数学が解明するがんの秘密(07:40)

イリーナ・カリヴァ(Irina Kareva)
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対訳テキスト
講演内容の日本語対訳テキストです。
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私は「翻訳者」です 生物学から数学へ またその逆の 「翻訳」をします 私は数学的なモデルを 作っていて— 私の場合 微分方程式ですが それで細胞の成長のような 生物学的メカニズムを記述します 基本的には こんな感じです まず あるメカニズムを 動かしているものが何か その基本的要素を 探し出します それから それらの要素が お互い同士や周囲と どう相互作用するか 仮説を立てます たとえば こんな感じです さらに その仮定を 方程式に書き直します たとえば こんな感じの 最後にその方程式を分析し 結果を 生物学の言葉へと 翻訳します

数学的モデルを作る上で 重要なポイントは 物事が何であるかを 考えるのではなく その挙動を 考えるということです 対象が細胞であれ 動物や人間であれ 各要素の間の関係が どうなっているのか 互いや周囲に対して どう相互作用するのかを考えるんです 例を挙げましょう キツネと免疫細胞に 共通するものは何でしよう? どちらも捕食者だということです 違うのは キツネが 食べるのはウサギで 免疫細胞が食べるのは がん細胞のような侵略者だという点です でも数学的な視点からすると 質的には 同じ捕食者-被捕食者の 関係を表す方程式によって キツネとウサギの関係も がんと免疫細胞の関係も 表せます

捕食者-被捕食者の システムについては 研究論文がたくさんあり 2つの集団の一方の生存が 他方を食べることに依存する場合の 相互作用として記述されています それと同じ方程式が がんと免疫細胞の相互作用を 理解する枠組みを与えてくれ そこでは がんが被捕食者 免疫細胞が捕食者です 被捕食者は捕食者に殺されまいとして あらゆることをします 自らを偽装することから 捕食者の食べ物を 盗むことまで これは いろいろ面白いことを 意味し得ます たとえば 免疫療法は 大きな成功を収めていますが 固形腫瘍に関しては 依然 限定的な効果しか 上げていません しかし生態学的に考えるなら がんと免疫細胞— 被捕食者と捕食者は いずれも生存のために ブドウ糖のような栄養を必要とします 腫瘍微小環境で共有されている 栄養の獲得において もし がん細胞が 免疫細胞に勝るなら 免疫細胞は その機能を 果たせなくなります

この「捕食者と被捕食者が共有するリソース」 という形のモデルが 私が研究で 取り組んできたものです 最近 実験的に示されたことですが 腫瘍微小環境の 代謝のバランスを回復すると— つまり 免疫細胞がちゃんと 食べ物を得られるようにすると 免疫細胞は 被捕食者であるがんとの戦いで 優位を取り戻せるのです すこし抽象化するなら がん組織そのものが 1つの生態系と見なせ その中で 異なる種類の細胞が 場所と栄養を求めて 競合や協力をし 捕食者である免疫システムと 渡り合ったり 移動 つまり転移をしたり しているということで すべてが人体という 生態系の中で起こっているわけです 保全生物学の知見から 多くの生態系について 言えることは何でしょう? 種を絶滅させるには 直接それを狙うよりも その環境を狙うほうが 効果的だということです

だから腫瘍環境の 主要な要素を特定できれば 仮説の作成や シナリオや治療法の シミュレーションが まったく安全で 安価に行えるようになり 微小環境の様々な要素を 標的にして がんだけを殺し 私や皆さんのような宿主を 傷つけない方法を探れます

私の研究の直接の目的は 研究やイノベーションを進め コストを下げることですが 本当の目的は 人の命を救うことなんです 私はそれを 数学的モデルを生物学— 特に薬の開発に適用することで 行おうとしています この分野は比較的最近まで あまり注目されてはいませんでしたが 今や 成熟していて とても発展した 数学的手法があり 無料のものも含め 沢山のソフトウェアが 作られていて 使える計算能力は 日々増え続けています

数学的モデルの偉力と美は 私たちが 知っていると思うことを 厳密な形で 定式化できる点にあります 私たちが仮説を作り それを方程式に書き直し シミュレーションを 実行するとき 1つの疑問に 答えようとしています 自分の仮説が 正しいとしたら 何を見ることになるか? これはすごくシンプルな 概念的枠組みです まず正しい質問を問うことが 何より重要ですが これは生物学的な仮説をテストする 多くの機会をもたらしてくれます もしモデルから予測されることが 観察と一致するなら素晴らしいです モデルがうまく 機能しているということで モデルのそこかしこを変えて さらに予測をすることができます でも予測が 観察と一致しないなら 仮定がどこか 間違っていることを意味し 背後にある生物学的 メカニズムの理解が どこかまだ 不完全だということです

さいわい これはモデルなので あらゆる仮定を 制御できます だから仮定の 1つひとつをチェックして どこで齟齬が生じているのか 特定できます 新たに見つかった 知識の穴を埋めるには 実験的手段と 理論的手段の 両方が使えます もちろん生態系は 皆とても複雑なものなので あらゆる変動要因を記述しようとするのは 大変なだけでなく あまり役にも立ちません 時間的尺度の問題もあります プロセスによって 数秒間のものもあれば 数分 数日 数年の ものまであります 実際の実験で それを取り出すのは 必ずしも可能ではありません また あまりに早く あるいは あまりにゆっくりと起きるため 物理的に計測することが できないかもしれません でも数学者には どんな時間尺度の どんなサブシステムにも 焦点を合わせられるし どんな時間尺度で起きる 効果だろうと シミュレーションできます

もちろん これはモデル作成者が 単独でやることではなく 生物学者との密な協力の元で 行う必要があります そして どちらの側にも ある程度の翻訳能力が 求められます 問題を理論的に 数式化することで 仮説のテストや シナリオや治療のシミュレーションを まったく安全に行えるという 多くの可能性が開けます どこに知識の穴や 論理的非一貫性があるかを特定でき どこに目を向けるべきか どこが行き止まりかを 指し示してくれるのです

別の言い方をすると 数学的モデルが 人の健康に直接関わる疑問に答える 助けになるということです 個々人の健康と言った方が 良いかもしれません 数学的モデルが オーダーメード医療を推進する 鍵になるからです

そして そのためにするのは 正しい質問を問い 適切な方程式を作り それを生物学的に 意味付けるということです

ありがとうございました

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このプレゼンテーションについて

イリーナ・カリヴァは生物学と数学の間の翻訳をしています。がんの動態を記述する数学モデルを作ることで、腫瘍を標的にした新薬の開発を目指しています。カリヴァは言います。「数学的モデルの偉力と美は、それが私たちが知っていると思うことを厳密な形で定式化させる点にあります。どこに目を向けるべきか、どこが行き止まりかを指し示してくれるのです」。そしてそのためにするのは、正しい質問を問い、適切な方程式に書き直し、その結果に生物学的意味付けをするということなのです。

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