人に行動を改善させるには(15:04)
講演内容の日本語対訳テキストです。
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見ての通り 私は 顔の片側にだけ髭があります 別に賭けに負けて やっているわけではありません ずっと以前に ひどい火傷をして 体中に傷を負いました 顔の右側もそうで 髭が生えないんです そんなわけで 左右対称だとはいえません
髭の話はそれくらいにして 社会科学の話をしましょう 特に考えたいのは 人間の可能性がどれほどあり 現在どういう位置にいるのか ということです ありうる姿と 現状との間には 大きなギャップがあります あらゆる領域でそうです
そこで皆さんに 聞きたいんですが この1か月 食べすぎだったと思う人は どれくらいいますか? みんなそうですね この1か月 運動不足だったと思う人は? 今2回手を挙げたのが 今日で一番の運動だったという人?
(笑)
車を運転しながら メールしたことのある人は? みんな正直になっていますね 正直さを試しましょう この1か月で トイレに行って 手を洗わなかったことが ある人?
(笑)
正直さが落ちました 運転しながらメールしたことは 認められても 手を洗わなかったことは認めにくい というのは興味深いことです
(笑)
ずっと続けていけますが 要は すべきだとは思いつつ やっていることは 違うということが よくあるということです このギャップを埋めるために よくやるのは 単に指摘するということです 「運転中にメールするのは危ない」 「危険なの分かってる?」 「すべきじゃない」 危険だと言えば みんなやめるだろうと
運転中のメールは一例です 別の残念な例ですが アメリカでは「金融リテラシー」のために 年間7~8億ドルが 使われています その結果は何でしょう? これまでに行われた金融リテラシーの 調査をまとめた最近の研究があります これをメタ分析と言いますが それで分かったのは 金融リテラシーについて教えると みんな覚えるけれど 実践するかというと あまりしていないということです 講習直後は 3~4%改善しますが その後下がっていきます 最終的に改善は 0.1%になります 0ではないが 限りなく0に近い
(笑)
残念な話です 情報を与えるというのは 人の行動を変える良い方法では ないということです ではどうすればいいのか?
社会科学では多くの知見が 得られていますが ひとつ基本的なことは 人の行動を変えたければ 環境を変える必要があるということです 人ではなく環境を変えるのが 正しいやり方なのです このことを考えるための 単純化したモデルとして 行動を変えることを 宇宙ロケットにたとえて 考えてみましょう すべきことは 大きく2つあります 第一に抵抗を減らすこと 空力学的に可能な限り 抵抗を小さくしたい 第二に 可能な限り 多くの燃料を入れ タスクを行うモチベーションなり エネルギーなりを大きくすること 行動を変えるのも同じです
第一に抵抗です 例として薬のネット販売を 考えてみましょう 長年患っている病気があって 医者に薬を処方してもらい ネット上の薬局で 定期購入手続きをします 薬が3か月ごとに届きます このオンライン薬局では薬を ブランド薬からジェネリック薬へと みんなに切り替えてほしいと 思っています それで手紙を出して言います 「どうかジェネリック薬に 切り替えてください ご自身も 当社も お勤め先も みんなお金を節約できます」と それでみんなどうするでしょう? 何もしません
手を替え品を替えしても 何もしません それで思い切った キャンペーンをします 「今 ジェネリック薬に切り替えると 1年間無料になります」 すごくお得です 何割くらいの人が 切り替えたと思いますか? 1割未満です その時点で 薬局が私に相談しに来ました 文句を言ったのです なぜ私のところに 来たかと言うと 「無料の魅力」について 論文を書いていたからです その論文で示したのは 値段を10円から1円に下げても 大して反応がないけれど 1円から無料に変えると みんな飛びつくということです
(笑)
それで彼らは言うわけです 「我々はあの論文を読んで無料にしたのに 期待したようになりませんでした どういうことなんでしょう?」と 「それは抵抗の問題かもしれません」 と答えました どういうことかと聞くので 説明しました 「ブランド薬で始めたら 何もしなければ ブランド薬のままです ジェネリック薬にするとなると ブランド薬に対して ジェネリック薬を選ぶだけでなく 手紙に返信するという 手間がかかります」 この状態を「交絡」と呼びます 2つのことが 同時に起きています 「ブランド薬」対「ジェネリック薬」に加え 「何もしない」対「何かする」 という違いがあります それで入れ替えては どうかと言ったんです 「薬をジェネリック薬に 切り替えます 何もしていただく 必要はありません ブランド薬を継続したい場合は 返信してください」と言えばいいと
(笑)どうなったと思いますか? 弁護士が出てきました
(笑)
実はこれは違法だったんです
(笑)
ブレーンストーミングや 創造性を高めるためであれば 違法なことや非倫理的なことも 問題ありません 実行に移さない限りは
(笑)
でも問題はそこにあったのです 元のやり方では ブランド薬には 行動が不要という利点がありました 私の違法で非倫理的なやり方では ジェネリック薬に行動不要の利点があります 結局は顧客に丁字路を 提示することになりました 「返信いただけなければ 薬の提供を止めねばなりません 返信いただければ この値段のブランド薬か この値段のジェネリック薬かを お選びいただけます」 みんな行動が 求められるようになり 条件が対等になりました どちらにも行動不要の 利点はありません 何割の人が切り替えたと 思いますか? 大半の人が切り替えました これから何が分るでしょう? 人々はブランド薬とジェネリック薬の どちらを好むのか? みんな手紙の返信を 嫌うということです
(笑)
これは抵抗の話であり 小さなことが問題になるのです 望ましい行動に対して みんなにその行動を ためらわせている 抵抗がある部分は何か 望ましい行動と 容易な行動とで 条件が揃っていないときには 揃うようにすることが 大切です
第一の部分である 抵抗についてお話ししました 次にモチベーションの 話をしましょう 私達が行った研究では ケニアのキベラという スラムに住む貧しい人々に 万一の時のため 貯金を勧めようとしました とても貧しいと 余分なお金などなく その日暮らしをしますが 時に悪いことが起きます そして悪いことが起きると 蓄えがないので 借金することになります キベラの人々は 週10%のような 高金利で借金することもあります そうすると抜け出すのは困難です その日暮らしをしていて 何か悪いことが起き 借金をし 物事が悪化していきます だから万一の時のために 少し貯金をするようにさせたいと思いました そのための モチベーションになるもの 加えるべき燃料は 何かと考えました 様々なことを試しました ある人々には 週一度メールして 「今週100円貯金しましょう」と言います ある人々には 自分の子供からのような メールを送ります 「母さん 父さん ジョーイだよ― 子供の名前を入れます― 家族の将来のために 今週100円貯金してね」と ユダヤ人の私には 少しばかりの罪悪感が効果的です
(笑)
ある人々には 10%のお金を提示します 「100円までの貯金につき その10%を差し上げます」 ある人々には 20%のお金を提示します ある人々には10%や20%の お金を提示しますが 損失回避の要素を加えます 損失回避とは何でしょう? 得を喜ぶ気持ちよりも 損を嫌う気持ちのほうが 強いということです 誰かが10%の条件で 40円貯金したとしましょう 40円に対して 4円をもらい ありがとうと言いますが もう6円もらえる機会を 逃しました 100円貯金していれば さらに6円 得ができたのです それで先払い方式を やってみました 週のはじめに 口座に10円入れておきます 「お金が待ってますよ」と それで相手が 40円貯金したら 「40円だから 4円残して 6円は返してもらいます」と言います だから先払い方式でも 後払い方式でも 10%受け取るのは一緒です でも先払い方式の場合 貯金額が満たない分は 口座から消えてしまいます メール 子供からのメール 10% 20% 先払い 後払いときて さらにもう1パターン 用意しました これくらいの大きさのコインで 24個の数字が書かれています それを家のどこかに飾って 毎週 その週の数字を ナイフで削ります 1週目 2週目 3週目 4週目 貯金しなければ横に 貯金したら縦に削ります
これらの方式の中で 一番効果的だったのは どれだと思いますか? メール 子供からのメール 10% 20% 先払い 後払い コイン 一般的な人の予想を お教えしましょう この予想の調査は アメリカとケニアで行いました 多くの人は 20%が最も効果的で 10%がそれに次ぎ 他は 子供のメールもコインも 効果がなく 損失回避はあまり 影響しないと考えます
実際はどうだったのでしょう? 毎週メールするのは有効でした いいですね 半年間のプログラムで みんな忘れがちなので 思い出させるのは有効です 週の終わりに10%提供するのは さらに効果的です 金銭的インセンティブは機能します 週の終わりに20%提供するのは 10%と違いがありません 週のはじめに10%提供するのは さらに効果的です 損失回避の気持ちが働きます 週のはじめに 20%提供するのは 週のはじめに 10%提供するのと違いません 子供からのメールは 損失回避の20%と同じくらい 効果がありました すごいですよね 子供からのメールが どれほど モチベーションになるかは驚くほどです 結論の1つは 我々は子供を 十分活用していないということです
(笑)
もちろん児童労働させようという 話ではありません 親と子供ということで言うと 私たちは子供のために 最善の努力ができ 将来のことを考えます 親に良い行動を 取らせるために この強力な動機付けを どう使えるか 考えるべきでしょう
この研究で大きな驚きだったのは コインです コインは他と比べて 2倍の効果があったんです コインのどこに そんな力があるのでしょう? コインについて考え始めたことを お話ししてから 元の話に戻りましょう
コーヒーの買い方を 知りたければ どこに行く必要もありません コーヒーを買ったことなら 何度もあり どういうものか よく分かっています でも世界で最も貧しい地域の 調査をするときには そこに赴いて 何が起きているのか見て その場所がどう成り立っているのか 洞察を得る必要があります あるとき私は南アフリカの ソウェトというところで 葬儀保険が 売られているのを見ました アメリカでは人々は結婚式に 馬鹿げたお金をかけますが 南アフリカでは 葬式にお金をかけます 葬式に年収の 1年か2年分を費やします 南アフリカの人たちは 不合理だと 皆さんが断じる前に 指摘しておきたいのは 結婚式でなく葬式に お金をかけるのであれば 一度だけで済むということです
(笑)
私はそこで葬儀保険が 売られているのを見ていました ある男が12歳の息子と 一緒にやってきて 1週間分の葬儀保険を 買いました 7日以内に死ねば 葬儀費用の9割が支払われます とても貧しい人たちですから 保険にせよ石鹸にせよ ごく少量ずつ買います 保険証書を手にすると 男は仰々しくそれを 息子に渡します 何でそんな儀式ばって渡すのかと 思いました この父親がしているのは 何なのか? 一家の稼ぎ手が お金を 保険や貯金に 回すことにすると 家族がその晩 目にするのは 何でしょう? 減少です こういう水準の貧しさだと 食べ物であれ 燃料であれ 水であれ 何かが減ることになるのです この父親の行為や 私達のコインは 食べ物は少ないけど 代わりのものがあるんだと 示すものなのです 貯金や保険のように 大切な経済活動だけど 目に見えないものが たくさんあります それをどうすれば 目に見えるようにできるか?
ロケットのモデルに 戻りましょう まずシステムを見て 抵抗を除けるところが ないか見ます それからシステムを 広い視野で捉えて 他にどんなモチベーションを もたらせるか考えます これは簡単ではなく 何が一番効果的か 必ずしも分かりません お金なのか 損失回避なのか 目に見えることなのか 分からないので いろいろ試す必要があります 私達の直感が 誤りがちなことも自覚が必要です 何が一番効果的か 分かっていないのです
私達がすべきことと 実際にやっていることの間に ギャップがあるのは 残念なことです でも良い知らせは できることが沢山あるということです 変えるのが簡単なこともあれば 難しいこともあります でも個々の問題に 直接当たって 情報を与えるだけでなく 抵抗ある部分を変え モチベーションを加えるなら ギャップをまったくなくすことは できなくとも ずっと改善することが できるはずです
ありがとうございました
(拍手)
人々に行動を改善させる一番の方法は何でしょう? このユーモアと知恵が詰まった講演では、心理学者のダン・アリエリーが、人がすべきでないと分かっていながらまずい決断をする理由を探り、(間違った理由であれ) 正しい行動を取るように仕向けるための仕掛けについてお話しします。