犬でマラリアを嗅ぎ出せるとしたら?(17:31)
講演内容の日本語対訳テキストです。
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世界では マラリアが今も 死亡原因の上位に入っています この20年間の私たちの取り組みで 状況は大きく改善しました それでも 世界人口の半分は 依然として マラリアの危険にさらされています 実際 2分に1人の割合で 2歳未満の乳幼児が マラリアにかかって死亡しています 対策が難航しているのは明らかです
マラリアへの取り組みには 問題点がいくつもあります そのうちのひとつが そもそも どのようにしてマラリア感染者を 特定するのかという問題です たとえば マラリアに対して 一定の免疫がある人が感染した場合 人にうつる状態になっても 症状は全く出ないということがあります こうした症状のない人の特定が 大きな課題です 闇夜に針の穴を通すような難題です この問題に科学者たちは 何年も取り組んできましたが 今日は 解決策が実はすぐ鼻の先に あったかもしれないという話を したいと思います さて のっけから重大な統計情報ばかりで 重苦しかったと思いますので ここで ちょっと一緒に リラックスしましょう 私の緊張も少しほぐれると思います 深呼吸しましょう 大きく息を吸い込んで… (笑)
フーッと息をはいて… おっと 吹き飛ばされちゃいそうです
もう一度 やってみましょう でも今度は鼻だけで 深呼吸してみてください そして周囲の様子を しっかり感じ取ってください それにとどまらず 隣の人のニオイも 嗅いでみてください 知り合いじゃなくても 大丈夫です ここは大胆に 脇の下へ 鼻をグイッと押し込みましょう ほらほら 遠慮しないで 脇の下のところで大きく息を吸って ニオイを感じてみてください
(笑)
皆さん1人1人 全く違うことを感じたはずです 「いい香り」と思った人も いるかもしれません 香水の香りとか 反対に不快に感じた人もいるでしょう 誰かの口臭や体臭がしたとか 自分の体臭を嗅いだ人も いるかもしれません
(笑)
おそらく何か理由があって 人によって特定の体臭を 苦手に感じるんだと思います 歴史を振り返ると ニオイに関連付けられた病気は たくさんあります たとえば 腸チフスは黒パンを焼いたような ニオイがする と言われています なかなか いいニオイですよね ここからは そうはいきません 結核は気の抜けたビールのニオイ 黄熱病は 肉屋のニオイ 生肉のニオイがするといいます さらに 病気を表現する言葉に 注目してみると よく使われているのは 「腐ったような」「腐敗した」 「悪臭がする」「刺激性の」などです そういうわけで 当然 ニオイも体臭も 評判はよくありません 「におう」と言われたときに 褒め言葉として受け取る人はいませんよね ですが先ほどの実験でお分かりのように 人にはニオイがあります これは科学的事実です
でも これを逆手にとって ニオイをプラスのものと捉え 役立てられるとしたら? 病気になったときに体が発する 化学物質を検知して 診断に役立てられるとしたら? そのためには高性能センサーの開発が 必要になると思いますよね ところが 非常に優れたセンサーが すでに存在しているんです 動物と呼ばれるセンサーです
動物は生来 嗅覚が優れていて 鼻に頼って生きています 周囲の様子を感じとり 重要な情報を得ています ようは生死を分かつ重要な情報です 自分が蚊になったと 想像してみてください 外から建物に入って この会場に舞い込んだとします ここは非常に複雑な世界です 四方八方から色々なニオイがします さっき実験したとおり 人間には強いニオイがあります 生成される揮発性化学物質は 人それぞれに違います 「体臭」の一言では 片付けられないほど たくさんの種類があります 人だけではありません 会場の座席もですし カーペットも カーペットの接着剤も 壁の塗装も 屋外の木々も 周囲の全てが ニオイを発しています 蚊は 非常に複雑な世界を 飛んでいるわけです そして この複雑な世界で あなたを探し出さなければなりません 皆さん誰もが 答えをご存知の質問をしましょう 蚊に刺されやすい人は 手を挙げてください では 刺されない人は? 必ず1人か2人 蚊に刺されたことがない という憎たらしい人がいるんですよね 蚊にとって あなたを探すのは 至難のわざです ニオイを嗅ぎ分けるしかないのですから 蚊に好かれない人は 嫌なニオイを発しています つまりー
(笑) ここでの嫌なニオイは もちろん 蚊にとって嫌なニオイです 人にとってではなく
(笑)
今わかっているのは これを制御しているのは 遺伝子だということです 蚊が人を選べるのは 非常に優れた嗅覚を持っているからです ごちゃまぜになったニオイを 嗅ぎ分けられるのです だから あなたに狙いを定めて 血を吸いに来るのです
次に 皆さんのうち1人がマラリアに 感染していると どうなるでしょうか まずマラリアのライフサイクルを 見てみましょう なかなか複雑です 基本的に 蚊がマラリアに感染するのは 人を刺したときだけです 蚊がマラリア感染者を刺すと マラリア原虫が口から中腸へと侵入します そして 中腸を突き破って嚢胞を作ると 原虫の増殖が始まります 次にマラリア原虫は 中腸から唾液腺まで移動して 次の人を刺すときに 一緒に送り込まれます 蚊は人を刺すとき 唾液を注入するからです そして 人の体内で 次のサイクルが始まります 次のステージでは 肝臓段階を経て 形が変わり また血流に乗って 最終的に人にうつる状態になります 寄生虫について 1つわかっているのが やつらは宿主を操ることに 非常に長けている という点です 目的は 感染力を高め 確実に次の宿主にうつしてもらうこと マラリアの場合はどうでしょう?
ニオイに関係する何かを操っていると 考えるのが妥当でしょう なぜなら 蚊の世界では ニオイこそが 人間を探し出す 手がかりなのですから これが いわゆる マラリアによる宿主操作の仮説で この数年 私たちが研究している 題材でもあります この研究で最初に確認したかったことが いくつかあって その1つが マラリアに感染すると 本当に蚊が寄って来やすくなるのか という点でした
このために 同僚と ケニアで実験を計画しました ケニアの子どもにテントで 寝泊まりしてもらいます そして テントのニオイを 蚊の入った小屋に送り込みます 蚊がニオイに反応して どんな行動を取るのかを観察しました ニオイに近づいていくのか それとも 遠ざかるか これは そのニオイを 好きか否かで決まります 被験者には マラリア感染者と 非感染者がいましたが
重要な点として どの子もマラリアの症状は皆無でした
結果を目にしたときは 唖然としました マラリアに感染している子どもは 感染していない子どもよりも ずっと蚊に好かれていたのです グラフで説明しましょう
「子どもに近づいていった蚊の数」を 示しています データは治療前と治療後の 2種類あります 棒グラフの左端は 感染していない被験者グループです 右に移動するにつれて 感染が進んでいき 人にうつる状態になっていきます この状態の子どもには 寄っていく蚊が急増しているのです この研究の次のステップは もちろん子どもたちの治療です マラリア原虫を駆除してから もう1度同じ実験をしました すると 蚊が寄っていきやすい という以前の特徴が 治療後には消えていたのです つまり 単に蚊に好かれるタイプ というだけではなく 寄生しているマラリア原虫が 何らかの方法で宿主を操って 蚊に好かれるようにしていたのです 宿主をはっきりと目立たせて 蚊をおびき寄せることで ライフサイクルを 続けられるようにしていたのです 次に確認したかったのは 蚊はいったい何のニオイを嗅ぎ 何を検知しているのかという点でした このためには 被験者の体臭を 集める必要があります そこで被験者の足を袋に入れて 足から出る揮発性のニオイを集めました 足は蚊にとって非常に特別です 蚊は足のニオイに目がないのです
(笑) 特にチーズ臭の足が大好物 チーズ臭の足の人はいますか? 蚊にとっては たまらないニオイです こういうわけで 足に重点を置いて 体臭を集めました こと蚊と嗅覚の話になると 蚊の嗅覚は とても複雑です 1つの化学物質しか検知しないのなら いいのですが そうはいきません 蚊はたくさんの化学物質を 正しい濃度、比率、組合せで 検知しなければなりません ある意味 楽曲のようなものです 音符を間違えたり 強弱を変えたりすると おかしくなります あるいはレシピのようなもの 材料を間違えたり 調理時間に過不足があったりすると 狙った味にはなりません ニオイも同じで ひと揃いの化学物質が正しく組み合わされて はじめて そのニオイになります
うちのラボにある設備は こういった複雑な信号の区別が あまり得意ではありません でも動物にはこの能力があります こういうわけで ラボでは 蚊の触覚に微小電極をつなぐ ということをしています 緊張感いっぱいの作業です
(笑)
しかも 触覚を構成する細胞の 1つ1つにつなぐんです 信じられないでしょう 当然 この実験中のクシャミは禁物です この作業を行うことで 触覚にある嗅受容器の電気的反応を 測定できるようになるので 蚊が何のニオイを嗅いでいるかを 視覚化できます
どんな風に見えるかお見せしましょう ここに虫の細胞があります 私がこのボタンを押すと すぐに反応が始まり 最初はまばらな波が見えます 細胞にニオイを吹きかけると 反応が激しくなり ブーンという振動音に変わります そしてニオイを止めると 静止電位に戻ります
(高ペースの反応音)
(うなるような低い反応音)
(高ペースの反応音)
こんな感じです これでお家の人に自慢できますね 虫がニオイを嗅ぐのを見て 音まで聞いた と 奇妙な切り口ですが 非常に有効な方法です 蚊が何を検知しているのかが これでわかります 手持ちのマラリアのサンプルを この方法で調べることで 蚊が何を検知しているかを 突き止めることができました マラリアを区別するための 化合物がわかったのです 主にアルデヒド類で マラリアを示す 信号となるニオイの化合物群です これがマラリアのニオイの正体です 蚊をバイオセンサーとして使って
マラリアのニオイが実は何なのか 解明したというわけです
想像してみてください ちっぽけな蚊にハーネスのような ベルトを取り付けて ヒモにつないで街を散歩しながら 人のニオイを嗅がせることができたら? それで実際にマラリア患者を見つけられるか 実験できたら と思うことがあります もちろん現実的には無理な話ですが ところが このアイデアを実現できる 動物がいたのです
犬は非常に鋭い嗅覚を持っていて しかも それ以上に重要な特徴を 備えています 学習能力です 皆さんご存知のように このコンセプトで 空港では 列に並ぶ人や荷物を 犬に嗅がせて 麻薬や爆発物 さらに食物まで チェックしています
そこで 実際に犬にマラリアのニオイを 教えられるのか知りたくなったわけです メディカル・ディテクション・ドッグ という慈善団体と協力して 犬にマラリアのニオイを覚えさせるという 訓練に取り組んでいます このためにガンビアに行って さらにニオイを収集してきました 感染者と非感染者の子どものニオイです 今回はニオイを集めるために 子どもたちに靴下やストッキングを 履いてもらいました
体臭を採取するためです この靴下を英国に持ち帰り この団体に渡して 実験してもらいました ここでグラフをお見せして 実験の様子を説明することもできます でも それでは少しつまらないですよね
子どもや動物の生出演は避けるように と言われていますが 今日はこの掟を破ります それではステージに登場してもらいましょう フレヤです
(拍手)
そして トレーナーのマークとサラです
(拍手) 今日の本当の主役は もちろんフレヤです
(笑)
ここで 皆さんにお願いがあります なるべく声を立てずに じっとしていてください この場はフレヤにとって 全く慣れない環境です 皆さんのことが非常に気になっています ですので できるだけ 静かにしてあげてください さて ここでフレヤに 何をしてもらうか というと 一列に並べた装置の前を 歩いてもらいます それぞれの装置には 容器が入っています 容器の中にはガンビアの 子どもの靴下が1枚ずつ入っています 3枚はマラリアに感染していない 子どもが履いた靴下です マラリアに感染した子どもの靴下が 1枚だけあります これが空港で見るような人の列だと 想像してみてください 犬が順番にニオイを確認していく という状況です フレヤがマラリアを検知する様子を そして検知できるかどうかを 見ていただきましょう フレヤには非常に特殊な環境なので とても難しいテストです では マークにバトンタッチします
(笑) 3番目ですね
(拍手)
こんな感じです
どの容器が正解だったのかは 私もマークも知りません 正真正銘のブラインド・テストです サラ 正しい箱でしたか? (サラ)はい
正解でした フレヤ よくやった! 素晴らしい出来です
(拍手)
本当に見事でした それでは ここでサラに容器を 入れ替えてもらい マラリアのニオイをつけた靴下を 取り除いて 今度は マラリアに感染していない子どもの 靴下を入れた容器だけを使います 理論上は フレヤは止まらずに 列を進んでいくはずです これも非常に重要なことです 非感染者の特定も必要だからです この判別もできなければなりません 非常に難しいことをしています 2年間 冷凍庫で保管されていた靴下ですし それをさらに切り取った 小さな布を使っています 人を嗅ぐときと違って あからさまな手がかりが得られないので ものすごいことなんです では マーク お願いします
(笑)
(拍手)
よくやった 素晴らしい
(拍手)
フレヤ、マーク、サラ ありがとう 盛大な拍手をお願いします 見事でした
(拍手)
本当に優秀な子ですね あとでオヤツをもらえるはずです 素晴らしい出来でした
今 皆さんにお見せしたのは 正真正銘のライブです 私もハラハラしました うまくいって本当によかったです
(笑) これは本当にすごいことなんです 今のところ 探知犬たちは 81%の割合でマラリア感染者を 正しく判別できます
並外れています 非感染者の場合は92%の割合で 正しく判別できます この数字はどちらも 世界保健機関(WHO)の定める 診断基準を上回っています
私たちは 各国 とりわけ入国港に 犬を配置できないか真剣に検討しています そこでマラリア感染者を 検知させるのです これが現実になる日が来るかもしれません その一方で 犬は どこにでも配置できるわけではありません ですので 同時進行で技術開発の 検討も進めています 身に着けた人が自己診断できるような ウェアラブル技術です たとえば肌にパッチを貼り付けて 汗からマラリア感染を検知すると 変色するというものもいいでしょう あるいは もう少しハイテクなもの マラリアに感染したことを教えてくれる スマートウォッチもいいかもしれません これをデジタル化して データ収集できるとしたら? 世界規模で収集できるデータ量を 想像してみてください 今までに全くなかった方法で 病気伝播を追跡したり 予防対策を立てたり 集団発生に対応したり できるかもしれないのです 最終的にマラリアの撲滅に貢献する 可能性を秘めています マラリアだけではありません ニオイがすることがわかっている 他の病気も同じです 自然の力を利用して ニオイの正体を突き止められれば 同じように実用化できます
科学者としての私たちの使命は 新しいアイディアや 新しい考え方・技術を見つけて 世界の大きな問題に取り組むことです いつも驚かされるのですが 自然界に解決策を教えられることは 少なくありません 答えは 鼻のすぐ先にあったのです
ありがとうございました
(拍手)
人の体が発するニオイを使って、世界で猛威を振るう病気を診断できるとしたら? 生物学者ジェームズ・ローガンの臨場感あふれるトークは話だけにとどまりません。マラリア探知犬フレヤをステージに呼んで、動物のもつ嗅覚という素晴らしい力を借りて、伝染病の化学的な識別特性を検出するという、革新的な病気の診断方法を披露します。