映画で耳にする音は全て嘘でできている(16:33)
講演内容の日本語対訳テキストです。
自動スクロールはしませんので、映像に合わせてスクロールさせてご覧下さい。
まずは実験から始めましょう 雨の日の映像を3つお見せします そのうち1つの映像の 音声を替えてあります 雨の音の代わりに ベーコンを焼く音を 付け加えています ベーコンの音がするのは どの映像か 考えてみてください
(雨音)
(雨音)
(雨音)
いいですね 実は 私は嘘を言いました 全部ベーコンの音なんです
(ベーコンが焼ける音)
(拍手)
私の目的は 何も皆さんが 雨の情景を見るたびに お腹をすかせることではなく 私たちの脳が嘘を受け入れるように 条件づけられていると示すことです 私たちは正確性を 求めてはいないのです
そこで 嘘について 私の好きな作家の言葉を 引用したいと思います 『嘘の衰退』でオスカー・ワイルドは こう述べています 「劣悪な芸術は自然を模倣して 写実的たらんとすることに由来し 素晴らしい芸術は 嘘とごまかしに由来しており 美しい非現実のものについて 語るのだ」と ですから 皆さんが 映画を観ている時に 映画の中で 電話が鳴っても それは実際に 鳴っているのではありません 撮影後の編集作業において スタジオで追加された音です 耳にする音は全て偽物なのです 会話以外の音は全て― 偽物です 映画の中で 鳥が羽ばたく音がしたら―
(鳥が羽ばたく)
それは鳥を録音したもの ではありません シーツやゴム手袋を はためかせる方が ずっとリアルな音になります
(はためく音)
間近でタバコが燃える音は―
(タバコが燃える音)
実は より本物らしい音がするのは サランラップを丸めた玉が ほどける音なのです
(サランラップの玉がほどける音)
パンチはどうでしょう?
(パンチの音)
おっと もう一度 聞いてみましょう
(パンチの音)
この音はたいてい 野菜にナイフを突き立てて表現します キャベツであることが多いです
(キャベツをナイフで突き刺す音)
次の音は 骨が折れる音です
(骨が折れる音)
さて 実際に誰かが 怪我をするわけではなく これは実は― セロリか冷凍したレタスを 折る音なのです
(冷凍レタスかセロリを折る音) [ブルックリンではケールを使用する]
(笑)
とはいえ ぴったりの音を 生み出すのは スーパーの野菜売り場に行くほど 常に簡単なわけではありません もっと複雑であることが ほとんどです ここで 音響効果の作り方を 逆行分析してみましょう
私のお気に入りの話のひとつは フランク・セラフィーニのものです 彼は音響ライブラリーの貢献者で 『トロン』や『スタートレック』などの 音響デザインを手がけています 彼はアカデミー音響編集賞を受賞した 『レッド・オクトーバーを追え!』の パラマウント社のチームにいました 冷戦を描いた この90年代の古典的映画で 潜水艦のプロペラの音を作るよう チームは求められました そこで直面した問題は ウェスト・ハリウッドでは 潜水艦が見つからないことでした そこで 彼らが講じた策は こうでした 友人宅のプールに行って フランクがプールに 思い切り飛び込んだのです 彼らは水中マイクと オーバーヘッドマイクを プールの外に設置しました 水中マイクには こんな音が聞こえていました
(水中に飛び込む音)
オーバーヘッドの音も足すと こんな風に聞こえます
(水しぶきの音)
彼らはこの音のピッチを 1オクターブ下げ スロー再生のような状態にしました
(1オクターブ低い 水しぶきの音) それから高周波の音を消去しました
(水しぶきの音) そして もう1オクターブ 下げました
(さらに低い 水しぶきの音) それから オーバーヘッドマイクの 水しぶきも 少し付け加えました
(水しぶきの音) この音をループ再生して 繰り返すことによって こんな音ができました
(プロペラの回転音)
つまり 創造性と技術が合わさって この錯覚が生み出されたのです まるで潜水艦の中に いるかのように感じられますね
しかし 音響効果を作って 映像に合わせてみると その音に物語の中で 生きてほしいと考えるようになります 良い方法のひとつは 残響を加えることです これがお話ししたい 音響ツールのひとつ目です 残響音とは 元の音が止んだ後も 音が持続することです ですから いわば 音が様々な物質に跳ね返ったもの― つまり音を取り巻く物や 壁からの反射です
銃声を例に取ってみましょう 銃声の音源は 2分の1秒もありません
(銃声) 残響を加えることで まるで浴室で録音されたかのような 音にすることができます
(浴室に響く銃声) またはチャペルや教会で 録音されたかのようにもできます
(教会に響く銃声)
渓谷のようにもできます
(渓谷に響く銃声)
ですから 残響によって この音を聞く者と 元の音源との間の空間について 多くのことがわかります 音が味のようなものだとすれば 残響は その音の においのようなものです
残響にはもっと多くのことができます 画面で行われている動きよりも 残響がずっと少ない音を 耳にすると すぐさま 私たちは こう思います この音は解説者によるもの― つまり 画面上の動きに参加していない 客観的な語り手の音なのだと また 映画における ごく親密な瞬間というのは 残響なしで提示されることが多いです なぜなら 耳元で話されると そのように聞こえるからです
それとは全く反対に 声にたくさん残響をかけると フラッシュバックを 耳にしているように聞こえたり 登場人物の頭の中に いるように聞こえたり 神の声を聞いているように 思えたりします 映画でもっと効果を発するのは モーガン・フリーマンですね
(笑)
ですから―
(拍手)
では 音響デザイナーが用いる 他のツールや手法には どんなものがあるでしょうか? 非常に重要なものがこちらです そう 無音状態です ほんの少しの静寂でも 注意を引くことができます そして 西洋では 私たちは会話の中の沈黙に あまり慣れていません ぎこちないとか 失礼だと思われているからです ですから 会話に先立って 沈黙が流れると かなりの緊張感が生まれます しかし ハリウッドの超大作映画で 爆発や銃が多く登場するものを 思い浮かべてみて下さい 大音量も しばらくすると 大きいと感じられなくなります ですから 陰陽さながら 静寂には大音量が 大音量には静寂があってこそ それぞれに効果を持つようになります
でも 静寂とは何でしょうか? これは映画でどのように 用いられるかによって違います 静寂によって 登場人物の 頭の中にいると感じたり 考える時間を与えられたりします 私たちが静寂と 結びつけるものには― 熟考 瞑想 沈思黙考などがあります しかし 1つの意味を持つのではなく 静寂は 観る者がそれぞれに 自分なりの考えを投影できる 真っ白なキャンバスになります
ただ はっきりさせておきたいのは 無音状態などないということです TEDトーク史上 最も仰々しい発言のように聞こえますね たとえ残響も外部からの音も 一切ない部屋に 足を踏み入れるとしても 自分の血液が押し出される 心臓の音が聞こえるはずです そして映画館では 伝統的に 無音状態などありませんでした 映写機の音がするためです 現在のドルビーの 音響システムの時代でも 良く耳を澄ませば 全くの無音などないことがわかります 常に何かしら音はしています
無音状態など存在しない とわかったところで 映画監督や音響デザイナーは 何を使っているのでしょう? 類似したものとして 環境音がよく使われます 環境音というのは それぞれの場所に見られる― 独特の周辺音のことです それぞれの場所に独特の音があり それぞれの部屋にも 独特の音があります これはルームトーンと呼ばれます これはモロッコの市場の録音です
(声や音楽)
これはニューヨークの タイムズスクエアの録音です
(交通音やクラクション、声など)
ルームトーンは 部屋の中の 雑音の合わさったものです 換気扇、空調、冷蔵庫などです これはブルックリンにある 私のアパートの録音です
(換気扇、ボイラー、冷蔵庫 外の通りの音が聞こえる)
環境音は非常に 原始的な作用をします 私たちの脳の 潜在意識に語りかけるのです ですから 窓の外で鳥がさえずると 平常時であることが示されます これはおそらく 私たち人間が 何百万年もの間 この音を 毎朝耳にしてきたからでしょう
(鳥のさえずり) それに対して 工業的な音が 私たちの生活に入ってきたのは より最近のことです 個人的にはとても好きなのですが― というのも 私の憧れである デヴィッド・リンチや その音響デザイナーの アラン・スプレットが使っているので― 工業音は否定的な意味合いを 持つことが多いです
(機械音)
音響効果は私たちの 感情の記憶に訴えかけます 時には 大きな意味を 持っているために 映画の登場人物になることさえあります 雷の音は 神の介入や 神の怒りを意味するかもしれません
(雷鳴)
教会の鐘は過ぎゆく時間や 限りある命を思わせます
(教会の鐘が鳴る音)
ガラスが割れる音は 恋愛関係や友人関係の終わりを 告げることができます
(ガラスが割れる音)
科学者によると 不協和音は― 例えば 吹奏楽の楽器が 大音量で奏でる音などは― 自然界で動物が 雄叫びを上げる様子を思わせるため 焦りや恐れを感じさせるといいます
(吹奏楽器の音)
ここまで画面上での音について 話してきました しかし 音源が 目に見えないこともあります これは画面外の音 つまり 「アクースマティック」と呼ばれます アクースマティックの音は― ところで「アクースマティック」という語は 古代ギリシャのピタゴラスに由来します ピタゴラスは長い間 ベールやカーテンに隠れて 自らの姿を弟子にも見せず 教えを垂れたためです 私が思うに この数学者でもある哲学者は そうすることによって 生徒たちが声や言葉や その意味に より集中でき 話しているピタゴラスの見た目に 惑わされないと考えたようです ですから オズの魔法使いや 『1984』のビッグ・ブラザーのように 声をその音源から切り離すと― つまり原因と結果を切り離すと 遍在または全てを一望しているような 感覚が生まれて 権威を感じさせます
アクースマティックの音には 力強い伝統があります ローマやヴェニスの修道院の 尼僧は天井に程近い 回廊の部屋で 賛美歌を歌ったと言います 天高く舞う天使の歌声を聞いているという 錯覚を感じさせるためです リヒャルト・ワーグナーは 舞台と観客の間に設けられた― オーケストラピットに オーケストラを隠したことで有名です 私の憧れのエイフェックス・ツインは クラブの暗い一角で演奏しました
偉大な彼らが知っていたのは 音源を見えなくすることで 神秘的な趣を出せるということです この手法は映画でも 繰り返し用いられ ヒッチコックやリドリー・スコットの 『エイリアン』などがあります その源がわからない音を耳にすると 何らかの緊張感が生まれるのです また それによって映画監督の 視覚的制約が最小限にとどめられ 撮影時になかったものも 表すことができます 説明だけでは分かりにくい かもしれませんので ちょっとビデオを お見せしたいと思います
(おもちゃが鳴る音)
(タイプライターの音)
(ドラムの音)
(卓球の音)
(ナイフを研ぐ音)
(レコードのスクラッチ音)
(のこぎりの音)
(女性の叫び声)
これらのツールで お見せしようとしているのは 音響は言語であるということです 違う場所にいるように錯覚させたり 雰囲気を変えたり ペースを設定したり 笑わせたり 怖がらせたりできます
個人的には 私が この言語が好きになったのは 数年前のことで これを何とか 仕事にすることができました 私が思うに 音響ライブラリーの仕事で 私たちはこの音響という言語の 語彙を増やそうとしているのです そうすることで 私たちは適切なツールを 音響デザイナーや 映画制作者や ゲームやアプリのデザイナーに提供し 彼らがより上手く物語を伝えたり もっと美しい嘘をつけるように 手助けしているのです
聞いてくださって ありがとうございました
(拍手)
音響デザインは嘘でできています ― 映画やテレビ番組を見ているときに、耳にする音のほとんどは偽物なのです。様々な音に溢れたこのトークで、タソス・フランツォラスは、ストーリーテリングにおける音の役割について語るとともに、私たちの脳が、耳にする音によって、いとも容易く騙されるということを実演してくれます。