経済的価値とは何か、そして誰がそれを生み出すのか?(18:47)

マリアナ・マッツカート(Mariana Mazzucato)
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対訳テキスト
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価値の創造 富の創造 これらは非常に強力な言葉です あなたが連想するのは 金融、イノベーション 創造性などかもしれません しかし 誰が価値を創造しているのでしょう これは同時に 価値を創造しない人々がいると 暗に言っていることになります それは誰? カウチポテトの人達? 価値を収奪する人達? 価値を破壊する人々 実はこの問いに答えるためのちゃんとした 価値の理論が必要なんです 私は経済学者として皆さんに ここで暴露してしまうのですが 私達は現在この問いに関して 道を迷ってしまっています

そんなに驚かないでください 私達はそれを議論するのを 止めてしまったのです 価値の創造と 価値の収奪の違いは何か 生産的な活動と非生産的な活動の 違いは何かと 厳しく問うことが無くなりました

この問題をある文脈で考えてみましょう 2009年のこと 1929年の大恐慌に次いで 現代における最も大きな 金融危機が起こってから およそ1年半後に ゴールドマン・サックスの CEOはこう言いました 「ゴールドマン・サックスの社員達は 世界で最も生産性が高い」 経済学者にとって 生産性や生産的であることは 密接に価値と関わっています 品物を生産する時 必要な分だけ効率的に生産します 生産するものは世間が必要として 欲しがり 購入するものです さて この銀行が 他の多くの銀行と共に 金融危機を引き起こした わずか1年後に よくもこんなことが言えたものです ここでゴールドマン・サックスを 名指ししている理由は 同社が 住宅ローンを中心に それ以外の分野も含めた― かなり問題のある金融商品を 生み出したために危機が生じ 何千という人々が住む家を失ったからです 2010年9月の1カ月間だけで 12万人が金融危機の結果 差し押さえにより 家を失いました 2007年から2010年の間に 880万人の人々が職を失いました 当時 銀行はアメリカ国民の税金で 救済しなければならず 計100億ドルが投入されました 納税者が「自分は価値の創造者だ」と 声高に主張することはなくても 「最も価値を創造して」いて 「生産的な会社」の投資銀行を 救済したのだから そう主張してみるべきでした

さてこれから 過去を振り返って考えてみましょう どうして道を誤ったのかと 全く一体どのようにして あのような言説が発せられたのか これはちょっとした軽口などではなく 正式な場で真剣に言われたんですから

まず 皆さんと一緒に300年前の 経済学の思考を見ていこうと思います 経済用語が実際に 検証されていた頃です それが正しかったか間違っていたかは別として 自分が「価値の創造者」「富を生み出す者」 などと勝手に主張できなかったし 経済学者達の間で 議論が多く交わされていました 私が言いたいのは 私達が道を誤り 「富の創造」や「価値」の意味が 非常に意味の薄い恣意的なものになり 簡単に使われ過ぎているということです

では始めます これを言うのは気が引けますが 300年前のこと 300年前 興味深いことに 社会はまだ農業に根差していました そして「重農主義者」と言われた 当時の経済学者達は 主に農業に着目していました 「価値はどこから生まれているんだろう?」 彼らは農業に目を向けました そして彼らは世界で最初の スプレッドシートである 「経済表」を編み出しました これはこの学派のリーダー フランソワ・ケネーによるもので とても興味深いものでした 「農業生産は価値創造の源である」と 主張しただけではないのです

生み出された価値がどうなるかに 着目したからです 「経済表」は ここに単純化してみましたが 社会の階級を3つに分類しました 農民は価値を創造するので 「生産的階級」と呼ばれました その他の階級はこれらの価値を 移動させているだけなのですが それも有用で必要なことでした それを行ったのが商人です 真ん中の階級は「所有階級」と呼ばれました この人たちは既存の資産である 土地について 農民から地代を徴収していました また右の階級は「不生産階級」と呼ばれました この言葉はその意味を考えてみると ショッキングなものです 地主たちへ流れる資金が多過ぎれば 経済システムの再生産性が 危うくなるということです 図にある矢印は 当時のシミュレーションを 表しています スプレッドシートやシミュレーターを使って ビッグデータを用いていたんですね 彼らは様々なシナリオの下で どうなるかをシミュレーションしていました 土地の生産性を更に高めるような 富の再投資を怠り 別の目的で吸い上げてしまうと どうなるか それか「所有者」達に 富が集まり過ぎたらどうなるか?

その後1800年代に起こったのは 農業革命ではなく 次の産業革命でした 古典派経済学者達 アダム・スミスやデヴィッド・リカード 革命家のカール・マルクスは 「価値とは何ぞや?」と問いました でもこれは自然なことで なぜなら彼らが生きたのは 機械や工場が興隆してきた 産業革命の時代でしたから 彼らは「産業労働」が答えだと言い そこで「労働価値説」が生まれました ここでも主題は再生産に置かれました 生産された価値がどうなるか それが搾取されていないかを 大いに懸念したのです

『国富論』の中でアダム・スミスは 素晴らしく的を得た 「ピン工場」の分業の例えを紹介しました ピン作りの工程を すべて1人の工員が担っていたら 1日に1本のピンしか作れないだろう でも工場生産と分業に投資すれば ―これは当時は新しい考え方で 今ならこれを「組織革新」と言うでしょう― そうすれば生産性と 国家の成長を高め 富を増やせるだろうと それでスミスは 分業に特化した技能を身につけた 10人の労働者の人材育成に投資したら 一日4,800本のピンが生産できることを 示しました これに対して 一人が 全行程を担うなら1日1本です スミスとその仲間の古典派経済学者は 活動を生産的なものと非生産的なものに 分けました

(笑)

非生産的な活動とは― 大半の皆さんはリストに入っているから 笑ってしまいますね

(笑)

弁護士!スミスの弁護士についての判断は 正しかったと思います 教授も色々な知識人達も 生産的ではない 弁護士、教授、店主、音楽家が 挙げられていますね オペラ嫌いだったのは明らかね 本を書く前の晩にでも 人生で最もひどいオペラを 観たのでしょう リストの中には少なくとも3種類の オペラに関係する仕事があります

でもこれは「この職業に就いてはいけない」 ということではなく もし 彼らが鍵と考えた 価値創造の源である産業労働の 生産性を上げようとせずに 経済の一部だけを肥大させ過ぎてしまったら どうなるか という考えを表したものでした

これが正しいか間違っているかは問題ではなく ただまさに 議論されていたのです こうしたリストを作ることで 彼らは熟考を余儀なくされました 議論のかなめは 重農主義と同様に 生産の客観的条件でした 階級闘争も考慮しました 賃金についての理解は 資本と労働力間の交渉力― 客観的な 言うなれば力関係を 考慮したものでした そして繰り返しますが 工場、機械、分業労働、農耕地 それに何が起きているかを考察しました

そして大革命が起きました これは経済学の授業では あまり教えられていませんが 現在の「新古典派経済学」と呼ばれる 経済学を支える考え方に起こった 大きな革命は ロジックが完全に入れ変わったことでした 2通りの意味で変わったのですが 焦点が客観的条件から 主観的な条件に移ったこと

こういうことです 「客観的」とはこれまで話した通りです 「主観的」とは 様々な個人がそれぞれ独自の選択をする 意味での「主観」が注目されたということです 労働者は労働よりも 余暇を最大にできるように選択します 消費者達は幸福と同義の 「効用」を最大化し 企業は利益を最大化しようとします この背後にある考え方はそれらを総合したら [農業、労働、選択] それが価格すなわち [農業、労働、選択] 均衡価格をはじき出す ステキな需要供給曲線を 描くというものです 均衡価格と呼ばれるのは ニュートン力学において 重心にはたらく力の つりあいから得られる方程式の解と 同じように導いたものだからです でも2つめのポイントは 均衡価格すなわち「価格」は 価値を表すということです

こうして 客観から主観へという 革命のみならず 論理構成も変わりました 何が価値であるとか 価値がどう決まるかとか 経済の再生産可能性を論じて 理論的な価格を導いていたのが 逆転しました 価格と交換の理論が価値を 明らかにするというものに変わりました

これは大きな変化でした 学術的な思考実験として 面白いばかりでなく これは経済成長の計測のしかたにも影響し いかに経済を刺激し 経済活動の一部をその他のものより 活性化させるやり方や いかにある経済活動に他よりも多くの 報酬を与えるかに影響します そして人々を考えさせることにもなります 自分が価値を創造する側だったら 朝 幸せな気持ちで起きられるかどうか 自分が決定権を持たない 価格決定のしくみをどう思うか

これが私達のアウトプット(産出)を どう考えるかに影響すると言いましたが 例えばGDPに 価格がつけられた活動だけを 計上したら おかしなことになってしまいます フェミニスト経済学者達や 環境経済学者達は これについて多くの論文を発表しています 例を紹介しますね あなたがベビーシッターと 結婚するとGDPは低下します やってみようと思わないでくださいね? 以前は対価が支払われていた シッターの仕事を同じように継続しても 対価がなくなりますから

(笑)

環境汚染で GDPは成長します やめておいて下さい 経済に貢献はしますが 汚染の後始末に対価が支払われるだけです

金融分野でも面白いことが 起きました 金融についての GDP の問題です このことを多くの経済学者が 知らないということに よく驚くのですが 1970年まで 金融分野のほとんどは GDPに含まれていませんでした 間接的に おそらく気づかないうちに 重農主義の視点に支配されたままだったのです 何かを移動させているだけで 実質 何も生産していないという見方です そして価格が明示的な 活動だけが含まれていました 例えば 住宅ローンを借りれば 手数料が課されますね それはGDPと国民所得 生産勘定に計上されます しかし 例えば 金融収支は計上されませんでした 銀行がローンを貸し出したときの金利と 預金に払う利息の差額として生じる 銀行の所得のことです これは含まれませんでした

それで会計に携わる人たちが データを見はじめると 融資の規模や 金融収支が かなり増大しているとわかったので これを「バンキング・プロブレム」と 呼びました 国連の定める 国民経済計算体系 SNA を 議論するメンバーも これを「バンキング・プロブレム」と 呼びました 「まいったぞ これは巨額で 計上もされてないぞ」といった感じです しかし 一旦立ち止まって 経済表を作ってみたり 根本的な問いを発して 古典派が行ったように 経済の様々な活動における 分業の実態を考えてみようとする代わりに 単に 金融収支に名前を与えました 商業銀行の活動を「金融仲介」と呼び 国民所得・生産勘定(NIPA)に 計上しました 投資銀行の活動は 「リスクテイク活動」と呼ばれ それもNIPAに計上されました きちんと説明すると 赤い線は 金融仲介業全体であり 青い線の他の産業界よりも いかに速く 成長を遂げていたのかを示しています

これは非常に大変なことでした こんにち私達が知るように 実際に起ったことは 色々な人がこれについて書いていますが このデータはイングランド銀行のもので 1970~80年代以降 金融業界が行ってきた 経済活動の多くは 自己の資金調達だったと いうことを示しています 金融機関に対する資金提供です ここで金融機関とは 金融、保険、不動産です 英国の実情としては 10~20%の資金が 実体経済である産業界へ向けられ エネルギー分野や医薬品や IT分野へ投資されますが 残りのほとんどは「FIRE」と呼ばれる 金融、保険、不動産へ 戻っていきました 「FIRE 」はぴったりな略称ですね

これは大変興味深いことです 金融が良いとか悪いとか言う話ではなく 金融仲介業は名前を 与えられなければならないほど 利益をあげていたのですから それが「どうなっているんだろう?」と 立ち止まって実態を 考えようとしなかったのは 残念な機会の損失でした

同様に 実体経済、産業界では 何が起こっていたのでしょうか 価格や株価の重視が 再投資の大きな問題を生み出しました すなわち 重農主義と 古典派が 気にしていたように 経済で創出された価値のどれほどが 結局は再投資にまわされるのかという 問題です そういう訳で こんにち 金融化が進み過ぎた業界があり そこではますます利益と金融収支が 生産や人材教育や研究開発へ 再投資されない傾向になり 単に株価の上昇をもくろむ 自社株買いなどに回されていき それは結果として経営層の懐に入ります 自社株の買い戻し自体は 悪いことではないのですが その仕組みが破綻してしまっています この数字は [4兆ドル 買い戻し 3.1兆ドル 配当] 過去10年間でS&P500社のうち466社が [4兆ドル 買い戻し 3.1兆ドル 配当] 4兆ドル以上を自社株買いに つぎ込んだことを表しています こうした動きをマクロ経済レベルで 合算してわかることは 事業投資を合算したときに GDPの中で 事業投資額の占める割合が 減ってきているのが分かります これは問題です

さて スキル育成や雇用創出を考えると これは大問題です 最近こう言われているのを耳にしたでしょう 「ロボットが職を奪うのだろうか?」 機械化は何世紀も職を奪ってきました でも利益が生産に再投資されている限り 新たな雇用が創出されたので それは問題ではありませんでした ですが 再投資されないということは とても危険なことです

医薬品業界での 薬の価格の決め方を例にとると 経済的価値が 社会の共同活動の上に得られたという 客観的な条件を 無視していることに気づきます 様々な主体が活動している領域で 公共部門も民間も そして非営利団体などの 第三セクター組織も 価値を作っているときに こうした領域で価値の計測は 価格の決定によって行われます 価格は価値を表します ですから 最近 ある抗生物質の価格が 一晩で400%も跳ね上がった時 その製薬会社のCEOは聞かれました 「どうしてこんなことを? その薬を必要な人もいるのに不公平だ」 彼はこう答えました 「私たちは価格を 市場の動きに委ねるよう 道義的に要請されています」 この発言は 例えばアメリカでは 米国国立衛生研究所(NIH)が 毎年300億ドルの公費を 医薬品の研究開発に充てているのを 全く考慮に入れていません ですから こうした客観的条件に対する 認識は不足したまま 価値の評価をシステムで決まる価格に 委ねてしまっているのです

これはとても面白いうえに 単なる学術的な思考実験ではありません これは私たちのアウトプットの 測り方として とても重要です 経済をどうかじ取りするか 自分が生産的だと感じるかどうか 人々がどのセクターに入り、働き、貢献し それを誇りに思うかということは とても重要です ブランクファイン氏の発言に立ち戻ると 彼の発言は驚くものではありません 彼は正しかったんです 私達が生産や生産性や経済価値を 測っているやり方から見れば ゴールドマン・サックス社員は 最も生産性が高いのですから 実際に彼らの給与は最も高いのです 彼らの労働の価格は彼らの価値を 表しているといえます でもこれはもちろん同語反復ですね

ここで本当に考え直す必要があります アウトプットを 測る方法を見直すべきです 世界中にいくつか驚くべき実験があります 例えばニュージーランドでは国民総幸福指数を ブータンでは国民総幸福量を測っています ただ新しい指数を 加えてすむ問題ではありません 立ち止まる必要があり そして今がその時だと思います 金融危機から ほぼ何も変わっていないことを考慮すると 価値の収奪と価値の創造を 混同しないようにしなければいけません 計測項目を追加するだけではなく 何が含まれているかを吟味して 例えば賃料・レントと利益とを 混同しないように注意しなければなりません 古典派経済学では賃料を 不労所得とみなしました こんにち 経済学でいうレントは 競争価格に対する不完全性に由来する 過剰利益であり 情報の非対称性を無くせば 競争の中で消え去るべきものです

第2に 諸々の活動は 古典派が「生産境界」と呼ぶ アウトプットを計測する基準の内側に おさめてしまうことができます これを巨悪 金融業界対 善良な業界のような 「自分達 対 奴ら」という構図で 考えてはいけません 私たちは金融を改革できるはずです 金融恐慌後 幾つかの機会を 見逃しました 金融取引税を取り入れ 短期的な投資よりも 長期的な投資を促すことも できたはずです でもそれを世界的な合意にはしませんでした これは今からでも変えられます 新しい公的な機関を作ることもできます 世界には様々な公的金融機関があります 忍耐強く 長期間にわたる融資を約束して 中小企業の成長を助けインフラ構築や イノベーションを後押しするものもあります

でもこれはアウトプットだけの 問題ではありません アウトプットのスピードだけの問題でも ありません 私達は社会全体で 一旦立ち止まり 一体どんな価値を創っているのかと 問い直してみる必要があります 終わりに 今週は月面着陸の50周年ですね 月面着陸には公的セクターも民間セクターも 投資とイノベーションに あらゆる手段を講じる必要がありました 航空技術に関する分野だけではなく 栄養学や材料科学などへの 投資も行われました その過程でたくさんの間違いもありました 例えば政府は ボトムアップの開発を進めるために 政府調達を全力で行い 失敗に終わったものもありました それは価値創造の一部を担う 失敗だったのか それとも単なる失敗でしょうか あるいは どうやって実験の機会を生み出し 試行と失敗と失敗と失敗を 後押しできるでしょう?

AT&Tの研究開発部門であるベル研究所は 政府が勇敢だった時代に生まれました ベル研は AT&T が独占的な地位を 維持するために 利益を実体経済へと 再投資し 通信分野に限ることなく イノベーションを追求するよう 促しました これがベル研究所初期の歴史です ではどうしたら 再投資に関わる新たな条件を定め 気候変動のように 巨大な課題に向けた新しい種類の価値へ 投資していけるでしょう? これは鍵となる問いです

いま一度考えてみてください 正味現在価値や コストベネフィットの分析をして 一世代のうちに 月と往来するという挑戦に 着手すべきかどうかを決めようとしたら こんな計画は開始しなかったでしょう ありがたいことに 私は経済学者なので皆さんに こう言えます 価格だけが価値を表すのではありません

ありがとうございました

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このプレゼンテーションについて

誰がどこから富を生み出し、何がそれを破壊するのでしょう?\n世界経済を深く掘り下げるトークで、マリアナ・マッツカートは私達が「価値とは何か」を見失ったこと、そして資本主義が大胆で、イノベーティブで、持続可能な全員のための未来を築くものへと変化するために、現在の金融システムを見直すべき理由を説明します。

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