新しいアイデアが必要?では既知の領域の境界から始めましょう(16:10)
講演内容の日本語対訳テキストです。
自動スクロールはしませんので、映像に合わせてスクロールさせてご覧下さい。
皆さんも多分 偉大な人物が いかにして偉業を成し遂げたのかと 考えたことがあると思います 成果が際立っていればいるほど 私たちは その人を天才と呼んだり もしかすると他の惑星から来た 異星人に違いないなどと言い 自分とは まったく違う存在だと 思いがちです でも そうなのでしょうか?
1つの例から始めましょう ニュートンのリンゴの話は 知っていますよね? 本当なのでしょうか? 多分違うでしょう それでも 「リンゴ」が何もなかったとは 考えにくいです つまり 何か足掛かりや 特定の状況があって 万有引力の着想が不可能ではない 状態にあったということです そして間違いなく ニュートンにとっては 不可能ではありませんでした 可能だったのです それも 何かの理由で ある時点において それはリンゴのように 容易に取れるものだったのです それこそがリンゴなのです
アインシュタインはどうでしょう? 相対性理論は アイデアの歴史における もうひとつの大きな飛躍であり 彼以外には 着想できない ものだったのでしょうか? あるいはむしろ それは手の届くところにある 可能なものだったのか— もちろんアインシュタインにとっては ということですが— それは彼独自の科学の道における 小さなステップだったのか? もちろん私たちには そのような道は見出せないでしょうが かと言って そんな道が 存在しないとは言い切れません
これは とても 示唆には富んでいますが まだ確かとは言い難いでしょう 素晴らしいアイデアがどこから来るのか あるいは 一般に 新しいものが いかにもたらされるのか 知りたいと思うのであれば 物理学者として 科学者として 私が学んだことは 解の半分は 適切な問いを 立てることにあるということですが 私たちは今や 適切な問いを 見付け 取り組むための 素晴らしい概念的な枠組みを 手にしつつあると思います そこで既知の領域の境界まで 皆さんをお連れして— まあ 私が知る 限りの境界ですが 既知の事柄が 強力で素晴らしい出発点となり 新規性や イノベーション 創造性といった言葉の 深い意味の把握に繋がることを 示しましょう
「新しいもの」について議論しますが もちろん その背後の 科学にも触れます 新しいものが私たちの生活に 取り込まれる方法は色々あり それは ごく個人的なもの かもしれません 例えば 初対面の人と会うとか 新しい本を読むとか 新しい曲を聴くとか 一方で 世界的なものもあります イノベーションと呼ばれるもので 新理論や新技術かもしれず 作家なら 新しい本かもしれないし 作曲家なら 新しい曲かもしれません 世界的な場合には それは誰にとっても新しいものです 新しいものを体験するのは 怖いことでもあり得ます 新しいことが 私たちに 恐怖を感じさせるのです 新しいものを体験するというのは とても奇妙な空間を探索することです それは あり得たものの空間であり あり得るものの空間であり 可能性の空間です それはとても奇妙な空間ですが そこに皆さんをお連れします それは物理的な 空間かもしれません 例えば— マチュピチュに初めて 登るというような 私が2016年に 体験したことです また それは概念的な 空間かもしれません 新しい情報を手に入れ理解するというような— つまりは学習です また それは生物学的な 空間かもしれません 新たなウイルスやバクテリアと 免疫システムとの 終わりのない戦いを 考えて下さい
ここで残念なお知らせがあります 私たちはこの空間の把握が とんでもなく下手だということです そのことが分かるように 1つ実験をしましょう これからの24時間に皆さんがし得ることを すべて思い浮かべて下さい ここでの重要なキーワードは 「すべて」です もちろん いくつかの候補は思いつくでしょう 一杯やるとか 手紙を書くとか この退屈な講演の間に 居眠りをするとか どうぞご自由に でもそれだけでは足りません ここミラノに 異星人が侵略してくるとか 私が15分間 沈黙するとか
このように 可能性の空間をイメージするのは とても難しいのですが 実は言い訳ができます 可能性の空間を イメージするのが難しいのは 何かまったく新しい出来事を 想像しようとするからです 今までに起きたことの ないことであり 手がかりがないのです よくある解決法は 過去によって培った目で 未来を見るということです 過去に起きた すべてのことを頼りにし それが将来の予知に 十分であることを祈ります これが上手く行かないことは 分かっています 例えば 最初の天気予報の試みは 失敗しました 失敗の理由は 天気の背後にある現象の 途方もない複雑さのためです 予測はモデルを元にしなければならないと 今では分かっています そのシステムについて モデルを作り そのモデルでシミュレーションを行い そのモデルで未来がどうなるか 予測するのです このような手法は 大量のデータによって成立しますが 様々な事例に使えます
過去のデータに基づいて 未来を見ようとすると 機械でも誤った方向に 導かれることがあります ちょっと想像して下さい 少しの間 オーストラリアの荒野に いるところを思い描いてみましょう 陽の光の中に立っていると 不思議なことが起きます 自動車が急停止し そのずっと向こうで カンガルーが道を横切ります よく見ると 自動車には運転者がいません カンガルーがいなくなった後も 車は動こうとしません 何かの理由で その自動運転プログラムは 道路を飛び回る不思議な獣に 訳がわからなくなり 固まってしまったのです これは本当にあった話です 数ヵ月前に オーストラリアの 荒野のただ中で ボルボの自動運転車両に起きました
(笑)
これは一般的な問題で 近い将来 人工知能や機械学習に ますます影響することでしょう 17世紀からある旧来からの 問題でもありますが 今はそれを解決する新しいツールや 新しい手がかりがあると思います
少し時間を戻してみましょう 5年前— イタリアは ローマ 冬のことでした 2012年のローマの冬は 特別でした 歴史上例を見ない 積雪を経験しました その冬は私と同僚にとっても 特別でした 可能性のある数学的手法について ひらめきを得たからです 可能性がまた出て来ましたが 新しいものの出現を理解するための 数学的手法です 雪が降っていたこともあり その日のことは よく覚えています 降雪のため学内に足止めされ 家には帰れませんでした コーヒーのお代わりをして くつろぎ 議論を続けました とある時点で 正確にはその日でなかったかもしれませんが ある時点で この新しいものの問題と ステュワート・カウフマンが ずっと以前に提唱した 「隣接可能領域」という 見事な概念との間に 接点を見つけました 隣接可能領域は あらゆるものを包含していました アイデアであれ 分子であれ テクノロジー製品であれ それは既にあるものの 一歩先にあるものです 段階的な改良や 既存の物質の組み替えで 得られるようなものです
例えば 私の友達に関する 空間を考えると 私の隣接可能領域は まだ友達ではない 友達の友達のことです これで分かると良いのですが もし 誰かと新たに知り合うと— 例えばブライアーさんと すると彼女のすべての友達が 私の隣接可能領域に加わり 領域が広がります この状況を数学的視点で 見たいなら— 見たいですよね? この図を見て下さい これが 自分の世界だと 思ってください 無理は承知です これが 自分の世界で 赤い点が自分です 緑の点は 隣接可能領域にあり これまで まったく 触れたことのないものです 普段の生活をしていて この空間に入ってきます 酒を飲み 友達と会い 本を読み そしてある時点で 緑の点にたどり着き ブライアーさんと 初めて対面します すると何が起きるでしょう? この空間の中の まったく新しい部分が その瞬間に 可能領域になります その点に達する以前には その領域について 想像したことすらなくとも そして その背後には いつか可能領域になるかもしれない さらに多くの点が存在します 可能領域が とても奇妙なのは 事前に定義されたものでは ないためです 事前に定義できる ようなものではなく それは私たちの 行動や選択によって 継続的に形作られて いくものなのです
見付けたこの繋がりに 私たちはとても魅了されました 科学者はそういうものです これを基礎にして 隣接可能領域の数式化を 思い付きましたが それはカウフマンが概念を提案した 20年後のことでした 私たちの理論はー これは重要な点ですがー 二者の間の複雑な相互作用に 基づいています 可能領域が拡大し 再構築されていくことと その中で私たちが 探索していくことの間の 相互作用です
2012年のひらめきの後 仕事に戻って この理論に取り組み 現実の世界で確かめるべき いくつかの予測を 思い付いきました もちろんイノベーションの 研究のためには 検証可能な枠組みが必要です 私たちがした予測をいくつか 紹介しましょう 1つ目は イノベーションの 速度に関するものです 様々な異なるシステムにおいて 新しいものが観察される頻度です 私たちの理論では イノベーションの頻度は 普遍的な曲線に従うはずでした この様な感じの これは まったく異なる状況における 時間に対するイノベーションの頻度です イノベーションの頻度は 時間と共に下がると 私たちは予測しました 時と共にイノベーションは 難しくなっていくと 私たちは予想したのです
これはきれいで興味深く 私たちは満足でしたが 本当に正しいのでしょうか? もちろん現実の世界で 確認すべきです
現実の世界に戻り 何テラバイトという 膨大なデータを集め イノベーションの 追跡をしました WikipediaやTwitterの中や オープンソースソフトの開発状況 音楽の聴かれ方まで 調べました 私たちがどれぼと驚愕し喜び感動したか 言葉にできませんが 理論的に予測した通りのことが 様々な異なる現実の システムにおいても 見られたのです すごくワクワクしました 私たちの研究は 正しい方向に 進んでいることが明らかになり そこで止まる わけにはいかず 実際に止まることは ありませんでした 私たちは研究を進め ある時点で別の発見をしました 私たちが「相関する新規性」と 呼んでいるものです
とてもシンプルです 皆さんも経験があるかもしれません レナード・コーエンの 「スザンヌ」を聴き それでコーエン熱に 火が付いて コーエンの曲は何でも 夢中になって聴くようになり そのうちに ファブリツィオ・デ・アンドレが イタリア語で「スザンヌ」を 録音していたことを 知るというような どういうものか 1つのことが別のことに繋がるという 一般的な考えとして 隣接可能性の概念は 様々な異なるシステムに 見られます でも私たちがワクワクした理由は 私たちが初めて この考えに 科学的な実体を与え 私たちがする 新しいものの経験について 予測を始めたということです
だから新規性は 相関しているのです 偶然に起きている訳では ありません これは良い知らせで それというのも 不可能と思われたミッションが そんなに不可能ではなくなる 可能性があるからで 自分の直感に従っていくなら 正の連鎖反応が 起きるのです
隣接可能領域の存在の 3つめの帰結は 私たちが「新規性の波」と 名付けたものです 簡単に説明すると 音楽で 新規性の波がなかったら 私たちはモーツアルトやベートーベンを ずっと聴き続けていることでしょう それはそれで結構ですが 私たちはいつも そうしている訳ではありません ペット・ショップ・ボーイズや ジャスティン・ビーバーを 聴く人もいますよね
(笑)
私たちが収集し分析した 膨大なデータから これらのパターンを 非常に明確に見ることができました 例えば音楽におけるヒット曲は たえず新しく生まれては 消えますが 定番の曲の居場所もあります だから 新規性の波が 寄せては引きながら 潮流はいつも古典を 保持しています スタンダードと新しいヒット曲が 共存しているのです
私たちの理論は 新規性の波を 見つけただけではありません それは当たり前なことです それだけでなく なぜそれがあるのかも説明します それがあるのには理由があり それは人々が 可能性の空間において それぞれ異なる戦略を 取るためです ある人々はいつも 既に知られている道を辿ります いわば利用者です ある人々は 常に新たな冒険に出ます 探求者です 私たちが発見したのは 調査したシステムのすべてが この2つの戦略の 中間にあるということで 80%の利用と 20%の探求というような イノベーションのブレードランナー みたいなものということです 賢明なバランス あるいは 保守的なバランスと 言った方が良いかもしれませんが 過去と未来のバランス 利用と探求のバランスが既に存在し それはシステムに 求められているものなのかもしれません ここで もうひとつ良い知らせは 今や私たちには科学的なツールがあることで この平衡状態を調べられ 将来には さらに 推し進められるでしょう
ご想像の通り 私はこれらのことに とても魅了されました 我々の数学的手法は 可能性の空間を調べ その中で創造し探求するための 手がかりやヒントを 既に与えてくれています それだけではありません これは出発点に なることでしょう 新しさを科学的に調査する 素晴らしい旅路のための そしてまた 新しいものに対する 個人的な調査のための そしてこれは 多くの結果をもたらし 様々な重要な活動に 影響を及ぼすでしょう— 学習、教育、研究、ビジネス たとえば 人工知能のことを考えれば 私は確信していますが 近い将来 我々は 再構築や変更のため 隣接可能領域の仕組みへの依存を ますます強め 未知の未来に対処していく ことになるでしょう 同時に 私たちには 多くの新しいツールがあり 創造性の働きや イノベーションのきっかけを 調べることができます これらすべての目的は 私たちが向き合う困難に対し 新しいアイデアを発想できる人材を 育てることで 言うまでもありません まだ道のりは長いと思いますが 問いと ツールがあり 隣接可能なのです
ありがとうございました
(拍手)
「素晴らしいアイデアはどこから来るのか?」この問いを胸にヴィットリオ・ロレートが、新しいものの誕生を数学的に説明しようとする探求の旅へと誘います。現実と可能なことが交わる「隣接可能領域」と、それを統べる数学を研究することで、私たちが新しいアイデアをどう作り出すのか説明できることを学びましょう。