最も美しくない音楽に隠された美しい数学(9:43)
講演内容の日本語対訳テキストです。
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何が音楽を美しいものに しているのか?
音楽学者の多くは 反復こそが美しさの 重要な要素だと言うでしょう メロディーやモチーフや 音楽の発想を選び それを繰り返すことで 反復を予感させ その予感を実現したり 裏切ったりします それこそが美しさの 重要な要素なのだと 反復やパターンが 美しさに重要だというなら 反復を全く含まない曲を書くと パターンのない音楽は どの様に聞こえるものでしょう? これはとても興味深い 数学的な問題です 反復を全く含まない曲というのは 書けるのでしょうか? でたらめではなくー でたらめなら簡単です 反復なしというのは 実はとても難しいことがわかります それが実現できるのも 潜水艦を追跡していた ある人物のおかげです 彼は完璧な音波探査用の ソナー音を開発しようとして 反復のない曲を書くという 難問を解いたのです それが本日お話しすることです
音波探査がどういうもの だったかというと 船から水中に 音を送り出し そのエコーを聞き取ります 音が進んでいき エコーが返ってくる 音が戻ってくるのにかかる時間が 対象への距離を教えてくれます 音が高くなって 戻ってきたなら 対象が近づいていて 音が低くなって戻ってきたなら 遠ざかっているということです では 完璧なソナー音は どう設計したものでしょう?
1960年代に ジョン・コスタスという名の人が 海軍の超高額な音波探査システムに 取り組んでいましたが うまくいきませんでした ソナー音が適切でなかったのです そのソナー音は こんな感じでした 楽譜のようなものと考えてください 横軸が時間です
(高音から低音に下がるピアノの音)
これが彼らの使っていたソナー音で ダウンチャープです これは使い物になりませんでした なぜって?周波数をずらしたものと 一致するからです 最初の2音と次の2音の 関係性が同じで それ以降も同様です そこで彼は全く違う種類の ソナー音を設計しました 下の でたらめに見えるものは 点がランダムに並んでるようですが 実は違います 注意深く見てみると それぞれの対となる 2点の間隔が 全て異なっているのが 分かります 繰り返しが全くないのです 最初の2音と それ以外の2音の対は どれも関係性が 異なっています
このようなパターンは 普通に存在するものではなく ジョン・コスタスが このようなパターンの発明者なのです これは亡くなる少し前の2006年に 一緒に撮った写真です 彼はソナー技師として 海軍で働いていました このようなパターンについて 思考を重ね 12x12の大きさのパターンを 手作業で作ることが出来ました 彼はそこで行き詰まり 12より大きいサイズのものは 存在しないのかもしれないと 考えました それで彼は 真ん中の写真の人物 カリフォルニアの若い数学者 ソロモン・ゴロムに手紙を書きましたが
実はソロモン・ゴロムは 現代における最も優れた 離散数学者の一人だったのです ジョンはソロモンに そのようなパターンを見つけるための― 良い資料がないか 尋ねましたが そんな資料は ありませんでした 繰り返しやパターンが ない構造について 深く考えた人は いなかったのです そこでソロモン・ゴロムは この問題を考えながら夏を過ごしました そして左の人物が研究した数学に 頼ることにしました エヴァリスト・ガロアです
ガロアはとても有名な数学者で ガロア理論と呼ばれる 彼の名前を冠した― 数学の1分野を 生み出しました それは素数を扱う数学です 彼はその生涯の 終え方でも有名で とある若い女性の名誉のために 立ち上がったという話です 彼は決闘を申し込まれ 受けて立ったのです 決闘が行われる少し前 自分の数学上のアイデアを 全て書き起こし 友人みんなに 手紙を送りました 200年前のことです 「どうかお願いだから このアイデアを出版してほしい」と そして決闘に挑んで撃たれ 20歳の若さで亡くなりました 我々の通信を可能にする 携帯電話やインターネット DVDなどの実現に 欠かせない数学は 全てエヴァリスト・ガロアの 発想から来たもので その彼は20歳で 生涯を終えたのです
自分ならどんな遺産を残せるか 考えてください— もちろん彼自身 自分の理論がこの様に使われるとは 想像もしなかったでしょう 幸い 彼の数学理論は 最終的に出版されました ソロモン・ゴロムは この数学理論こそ パターンのない構造を作るために 必要なものだと悟り ジョンに返事を書きました 「そのようなパターンは素数の理論を使って 生成できることが分かりました」と そしてジョンは研究を続け 海軍の音波探査の問題を解決したのです
ではそのパターンとは どんなものでしょうか これがその一例です 88x88のコスタス配列です とても単純な方法で 作られています この問題を解くには 小学校の算数で十分です 3を繰り返し掛け続けることで 得られます 1、3、9、27、81、243、・・・ 素数である89より 大きな数になったら 89より小さくなるように 89を引いていきます そして最終的に88x88の マス目が埋まります ちなみにピアノの音数も88です 本日 世界初演となる パターンのないピアノ・ソナタを 披露します
音楽の疑問に戻りますが 何が音楽を美しいものに しているのか? かつて書かれた中で 最も美しい曲の一つ ベートーベンの交響曲第5番の 「ダダダダーン」というモチーフは有名です あのモチーフは曲中に 何百回も現れます 第1楽章だけでも何百回も現れ 他の楽章にも現れます 反復を使った構成は 曲を美しいものにする重要な要素なのです でたらめな音の曲が この辺にあり ベートーベンの第5番のような パターンを持つ曲がこの辺にあるとすると まったくパターンのない曲というのは 遙か向こうの端になるでしょう 音楽美の逆の端には パターンのない構造があるんです 先ほどのマス目で 表される曲は でたらめとはまるで違うものです まったくパターンがないのです
音楽学者たちや 有名な作曲家の アルノルト・シェーンベルクは この事を1930年代、40年代、50年代に 考察していました 彼の作曲家としての目標は 音楽を調性構造から 解き放つことでした 彼は「不協和音の解放」と呼んでいました 「音列」と呼ばれる 構造を作ったのです あれが音列です コスタス配列のように聞こえます 残念なことに そのような構造を 数学的に生成できることをコスタスが見付ける 10年前に彼は亡くなりました
本日お聞き頂くのは 世界初演の 完全なるソナー音の音楽です これは88x88のコスタス配列を ピアノの音符に置き換えたもので ゴロム定規と呼ばれる規則を リズムに採用して演奏します 音と音の間隔もまた 全く一致していないのです 数学的にあり得ないような 計算上作り出すのが 不可能なようなものですが 200年前に生み出された数学と 近年のもう一人の数学者と 技師の知恵を借り 3の冪剰余を使って これを作曲 あるいは 構成することができました
この曲を聞く上で 注意してほしいのは これが美しいものとして 作られてはいないことです 世界で最も聞くに堪えない 音楽なのです 数学者にしか書けない曲です
(笑)
この曲を聞くに際して 皆さんにお願いしたいのですが 反復を見つけ出してみて下さい 何か楽しめるものを探し それが見つけられないという事実を 堪能してください
(笑)
前置きはこれぐらいにして ニュー・ワールド交響楽団の 室内楽団長である マイケル・リンビルが 世界初の完璧なソナー音の音楽を 演奏します
(音楽)
(音楽終り)
(画面外のスコット) ありがとうございました
(拍手)
スコット・リカードはコスタス配列と呼ばれる数学概念を用いて、反復の全くない最も醜いであろう音楽を生み出そうと研究を始めました。この驚くほど魅惑的なトークでは、音楽的に美しいもの—とその反対なもの—に隠された数学について語られます。