コラム・連載

2020.01.01|text by 磯村 正

『心臓血管外科の未来について』第5回目

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心臓血管外科とAI

AIは心臓血管外科にどのように入ってくるのでしょうか。

やはり診断や手術の手順といったところに入るでしょう。ただ、医師の経験もそれぞれですし、一概に利用すると言っても難しいと思います。しかし、内科で行っている画像診断のような分野ですと、人より見落としが少なくなるでしょうし、そこにフォーカスを絞って、もう一度見ることも可能になります。ロボットが始まった頃も遠隔操作で手術ができるようになると言われていましたが、最近は言わないですよね。

遠隔診断についてはどうお考えですか。

画面の見落としや検査の抜けがなくなるので、診断は良くなりますよ。でも翻訳機が正確に翻訳されないところを見ると、より複雑な外科手術ができるのかと思います。私のところには見学の先生方が大勢来ますが、私が「この手術はこうします」と言って術前に手順を説明しても、手術の途中で違うことが起きるのです。そんなときに見学者に何にも気づかせずに、淡々と普通に手術を遂行してしまうのが熟練した外科医と思いますが、自分の術前の予想や手順が間違うと大きな声を出してしまう先生もいます。それはもう負けですね(笑)。

先生はどうおっしゃるのですか。

何事もなかったように、淡々と手術を終わり、終わってから見学者に変更点を言います(笑)。これは手術に慣れたら、普通にできるようになります。私も大学時代に上の先生方の手術を前立ちしながら見てきて、うまくいく、うまくいかないというのを理解し、応用してきました。この応用ができる医師が必要なのであって、それはAIではできないと考えています。

若手医師へのメッセージ

心臓血管外科に女性医師が少ない印象があります。

最近は心臓血管外科だけでなく、脳神経外科にも女性が増えてきました。女性もしようと思ったら、いくらでもできますよ。女性だから、男性だからと考えず、患者さんに優しく接してほしいです。患者さんに怖く接していると、看護師さんが私のところに来て、「あの先生、患者さんが怖がっていますけど」と言います。ときには患者さんからも言われるので、私がフォローして、「すみません」と謝っています(笑)。

どのようにしたら、若手医師の外科離れを食い止められるでしょうか。

いい外科医を見たら、外科に行きたいと思うはずですが、全部が全部そうではありません(笑)。それぞれの診療科を回っていても、色々なことを言われることもあるでしょう。でも、自分の仕事をどのようにしていきたいのか、そのために何をするべきなのかということを考えていただきたいです。それには小さい頃からの教育も大事ですが、最近は怒ったらいけないなど、昔とは変わってきましたね。しかし、外科の手術が長引いても、看護師さんたちは「時間が来たので、次の人たちに代わります」と言えますが、私たちは代われません。やはり教育は難しいです。僕の座右の銘に「十年樹木、百年樹人」があります:これは樹木を育て上げるのには十年程度で完成するが、人を育てるのは百年もかかるという言葉で、いつも大切に若手の先生方と向き合っています。

ジェネレーションギャップがありますね。

学会などに行くと、若い先生方は色々としたいことがあるのだと分かります。最近は僧帽弁形成ミックスが増えてきています。でも、そのベースの弁形成をあまりしたことがないのに、すぐにミックスに入っていくと、結果的に患者さんが何らかのトラブルに巻き込まれます。それは止めてほしいと常々、考えています。学会ではそうした話し合いもしているのですが、患者さんがOKすれば、誰も止めさせることができないのが実情です。

難しいですね。

オフポンプもそうですね。私は日本で最初にオフポンプが始まった頃、オフポンプ研究会を立ち上げた一人なのですが、今はオフポンプをほとんどしていません。オフポンプは長期開存が良くないという論文が欧米でいくつも出てきて、欧米ではオフポンプは非常に少なくなりました。でも、それでも日本では皆がしていますし、オフポンプ以外で心臓が止まっているバイパスを見たことがないという医師もいます。私としては止めてほしいのですが、こういうことを言えるベテラン外科医も減ってきました。

メスを握り続ける

最近、ご興味のある分野について、お聞かせください。

最近は大動脈弁形成です。色々と勉強してきた先生方が増えてきたので、その先生たちから学んで、私も大動脈弁を治したいと考えています。僧帽弁はほとんど治せるのですが、私にとっては大動脈弁を治すのはまだ難しいと思っています。

どんなところが難しいのですか。

解剖学的な難しさです。僧帽弁には支える乳頭筋や腱索がついているのですが、大動脈弁は弁葉そのものです。したがって、大動脈弁の解剖は大動脈と弁葉しかないのですよ。だから、少しずれると、ダッと漏れたりします。これをうまく修復しないといけません。最近、大動脈弁輪や周囲の径、弁葉の高さなど測定できる計測器が出たり、色々な方法が出たりしてきました。僧帽弁形成後に用いるリングを模して大動脈弁形成用のリングも開発されつつあるので、それができるとまた変わってくるでしょう。

治療が進化しますね。

そのあたりは開拓の余地がまだあります。動脈瘤はほとんどステントにとってかわられていますし、バイパスもそうです。心臓弁膜症もTAVIにとってかわられていますしね。

失礼ですが、現役でいつまでメスを握りたいですか。

それは分かりません。手術に入った時に嫌がられるようになったら、止めようと思っていますがまだ続けられています(笑)。

先生には長くご活躍いただきたいです。本日はありがとうございました。

ありがとうございました。

著者プロフィール

磯村正先生 近影

著者名:磯村 正

イムス東京葛飾総合病院 心臓血管外科 特任部長

  • 1951年 山口県徳山市(現 周南市)で生まれる。
  • 1975年 久留米大学を卒業する。
  • 1979年 久留米大学大学院を修了する。
  • 1979年 ハーバード大学ベスイスラエル病院に勤務する。
  • 1985年 トロント大学トロント総合病院に勤務する。
  • 1987年 帰国し、久留米大学病院心臓外科に講師として勤務する。
  • 1997年 湘南鎌倉総合病院心臓血管外科部長に就任する。
  • 2000年 葉山ハートセンターを須磨久善(すまひさよし)先生と創設し、副院長として着任する。
  • 2001年 葉山ハートセンター院長に就任する。
  • 2002年 葉山ハートセンター名誉院長に就任する。
  • 2005年 葉山ハートセンター心臓外科センター長に就任する。
  • 2008年 信州大学診療特任教授を兼任する。
  • 2015年 東京都立広尾病院心臓血管外科に勤務する。
  • 2015年 大和成和病院心臓血管外科スーパーバイザーに就任する。
  • 2015年 大崎病院東京ハートセンターに副院長として着任し、心臓血管外科特任部長を兼任する。
  • 2019年6月 東京医科大学兼任教授に就任する。
  • 2019年7月 イムス東京葛飾総合病院心臓血管外科特任部長として着任。

 
日本胸部外科学会指導医、日本外科学会認定医・指導医、日本心臓血管外科学会専門医、日本循環器学会評議員、日本胸部外科学会評議員、日本冠疾患学会理事など。

国際学会員:STS(USA)、AATS(USA)、EACTS(欧州)

バックナンバー
  1. 心臓血管外科の未来について
  2. 05. 心臓血管外科とAI
  3. 04. 心臓血管外科の面白さ
  4. 03. 須磨久善先生に出会う
  5. 02. ハーバードに留学する
  6. 01. 心臓外科医を目指す

 

  • Dr.井原 裕 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
  • Dr.木下 平 がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
  • Dr.武田憲夫 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
  • Dr.一瀬幸人 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
  • Dr.菊池臣一 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
  • Dr.安藤正明 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長
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