コンピュータに詩は書けるか(11:48)
講演内容の日本語対訳テキストです。
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みなさんに質問があります コンピュータに 詩は書けるでしょうか これは挑発的な質問です 少し考えてみてください するとたちまち 多くの疑問が浮かんでくるでしょう コンピュータとは何か? 詩とは何か? 創造性とは何か? こうした問いは 一生かけて答を考えるべきもので たった1回のTEDトークでは到底無理です だから今日は やり方を変えたほうが良さそうです
ここに2つの詩があります 1つは人間の手によって書かれた詩 もう一つはコンピュータが書いた詩です どちらが人間が書いた詩でしょうか 当ててみてください
詩1: 小さなハエよ/お前の夏の遊びを/ 思慮のない私の手が/叩き潰してしまった 私とて そうではないのか/お前と同じハエでは? お前とて そうではないのか/私と同じ人間では?
詩2: 我らは感じる/活動家は 君らの青き/時代の中にいると 立ち止まり法王を見ては嫌うのさ/ 今夜始めよう/別の素晴らしい事を(...)
時間です 1番が人間の書いた詩だと思う人は 手を挙げてください 大多数ですね 2番だと思う人は手を挙げてください 勇気がありますね 1番は詩人の ウィリアム・ブレイクが書いた詩 2番はアルゴリズムが書いた詩です そのアルゴリズムは ある日の私のFacebookのフィードから 言葉をかき集め アルゴリズムで生成しなおしたものです 方法については後ほど説明します 別の詩も見てみましょう あまり時間は取りませんから 自分の直感を信じてみましょう
詩1: ライオンはうなり 犬は吠える 興味深きはうならず吠えずただ飛ぶ鳥よ 動物たちが紡ぐ面白き物語は私の夢の中 今度は私が歌ってあげようか/ そんな元気さえあるならば
詩2: あぁ!カンガルー スパンコール チョコレートにソーダ!/実に美しいものたちよ! 真珠/ハーモニカ ナツメ それからアスピリン! どれもみな/こいつらの話をしているのさ(...)
はい ここまで では 最初の詩が 人間の書いた詩だと思う人 手を挙げてください わかりました では 次の詩が 人間の書いた詩だと思う人 手を挙げてください 大体五分五分といったところですね 今度は難しかったですよね
では 答え合わせです 1番の詩の書き手は ラクターというアルゴリズムです 1970年代に作成されました 2番が フランク・オハラという 男性が書いた詩 奇遇にも私の大好きな「人間の」詩人です
(笑)
このテストは 詩における チューリングテストです チューリングテストは1950年に アラン・チューリングにより発案されました コンピュータは思考できるのか という問いへの答です もし コンピュータと人間との間に テキストベースの会話が成り立ち しかもそれが 人間が気付かないほどに自然で 優れた会話能力であるならば コンピュータに知能があると言える そう考えました
2013年に私は 友人のベンジャミン・レアードと 詩のチューリングテストを ネットに公開しました 「ボットかヒトか」です 誰でも使えて 自分で遊べます しかし基本的には 先ほどのゲームと一緒です 提示される詩を 人間が書いたか コンピュータが書いたか 推測する遊びです 何千もの人がこのテストを使い 結果が出ました
さて どんな結果でしょう? チューリングは コンピュータが 人間の30%を騙す ことができれば 知能があると 考えました 一方で「ボットかヒトか」の 詩のデータベースでは 65%の読者を騙しました 人間の詩だと信じたのです もう何を言いたいか わかったはずです チューリングテストの理屈で言えば コンピュータは詩を書けるか? ええ 書けます 間違いなく書けます しかし そう聞いて 違和感があっても 問題ありません 直感的に拒否感があるかもしれません 大丈夫です まだ話は続きます
3回目 最後のテストです 今度も詩を読んで 人間が書いた方を当ててください
詩1: 赤い旗 なぜ可愛い旗があるのか/ そしてリボン そう 旗のリボン/装飾品よ/ なぜ身を飾るのか(...)
詩2: 傷負う鹿が高々と飛ぶ/ ラッパズイセンの花が言うには 旗が言うには/ そして狩人が言うには/ それこそが 死の絶頂/ 憩いの終わりは近い(...)
はい 時間です では 1番が人間の詩だと思う人 2番が人間の詩だと思う人 2番の方が随分と多いですね もし1番が人間の書いた詩だとしたら? そう これはれっきとした人間 ガートルード・スタインの詩です 2番がRKCPという アルゴリズムの詩です では進む前に 少し簡単に説明します RKCPがどう動くのか RKCPはレイ・カーツワイルが 考えました Googleの開発責任者の 一人で 人工知能の可能性を強く信じています まずRKCPに文章を読み込ませます RKCPは文章を分析し 文体を学びます そして最初の文章の文体を 真似ながら言葉を再構築します
誰もが人間が書いたと信じた 先程の2番の詩は 大量の詩をもとに再構成されています エミリー・ディキンソンの詩です 彼女の文体を解析し 型を学習し 同じ構造に従って 型を生成しなおしました しかし RKCPは驚くべきことに 言葉の意味を 全く理解していないのです 言葉は単なる素材でしかありません 中国語でも スウェーデン語でも 言語が混ざった フィードでもいい ただの材料なのですから それにもかかわらず RKCPには詩が書けます ガートルード・スタインという 人間の詩よりも より「人間らしい」と思わせる ような詩を書けるのです
先ほどやっていただいたのは チューリングテストの逆バージョンといったところです ガートルード・スタインは人間で 詩を書くことができます しかし それは大多数の人を欺き コンピュータによって書かれた詩だと 思わせました つまり逆チューリングテスト によれば 詩人スタインは コンピュータです
(笑)
混乱してきましたか? 無理のないことだと思います
さて ここまでのおさらいです 人間らしい詩を書く人間と コンピュータらしい詩を書くコンピュータ 人間らしい詩を書くコンピュータ しかし それに加えて たいへんややこしいことに コンピュータらしい詩を書く人間
ここから何が言えるでしょう? ブレイクはスタインよりも 人間的なのでしょうか? 逆にスタインは コンピュータ的?
(笑)
私はこの点を 考えてきました 2年近くもです でも答えはまだ見つからないままです でもいくつかの知見が得られたのです テクノロジーと人間の 関係について気づいた点です
1つめの知見ですが どういうわけか 私たちは 詩を書くことと 人間であることを 結び付けています だから 「コンピュータに詩は書けるか」と 疑問に思った時には 「何が人間たらしめるのか? 人間以外とはどう 線引きするか? どうすれば それが人間だと言い切れるのか」 と考えるのです これは かなり哲学的な質問だと 思います はい・いいえでは 答えられません チューリングテストとは違うのです アラン・チューリングも1950年に そのことを理解した上で 哲学的な挑戦の意を込めて テストを発明したのだと思います
2つめの知見ですが 詩のチューリングテストは 実はコンピュータの能力を 計っているわけではありません なぜなら詩を生成するアルゴリズムは 非常にシンプルで 1950年代から存在していたのですから 詩のチューリングテストの真の目的は 人間らしさを構成するものは何か 意見を集めることです わかったことがあります 今日このトークで みなさんは ブレイクはスタインよりも 人間らしいと判断しました もちろんウィリアム・ブレイクが 実際に より人間らしく ガートルード・スタインのほうが コンピュータらしいわけではありません 人間か否かという線引きは あいまいなのです 私は この結果を踏まえこう理解しました 人間とは かっちりした事実をもって 定義できるものではなく むしろ 人々の意見のなかに 築かれる概念なのです 日々変化するものが人間なのです
そして最後の知見は コンピュータはいわば鏡のように 人間が示した考えを何でも映すということ エミリー・ディキンソンを見せれば エミリー・ディキンソンを映し出し ウィリアム・ブレイクを見せれば ウィリアム・ブレイクを映し出し ガートルード・スタインを見せれば ガートルード・スタインを映し出します 世の中にテクノロジーは 数多く存在しますが コンピュータは 教える人の考えを反映する鏡です
近頃は 人工知能について よく耳にするようになりました よく議論に上るのは 人工知能は作れるか? 知性の高いコンピュータや 創造性のあるコンピュータは作れるか? そして何度も考えるはずです 「人間みたいなコンピュータは作れるのか?」と
しかし お分かりのように 人間は科学的事実などではありません 絶え間なく変化し続け 思考を重ねる 概念なのです いつまでも同じ「モノ」ではないのです 未来の人工知能について あれこれ考えをめぐらす時は 「そんなものを作れるか?」と 自問自答するだけでは収まりません こんなことも 問うべきなのです 「一体どんな人間の考えを映し出そうか」と これは真理をつく哲学的な疑問です しかも ソフトウェアには 到底答えが出せない疑問です しかし 人間にとっても 人類全体で存在意義を問うことなのです
ありがとうございました
(拍手)
ある詩を読んで心を動かされときに、実はその詩がコンピュータによって生成されたものだとしたら、異なる感情を抱くでしょうか。あなたは、コンピュータが創造力豊かに自分の感情を表現できるようになったと考えますか。それとも、狐につままれたような気分になるでしょうか。文筆家のオスカー・シュワルツによるこのスピーチでは、コンピュータが詩を書くという考えに対し、なぜ人間が強い反発を示すのか、その理由を分析しています。コンピューターが詩を描くということに対する抵抗感こそ、「人間とは何か」を考えるのに役に立つのです。