神経科学者のケイ・M・タイは、脳がうつ、不安、孤独などの複雑な感情状態をどのように引き起こすかを研究しています。光を用いて特定の神経細胞を活性化することでマウスの行動に劇的な変化を起こさせるツールの開発といった、最先端の科学からの最新の発見を紹介します。これらの発見が、自分の心についての考え方をどのように変えうるか、さらには精神障害の有効な治療法へと繋がる可能性を学びましょう。
自動スクロールはしませんので、映像に合わせてスクロールさせてご覧下さい。
誰もが真実だと分かっている つもりでいることからお話しします 脳が心のあらゆる面を 作っているということです では なぜ私たちは 精神と身体の病気を こうも違うように扱うのでしょうか? 心は脳からきていると 知っているというのに 神経科学者である私は 不安、欲望、孤独などの 内面の状態を 脳がどう表現するのかは 研究すべきでないと よく言われます そこで私は まさにその研究に 着手することに決めました
私の研究計画では 心を理解するために 脳の回路を研究します 特に 脳が感情を どのように引き起こすかです 感覚や感情を研究するのは 本当に難しいです 測ることができないですから 「行動」は 今でも 他人の感情体験を知る 最善かつ唯一の手掛かりです 動物でも人でも 自己報告となるのは 行動の表出です
動機付けられた行動は 一般的に2種類に分類されます 「快を求める」か 「苦痛を避ける」かです 自分にとって 良いものに近づく能力と 悪いものを避ける能力は 生存のために必須です そして現代社会においては 両者の区別が難しい場合は 精神疾患と分類されます
もし車の調子が悪くて 修理に持って行ったら 修理工が最初にすることは ボンネットを開けて見ることです でも メンタルヘルスの研究では ボタンを押して ボンネットを開ける というわけにはいきません だから私たちは 動物で実験するわけです 私の実験室ではマウスを使います 脳を理解するためには 脳を研究する必要があります そして私たちは初めて 実際に ボンネットを開け 内部を見て 実験をして 何が起こるかを 見られるようになりました
テクノロジーが 私たちの心という ブラックボックスに新たな扉を開いたのです 光遺伝学ツールの開発によって 脳内にある特定の神経細胞や それらが 電気信号を発して互いに通信する方法を かつてないレベルで 制御できるようになりました 神経細胞が光を感知するよう 遺伝子操作することで 光を使って 神経細胞の発火を制御できます これが動物の行動を変え その神経回路にできることは何か 知るための手掛かりとなります 科学者がどうやっているのか 知りたいですか?
科学者たちは 光遺伝学ツールを開発する際に 他の基礎科学分野の知識を借りました 藻類は単細胞生物で 光に向かって泳ぐよう進化しました 青い光で 藻類の細胞の眼点を照らすと チャネルが開き 電気信号が送られ 小さな鞭毛を動かして 藻類は 光に向かって前進します この藻類の光を感知する部分の クローンを作り 遺伝子操作で それを神経細胞に加えると 私たちでも 光を感知する 神経細胞が作れます ただし 神経細胞では 脳の奥深くに差し込んだ 光ファイバーで照らすと 脳内にある別の神経細胞に 電気信号を送る方法が変わり それにより動物の行動が 変化します
同僚の協力を得て 私は 光遺伝学ツールの 使用法を開拓し A地点にある神経細胞だけを 選択的に標的にして その神経線維を介して B地点に情報を送らせながら― 他の部分に連絡する周囲の神経細胞には 影響を及ぼさないようにしました この手法によって 私たちは 煩雑な脳内で 個々の神経経路の機能を テストできるようになりました
扁桃体と呼ばれる脳の領域は 長い間 感情にとって重要な部位だと 考えられてきました 私の実験室では 扁桃体が道路の分岐点に 似ていることを発見しました ある経路を活性化すると ポジティブな感情と 接近行動が起き 別の経路を活性化すると ネガティブな感情と 回避行動が起きます
いくつか例をお見せしましょう 生のデータですよ 光遺伝学手法を使って 特定の脳神経細胞を標的にすることで 特異的な(特有の)行動変化を いかに引き起こせるものか 不安障害の患者は 扁桃体にある2つの部位間の伝達に 異常が見られます しかし人間の場合 この異常が 病気の原因なのか結果なのかが 分かりづらいのです 光遺伝学を使えば マウスで 同じ回路を標的にし 何が起きるかを観察できます
これは高架式十字迷路です 不安の測定に広く使われていて マウスが 壁のある 安全な道にいる時間と 壁のない開けた道で探索をする 時間の長さを 比較します マウスは 自分たちの巣穴のような 閉ざされた空間を好むよう 進化してきましたが 餌や水、配偶者を見つけるには 外に出て行く必要があり そこでは捕食の危険にさらされます さて 私は目立たない所に座って スイッチを入れます 今 光ファイバーの ライトが点きました 壁のない開けた道をマウスが 大いに探索し始めました 不安障害の薬物療法とは違って 鎮静作用や運動障害はなく スムーズな 自然に見える 探索行動があるだけです 効果が ほぼ瞬時に 現れるだけでなく 副作用も見られません
さて スイッチを切ると 脳が通常の機能に戻り マウスは隅に戻ります 実験室で このデータを取っていた時 私1人だったのですが とても興奮しました あまりに興奮して 声に出さずに叫んだものです
(小声)やったー!
(笑)
なぜそんなに興奮したのか? もちろん理論的には 脳が心を制御すると知っていましたが 自分の手で入れた スイッチによって マウスの行動様式の変化が こんなにも素早く起き そして元に戻るのを見て 本当に初めて 心から信じることができたのです
この最初の大発見以降 他にも多くの発見がありました 動物の行動に 劇的な変化を引き起こす 特定の神経回路を発見しました
別の例を見ましょう 強迫的過食症です 私たちが食べるのは 2つの理由からです 美味しいものを食べるというような 快を求めるため それから 空腹のような 苦痛を避けるためです 生存に必要な 空腹による摂食行動を乱すことなく 強迫的過食症を治療する方法は どうすれば 見つかるでしょうか まず初めに理解すべきことは 脳が摂食行動を どのように引き起こすかです この満腹のマウスは 食べ物が全くない空間を 探索しています ここで光遺伝学を使って 標的にしているのは 中脳に向けて情報を送る 視床下部にある神経細胞です ライトを点けると ちょうどここですが マウスが すぐに床を舐め始めました
(笑)
一見奇妙なこの行動が 本当にビックリするようなことに なります ちょっと幻覚みたいですよ いいですか? ほら ここです まるで食べているかのように 手を口に持っていきますが そこには何もないんです マウスは何も持っていません つまり摂食行動を引き起こすには この回路が働きさえすれば十分なのです 空腹でなくても 食べ物がない場合さえもです このマウスがどう感じているかは 分かりようがありませんが この経路を刺激した際に 引き出された行動からすると これらの神経細胞が 渇望を駆り立てているのでしょう ライトを消すと マウスは普通に戻りました この経路を鎮めれば 空腹による摂食行動は変えずに 強迫的過食症を抑制できます
今お見せした2本の動画から 何が得られましたか? 脳の神経回路に 特別な変更を加えることで 特異的な行動変化を 引き起こせるということ 私たちの意識的な経験はどれも 脳内の細胞に支配されている ということです
私は物理学者と生物学者の娘で 両親は アメリカへ留学する 船の中で出会いました だから科学者になるのは当然で プレッシャーなんて ございませんでしたとも…
(笑)
大学生の頃 心を研究する心理学か 脳を研究する神経科学かを 選ばなくてはなりませんでした そして私は神経科学を選びました 生物学的な組織から どのようにして心が生まれるかを 知りたかったからです でも結局 一巡りして 両方を研究しています 今の私の研究計画は 心と脳のギャップを埋めることです
私の実験室の研究が示唆するのは 特定の神経回路と感情状態とを 結び付けていけるということです そして私たちは 不安関連行動や 強迫的過食症 社会的相互作用、回避 その他 内なる感情状態を 反映し得る多種多様な 動機付けされた行動を制御する 回路を発見しています
私たちは 脳のそれぞれの領域が 心のそれぞれの働きを定義すると考えてきました しかし私の研究で 脳の特定の領域内には 多様な働きをする多様な神経細胞があると 明らかになりました そして心の働きは ある部分 神経細胞が接続している経路で決まるのです
これらの発見が 私たちの脳についての 考え方をどう変えるか 比喩を使って説明しましょう 脳は世界のようなもので 神経細胞は人々のようなものです 情報が世界中でどう伝達されるかを 私たちは理解したいと思います もちろん 人々が言っていることを 記録する時に その人がどこにいるか知るのは 有益です でも 同じように重要なのは その人が誰に向かって話しているのか 誰が聞いているのか そして聞いている人々が 受け取った情報にどう反応するかです
精神疾患治療の現状は 基本的には 試行錯誤の戦略です でも うまくいっていません 精神疾患に対する 新しい薬物治療の開発は 壁にぶち当たっており 1950年代以降 ほとんど進展がありません では 未来はどうなるのでしょうか?
私は 近い将来 脳内の特定の神経回路に 焦点を当てた 精神疾患治療の革命が起きると 予測しています 診断は 行動症状と 測定可能な脳の活動の 両方から行われるでしょう もっと先の将来には 脳を一時的に変化させて 行動を短時間のうちに変える力と より永続的な変化を起こす シナプス可塑性に関する知識を組み合わせ 神経回路を再プログラムすることで 脳が自己修復できるようになるでしょう 神経回路レベルでの暴露療法です
自己治癒の状態になるよう 脳のスイッチを入れたら 副作用なしに 長期的な効果が 得られるかもしれません 私が想像する未来では 神経回路の再プログラミングによって 治療だけでなく 完治できるのです
では 今はどうでしょう? まさにこの瞬間から 皆さんひとりひとりが このトークを聞いて 心は完全に脳の細胞から来ると 本当に信じれば 多くの人にとって 必要なメンタルヘルス支援を受ける妨げとなる 否定的な認識と恥の意識を 即座に取り除くことが できるでしょう
メンタルヘルスの専門家はいつも 次の治療法は何かと 考えています しかし 新しい治療法を採用する前に 人々が治療を求めることに 抵抗を感じない必要があります メンタルヘルス支援を必要とする全ての人が 実際に支援を受けることができたら 自殺や学校での銃乱射事件を どれほど劇的に減らせるか 想像してみてください 心が脳からどのように来ているのかを 正しく本当に理解すれば 生涯の間に精神疾患にかかる 全ての人々 つまり人口の半分の人々の 生活が改善し 彼らと共に生きる 他の全ての人々の 生活も改善するでしょう
ありがとうございました
(拍手)