コラム・連載

2023.7.15|text by 石井 正

第3回 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ

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第3回

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ

《 2023.7.15 》

この言葉はビスマルクの言葉として、有名ですね。

そうです。石巻赤十字病院の院長だった金田巌先生は週に1回ぐらいのペースでおっしゃっていました(笑)。金田先生は私にだけでなく、色々なカンファレンスや全体ミーティングの場でもよくおっしゃっていたんです。
 人間の思考の過程には経験則が入り込みがちで、「いつもこうしているから、こうだから」と自分の経験で判断して、「こうだから、こうなんじゃないのか」と帰納法的に動きがちです。金田先生に「いつもこうだから、こうしましょう」と言うと、必ず「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という台詞が出てきます。その直後に「まあ、お前は愚者だから仕方がないけどな」という嫌味も飛んでくるんです(笑)。
 金田先生は「そんなに自分は正しいと思っているのか。本当にそれでいいのか」と指導されていました。「いつも、こうだから」と言う人に「何故」と問うと、「だってこう思うから」と答えられてしまうと、堂々巡りになります。そこで、金田先生は「人に提案するときには誰でも納得できる、客観的なエビデンスをきちんと言えるように、データを取ったり、幅広く勉強しなさい」とおっしゃっていました。
 これは臨床医療の現場はもちろんですが、サイエンスでも当然のことだと、大学に帰ってきて改めてそう思います。

災害医療の現場ではいかがでしたか。

避難所の状況が分からなかったときに、まずデータを取ろうとなったんです。これには色々な意見がありました。危険な場所も多くあったので、先に石巻赤十字病院から近い安全な地域の避難所から巡回し、少しずつ範囲を広げていくべきだという意見も出ましたが、それは却下しました。
 そうすると、より支援が必要な避難所に支援の手が入るのではなく、「たまたま病院に近い避難所にいたから助かった」「病院から遠い避難所だったから助からなかった」という不公平が生じるからです。その意見の方が「わからなかったのだから仕方がない」と言い訳できるし、楽ではありますが、エビデンスの大切さを考えたときに、何が正しいのかとなるわけです。
 そこで、まずは調べよう、そのデータをもとにこれからどうしていくのかを考えていきましょうということにしました。サイエンスを学んできた人はそうあるべきだと習っていたからです。

エビデンスはサイエンスに不可欠ですね。

大学での仕事として、論文審査もあります。「それって、サイエンスですか」と言いたくなるものもたまにあります。避難所で出会った人の状況をインタビューし、「彼女はたいそう悲嘆に暮れており、困難な状況と思われた」と論文に書いてあっても、何を根拠に困難と判断したのだ、困難かどうかの評価基準は一体何なのか、と個人的には思ってしまいます。私はそういう場では「困難な状況であることを示す客観的な指標、根拠やデータはどこにありますか」と指摘してしまいます。個人的な意見とエビデンスは違うと思うのです。サイエンスでは、データやエビデンスに基づく客観的な意見を述べることが必要と思います。

若手の先生方にはどのように伝えていらっしゃいますか。

私は秀才ではなく、むしろ無学を自認していますので、若手医師に「この論文にこういうことが書いてあるよ」という教育はあまりできないですし、「死ぬほど働け」などと言うつもりもないのですが、心構え的なことを一つだけ、上司に質問するときには「私はこう思うんですけど、いかがですか」という聞き方をしなさい。」と指導していました。「私はこう思う」という内容が結果として間違っていても、全く問題ありません。「こう思う」という意見を言うことが大切なのです。
 例えば「Aさんが熱発しているのですが、どうしたらいいでしょう」という質問ではなく、「Aさんが熱発しています。私はこういう原因で熱発しているのだと思うのですが」と言うべきなんですね。優秀な人だと、その原因だと考えられるものを「1つ目はこれ、2つ目はこれ、3つ目はこれ、そのどれかだと思いますが、どうでしょうか」と3つぐらい挙げたり、「今までの経過がこうだったので、自分で診察してみたらこうだったので、それに当てはまる原因を調べてみたら○○の理由で○○が疑われると考えますが、いかがでしょうか」という質問をしてきます。「○○なので熱発の原因はこうだと思いますが」と言ってきた内容が仮に間違っていたとしても、咎めません。
 指導医に「こう思う」と言う以上、恐らく事前に自分なりに調べ、考える努力をしたうえで進言していると思うからです。ただ何も考えずに「どうしたらいいんでしょうか」と聞いてくるのは自らの無知と不勉強、努力不足、思考放棄を公表するようなものなので、それはやめた方がよい、と言いたいのです。無知でもいいので、調べ、論理的に考える努力を可及的にすることが大切です。

質問の仕方も大事ですね。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という薫陶を受けてきたからこそ、若手医師に伝えたいことがあります。データは過去から積み上げられてきたものであり、それを大事にしていかなくてはいけません。
 私自身も院内や行政の会議などに出席して、立場が上の方々に質問するときには「私は○○の理由からこれが必要だと思いますが、いかがでしょうか」という話し方をするようにしています。その方が提案も通りますし、会議も円滑に進んでいくと実感しています。

著者プロフィール

石井正教授 近影

著者名:石井 正

1963年に東京都世田谷区で生まれる。1989年に東北大学を卒業後、公立気仙沼総合病院(現 気仙沼市立病院)で研修医となる。1992年に東北大学第二外科(現 先進外科学)に入局する。2002年に石巻赤十字病院第一外科部長に就任する。2007年に石巻赤十字病院医療社会事業部長を兼任し、外科勤務の一方で、災害医療に携わる。2011年2月に宮城県から災害医療コーディネーターを委嘱される。2011年3月に東日本大震災に遭い、宮城県災害医療コーディネーターとして、石巻医療圏の医療救護活動を統括する。2012年10月に東北大学病院総合地域医療教育支援部教授に就任する。現在は卒後研修センター副センター長、総合診療科科長、漢方内科科長を兼任する。

日本外科学会外科専門医・指導医、日本消化器外科学会消化器外科専門医・指導医、日本プライマリ・ケア連合学会プライマリ・ケア認定医・指導医、社会医学系専門医・指導医など。

石井正教授の連載第2シリーズは石井教授が新進の医師だったときに東北大学医学部第二外科(現 消化器外科)学分野(診療科:総合外科)で受けてこられた「教え」を毎月ご紹介していきます。

バックナンバー
  1. 地域医療を支えた東北大学病院の教え
  2. 12. フィジシャン・サイエンティストに
  3. 11. 怒られるうちが花
  4. 10. 人生は全て修行だ
  5. 09. 始まれば、必ず終わる
  6. 08. 「そうすべきではないですか」ではなく「そうしましょうか」
  7. 07. まあ、診ますか
  8. 06. 手術はリズム、判断力、冷静さ
  9. 05. 世の中、いろいろだから
  10. 04. 求めなければ、何も得られない
  11. 03. 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ
  12. 02. 迷ったら、やれ
  13. 01. シミュレーションできるくらい準備せよ

 

  • Dr.井原 裕 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
  • Dr.木下 平 がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
  • Dr.武田憲夫 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
  • Dr.一瀬幸人 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
  • Dr.菊池臣一 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
  • Dr.安藤正明 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長
  • 技術の伝承-大木永二Dr
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