コラム・連載

2024.11.15|text by 石井 正

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第4回

医学生へのメッセージ その1

《 2024.11.15 》

医学部の下級生のうちにしておくべき勉強はどういったものですか。

「これは」というものは特にありませが、⾃ら学ぶ姿勢は必要と思います。また、今の医学部は勉強が⼤変だという話は毎年の1年⽣にしています。東北⼤学医学部の1年⽣に対して、東北⼤学ご出⾝で東北⼤学の最も⼤きな関連病院の⼀つである岩⼿県⽴中央病院の宮⽥剛院⻑に、医師のキャリア形成に関する講義をしていただいています。

宮⽥先⽣は、地域で活躍する臨床医のロールモデルとして最適な先⽣です。宮⽥先⽣はご講義のなかで、医学部教育での情報量は、例えば教科書の重さで⾔うと昔は数10㎏であったのが、今では1トンにもなるので、専⾨分化した医学知識のすべてを教育することは困難であることから、医学教育は知識そのものではなく、「学習の仕⽅」を教える⽅針にシフトしつつあるというお話を毎年されています。

Problem-based learning=PBLチュートリアルと⾔って、少⼈数のグループに学⽣が分かれ、グループごとに学⽣は担当教員の助⾔を得ながら個々の問題解決に必要な事柄を学ぶ、といった授業が増えているのはそのためですね。以前は原因不明で済んでいた病気も今は原因が分かっているものが多くあり、またその治療法も⽇々アップデートされていくのですから、学習すべき内容が増えるのは当然です。

例えば、江⼾時代に急性⾍垂炎の患者がいたとしましょう。当時の医師なら有効な検査法もなく「腹痛の原因はわからないので仕⽅がない」となるか、仮に⾍垂に炎症があると⾒破れたとしても、⼿術や抗菌剤投与などの治療法はなかったでしょうから「対症的に治療しましょう。」で終わっていたはずです。翻って現在は、根治可能な疾患として診断法から治療法まで標準化されていますから、治して当たり前です。今の医師は⼤変なのです。だからこそ、受け⾝ではなく⾃ら積極的に学ぶ姿勢が重要なのです。

東北⼤学の医学生は部活動への加入率が高いですよね。

総合診療科に臨床修練に回ってくる学生には出⾝県と部活動を聞くことにしているのですが、⽥舎だからなのかもしれませんが(笑)、9割近くの学⽣が部活動をしていますね。個⼈的には部活動はした⽅がよいと思っています。なぜかというと、第⼀に、体育会系であれ⽂化系であれ、好きなことに打ち込むのは単純に楽しいですし、それに加えて所属する部活動が掲げる⽬標に向かって皆であきらめずに頑張る、という経験を積むからです。この経験によりある種の「ガッツ」みたいなものが醸成され、それはよい医師の必須条件といえる「治すのをあきらめない」姿勢に必ずつながっていきます。

第⼆に、同級⽣だけではなく、部活動の先輩、後輩、同じ部活動の他⼤学⽣など交流範囲が広がるからです。これは⼤きな財産になります。これからの医療は、⾼齢化社会が進み、患者さん⼀⼈⼀⼈の疾病構造が複雑化していくため、循環型医療といって、まずは⾝近な医療機関を受診し、そこで解決できなければ地域の病院へ、それでも難しければさらに⼤学病院などのより上位の医療機関へ紹介、治療の峠を越えてある程度めどがついたら逆にかかりつけ医に速やかに逆紹介するという、そんな医療連携システムが進んでいきます。つまり患者さんを紹介したりされたりするケースが今後どう考えても増えていきます。これには医師同⼠の連携やコネクションが⾮常に重要ですが、部活動をしているとこの幅が広がるのです。

私⾃⾝も今でも先輩や後輩、同級⽣にしばしば相談したりされたりしています。特に部活の同級⽣は何でも相談できますのでとても⼤切にしています。その意味では部活動以外の同級⽣や友達も⼤事だと思います。第三に、先輩や後輩、同級⽣と上⼿に付き合うスキルが⾃然と備わるので、社会性が⾝に付くと思うからです。簡単に⾔うと、遅刻しない、ルールを守る、挨拶ができる、敬語をきちんと使える、などです。コミュニケーション能⼒と⾔っていいかもしれません。

医師の世界は、医師同⼠だけでなく、看護師など他職種ともうまくやっていかなければなりません。チーム医療というやつです。これまでややもすると受験勉強中⼼の世界感しかなかった新⼊⽣も正直多いですが、部活動をしているとこれらのことができるようになります。

⼤学にいらっしゃると、同級⽣に相談できる機会も多そうですね。

総合診療科外来では、初診時に前医からのCTを⾒て迷うことがあります。そんなときに本学の放射線診断科教授の⾼瀬圭という同級⽣に電話してしまったりします。「今ちょうど電カルの前にいるから⾒るよ」と⾔ってくれたりして、私の診断が合っていると「その通り」「ご名答」とか⾔われます(笑)。それを患者さんに「同級⽣が放射線診断科の教授なんです。教授にも確認したら、こうだと⾔われました」とお話しすると、「専⾨家中の専⾨家がそうおっしゃっているんですね」ととても喜ばれますね。コネクションはとても⼤切です。

先生は大学時代、アルバイトはされましたか。

家庭教師のほかは大手予備校で模擬試験の採点をしたりしていました。飲食店でのアルバイトもしたのですが、これは1カ月で辞めてしまいました(笑)。

アルバイトで得られたことはありますか。

あまりないですね。部活動ばかりしていましたし、部活動から得られたことのほうが多かったです。私は硬式テニス部に⼊っていたのですが、テニスは個⼈の強い弱いの序列が明らかになる、とても残酷なスポーツです。球技全般に言えることかもしれませんが、瞬間的に判断をして身体を動かすスポーツなので、メンタルが強くて、自信満々の人が強いんです。ネガティブ思考の人は手が縮こまって、ネットしたり、オーバーしたり、サーブが入らなくなったりしますが、そちらのほうが多数派です。それでも、たまに勝つと嬉しいし、部活動の中で敬語を含めて、色々な社会常識を先輩に教えてもらうのはいいものです。ベタなことですが、研修医や若い頃は礼儀正しいと受けが良くなりますしね。

先生は高校時代もテニス部だったのですか。

高校ではテニス愛好会みたいなものに入ったのですが、雰囲気が合わず、辞めてしまったんです。私としては途中で何かを辞めるのは好きではないので、それをとても後悔していました。それで、大学に入学したときにリベンジのような意味もあって、テニス部に入りました。私は上手ではなく、レギュラーにもなれませんでしたが、6年間続けました。

部活動を通して、たまに勝つ喜びを知ったり、友だちとの良い関係が築けたり、先輩と遊んで面白かったりという経験ができましたし、そこで学んだ礼儀や社会常識は今も役に立っています。経済的な事情から部活動ができない人もいますが、事情が許せば高校でも大学でもできればしたほうがいいですね。

東北大学では基礎医学修練という期間がありますね。

医学部医学科の3年生には基礎医学修練という期間があり、学生は19週間、約4カ月の間、研究に従事します。私がこのカリキュラムを考えたわけではないのですが、こういう余裕を感じさせるカリキュラムのある大学はあまりないのではないかと思っています。国家試験の勉強だけでなく、物事を根本的に考える思考力を身につけようという狙いでしょう。

4年生になると臨床修練が始まりますが、先生は学生時代、外科だと決めてから実習されていたのですか。

いえ。何も決めていなかったですね。

臨床修練で学ぶべきことはどのようなことでしょうか。

相⼿が⼈間だということを現実のものとして捉えるということです。それまで相⼿にしていたのは動物やシミュレーターですが、今度は⼈間です。その中で相⼿も患者さんとは⾔え、上下関係はなく、対等な⼈間であるし、むしろ逆にお客様だったりします。そのため、相⼿をリスペクトするマインドを初めて持つ場が臨床修練ではないでしょうか。

もともとリスペクトの気持ちがあるかもしれませんが、「改めて」リスペクトするのです。最近は患者さんの同意を取ることなど、厳しい時代です。しかしながら東北⼤学病院では「患者様」という呼び⽅の推奨は特にしていません。私も「患者さん」でいいと思っています。サービスを提供して、対価をお⽀払いいただくという間柄の中で、⼈間としてきちんとリスペクトしていたら、「患者さん」でもよいのではと個⼈的には思っています。患者さんをそこまで崇め奉ることなく、かといって⽬下に⾒ることもなく、お互いに信頼関係が構築できるような⼈間同⼠のお付き合いをしていくのが⼤事と考えています。

臨床修練でほかに学ぶべきことはありますか。

医療現場では看護師さん、診療放射線技師さん、理学療法士さんといった多職種のコメディカルスタッフの方々が働いています。その中でうまくやっていくということまでは学生に求めませんが、医師だけで医療を行うことはできないので、多職種で働くことの必要性を体感してほしいと思います。

先ほど話題に出たチーム医療ということですね。

コロナ禍になり、東北大学病院が療養所となったホテルのオンコール支援をすることになったのですが、そのホテルは仙台市内から1時間ぐらいかかる場所だったんです。オンコールとなっても1時間かかるのであれば、未知の感染症ですし、急変の患者さんには対応できません。そこで当時の冨永悌二病院長(現 東北大学総長)が「泊まり込みにする」と宮城県に言うと、県としては「有り難い話だ」となりました。

しかし、そこで最初に出た意見は「看護師さんはどうするんだ」だったんです。夜に看護師さんがいないと、医師だけでは何もできないんですよ。それで東北大学病院の看護部長に夜勤の看護師さんを出していただくようにお願いをして、調整しました。

病院や医療機関は色々な職種の人たちの集合体で構成されています。臨床修練では現場に初めて出るわけだから、その中での自分の立ち位置や役割を認識して、きちんと働こうと考えてもらえればいいですね。医学部の中には医学生と教員しかいませんので、現場に初めて出ると、恐らく工学部出身者が初めて工場に行ったときのような驚きがあります。

最近はスチューデントドクターという考え方が確立されているので、教官の監督のもとで色々な医療行為を積極的にさせていますが、例えば外科を2カ月回ったとしても得ることのできるスキルは限定的です。やはり臨床修練のメインの目的は現場の雰囲気を知ってもらうことにあるのではないでしょうか。その中で「こういう現場が一番自分にフィットしているな」という観点から診療科を選んでいくといいと思います。

著者プロフィール

著者名:石井 正

石井正教授 近影

1963年に東京都世田谷区で生まれる。1989年に東北大学を卒業後、公立気仙沼総合病院(現 気仙沼市立病院)で研修医となる。1992年に東北大学第二外科(現 先進外科学)に入局する。2002年に石巻赤十字病院第一外科部長に就任する。2007年に石巻赤十字病院医療社会事業部長を兼任し、外科勤務の一方で、災害医療に携わる。2011年2月に宮城県から災害医療コーディネーターを委嘱される。2011年3月に東日本大震災に遭い、宮城県災害医療コーディネーターとして、石巻医療圏の医療救護活動を統括する。2012年10月に東北大学病院総合地域医療教育支援部教授に就任する。現在は卒後研修センター副センター長、総合診療科科長、漢方内科科長を兼任する。

日本外科学会外科専門医・指導医、日本消化器外科学会消化器外科専門医・指導医、日本プライマリ・ケア連合学会プライマリ・ケア認定医・指導医、社会医学系専門医・指導医など。

石井正教授の連載第3シリーズは石井教授から高校生、大学生、研修医、専攻医に向けたメッセージをお送りします。

バックナンバー
  1. 地域医療を担う人材育成
  2. 04. 医学生へのメッセージ その1
  3. 03. 医学部を目指す高校生へのメッセージ その2
  4. 02. 医学部を目指す高校生へのメッセージ その1
  5. 01. 能登半島地震の被災地への支援
  6. シーズン2地域医療を支えた東北大学病院の教え
  7. シーズン1継続可能な地域医療体制について

 

  • Dr.井原 裕 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
  • Dr.木下 平 がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
  • Dr.武田憲夫 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
  • Dr.一瀬幸人 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
  • Dr.菊池臣一 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
  • Dr.安藤正明 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長
  • 技術の伝承-大木永二Dr
  • 技術の伝承-赤星隆幸Dr