人間の感情の歴史(14:21)

ティファニー・ワット・スミス(Tiffany Watt Smith)
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対訳テキスト
講演内容の日本語対訳テキストです。
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ちょっとした実験から 始めたいと思います これから皆さんに 目を閉じてもらいます そして 今この瞬間に どんな感情を感じているか 観察してみてください 誰かに教えたりする必要はありません この実験の狙いは 自分が 何を感じているかを正確に把握するのが どれだけ簡単か もしくは難しいかを知る事です 10秒差し上げます

いいですか?

では始めてください

はい そこまで 時間です いかがでしたか? 少しプレッシャーを 感じていたかもしれませんし もしかすると隣の人を 疑ったかもしれません 本当に目を閉じてるかしら?と もしかすると 今朝 送ったメールについて 妙なぼんやりした不安を 覚えたかもしれません それとも 今晩の予定を考えて ワクワクしていたかもしれません もしかすると こういった大勢が 集まる事によって起こる― 高揚感を抱いたかもしれません ウェールズ語で “hwyl(フエル)”と言います 元は「船の帆」を意味します [高揚、パーティーでの興奮] もしくは 今言った全部を 感じたかもしれません 世界を一色に塗り替えるような 感情もいくつかあります 例えば 車がスリップした時の 「恐怖」のような感情です しかし 大抵は複数の感情が 押し合いへし合いして 一つ一つ見分けるのは 実はかなり難しくなります 中には とても素早く過ぎ去るので 気づく事さえ難しいものもあります 例えば 「ノスタルジア」によって スーパーで馴染みのブランドを 手に取る時などです

それから 突然襲われる事を恐れて 私達が慌てて逃げ出す感情があります 例えば「嫉妬」によって 愛する人のポケットを探ったりします それからもちろん とても独特なので どう呼べばいいか わからない感情もあります 皆さんは 座っていて 少しウズウズしたかもしれません 著名なフランスの社会学者が “ilinx(イリンクス)”と呼んだ感情です 些細な無秩序の行動によって起こる 興奮状態の事です 例えば皆さんが今ここで立ち上がって バッグの中身を全部 床の上に ぶちまけたとしましょう おそらく皆さんは奇妙で 説明できない感情を味わうでしょう この感情に相当する言葉が 英語には存在しないのです “gezelligheid(ギゼリヘイド)”を 感じたかもしれません オランダ語で 寒く湿った日に 友人と 心地よく温かい屋内にいる感覚です もしくは 皆さんがとても幸運だったら この感情を覚えたかも “basorexia(バソレクシア)” 突然 誰かにキスしたくなる衝動です

(笑)

私達は 感情に関する知識が 極めて重要な商品である時代に 生きています 感情が多くのことを 説明するのに用いられ 政治家に利用され アルゴリズムによって 操られる時代です 感情的知性とは 皆さん自身 そして他者の感情を 認識して 名指す技術であり とても重視されているために 学校や職場で教えられ 公共医療によっても 推奨されています それにもかかわらず 時々 考えるのです 感情に対する考え方が 貧弱になりつつあるのではないかと 時折 感情が何なのかすら よくわからなくなる時があります

聞いたことが あるかもしれませんが ある理論によると 私達の感情生活の全ては 一握りの基本的な感情に 要約できると言います 実は約2,000年前からある考えですが 現在 言われるのは 進化心理学者によると 次の6つの感情― 幸福 悲しみ 恐れ 嫌悪 怒り 驚き― これらは世界中どこでも まったく同じ方法で表現されるため 私たちの感情生活の 基本的な構成要素になると 主張されています さて このような感情が表れた場合 それは単なる反射のように見えます 外界の状況がきっかけとなり 本来 人間に備わっているもので 危害から身を守るために 存在するのです 熊を見ると 心拍が速くなり 瞳孔が拡張し 恐怖を感じて とても速く走りますよね

この考え方の問題点は 感情とは何かを 完全には捉えていないことです もちろん生理学は極めて重要です しかし その時々の 私達の感じ方の理由は それだけではないのです 12世紀の吟遊詩人が 現代の私達とは異なり 欠伸を 疲れのせいでも 退屈のせいでもなく 深い「愛情」の印として 捉えていたらどうでしょう もしくは同じ時代に 勇敢な騎士が 「狼狽」のせいで よく気絶していたとしたら? これはどうでしょう 砂漠に住んだ 初期キリスト教徒たちが 主に昼食時に 悪魔が飛んで来て “accidie(アシディ)”と呼ばれる 感情に感染させると信じていたとしたら? それは一種の倦怠感で しばしば人間を殺すほど 強烈だったとしたら? または 今では私達が大好きな お馴染みの「退屈」は 元々は ヴィクトリア朝時代の人々特有の 余暇や自己啓発といった新しい思想に 影響されて感じたものだったとしたら? これらの奇妙で翻訳不可能な― 感情を表す言葉について 再考してはどうでしょう いくつかの文化で ある感情が より強烈に感じられてきたのは それを言葉にして 語ってきたからだとしたら? 例えば ロシア語の “toska(トスカ)”は 狂おしいほどの不足感を表し 広大な平原から 吹きつけてくるそうです [切望するものなき切望 ナボコフ]

最新の認知科学の発展によって 感情は単なる反射ではなく 非常に複雑で柔軟性のあるシステムだと 分かってきました それは私達が受け継いだ 生物学的特長と 今 生きている文化の双方に 影響を受けます それは認知的な現象なのです 身体によってだけでなく 思考や概念や言語によって 形作られるものです 神経科学者 リサ・フェルドマン・バレットは 言葉と感情のダイナミックな関係性に 強い関心を持ちました 彼女は人が感情を表す言葉を 新たに学習すると それに従って 新たな感情が 生じると主張します 私は歴史家として 言語が変われば 感情も変わると ずっと思ってきました 過去を見れば 感情が 時として 劇的なまでに 変化を遂げてきたことは明らかです 感情は 新しい文化的期待や 宗教的信念や ジェンダーや民族や年齢に関する 新しい思想に呼応してきました 新しい政治的・経済的イデオロギーにさえ 呼応して変化してきたのです 感情には史実性があり これが つい最近になって 理解され始めてきました 感情を表現する新しい言葉の学習が 役立つことには 大いに同意します しかし もっと先に 話を進める必要があります 真の感情的知性を身につけるためには それらの言葉がどこから来たのか どんな生き方や振舞い方についての思想が その言葉とともに もたらされたかを 知る必要があります

ひとつ お話をしましょう 話の舞台は 17世紀末の とある屋根裏部屋です スイスのバーゼルという大学街で 一人の勉強熱心な学生が 故郷から100キロ離れて暮らしています 彼は講義に姿を現さなくなり 友人達が部屋を訪れたところ ぐったりして熱のある学生を発見します 動悸も激しく 身体に奇妙な痛みを感じています 医者が呼ばれ 状況はとても深刻に思われ 地元の教会では彼のために 祈りが捧げられます そして死に瀕した この若者を 実家に戻すために 準備をしている時 彼らは事態に気づきます と言うのも 担架に載せるやいなや 学生の呼吸は少し楽になり そして故郷の街の城門に着く頃には ほぼ完全に回復していたのです そこで彼らは気づきました 学生がものすごく強烈な ホームシックにかかっていたことに 命を落としかねないほど 強力なものでした

1688年に 若き医師 ヨハネス・ホウファーは この症例や 類した事例を耳にして この病を「ノスタルジア」と名づけました その診断結果は ヨーロッパ医学界で 瞬く間に流行しました 英国人は帝国などを 旅してきたおかげで 自分達には免疫があるのではないか と考えましたが すぐに英国でも症例が現れました ノスタルジアによる最後の死者は 第一次世界大戦時にフランスで戦った アメリカ人兵士でした たった100年足らず前に ノスタルジアで死ぬなんて ありえるでしょうか?

しかし 現代では その言葉の意味が変わり 失われた場所ではなく 失われた時間による病になっただけでなく ホームシックそれ自体が あまり深刻ではない― つまり死ぬほどの病から せいぜい お泊り会で 子どもがかかっていないか 心配する程度のものへと 格下げされています この変化は20世紀前半に 起こったようです しかし なぜでしょう? 電話の発明 もしくは 鉄道の発達によってでしょうか? それとも 近代化の訪れによって 多忙や移動や進歩が もてはやされたために 慣れ親しんだものを 切望することが 向上心のなさと見なされたから? 皆さんも私も その多大な 価値観の変化を受け継いでいます 私達が昔の人ほど ホームシックを 感じない理由のひとつは この価値観の変化です 理解すべきなのは こうした大きな歴史的変化が 感情に影響を及ぼすのは それが 感情に対する感じ方に 影響するからです

現在では 幸福感は讃えられます 幸福感によって より仕事が捗り 良き両親や伴侶になる とされています 幸福感で寿命が延びるとも言われます 16世紀には こうした効果を持つのは 「悲しみ」だと考えられていました 当時の自己啓発本を読むと 落胆すべき理由が列挙されていて 読者を悲しみに陥れよう とさえしています

(笑)

自己啓発本の作者達は 技術として 悲しみに熟練できると考え 熟達によって 不幸から 早く立ち直れると考えました なにせ 悪い事はいつだって 起こりうるのですから このことから 学ぶものがあるでしょう 現代では 悲しみを感じることは もどかしく 恥ずかしいことでさえあるかもしれません 16世紀なら ちょっと愉悦を覚えるかもしれません

もちろん感情は 時を超えて 変わるばかりではありません 感情はまた 場所によって 変わるのです パプア・ニュー・ギニアのバイニン族は “awumbuk(アウンブク)”と言って 客人がついに去るときに降りてくる 無気力の感覚を表現します

(笑)

皆さんや私なら 「安堵」するところでしょうか しかし バイニン族の文化では 旅立つ客人は 重苦しさを 脱ぎ捨てていくことで より容易に旅ができるとされます 重苦しさは空気を伝って 「アウンブク」をもたらします そこで 彼らは一晩 水の入ったボウルを置いておき この空気を吸わせます それから次の日の早朝に 起きて儀式を行い 水を捨てます これは ある独特の感情を 生み出し 再び消し去るために スピリチュアルな実践と 地理的な現実を 結びつけた好例です

私のお気に入りの感情の一つに 日本語の「甘え」があります 「甘え」は日本では とても一般的な言葉ですが 翻訳するとなると かなり難しいのです 「甘え」は 皆さんが一時的に 自分の人生の責任を 誰か他の人に引き渡した時に 得る喜びのことです

(笑)

さて 人類学者達は 日本において この言葉が生まれ 大切にされた理由には 日本の伝統的な集産主義文化が あるかもしれないと主張します その一方で 「依存」の感覚というのは 自己充足と個人主義に 価値を置くことを学んだ― 英語話者にとって より緊張を 孕むものかもしれません この主張は少し短絡的かもしれませんが 興味をそそられます 感情を表す言葉が伝えるのは 私達が感じるものだけではなく 私達が最も価値を置くもの なのではないでしょうか

精神の健康に注意を向けるよう 説く人々の多くは 感情を言葉で表現することが 大切だと言います しかし 感情に付けられた名前は 中立的なラベルではありません それらは私達の文化の価値観と 期待を含んでいます そして 私達の自分自身に関する 考え方を表しています 新しく耳慣れない感情の言葉を学べば 精神生活の よりきめ細かい面を 捉えられるでしょう しかし それ以上に これらの言葉を 大切にする価値があると私は考えます なぜなら 考え方と その結果どう感じるかの間にある― 繋がりがどれだけ強力かを 思い出させてくれるからです 真の感情的知性に 必要とされるのは 私達が培ってきた感情に対する 考え方を形作った― 社会的、政治的、文化的な影響力を 理解することです そして幸福感や憎しみや 愛や怒りなどの感情が 今もなお 変わりつつあるかもしれないことを 理解することです なぜなら もし感情を計測したいとか 感情を学校で教えたいとか 政治家達が説く 感情の重要性に 耳を傾けたいと思うなら 感情に対する私達の考え方が どこからやってきたものなのか そして それらがまだ 本当に私達に訴えるものがあるかどうか 理解するべきでしょう

歴史家として仕事をする中で 私がよく感じる感情で 締めくくりましょう フランス語の “dépaysement(ディペイズモン)”です 不慣れな場所で 混乱して クラクラすることです 歴史家の仕事で 気に入っているのは 当たり前だと思っていることや とても見慣れた人生のある部分が 突然 また見慣れないものに なることです 「ディペイズモン」は 落ち着きません でも わくわくするものでもあります そして今 皆さんに少しでも それを感じていただけたならと思います

ありがとうございました

(拍手)

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このプレゼンテーションについて

感情を表す言葉は、私達の感じ方に影響を及ぼすと、歴史家のティファニー・ワット・スミスは言います。そして言葉は、新しい文化的期待や考えに対応して、しばしば(時として、とても劇的に)変化してきました。例えば「ノスタルジア」は、1688年に定義された当初は、死に至る病であるとされました。しかし現在では、ずっと深刻さの和らいだものだと見なされているようです。この感情の歴史についての魅力的なトークで、感じ方を表す言葉がいかに進化し続けているかを見ていきましょう。そして、様々な文化で用いられている、束の間の感情をとらえた言葉を学びましょう。

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