はもっともっと複雑なものです ですから 報道も その複雑さを反映してしかるべきです

ここで明言しておきます 私は断固として テープレコーダーにはなりません そんなものになるために 記者になったのではありません 今どき もう誰もテープレコーダーなんて 使ってないって?

(笑)

そういうことなら 私は 携帯電話を取り出し 録音ボタンを押して 目の前に差し出すなど 断固としてしません それでは まるで コンサート会場にいるファンです これは 真の報道ではありません 意外に思われる方も多いでしょうが ジャーナリストは 絶えず 価値判断を行っています 倫理的、道徳的判断です 私たちは いつも ことのほか個人に依存した― 非常に主観的な判断を 下しているのです

例えば ある独裁政権を取材するよう 指示されたとしましょう チリのアウグスト・ピノチェトや キューバのフィデル・カストロ のような政権です あなたが報道するのは その最高司令官たちが望むことだけですか? それとも彼らに立ち向かいますか? また こんなことが起こっていると 分かったらどうでしょう 自国か隣国で 学生たちの姿が どんどん消えていき ひそかに墓が 建てられていくとか 国家予算から 何億円ものお金が消えていき 元大統領の面々が なぜか億万長者になっているとか そんなとき 公式見解だけを 報道しますか? あるいは かの超大国の大統領選を 取材していたところ ある候補者が 人種差別的で性差別的 外国人嫌悪の発言を したとしたら? 実は これは私の話です 私がどんな行動をとったか お話ししますが その前に 私がどんな人生を 歩んできたかご紹介します その行動に至った理由を ご理解いただけるはずです

私はメキシコシティで 5人兄弟の長男として育ちました 家には 全員を大学に行かす お金がなかったので 午前中に勉強したあと 午後は働く日々を送っていました そして ついに ずっと やりたかった仕事を 手にします 放送記者の仕事です 大きなチャンスでした でも3つ目の取材に 取り組んでいたとき 私は大統領を批判し メキシコには民主主義がないと 疑問の声を上げてしまいました メキシコでは1929年から2000年まで 選挙はすべて出来レースで 現職の大統領が 後継者を自ら選んでいたのです そんなものは 本当の民主主義ではありません 大統領の問題を暴露するのは 素晴らしいことだと思ったのですが 私の上司は―

(笑)

上司は そうは思わなかったようです 当時 大統領官邸のロス・ピノスは メディアに対して 直々に検閲を行っていました 私の上司は 私が担当する番組の 責任者であると同時に あるサッカー・チームも 任されていましたが ニュースよりも ゴールに関心があるのではないかと 私は常々 疑っていました 上司は私のレポートを検閲し 変更を指示しましたが 私は拒否しました 上司は 担当を変えて 私に書かせたかった記事を 別の記者に書かせました 私は ジャーナリストとして 検閲は受けたくなかったのです どこから そんな力が湧いてきたのか 私は 辞表を書いていました 24歳のとき― たった24で 私は 人生で最も難しく そして最も素晴らしい決断をしました テレビ局を辞めるだけではなく 国も去ることにしたのです

私は 愛車を売りました おんぼろの赤いフォルクスワーゲンの小型車を いくばくかのお金に換え 家族に別れを告げました そして友だちや 慣れ親しんだ街 行きつけの場所 それからタコスにも さよならし―

(笑)

カリフォルニア州ロサンゼルスまでの 片道切符を買いました それで私は 世界に2億5千万いる移民の 仲間入りをしたのです

移民の人に尋ねれば 誰もが― 新たに移り住む国に 足を踏み入れた日のことを 何から何まで 事細かに 覚えていることでしょう BGM付きの映画のように鮮明にです 私がロサンゼルスに降り立ったとき 日はもう暮れかけていました 私の全財産は ギター、スーツケースと いくらかの書類だけで 両手で すべて 運ぶことができました そのときほど 絶対的な自由を 感じたことはありません 私は なけなしの財産で 何とか乗り切り 学生ビザを取得しました 当時 勉強していたのです レタスとパンをたくさん食べました それしか なかったからです そして1984年のこと ついにアメリカで 初めて 放送記者の仕事をすることになります

最初に気づいたのは アメリカでは 当時のロナルド・レーガン大統領を 同僚が 容赦なく批判しても 何も起こらないことです 誰も検閲などしませんでした 私は思いました この国は最高だと

(笑)

(拍手)

そんな感じで 30年以上もの間 本当に自由に報道できましたし 移民であっても 平等な扱いを受けてきました でも何の前触れもなく それも終わります この前のアメリカ大統領選の取材を 担当してからです

2015年6月16日 最終的にアメリカの大統領になった候補者が こんな発言をします 「メキシコの移民は 犯罪者で 麻薬売人で 強姦犯だ」 私には分かりました 彼は嘘をついていると 彼の間違いが分かったのは ある非常に明快な理由からです 私自身がメキシコ移民だからです 私たちは そんなものではありません ですから 私は 記者なら 当然するだろうことをしました その候補者に インタビューを求めて 手書きで書簡をしたため ニューヨークにある彼のタワーに 送りました

翌日 仕事をしていると 突如として 携帯電話に 電話やテキスト・メッセージが 何百件も押し寄せてきました 侮辱的なものもありました 状況が飲み込めずにいると 友人が私の部屋に入って来て言いました 「あいつらが 君の携帯番号を インターネットにさらしたんだ」 まさに そのとおりでした こちらが 公表された書簡で そこに私の番号も書かれています メモしたって無駄ですよ もう番号は変えましたから

(笑)

ここで私は 2つのことを学びました 1つは どんなことがあっても 決して ドナルド・トランプに 携帯の番号は教えてはいけないこと

(笑)

(拍手)

2つ目は 中立の立場をとるのは もう止めるべきだということです それ以来 ジャーナリストとしての 私の使命は変わりました 私はその候補者に立ち向かい 彼が間違っていること つまり― アメリカにいる移民に関する発言が 正しくないことを示そうとしました

ある数字を紹介しましょう アメリカの不法滞在者の 97%は 善良な人たちです 重大な犯罪 アメリカで言う「重罪」を犯すのは 3%にも満たないのです それに対してアメリカ市民で この重罪を犯すのは6%です つまり アメリカ市民よりも 不法滞在者の方が ずっと素行が良いのです

このデータをもとに 私は ある計画を立てました 私の携帯番号がさらされた8週間後 私は その候補者が 票集めで弾みをつけようと開く― 記者会見の取材許可証を 手に入れました 彼に立ち向かうと決めたのです それも じかにです でも― 物事は思うようには進みませんでした こちらをご覧ください

[ドナルド・トランプ記者会見 アイオワ州ダビュークにて]

(ラモス)トランプさん 移民について1つ質問があります

(トランプ)次の質問者は? はい どうぞ

(ラモス)あなたの移民政策計画は 絵空事です

(トランプ)あなたの番じゃない 座りなさい 早く

(ラモス)私は報道記者です 移民として アメリカ市民として 質問する権利があります

(トランプ)いや ない (ラモス)私には権利が―

(トランプ)ユニビジョンに戻れ

(ラモス)質問はこれです あなたには 1100万もの人を 国外退去させることも 3,000kmにわたる壁を作ることも この国で生まれた子どもたちの 市民権を否定することもできません

(トランプ)座りなさい (ラモス)そうした考えで―

(トランプ)あなたの番ではない

(ラモス)報道記者として私には― 触らないでください

(護衛1)妨害しないで あなたは妨害していますよ

(ラモス)私には質問する権利が― (護衛1)静粛に 順番です

(護衛2)メディア資格証明書は?

(ラモス)私には権利が―

(護衛2)どこですか? 見せてください (ラモス)そこです

(男性)いいから下がってください

(護衛2)とにかく順番を守りなさい

(男性)君はとても失礼だ 君には関係ないだろう

(ラモス)あなたに関係ない― (男性)私の国から出て行け

(男性)君に関係ない

(ラモス)私もアメリカ市民です

(男性)もういいからユニビジョンへ 君に関係ない

(ラモス)関係ないと言いますが アメリカのことですよ

(拍手)

(拍手がやむ)

このビデオを見るたびに 私がまず思うのは 憎しみというものは 感染するということです ここでは「ユニビジョンに帰れ」という 候補者の発言が合図となっています 要は「出て行け」と 言っているのですが 彼の取り巻きの1人は それでお墨付きをもらったとばかりに 「私の国から出て行け」と言います 私がアメリカ市民だとも知らずにです

このビデオを幾度となく見て もうひとつ思うのは 「中立性」の呪縛から 自由になるには― 本当の意味で自由になるには― 恐れることをやめ 「ノー」と言うことを 覚えなければなりません 「私は黙らないし 私は座らない 私はこの場を去らない」とね 「ノー」という言葉は―

(拍手)

「ノー」は どんな言語にもある 最も力強い言葉で それがなければ 私たちの人生に 重要な変化はやって来ません そこに大いなる尊厳があることで 深い敬意が生まれ 一歩下がって そして押し返して こう言えるのだと思います 「ノー」

エリ・ヴィーゼルは ホロコーストを生き延びた人物で ノーベル平和賞の受賞者です 残念なことに 少し前に亡くなりましたが とても思慮深い言葉を 残しています 「いずれかの立場をとらねばならない 中立でいることは 抑圧者に資するだけで 被害者のためにはなりえない」 まさに彼の言うとおりです 一定の状況下では ジャーナリストは 特定の側につく義務があります 人種差別や その他の差別 汚職 公の場での嘘 独裁や人権にかかわる場合には 中立性や無関心は 横に置いておかねばなりません

スペイン語の ある言葉が ジャーナリストがとるべき姿勢を 端的に表現しています 「contrapoder(反権力)」です ジャーナリストは 基本的には 権力を持つ人たちとは 反対の立場をとるべきです だって もし政治家と結託したり 州知事の息子の 洗礼式や結婚式に行ったり 大統領の仲間に なりたかったりしたら 彼らの批判なんて できますか? 権力や影響力のある人を 取材することになったとき 私はいつも2つのことを 心にとめています この難しくて聞きづらい質問を もし ここで私がしなければ もう誰もしないだろうこと そして この人には もう会うことはないということです 私は相手に良い印象を 残す必要もなければ 関係を築く必要もないのです もし大統領の友人になるか 敵になるかを 選ばないといけないなら 私は常に敵でありたいと思います

最後に申し上げたいのは 今 移民やジャーナリストは 苦境に立たされています でも 今ほど いつでも中立性を かなぐり捨てる用意のある― ジャーナリストが 必要なときは ありません 私自身のことで言えば 私は この瞬間のために人生をかけて 準備してきたんだと感じます 24歳で検閲を受けたことで 私は中立性、恐怖、沈黙が しばしば犯罪や権力乱用 不正といったものに 加担することになると学びました 権力に加担してしまったら それは決して 良い報道にはなりえません

59歳となった今 私の ただ1つの願いは 24歳のときに持ち合わせていた 勇気と純粋さを少しでも保ち 二度と口を閉ざすことが ないようにすることです ありがとうございました

(拍手)

ありがとう

(拍手)

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このプレゼンテーションについて

ホルヘ・ラモスを記者会見の場から追い出すことはできても――事実、2015年にドナルド・トランプが追い出して話題になりました――ラモスを黙らせることなどできません。報道記者として30年以上のキャリアを持つラモスは、ジャーナリストには権力に対して疑問を投げかけ、その正当性に挑む責任があると信じています。ラモスは、ある状況下においてはジャーナリストは中立性を捨てるべきなのだと彼が信ずる理由について語ります。ラモスの話は多くの人の心を揺さぶり、途中でスタンディングオベーションも巻き起こります。(ホルヘ・ラモスは、スペイン語報道局「ユニビジョン」の記者です。)

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