医者も知らない薬の秘密(13:26)

ベン・ゴールドエイカー(Ben Goldacre)
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ドクターズゲートオリジナル神津 仁Dr. 監修対訳テキスト
神津Drプロフィール
e-doctorで好評連載「名論卓説」の神津 仁Drが監修。ドクターズゲートでしか読めない、医療関係者向け対訳文です。
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さてこの男は、自分には未来のことがわかると考えていました。ノストラダムスです。サン紙では、ショーン・コネリーのように見えますね。(笑)

大半の人と同じく、私も未来のことがわかるとは思いません。予知は信じません。ときおり誰かが未来を予知していたという話もありますが、それはまぐれ当たりでしょう。まぐれとか極端な話だけが話題になり、失敗した場合については話題にならないのです。予言のようなどうでもいい話は、そんなものでしょう。しかし困ったことに、全く同じ問題が学術や医学の世界にもはびこっており、時として命にも関わる問題になっているのです。

最初に予言の話だけを考えてみます。つい昨年、ダリル・ベンという研究者が学生達に予知能力があると証明する研究をまとめ、査読付きの学術論文として掲載されたことがわかりました。読者の大半の反応です。「なるほど、でもまぐれか例外だろう、学生達に予知能力があるという証拠が得られなかったという研究だったら、論文誌に載らないことは明らかなんだから」そして、まさにそのとおりだと判っています。別の複数のグループが、この予知の実験結果を再現しようと試みて、同じ学術誌に投稿したときに、その雑誌からは「反復実験に興味はありません。ネガティブデータに興味はございません」と言われたのです。この例は学術誌において、我々が見ている実際に行われたすべての科学的研究には、バイアスがかかっているという証拠です。

心理学という生死に関わらない学術分野だけの問題ではありません。例えば癌の研究でも同じ問題が起きます。ほんの一ヶ月前の2012年3月にネイチャー誌に出た報告です。癌の治療ターゲット候補に関する53件の基礎研究の再現を試みた研究ですが、53件のうち再現できたのは、わずか6件でした。53件中47件は再現できなかったのです。おそらく、特異的な結果が論文にされるので、こうなるのだろうと論じられています。よってたかってたくさんの研究をして、うまくいった研究は公表され、失敗すると公表されません。この問題に対処するため、こんな提案がされています。これは問題であり、行き止まりの袋小路に至る問題だからです。この問題を回避するために、科学的に失敗した結果の公表を簡単にすることに加え、科学者にネガティブデータの公表を奨励するようなインセンティブを与えるべきだと提案されています。

さらに、この問題は癌の基礎研究という治験前の基礎研究のみならず、さらに生々しく肉と血を相手にする医療の学術分野でも起きる問題です。1980年にロルカイニドと呼ばれる抗不整脈剤の研究が行われました。心拍の異常を抑える薬です。心臓発作のあとに不整脈が現われることが多いので、抗不整脈剤を投与すれば、生存率が向上するだろうという考えです。開発初期に極めて小規模の治験を行い、100人の患者を対象にしました。50人にロルカイニドを投与し、10人が死亡しました。残りの50人には薬効成分を含まない砂糖でできた偽薬を投与し、死亡したのは一人でした。研究者たちはこの薬は駄目だと直ちに判断し、新薬開発は中止されました。新薬開発は中止されたので、治験の結果はまったく公表されませんでした。

不幸にして、その後五年、十年のうちに他の会社も同じように、心臓発作の後に投与する抗不整脈剤のことを考えついたのです。これらの薬は上市され、何しろ心臓発作は多いだけに、たくさん処方されました。これらの上市された薬もまた死亡率を高めてしまうことが判明するまでには長い時間がかかったので、その赤信号に気付くまでに、アメリカでは死ななくてよかったはずの人が、10万人以上も亡くなりました。抗不整脈剤を処方されたための死者です。

さて1993年になると、1980年に初期の研究をした研究チームは、科学界への謝罪ともいうべき論文でこう述べています。「1980年に我々の研究を行ったときに、ロルカイニドを投与した群における死亡率上昇は偶然のものと考えていた。ロルカイニドの開発は事業判断により中止され、結果は公にならなかった」これは「公表バイアス」のわかりやすい例です。この専門用語は、嬉しくないデータが失われたり、公表も対応もされずに放置される現象を示します。論文には「後から生じた問題は早期に警告できるはずだった」と書かれています。

ここまでの話は20−30年前の基礎科学におけるエピソードでした。今では学術出版の環境もすっかり変わりました。オープンアクセスの「トライアル」のような学術誌は、結果のいかんを問わず人間を対象とした治験を掲載しようという方針です。それでも否定的な結果が失われがちという問題は、やはり広く見られるものであり「根拠に基づいた医療」が蔑ろにされるのが一般的になっています。これはレボキセチンという薬で、私も処方したことがある抗うつ剤です。私はオタクな医者なので、この薬に関して読みうる全ての論文を読みました。レボキセチンは、偽薬よりも良いと示す論文を1本、そして別の3つの論文ではレボキセチンは、他の抗うつ剤と同等の効果を認められていました。私の患者には他の抗うつ薬は効かなかったので、レボキセチンが同等というなら試すべきだと考えました。それは誤った判断とわかりました。実際は砂糖で作った偽薬とレボキセチンとの治験は7つ行われ、そのうち1つの治験では効果が認められ論文となりました。他の6つの治験では否定的な結果となり、公開されないまま終わったのです。レボキセチンと他の抗うつ剤を比較した 3つの治験が公開され、同等の効果が認められていますが、その3倍もの患者数を調べ、レボキセチンは他の抗うつ剤よりも劣るとわかったのに、これらの処置や治験については論文になりませんでした。私はだまされたと感じました。

極端に例外的なケースと思われるかもしれません。今問題にしている人たちのように都合のいいデータを選ぶようなことを、私はしたくありません。結局公表バイアスという現象は、これまで大いに研究されてきたものです。たとえばこんなふうに調べます。古典的モデルですが、実施されて完了した治験を集めて、これがどこかの学術雑誌に出版されているかどうかを調べます。さてここに示すのは、この15年間に、FDAが承認した抗うつ薬の治験の全てです。承認手続きの一環としてFDAに提出された治験を集めたのです。実際にどれだけの治験が行われたかを知ることはできないので、全てが網羅されているとは限りませんが、製品を承認させるために行われた治験なのです。さてこれらの治験について査読付学術誌での出版状況を調べたところ、こんなことがわかりました。治験の成績は五分五分で、治験の半分は成功、半分は否定的な結果というのが実状でしたが、これらの治験についての査読付き論文を探してみると、違う描像が浮かび上がってきます。否定的な治験で論文公開されているのはわずか3報です。肯定的な治験は1件を除いて全て論文公開されています。この2つの結果をよく見比べると、驚愕すべき違いがわかります。医師や患者や、健康保険の理事や学会の人々が査読付き論文誌を通して知る姿と現実との間のギャップです。我々は誤った判断に導かれたのです。これは医学の根本にあるシステム的な欠陥です。

実際、公開バイアスに関してはこれまでに100件以上の研究が行われてきましたが、さらにその体系的なレビューが2010年に出版されました。公開バイアスに関してのあらゆる研究を取扱ったものです。公開バイアスは医学のあらゆる領域に影響しています。平均すると、全ての治験のうち半分がやりっぱなしで失われ、肯定的な結果が論文になる割合は否定的な結果の2倍となるとわかりました。

これは根拠に基づく医学の根本におけるガンです。私がコインを100回投げて、それからその結果の半分を隠すことをしたら、いつも表の出るコインを持っていると思わせることができますが、実際は違っています。私はペテン師で、いんちきを許す皆さんがアホなのです(笑)。でもこれが根拠に基づく医療において、見過ごされていることです。私見ですが、不適切な研究とも言えます。一つの研究として行った中で、データの半分を隠してしまったら、間違いなく不正な研究として非難されます。しかしながら、理由はともあれ、10件の研究を行い自分の望む結果の得られた5件だけを論文にする人がいても、これを不正な研究とは呼ばないのです。さらに、その責任は研究者全体のネットワークや学会や、支援する企業や、学術誌の編集者までにわたって希薄に広がり、許容されがちです。しかし、患者に及ぼされた影響こそが逃れようもない証拠です。

これは今日、今まさに生じていることなのです。この薬はタミフルです。世界中の政府が何十億ドルもかけて、タミフルを備蓄してきました。パニックに陥ったように競って備蓄してきました。この薬がインフルエンザ合併症の割合を低減するだろうと信じたのです。合併症というのは医学的な婉曲表現で肺炎と死亡のことです(笑)。さてコクランの体系的レビュアーがタミフルが合併症を抑えるかどうかという治験の全てのデータを収集しようとしたとき、いくつかの治験の結果が公表されていないことがわかりました。レビュアーは結果を入手できないのです。別の様々なルートを通じて詳細記録を集め始めましたが、情報公開法に基づいたり、いくつもの組織に嫌がられながら集めたデータは整合しませんでした。そして臨床研究の報告書を入手しようとしたとき、その文書は1万ページにもわたってこの研究についての最良の記述をしているのに、これは渡せないと言われました。このやりとりの全てと、製薬会社による弁解と説明にご興味があれば、全ては今週のPLOSメディスンに掲載されています。

この中で私を何よりも愕然とさせたのは、このことが問題だったことに留まらず、これが問題だとわかってなお偽りの対策でごまかされていることです。この問題は解決済みだというふりをする人がいるのです。最初に、治験を申請するときには口を揃えて、治験参加者全員に登録させ実施要綱も公開させると言います。申請時に言っていたとおりであれば、実施して完了した全ての治験が出版されたかどうかは後から誰でも確認できますが、実際にはきちんと登録されていなかったのです。ここで国際医学雑誌編集者委員会(ICMJE)が登場し、我々が方針を定め 開始前に登録されなかった治験や論文誌には、出版させないことにしようと言いました。でもその方針は守られませんでした。2008年に行われた研究によれば、ICMJE 会員が編集する学術誌に掲載された治験の半分は、登録が不適切で4分の1はそもそも登録されていなかったことがわかりました。そしてようやく、FDA改正法が成立しました。2-3年前のことです。治験を行うものは誰でも、その治験の結果を1年以内に投稿せよと規定しています。
BMJの2012年1月号には、この規定が守られているかどうかの調査が掲載され、ルールに従っていたのは5件に1件に過ぎないことが明らかになりました。

ひどい状況です。全ての情報にアクセスできないようでは、処方する薬の効果について本当のところを知ることができません。

この問題を解決するのは難しいことではありません。ヒトを対象とした全ての治験について、古いものも含めて公表させる必要があります。FDA改正法は2008年以降の治験に対してのみ公開を求めています。医療を実践するのに、過去2年の治験のみを参照することなどありえません。ヒトに対する治験全てを遡って、現在使用されている全ての薬を対象にして、公開する必要があります。この問題のこと、それが未解決であることをどうか広く伝えて下さい。ありがとうございます。

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このプレゼンテーションについて:

新薬の治験の際には結果は医学界の皆のために公開されるべきです。
しかし否定的だったり結論が出ないという結果はわずかな例外を除いて報告されずじまいとなり、医師や研究者は闇に取りのこされます。この情熱的なトークでベン・ゴールドエイカーは、これらの否定的なデータが公開されなかった例が、いかに危険で判断を誤らせるものかを説明します。

神津 仁Drについて

神津内科クリニック 神津 仁 院長 1977年日本大学医学部卒。第一内科入局後、1980年神経学教室へ。医局長・病棟医長・教育医長を長年勤める。 米国留学(ハーネマン大学:フェロー、ルイジアナ州立大学:インストラクター)を経て、帰国後は1991年に特定医療法人 佐々木病院内科部長就任。1993年、神津内科クリニック開業。
医師求人・転職専門サイト「e-doctor」にて『神津仁の名論卓説』を連載中。

【略歴】
1999年 世田谷区医師会副会長就任
2000年 世田谷区医師会内科医会会長就任
2003年 日本臨床内科医会理事就任
2004年 日本医師会代議員就任
2006年 NPO法人全国在宅医療推進協会理事長就任
2009年 昭和大学客員教授就任

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