ロボットの気持ちを考えるー人間とロボットの共存社会を目指して(12:56)

レイラ・タカヤマ(Leila Takayama)
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対訳テキスト
講演内容の日本語対訳テキストです。
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ロボットにも 人間にも言えることですが 第一印象は 相手に一度限りしか 与えることができません 私がこんなロボットと 初めて出会ったのは2008年ー ウィロー・ガレージという所でした 受け入れ担当者に導かれて建物に入ると この小さな物体に出くわしたのです 彼は廊下を移動していましたが 私に近づくと そこで立ち止まって ぼんやりと私の方を見ていました しばらくじっとしていましたが 急にくるりと向きを変えると 走り去って行きました

あまり良い第一印象ではありませんでした あの日 私がロボットについて学んだのは 彼らはある程度の自律行動が できるけれども 人間をまったく認識できない ということでした 私たちが将来のロボットを見据えて 実験する中で学ぶことも 結局のところ ロボット本体よりも 人間についての方が多いと思います あの日私はこの小さな機械に かなり高い期待を抱いていたのでした 彼は物理世界の自律移動だけでなく 私の社会性にも対応できると 思っていました 私のスペースに入ってくる パーソナルロボットなのです どうして私を理解できないのでしょう? 担当者がこう説明しましたー 「つまり あのロボットは A地点からB地点へ行く途中で あなたが障害物になったのだ だから経路を考え直し どちらに進むべきか判断し 別の経路を選んだのだ」 そういうやり方は あまり効率的とは言えません 私が椅子ではなく人間で どこかに向かっているロボットには 喜んで道を譲るものだと ロボット自身が気づいたなら その任務を果たす効率的な方法は あえて 私が人間だと認識し 椅子や壁とは違う扱い方をすることなのです

私たちはロボットのことを 宇宙や未来やSF小説からやって来ると とかく考えがちです そういう面もありますが ロボットはもうすでに実在していて 今まさに我々と共に活動しているという お話をします この2台のロボットは私の家にいて 掃除機をかけたり庭の芝刈りを 毎日行います 時間があっても 私はそんなに多くはやりませんし 仕上がりも私より上手です このロボットは子猫の世話をします 子猫がトイレを使うたびに 毎回 掃除します それは 私が喜んですることではないので 子猫だけでなく私の生活も向上しています こういう「ロボット」を冠した製品― “ロボット掃除機” “ロボット芝刈機” “猫用ロボットトイレ” だけでなく 他にも色々なロボットが 目立たずに活躍しています 非常に役立つけれど ありきたりのやつは 食洗機なんて呼ばれています 新しい名前も与えられ ロボットと呼ばれないのは 暮らしに役立つ存在になっているからです 自動温度調節器もそうです 私がこれをロボットと呼ぶと その筋の人は恐らく いやな顔をするでしょうが 目的が与えられた機器です 私の家の中を19℃に保つという目的のため 周囲の世界を計測しています 少し気温が下がると 計画を立て 物理世界に働きかけます まさにロボット工学です 「ロボットのロージー」のキャラとは 似ていなくても 私の生活に非常に役立っています わざわざ自分で室内温度を 上げ下げする必要がありませんから

このようなシステムは 今や私たちの生活の一部です こんなシステムが暮らしに 入り込んでいるだけでなく みなさんはおそらく ロボットの操縦もしています 車を運転しているときに 機械を操縦しているような感じですね A地点からB地点に行こうとするだけですが 車にはパワーステアリングや 自動ブレーキ オートマや適応走行制御システムが 装備されています 完全自律走行車ではないかも知れませんが ある程度の自律性を有して とても役立っています 運転を安全にする機能ですが 使っていても 空気のような存在ですよね 車を運転するときには 別の場所への移動だけを考えればよいのです 自分で判断して操作しなければいけない 厄介な仕事だと感じることがないのは 運転の仕方を長い時間をかけて身につけ 拡張された自分自身と感じられるほどに なっているからです 車庫の狭く限られたスペースに 駐車するときでも 車体の端がどこにあるかわかりますよね レンタカーを借りた時 初めて運転する車種ならば 新しいロボットの機体に慣れるまで 少し時間がかかりますね 別の種類のロボットを操作する人にも 同じことがいえるのです それについて 少しお話をしたいと思います

まずは遠隔共同作業という課題を どう扱うかです ウィロー・ガレージには ダラスという同僚がいて こんな感じです 会社はカリフォルニアにありますが 彼はインディアナにある自宅から働いています 彼が卓上にある音声機材で 会議に参加するのは 概ね問題はありませんが ただ 議論が白熱して ダラスの意見が気に入らないときには 途中で回線を切ってしまうこともあります (笑)

あるいは 会議を繰り返すようなときには 意思決定は 実は後で廊下で行われたりするのですが ダラスはそこにいないのです 彼にとっては面白くありません 私たちの会社には いくつかロボットの部品の余りがあり ダラスと友人のカートは部品を組み合わせ 棒にスカイプ画面と車輪を取り付けました 技術オタクの ふざけたおもちゃみたいですが 恐らく今までに見た遠隔共同作業用の ツールの中で 最も強力なものです それからというもの ダラスからのメールに返信しないと 彼は私のオフィスに 文字通り転がり込んで 入口に立ちふさがり 返答を求め続けます

(笑)

こちらが回答するまでです 電源を切ることはできないですよね 失礼だから こういう1対1の コミュニケーションだけでなく 全社会議に参加するのにも使えます 自宅オフィスの席に陣取りながらも 見える形で全社会議に参加して プロジェクトへの貢献を示すのは とても大切なことで 遠隔共同作業の効率も上がります

遠隔参加は何カ月もそして何年も継続し 他の会社でも目にするようになりました このようなシステムの最大の長所は 同じ空間を共有していると 感じ始めることです それはその人― その人の体であり その人のためのスペースも 用意されるようになります スタンドアップ・ミーティングでは あたかも その人がその場にいるように 参加者はそのロボットの周りに集まります いいことだけでなく うまく行かない面もあります 初めてこのロボットに出会った人は 「わぁ!どうなっているの? ここにカメラがあるに違いない」と 顔のあたりをつつき始めます 「声が小さすぎるよ ボリュームを上げよう」 これは同僚が近づいてきて こう言うようなもの 「声が小さすぎるわ 顔を上向きにするわよ」 これはマズイですね そこでこういったシステムに関して 新しい社会規範を作り上げないと いけなくなりました

また 本人がロボットを 自分の本体と感じ始めると同時に こんなことに気づくのです 「あれ ロボット版の自分は背が低いな」と ダラスも私にそう言いました 彼は180センチだったからです ですからロボットを介して カクテル・パーティーに連れて行くと こんな感じです ロボットは150センチほどで私と同じ位です ダラスはこう言いました 「どうやら みんな僕の顔を見ていないな 肩また肩の並びしか見えないんだ 長身ロボットが欲しいな」 でも私の答えはこうでした 「いいえ 要らないわ 今日 私の立場がわかったでしょ 背が低い人たちの視界で見ているだけよ」 そして彼自身その経験を通して 気遣いもできるようになりました ありがたいことです ダラス本人が会社を訪れた時も 彼はもはや私を見下ろすことはなく 椅子に腰掛けて 同じ目線で話してくれるようになりました 素敵ですよね

そこで私たちは ロボットの 背の高さみたいなことで どのような違いが生まれるのか 実験することにしました 私たちの研究では 半数の人は背の低いロボットを使用し 半数の人は背の高いロボットを 使用しました そして同一人物が 同じ身体を画面に映して 同じ事を誰かに言ったときに 背の高いロボットを使った方が 説得力があり 信頼感を与えることが判明しました 合理的な意味づけはできませんが だからこそ心理学があるわけです クリフ・ナス教授だったら こんな言い方をしたことでしょう 私たちはこういう新しい技術に対して 昔からの古い頭脳で対応しなければなりません 人間の心理は技術のような 速さでは変わりませんが 自律型機器が動き回る世界を きちんと理解するためには 追いつかないといけないことだらけです 大概 人は話しますが機械は話しません 人ではなく ただの機械の背丈に 多くの意味を与えてしまい その意味付けをシステムの利用者にも あてはめてしまうのです

ロボット工学を考えるときに 重要なのは 人間を再発明するようなことを 考えるのではなく 私たち人間がどれだけ可能性を広げられるか 見極めていくことでないでしょうか? 結局 こういうものを使っているうちに 驚くような事態も生じました このロボットには腕がないので ビリヤードができませんでしたが ビリヤードをする人をヤジることはでき それはチームが団結するために重要なことで 素晴らしいことでした ロボットのシステム操作が得意な人は 新しい遊びを考えたりしました 深夜にゴミ箱を押して廻って ロボット・サッカーをするのです

しかし 誰もが 操作が得意な訳ではなく システム操作に苦労する人も多いのです ある人はロボットにログインした時 視野が90度左にずれていましたが それに気づかず 移動する度にあちこちぶつかり 人の机に突っ込んだりと 非常に恥ずかしい目にあい それを笑っていました その声も大きすぎでした それでこの画面の人はこう言いました 「ロボットに消音ボタンを取り付けよう」 つまり 周りの人を邪魔しない為の機能です 私たちはロボットの会社として システムに障害物回避機能を取り付けました レーザー測距システムを導入し 障害物が分かるようにしたのです 例えば私がロボットを操縦していて 椅子にぶつりそうになっても ロボットは衝突を避け 回避経路を探すのです 良い考えに思えます

このシステムを使えば 明らかに 障害に衝突しなくなります しかし その一方で何人かは 障害コースを通過するのに ずっと長い時間がかかる人もいました その理由を調べたところ それは人間の重要な側面である 「統制の所在」と言われる 人格側面が関与していて 内的統制の強い人は 自分の力で目的地まで行こうとします 主導権を自律システムに譲ろうとせず 自律システムと戦わんとする勢いでした 「僕が椅子にぶつかりたいときは ぶつからないと」という具合です そういう人は自律型システムの支援のせいで かえって苦戦するのです こういうことを知るのは大事です 自律性をさらに高めて 自動車などを 作ろうとしている時代なのですから 制御を委ねるという課題に 多様な人々がどう対処していくのでしょうか? それぞれの人間的側面によって異なります 私たちは人間を一枚岩のように 扱うことはできません その人の人格や文化や 刻々と変わる情動状態も異なるため こういうシステム― HRIシステムをデザインするには 技術の側面だけでなく 人間の側面を考慮する必要があります

コントロール感と共に 責任感も問題となります この制御システムを使って ロボットを操作するときの インターフェースはこうなっています まるでビデオゲームのようで 誰にとっても馴染み深いという利点とともに ビデオゲームだと錯覚してしまうという 欠点があります スタンフォード大学には システムを操作する大勢の学生がいて メンロパークの事務所の周辺で ロボットを操縦しながら こんなことを言うのです 「向こうの男にぶつけたら10点 あいつに当てたら20点」 そして人々を廊下で追いかけたりします

(笑)

私が「えっと あの人たちは 生身の人間だから もしぶつけたら 出血して痛いと思うわ」と言うと 納得したような返事をしますが 5分後には こんな話をしています 「向こうにいるあの男に当てたら20点 あの人 ぶつけてほしいんじゃないかな」 『エンダーのゲーム』みたいですね 向こう側も現実世界であり こういうインターフェースを 設計する側としては 利用者に 行動には現実の結果が伴うということと ますます自律的になる 機械を操縦するときは 責任感を持つよう促す 必要があると思います

ここまでの内容は ロボットと共に迎える未来を 想定した実験の好例と言えるでしょう 我々が自己を拡張できることや こういう機械を用いて 自己を拡張する方法を学び その時同時に 自分たちの 人間性や個性を表現できるのは 素晴らしいことです また「背が低い」「高い」 「足が速い」「遅い」とか それに「腕がない」など 相手の状況に 共感することを学べたのも 素敵なことです

私たち人間はロボット本体にも共感します これは私のお気に入りのロボットで トゥイーンボットといいます このロボットには小さな旗がついていて 「僕はマンハッタンの交差点に 行きたいんだ」 そう書いてあり 前にだけ進む 可愛いロボットです このロボットはマップ構築の仕方も 世界を認識する方法も知らないので 人々の助けが必要です 実はロボットも 見知らぬ人の善意に頼ることができるのです 公園を横切り マンハッタンの向こう側まで行けたのは― すごいことでしょ― みんなが正しい向きに 直してくれるお陰です

(笑)

すごいと思いませんか?

私たちは人間とロボットが共存し お互いが協力できる社会を 実現しようとしています 完全に自律にする必要も 物事を人間だけで行う必要もありません 人間とロボットとで一緒にやるのです 実現には 芸術家やデザイナー 政策立案者や法学者 心理学者 社会学者ー そして人類学者の力が必要です スチュアート・カードの言う 私たちがすべきこと― すなわち私たちが望む世界を 築き上げていくためには もっと多様な見方を結集することが必要です

さまざまなロボットの未来に向けた研究を 今後も共に重ねていくことで 私たち自身を 深く理解することができるでしょう

ありがとうございました

(拍手)

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このプレゼンテーションについて

私たち人間は既にロボットに囲まれて生活しています。食洗機や自動温度調節器などの機械は私たちの生活に完全に調和していて、もはやそれらをロボットと呼ぶ必要さえ感じません。この先、ロボットがさらに普及する未来はどうなるでしょう? 社会科学者のレイラ・タカヤマは人間とロボットのユニークな共存社会を設計しつつ、ロボットの将来を研究することは実は私たち人間をより深く理解することに繋がると提言します。

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