ロボットは大学入試に合格できるか?(13:37)
講演内容の日本語対訳テキストです。
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今日はAIと私たちについて お話ししようと思います コンピューターに奪われる仕事は 単純作業だけだから 心配するには及ばないと AI研究者は いつも言っています 本当にそうなんでしょうか? AI技術は新たな仕事も 生むことになるので 仕事を失った人は 新しい仕事を見つけられるとも言います そうでしょうけど 疑問なのは AIのせいで 仕事を失う人のうち 新しい仕事を得られる人は どれくらいか ということです ことに AIが私たちの多くよりも うまく物事を学べるのだとしたら
ひとつお聞きします 2020年までにAIが一流大学の 入試に通るようになると思う人は どれくらいいますか? 結構いますね 「もちろんそうなる!」 という人もいるでしょう シンギュラリティ(技術的特異点)が 今や問題なんだと 「碁ではすでにAIが名人に勝って いるんだから そうなるかも」 と思う人もいるでしょう そして「絶対無理」と 言う人もいるでしょう まだ答えは分かっていない ということです 私が「東ロボくん」プロジェクトを 始めたのは そのためです 日本で最高峰の 大学である 東京大学の 入試に通るAIを 作ろうという試みです
これが東ロボくんです もちろん頭脳部分は 遠隔のサーバーで動いています 今 17世紀の 海上貿易について 600語の小論文を 書いているところです そう聞いて どう感じますか?
私がAIのベンチマークとして 入試を選んだ理由は 人間と比較した AIの能力を 研究する必要があると 思ったからです 人間だけが 教育を通してのみ 獲得できるとされている スキルや専門的能力については 特にそうです 東京大学に入るためには 2種類の試験を受ける 必要があります 1つ目は選択式の 全国共通試験です 7科目の試験を受けて 高得点を取る 必要があります そこでの正答率が 84%以上でないと 東大が用意する 記述式の2次試験を 受けることはできません
まず現在のAIが どのように動くのかを クイズ番組『ジェパディ!』への挑戦を例に 説明しましょう ジェパディの典型的な問題は こんな感じです 「モーツァルトの最後の交響曲は “この惑星” と同じ名前である」 興味深いことに ジェパディで問われる質問は 常に “この何々” という形をしています “この惑星” とか “この国” とか “このロック歌手” という具合に 言い換えると ジェパディでは 様々な形式の質問がされるわけではなく 1つのタイプの問題— 一言で答えられる 雑学が問われるんです
ちなみに この問題の答えは 分かりますか? 答えが分からなくて 答えを知りたいというとき 皆さんならどうしますか? ネットで検索しますよね もちろん でも 検索するキーワードを 適切に選んでやる必要があります 「モーツァルト 最後 交響曲」というように AIも基本的に 同じことをします そうすると このウィキペディアのページが 最初にヒットします それからAIは その内容を読むのかというと 違います
あいにく 現在のAIは ワトソンにせよ Siriにせよ 東ロボくんにせよ 読解はできません でも AIは検索と最適化に 優れています AIはキーワード 「モーツァルト」「最後」「交響曲」が この辺りに 沢山出てくることを 認識します だから惑星の名前であって これらのキーワードと 一緒に現れるものがあれば それが答えに違いないと 判断します そうやってワトソンは「ジュピター(木星)」 という答えを見つけるのです
私たちの東ロボくんも 同じように動作しますが 歴史の正誤問題を解くために もう少し賢くしました 「“カール大帝はマジャール人を撃退した” という文は正しいか?」という問題なら 東ロボくんは それをまず 穴埋め問題に変えます 「カール大帝は (この人々を) 撃退した」 そうすると「マジャール人」ではなく 「アバール人」が上位に来るので この文はどうも 正しくないようだと分かります 私たちのロボットは読まないし 理解しませんが 多くの場合 統計的に正しいのです
記述式の2次試験では こんな感じの600語の小論文を 書く必要があります
[17世紀の東アジアと東南アジアにおける 海上貿易の盛衰について600語で述べよ・・・]
先ほどお見せしたように 私たちのロボットは教科書や ウィキペディアから文を取り出し 組み合わせ 最適化して 小論文を作ります 何ひとつ理解もしないで
観衆:(笑)
でも 驚いたことに ロボットの小論文は たいていの学生のものより 出来が良かったんです
観衆:(笑)
数学はどうでしょう? 数学の問題を解く 完全自動の機械というのは 「人工知能」という言葉が 生まれたとき以来の 夢でしたが 非常に長い間 算数のレベルに留まっていました 去年 私たちはついに 高校レベルの数学の問題を最初から 最後まで解けるシステムの開発に成功しました たとえばこんな問題です これは日本語で書かれた 元の問題です 自然言語で記述された問題を入力できるようにするために 2千の数学公理と 8千の日本語の単語を 教える必要がありました これは元の問題を 機械にわかる式に 変換しているところです 奇妙なものですが これで解くための準備ができました では解きましょう 今 記号処理を しているところです ますます奇妙になっていますが たぶん機械にとっては ここが一番楽しいところなんでしょう
観衆:(笑)
完全な解答が 出力されています もっともこの証明は 数学者でも読めないような代物です 何にせよ 去年私たちのロボットは 記述式の2次試験の数学で 上位1%に入りました
観衆:(拍手)
ありがとうございます
では 東大に 入れたのでしょうか? いいえ 私の期待に反して 入れませんでした なぜなのでしょう? 意味をまったく 理解していないからです 英語のテストでロボットがする 典型的な間違いの例をお見せしましょう 2人の会話の 穴埋め問題です
[A君 本屋はもうすぐだよ。あと少し歩くだけ。 B君 待って、( ___ )。 A君 ありがとう、いつもなんだ。 B君 5分前にも靴、結んでたよね? 選択肢 ① だいぶ歩いたね。② もうすぐだね。 ③ 高そうな靴だね。④ 靴紐がほどけてるよ。]
状況を理解できる 私たちにとっては ④番が正解なのは 明らかですよね? でも東ロボくんは ②番を選びました ディープラーニングの 技術を使って 150億個の英文を 学んだ後でです 私の言ったことが お分かりになったでしょう 現在のAIは 読めないし 理解できないのです そうできるかのように 見せかけているだけです
これは東ロボくんと 同じ試験を受けた 50万人の学生の 点数の分布です 現在 私たちのロボットは 上位20%以内にいて 日本の6割以上の大学に 合格できます 東大は無理ですが でもホワイトカラーになる 人々の大部分より 上にいることに 注目してください
この結果に私が喜んだと お思いでしょう なにしろ私たちのロボットが 多くの学生を超えたんですから 私はむしろ懸念を抱きました どうして この知性を欠いた機械が 人間の学生を 私たちの子供たちを 凌駕できたのでしょう? 人間の世界で何が起きているのか 調べることにしました 中高の教科書から 文を数百個取り出し 簡単な選択式問題を作って 数千人の中高生に 答えてもらいました
これが問題の例です
[主として仏教は東南アジアや東アジアに、 キリスト教はヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアに、イスラム教は北アフリカ、西アジア、 中央アジア、東南アジアに広まっている]
もちろん元の問題は 生徒達の母国語である 日本語で記述されています
[問. ( ___ ) はオセアニアに広まりました。 選択肢 ① ヒンドゥー教 ② キリスト教 ③ イスラム教 ④ 仏教]
答えは当然 キリスト教ですよね? 問題文に書いてあります! 東ロボくんも 正しい答えを選びました でも中学生の3分の1は この問題で間違ったのです これは日本だけの 話なのでしょうか? そうは思いません 「OECD生徒の学習到達度調査」で 日本はいつも上位に付けているからです 3年ごとに 各国の15歳の生徒の 数学 科学 国語の能力を 測っているテストです
能力を伸ばせるような 優れた教材が ウェブで無料公開され インターネットで 見られるようになっていれば 誰でも 良く学べるはずだと 私たちは そう 信じてきました でも そのような素晴らしい教材も 恩恵を受けられるのは ちゃんと読める子だけで そして ちゃんと読める子の割合は 私たちが思っているより ずっと少ないのかもしれません 人間がAIと どう共存していくかは しっかりした証拠に基づいて 慎重に考える必要があります しかも急いで そうしなければなりません 時間がもうないのですから
ありがとうございました
観衆:(拍手)
(クリス・アンダーソン) どうもありがとう
(新井紀子) こちらこそ
(アンダーソン) あなたの話は AIがどのように考え 何がうまくでき 何ができないのかという感触を すごく見事に 伝えてくれました 私が正しく理解しているなら 人間がAIよりも うまくできることについて 子供達を助けられるよう 教育の変革を急がねばならないと お考えなんですね
(新井) その通りです 私たち人間は 意味を理解することができます これはAIに すごく欠けている部分です でも多くの生徒は 理解せずに ただ知識を 詰め込んでいます それは知識ではなく ただの暗記で AIでもできることです だから私たちは新しいタイプの教育を 考える必要があります
(アンダーソン) 丸暗記から 意味の理解へという転換ですね
(新井) ええ
(アンダーソン) 教育者諸氏にとっての 課題ですね ありがとうございました
(新井) ありがとうございました
観衆:(拍手)
東ロボくんをご紹介します。このAIは、大学の入学試験で上位20%の成績を収めました—何も理解することなしに。ロボットがすぐ大学に入学するようになるわけではありませんが、東ロボくんの成功は人間の教育の未来に疑問を提起します。人間がAIより上手くできることについて子供たちが上達できるよう、私たちはどう助ければよいのでしょう?