もし糖尿病を誤解していたら(15:58)

ピーター・アッティア(Peter Attia)
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対訳テキスト
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あの日のことは忘れません。2006年、春のことです。ジョンズ・ホプキンス病院の外科研修医だった私は、 午前2時、緊急呼び出しを受けERに行きました。糖尿病で足に壊疽ができた女性を診ることになりました。カーテンを開けて、彼女に会ったときのあの肉の腐ったような臭いをまだ覚えています。重症で、明らかに入院が必要でした。でも、私に迫られた選択は、入院が必要かどうかではなく、切断すべきかということでした。振り返ってみると、その数日前に診た患者と同じだけの思いやりを持ってこの患者にも接していたらと悔やんでなりません。

その3日前の夜、27歳の新婚の患者が、腰が痛いといってERに来ました。進行した膵臓ガンだと判明し、ガンはかなり進行していたため、彼女の命を救う手だてはありませんでした。でも、彼女が心地よく過ごせるよう、できるだけのことはしました。暖かい毛布やコーヒーを彼女やご両親にまで届けました。それに、なによりも、彼女が悪いなんて思いもしませんでした。病気の原因が 彼女のせいではないからです。ではなぜ、3日後同じERにいて、糖尿病患者の足の切断を決めたとき、彼女に軽蔑の念を抱いてしまったのでしょう? なぜなら、3日前の患者とは違い、彼女は2型糖尿病を患い、それに太っていました。

食べ過ぎや運動不足が原因だと思うのが常識ですよね。簡単なことで防げるのに、ベッドに横になる彼女を見て、心の中で、もう少し気を付けさえしていればこんな状況にはならなかったのに、会ったばかりの医者に足を切断されることもなかったはずだと 思ったのです。なぜそう決め込んで当然だと思ったのか? わからないと言いたいところですが、実は理由がわかっています。若さゆえの思い上がりからか、彼女の事を全てわかった気になっていました。食べ過ぎて不運にも糖尿病にかかった―そうしか考えませんでした。皮肉にも、その時私はガンの研究をしていて、メラノーマの免疫治療についてですが、この研究の世界ではこう教えられていました。

何事も疑い、憶測を許さず、科学的に突き詰めて考えろと。 それなのに、アメリカでメラノーマより8倍も死亡率が高い糖尿病に対する常識を一度も疑ったりしませんでした。一連の病理的な事象は、科学的に解決済みだと思い込んでいました。3年後、自分が間違っていたことに気付きます。今度は私が患者になったのです。

毎日3~4時間運動し、栄養にも気を付けていたにもかかわらず体重が増えてきて、メタボリック・シンドロームになりました。ご存知の方もいると思いますが、インスリン抵抗性となりました。インスリンは、食べた物に対し体がどう対応するかを調整するホルモンだと言えます。燃焼するのか、貯蔵するのか。難しく言えば代謝制御です。インスリンが不足すると、生活に支障が出ます。インスリン抵抗性というのは、その名の通り細胞がインスリンに抵抗性を持ち、インスリンの効果が発揮できなくなります。

一旦インスリン抵抗性になると、糖尿病になる危険が高まります。膵臓が抵抗性に負けてインスリンを十分に作れなくなるからです。血糖値は上がり始め、様々な病気を誘発します。心臓病、がん、アルツハイマーなどです。数年前の女性と同じように、足の切断に至る事もあります。それを恐れ、私はすぐに食事の見直しにかかりました。何かを足したり、引いたり、普通では考えられないような方法でした。 不思議と、運動量は減っていたのに18kg減量し、見ての通り、もう肥満ではありません。さらに重要なことに、インスリン抵抗性も克服しました。でもどうしても頭を離れない疑問が3つ残りました。健康には気をつけていたはずなのに、なぜこんなことになったのだろう? 栄養に関する常識を守っても病気になったのなら、他にも同じような人がいるのではないだろうか? こうした疑問をもとに、肥満とインスリン抵抗性の関係を理解したいと、強く思うようになりました。

ほとんどの研究者は、インスリン抵抗性の原因が肥満だと思っています。ですから、インスリン抵抗性の治療には減量を勧めます。まず肥満を治療するのです。でも、もしこれが逆だとしたら? 肥満がインスリン抵抗性の原因ではなく、もっと深い所にある 問題の症状だとしたら? 氷山の一角を見てるだけかもしれません。肥満が蔓延しているこの時代にばかげて聞こえるかもしれませんが、最後まで聞いてください。肥満は、細胞内で起きているもっと悪い問題への対抗策だとしたら? 肥満が無害だというわけではありません。他に潜む代謝問題よりましな方だという意味です。

インスリン抵抗性では、エネルギーを振り分ける機能が落ちます。食べ物から取り入れたカロリーを、適切に燃焼したり貯蔵したりできなくなります。インスリン抵抗性になると、恒常性のバランスが崩れます。そこで、細胞が安全だと思う以上のエネルギーを燃やすようにインスリンに頼まれたら、たいてい細胞は「いやだ、貯蔵の方がいい」と言います。
脂肪細胞は他の細胞と比べて複雑な細胞機構は持ってませんから、貯蔵に最適な場所なんです。
7500万人のアメリカ人にとって、インスリン抵抗性がある場合、体の正しい反応は脂肪として貯蔵することかもしれません。肥満がインスリン抵抗性の原因というのは逆の考え方かもしれません。微妙な違いです。しかし、意味するところはかなり変わってきます。

考えてみてください。うっかりテーブルにすねをぶつけてアザができました。死ぬほど痛くて、アザは変色しています。でも、アザ自体が問題ではないことは明らかです。むしろ逆で、外傷に対する健全な反応です。免疫システムを傷口に総動員して、細胞破片を拾い集め、体全体に感染が広がるのを防ぎます。もし私たちがアザ自体が問題だと信じていて、そしてアザに対する治療法を確立したとします。マスキングクリームや鎮痛剤などです。でも、テーブルにすねをぶつける人は後を絶ちません。原因をなんとかした方がいいでしょう。リビングを歩く人に、注意するように言えばいいんです。結果よりも原因です。原因と結果を正しく理解することで、大きな変化があります。間違った理解でも、製薬会社や株主は順調ですが、すねにアザを持つ人にとっては何の役にも立ちません。原因と結果です。

言いたいのは、肥満とインスリン抵抗性における原因と結果を取り違えているかもしれないということです。このような疑問を持つべきなのかもしれません。多くの人にとって、インスリン抵抗性が原因で肥満や肥満にまつわる疾患にかかる可能性はあるだろうか? もし、肥満になることが、裏に潜む、より大きな脅威に対する単なる代謝反応だとしたら? いくつか重要な事実があります。

アメリカには、肥満にも関わらずインスリン抵抗性がない人が3,000万人います。痩せた人よりも病気のリスクが多いわけでもなさそうです。反対に、痩せた人の600万人がインスリン抵抗性なのです。そして、このグループに入る人の方が、代謝関連の疾患にかかりやすい。理由はわかりませんが、おそらく、このグループの場合、細胞が過剰なエネルギーに対し対処しきれないからです。肥満でもインスリン抵抗性がないこともあり、痩せていてもインスリン抵抗性を持っていることがある。これは、肥満が何が起こっているかの指標に過ぎないことを示しています。いったい何が起こっているのでしょう? もし戦う相手を間違えていたら? インスリン抵抗性ではなく肥満と戦っているとしたら? 肥満を責めるということは 被害者を責めるようなものではないでしょうか? 肥満に関する根本的な知識が間違っているとしたら?

私は、傲慢に決めてかかることをやめました。でも、他の考えにも興味があります。私の仮説はこうです。細胞がインスリン抵抗性になったとき、何から細胞自身を守るのか。おそらく、過剰な食物ではありません。答えは過剰なグルコース、つまり血糖です。精製された穀物やでんぷんが短期的に血糖を上げることは知られています。砂糖が直接的にインスリン抵抗性を引き起こす理由もあります。このプロセスが働いているとすると―肥満や糖尿病を引き起こしているのは糖類―精製された穀物、砂糖、でんぷんなどの取り込み増加ではないかと仮定できます。ただし、原因はインスリン抵抗性で、食べ過ぎや運動不足とは限りません。

数年前、私が18kg減量したとき、単にこれらの摂取制限をしていました。私の経験に基づくアイディアだとは認めます。でも、その偏見が間違っているという意味ではありません。最も重要な点は、科学的にすべて調べられる事です。第一ステップは、肥満や糖尿病、インスリン抵抗性の常識が間違っているかもしれないことを受け入れることです。だからこそ調べないといけません。私は、キャリアをかけてこの問題に人生を捧げてきました。この先も科学の導く所に進みます。自分の知らないことを知ったふりすることはやめることにしました。知らないことの多さに気付かされたのです。

昨年、幸運にも、アメリカの優秀な肥満と糖尿病の研究者たちと一緒に仕事をすることができました。何より良かったのは、リンカーンが周りにライバルを置いていたように、私も同じことをしました。科学者のライバルを選びます。皆優秀ですが、問題の核心について全く異なる仮説を持っています。ある人は「カロリーの取りすぎだ。ある人は「食事に脂肪が多いからだ」ある人は「精製された穀物やでんぷんの取りすぎだ」と考えます。この、物事を疑う姿勢を持つ優秀な研究者の複合チームは、2つのことに対して同じ意見を持っています。

1つは、肥満の問題が解決済みとして流せるほど軽い問題ではないということ。 2つ目は、もし私達が間違いを恐れず常識に立ち向かい、それが科学的な実験にもとづくものであれば問題は解決できる、ということです。確かに、すぐに答えをもとめてしまいがちです。どんな行動が良いとか、これを食べると体に良いとか、これはダメとか。でも、正しく理解しようと思えば、処方箋を書く前に、もっと厳密な科学が必要です。

対策として、私達の研究には3つのテーマがあります。
1つ目は、体内に取り入れた食べ物が、分子機構を通してどのように代謝やホルモン、酵素に影響を与えるかです。
2つ目は、このような知識をもとに、人が安全で実行可能な方法で、食事を変えられるかということです。
最後に、安全で実行可能な食事の変え方を解明した後、どうすれば健康的な食事を、特殊なものと考えずに自然に選ぶように生活を変えていけるかということです。やるべき事を知っていても、それが守れるわけではありません。
だから、ときどき後押ししてあげることも必要です。こういったことも科学で調べられるんです。この旅がどんな結末になるかわかりませんが、これだけははっきりしています。もう、肥満や糖尿病を持つ人を責めてはいけないということです。

私がしていたことです。

患者の多くは、正しいことをしたくても、きちんと効果のある方法を知らなくてはできません。いつか患者が、無駄な体重を落とし、インスリン抵抗性を克服する日を夢見ています。医者として無駄な考えは捨て、新しいアイデアに対する 「抵抗性」を克服し、医者になった当初の目的を目指し、心を開き、過去の考えを捨てる勇気が必要です。科学的に真実とされていることに満足するべきではありません。常に進歩していくものなのです。

こうした考えを忠実に守ることは、患者と科学両方にとって良いことです。肥満がただの代謝病の指標だとしたら、指標を責めたって何の得にもなりません。私は、ERのあの夜の事をときどき思い出します。もう7年前です。
もう一度あの女性と話ができたらと思います。申し訳なかったと伝えたいのです。医者として、できるだけのことはしました。しかし、人間として傷つけてしまいました。私の評価や批判は必要ありませんでした。必要だったのは、思いやりや共感でした。何よりも、ちゃんと考えてくれる医者が必要でした。何もあなたが間違いを起こしたのではなく、過去の私を含めたシステムに 間違えがあったのかもしれません。

もし、あなたが今これを見ていたら、許していただけたら幸いです。(拍手)

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このプレゼンテーションについて:

若き外科医だった頃、ピーター・アッティアは糖尿病患者に軽蔑の感情を持ちました。その女性は太っており、足の切断を余儀なくされたのは、彼女の責任だと思ったのです。しかし数年が経ち、不意に自らも病気になりました。そして、こう考えるようになります。糖尿病への理解は正しいのだろうか?逆に糖尿病が肥満を引き起こしているとしたら?憶測によって私達は、間違った戦いに挑んでいるかもしれないのです。

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