世界規模の学習危機、それにどう対処すべきか(18:47)
講演内容の日本語対訳テキストです。
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終わりは何処から始まるのでしょうか 私にとって 全ては この小さな生き物から始まりました このかわいらしい生物 かわいいと私は思うんですけど これはテトラヒメナと呼ばれる 単細胞生物です 「緑藻」として知られていますね そうです 私のキャリアは 緑藻によって始まりました
科学者になったのは 至極当然のことでした 私は ここからはるか遠い所で育ち 生きている物になら何にでも 強い関心をもつ そんな女の子でした 猛毒のクラゲをつかみあげ 歌を歌ってあげたものです 生物学者としてのキャリアを 始めるにあたって 私は 生命を形作る 最も基本となる構成物の謎に 強い好奇心を持ちました そして幸いなことにその好奇心が 尊重される環境にありました
この小さな緑藻 テトラヒメナを研究することは その謎に迫ることができる 素晴らしい手段でした 私が最も関心を持ったのは 染色体と呼ばれる 細胞内に存在するDNAの束です というのも 私は特に 染色体の末端部分 テロメアに関心があったからです 私がテロメア研究を始めた頃は 染色体末端の保護に関与する構造であると わかっているだけでした 細胞分裂時に重要なものだ と とても重要でしたが 私は それよりもテロメアが 何から構成されているか調べたかったのです それには沢山のテロメアが必要でした 実は このかわいい小さなテトラヒメナは 沢山の短い直線状の染色体を持っています だいたい2万 つまり沢山のテロメアです そして 私は テロメアが 染色体の最先端にある非翻訳性DNAの 特別な部分から構成されていることを 発見しました
しかし ここで問題にぶつかりました 全ての生き物は 1つの細胞から始まります それが2つになり 2つが4つになり 4つが8つになり そのように分裂を繰り返しながら [約40兆(スピーカー訂正)]もの細胞を形成し 成体を形作ります 細胞によっては何千回も分裂する 必要があるものもあります 実際 今この瞬間でさえ 私の体内では 細胞の補充が盛んに行われています だから私はこうして 立っていられるとも言えます 細胞が分裂するたびに全てのDNAが 複製されなければいけません 全ての染色体の中の翻訳性DNAがです なぜならば 細胞が正常に活動するために 不可欠な情報が翻訳性DNAに 含まれているからです だからこそ私の心臓は きちんと脈打つのです 今は緊張しているので そうでもありませんが 私の免疫細胞は 細菌やウィルスの感染から 私を守っています また 脳細胞は初めてのキスを 忘れず覚えていますし 生涯 学習し続けます
しかし DNAの複製過程に ちょっとした問題があります それは数ある生命の謎の一つですが 毎回細胞が分裂しDNAが複製されるたびに いくらかのDNAが 端から擦り切れ 短くなっていくのです この部分がテロメアDNAです 靴ひもの先端についている 保護キャップのようなものを 想像してください そのキャップのようなものが 染色体の端を短縮から保護しています しかし 先端が短くなりすぎると そのキャップが落ちてしまいます そして その擦り切れたテロメアが細胞に 「このDNAはもう保護されていないぞ」 「死ぬ時がきた」という信号です これで話はおしまい
と言うわけにはいきません 地球に生命が存在する限り これで話を終えるわけにはいきません そんなわけで もし 短縮が避けられないものだとしたら 染色体を元のまま保つには いったい どのような自然の法則が働くものなのか 好奇心がわきました
初めにご紹介した テトラヒメラを覚えていますか 不思議なことにテトラヒメラの細胞は 年を取ることも死ぬこともありません テトラヒメラのテロメアは 時を経ても短くならないのです 長くなることさえあります 何かわからない力が働いていました そうです どの教科書にも書いてない 未知の力です これは のちに 素晴らしい教え子でもある キャロル・グライダーと共に ノーベル賞を受賞する きっかけとなった研究ですが 研究を始めて 私たちは 細胞が確かに別のものを 持っていることを発見しました それまで考えもしなかった酵素でした それはテロメアを補充し 伸長を可能にしていたのです 私たちはその酵素を 「テロメレース」と名づけました そのテロメレースを緑藻から取り去ると テロメアは短縮し緑藻は死にました その沢山のテロメレースのおかげで 緑藻は決して年をとらないのです
これは人類にとって 大変希望に満ちた 緑藻からのメッセージでした なにせ 人は 年をとるにつれて テロメアが短くなり そして それがゆえに 年老いるのですから 一般的に テロメアが長ければ長いほど その人は長生きです テロメアが短くなりすぎると 加齢を自覚し その兆候が現れ始めます 私の皮膚の細胞は死に始め 皺が見え始めました 髪の毛の色素細胞が死ぬと 白髪が見え始めます 免疫系の細胞が死ぬと 病気にかかる確率が高くなります 実際 過去20年間に蓄積された研究から 明らかになったことですが 現代人の主たる死亡原因である 心血管疾患やアルツハイマー病 ある種のがん 及び 糖尿病の発症に テロメアの短縮が関与しているのです
これについて 考えてみなければなりません いったい何が起きているのでしょうか この短縮現象が 私たちを老け込ませる それは明らかです テロメアの修復速度が 短縮速度に負けてしまうからです そして 年をとっても若さを保つ人は 長期間 テロメアが長いままなので 自分自身で若いと感じる期間が延び 誕生日を迎えるたびに 皆が不安に感じる病気の リスクが下がることがわかりました
単純明快だと思いますよね 単純明快だと思いますよね では もし テロメアが 老化に関与しているとしたら もし テロメレースによって 私のテロメアが再生するとしたら 若さを取り戻すために必要なことは 良質かつ有機栽培の コストコサイズ大瓶テロメレースが どこで手に入るか調べるだけですよね? やった 問題解決!
(拍手)
いいえ 残念ですが そんなに簡単ではありません なぜでしょうか なぜならば 遺伝子研究から ヒトのテロメレースの操作は 諸刃の剣であると わかっているからです 簡単に言うと 確かに テロメレースを操作することで ある種の疾患のリスクを減らすことができます しかし それと同時に たちの悪い他のがんのリスクが増します たとえコストコサイズの大瓶入り テロメレースを買うことができたとしても 実際 そんな疑わしい商品が ネット販売されていますが 問題は がんになる確率が 高くなることです それはいやですよね
でも 心配しないでください 今 皆さん ある意味面白いことに 緑藻に生まれていたら良かったと 思っているかもしれませんが
(笑)
実は テロメアの話で 人間に役立つものもあるからです しかし ひとつ断っておきたいのは それは人の寿命を はなはだしく伸ばすとか 不老不死の話ではないということです それは健康寿命についてです 健康寿命とは 病気になることなく健康で生産的 かつ 人生を楽しみながら 生活している年数を指します 健康寿命に対して 疾病期間とは 老いを実感し 病気になり 死にゆく期間をいいます 問題の核心は テロメレースを がぶがぶ飲まなくても テロメアの長さをコントロールし がんにかかる心配なしに 健康で幸福に暮らすことができるか ということですよね
さて 西暦2000年のことです そのころ私は何年にもわたって このちっぽけなテロメアを 詳しく研究して満足していましたが ある日 心理学者のエリサ・エペルが 訪ねて来たのです 重症の慢性的心理的ストレスが 人の心と体に与える影響についてを 専門とする人ですが 私の研究室に来て 皮肉にも 霊安室の入口が 見下ろせる場所だったのですが
(笑)
生死にかかわる 重要な質問を投げかけられました 「長期間ストレスにさらされている人の テロメアはどうなっているかしら」 そう聞かれたのです エリサの研究対象は介護者で その中でも 腸疾患や自閉症などの 慢性疾患を抱える子供たちの 世話をしている母親たちです 誰から見ても 長期にわたり 強度の精神的ストレスを抱えている人々です エリサの問いかけで がらっと価値観が変わりました それまで私は 極小の分子構造であるテロメアと テロメレースを制御している 遺伝子のことばかり考えていました しかし エリサに介護者を対象にした 研究を提案されたとき テロメアを全く新しい視点から 見ることができたのです 遺伝子や染色体のレベルを超え 研究対象である 生きた人間の生活に目を向けたのです 私自身 一人の母親です その瞬間 鮮明に目に浮かんだんです 困難な疾病を抱える子供を しばしば一人で世話する お母さんたちの姿が やはり そのような女性は やつれて見えることがしばしばです では テロメアもやつれている という可能性はあるのでしょうか
私たち2人の好奇心が合わさり 拍車がかかりました 初の共同研究の対象として エリサが このような介護をする母親を数名選び 調べたかったのは この母親たちがこれまでに 慢性の病気を抱える子供の 介護をしてきた年数と テロメアの長さとの関係でした それから4年経ち 研究結果が出ました 散布図を見たエリサが 息をのみました そこにはっきりと ある傾向が見られたからです それは私たちが最も恐れていた 相関関係でした まさにそこに表れていたのです 介護をしてきた年数が 長ければ長いほど 年齢に関係なく テロメアが短くなっていました そして 自分が置かれた状況を ストレスだと感じれば感じるほど テロメレースの値が低く テロメアが短いという結果でした
これまでに聞いたことのない 全くの新しい発見でした 慢性的なストレス下にあればあるほど テロメアは短く それは その人が病気になりやすく そして おそらくは短命であろうことを 意味していました この発見は 人生に起こる事 そして その事をどのように 受けとめるかということが テロメアの長さの維持にかかわることを 意味していました そうです テロメアの長さを決めるのは 年齢だけではありません あの時のエリサの問いかけは まさに生死にかかわる質問だったのです
また 幸いにも 研究結果には 思いもしなかった希望も見出すことができました 長年にわたり 献身的に子供の世話を してきたにもかかわらず 中には テロメアの長さに その影響が見られない母親もいました 分析の結果 そのような女性は ストレス耐性が高いということがわかりました 自分の置かれた状況を 「終わりのない苦悩」としてではなく 「挑戦」としてとらえていました このことは私たちに 大変重要な洞察をもたらしました それは 自分で年の取り方を 決めることができるということ それも細胞の加齢まで 決められるということです
私たちが当初抱いた好奇心は 他の研究者にも影響を及ぼし 多様な分野から たくさんの研究者が 自らの専門知識を テロメア研究に貢献し 新しい発見が次々と続いています 学術論文は1万編を超え 増え続けています すぐに いくつもの研究から 私たちの発見の正しさが確認されました 慢性的なストレスがテロメアに 悪影響を与えるということです そして 多くの研究から テロメア関連の老化現象について言えば 想像以上に その人次第でどうにかなることが わかってきています 例えば UCLAが行った研究ですが 長期にわたり認知症家族の 世話をしてきた人たちについて テロメアの補修能力について調べたところ 1日に12分の瞑想を 2ヶ月間続けた結果 テロメアの補修能力に 改善が見られたことがわかりました 気の持ち方が重要なのです ネガティブ思考タイプの人なら おそらくストレス環境を 脅威として感じることでしょう 例えば 上司に 「話がある」と言われたとします 自動的に「解雇されるに違いない」と考え 血管が収縮して ストレスホルモンのコーチゾルが 知らないうちに上昇し 高いまま留まり だんだんと この持続する 高いコーチゾル濃度が テロメレース活性を低下させるので テロメアには悪影響です
一方 ストレス環境を 解決すべき課題だと 捉えるタイプの人ならば 血液は心臓や脳にめぐり コーチゾルが一瞬上昇し 元気が出ます このような「受けて立つ」 という姿勢を持つ人なら テロメアへの影響は心配ありません さて 以上から何がわかるでしょうか あなたのテロメアは大丈夫で 自分のテロメアがどうなるかを 変える力はあなた自身にある そういうことです
そこで私たちの好奇心は いっそう増しました どのような体外環境要因が テロメアに影響を与えるだろうか そう考え始めたからです テロメアの維持にも 影響するのでしょうか 私たち人間は 極めて社会的な生き物です テロメアも社会的だなんてことは あるでしょうか 驚くべき結果が出ています 早いと子供時代にさかのぼり 感情的虐待や暴力被害 いじめ 人種差別 など そういったもの全てが長期にわたって テロメアに悪影響を与えることがわかりました 長い間 戦争地帯で生き延びてきた 子供たちが受ける影響を想像できますか 隣人の誰をも信用できず 安全に不安を抱え生活する人々のテロメアは 皆 一貫して短いのです どこで生活するかが テロメアにとっては重要事項なのです これとは反対に 信頼で結ばれた地域社会 安定した婚姻関係 生涯続く友情など こういったこと全てが テロメアの維持を改善します
以上から何がわかるのでしょうか 私には自分のテロメアに 影響を与える力があり 皆さんのテロメアに 影響を与える力もあるということです テロメア研究は いかに人間が相互に 関係しあっているかを教えてくれます
でも私の好奇心は尽きません 私は 思うのです 私たちは次の世代に 何を残せるだろうかと 次の世代にとっての「テロメア」や 「緑藻」に当たる何かを 顕微鏡を覗いて凝視し 現代人は疑問に思いさえもしない 問題について好奇心を持つ— 次の世代の若者を育むことは できるのだろうかと それは世界を変えてしまうような 偉大な疑問かもしれません もしかしたら 皆さん 自分自身に 好奇心をもっているかもしれませんね テロメアの 保護の仕方がわかったので この先何十年も続く健康ライフを どうやって過ごそうか 興味津々かもしれません また 他者のテロメアに影響を与えることが できるともわかったので どうやって違いを生み出そうかと 関心を持ったでしょうか そして 好奇心には世界を変える力が あることもわかった今 世界が好奇心に注ぐ投資を いかにして確かなものにしますか 私たちの後に続く世代のために
ありがとうござました
(拍手)
私たちのもつ最も重要なインフラは教育を受けた「人」だ、とチュニジア政府の元大臣であったアメル・カーブールは言います。大規模な投資は橋や道路といったより目に見えやすい計画に向けられすぎていますが、より明るい未来を本当に創るのは子供たちの知性なのです。この鋭いトークで彼女は、わずか1世代の間にあらゆる子どもが学校に通い、そしてそこできちんと学習できるようにするための実現可能なアイデアを話してくれます。