論理的に進めると、新しい発見ができる
次に、どういうことをされたのですか。
均一なNKT細胞抗原受容体(Vα14Jα18)の発見は、ハイブリドーマだからできたというアーティファクトの可能性を否定するために、今度はノーマルの状況、正常マウスで、均一なVα14Jα18受容体遺伝子が発現しているのかどうかを確認する必要があります。そこでRNaseプロテクション・アッセイという技術を使いました。ハイブリドーマからクローニングしたVα14Jα18cDNAを用いて、試験管内で放射線標識したVα14Jα18アンチセンスRNAを作成し、そこに胸腺組織から採ってきたRNA(センスRNA)を混ぜ合わせると、標識したアンティセンスRNAと結合し、二重鎖RNAが作られます。その後RNaseで処理すると配列が合致していない部分の一本鎖RNA部分は細かく切断され、二重鎖RNA部分は切れずに保存されます。標識されているRNAを目印に寒天ゲル内で電気泳動すれば、目的のRNAが生体にどのくらい存在するか定量できます。ハイブリドーマからクローニングしたVα14Jα18遺伝子配列と100パーセント同じものが、胸腺や脾臓の中で全T細胞の数パーセント(2~4%)も占めることが分かりました。T細胞レパートリーは1兆種類あると推定されるのに、Vα14Jα18受容体を持つ細胞だけで、数パーセントを占めていることから、生体内で相当の偏りがあることになります。これがNKT細胞の発見なのです。
それは何年のことですか。
1986年から1990年の間です。NKT細胞の発見は新しい免疫学研究領域を開いたということで、米国免疫学会は、Pillars of Immunology(免疫の金字塔)の一つに認定しました。
RNaseプロテクション・アッセイという技術があったのですね。
私は全く知らない技術でした。でも、これを使えば、なぜハイブリドーマで同じ受容体遺伝子が検出されたのか、生体内でVα14Jα18受容体の存在が事実なのか、どのような頻度で使用されているかを見ることができます。そこで、私は世界中でRNaseプロテクション・アッセイを使用している研究室を、論文を頼りに探しました。そうしたら、当時は世界で2カ所しかやっていませんでした。その一つがマサチューセッツ工科大学(MIT)の利根川進先生のところでした。それで、すぐに大学院生を送って、「その技術を教えてやってください」と頼みました。その大学院生は今、この理研生命医科学研究センターで副センター長兼チームリーダーをしている古関明彦君です(笑)。サンプルを持参し、利根川研究室で解析した結果を見ると、ハイブリドーマから抽出したVα14Jα18受容体遺伝子のサイズと同じものが、正常マウスサンプルにも見えました。そのバンドの濃度比率から計算すると全T細胞の2-4%ぐらいあることが分かりました。
これは驚きです。感染も何も起こしていない正常の無菌マウスの生体内で増えているのです。そのことは、NKT細胞リガンドが生体内に存在し、それによってNKT細胞は増殖し、数を増やしていることを意味しています。すなわち、NKT細胞のリガンドは自己成分の一部である可能性が考えられました。
そこで、NKT細胞リガンドが何かを調べることにしました。我々生命体を構成している物質の基本は、核酸などを除外すれば、蛋白、脂質、糖脂質ですから、まず蛋白抗原提示に必要なTAP(transporter associated protein)遺伝子を欠損しているマウスを用いてNKT細胞頻度を正常マウスと比較しました。NKT細胞リガンドがタンパクならば、欠損マウスにはNKT細胞リガンドがないので、NKT細胞は存在しなくなるはずです。結果は、欠損マウスにおけるNKT細胞頻度は、正常マウスと同じだったことから、NKT細胞リガンドは蛋白ではなく、脂質あるいは糖脂質が考えられました。さらにリンパ球受容体がリガンドと結合する場合には親水基が必要であると考えると、糖脂質である可能性が極めて濃厚になってきました。そこで、当時糖脂質合成では超一流のキリン研究所に、複数の糖脂質合成をお願いし、免疫系にNKT細胞だけが存在するマウス(NKTマウス)およびNKT細胞だけを欠損してマウス(NKT−KOマウス)を作成して、それを用いて反応性を確認しました。
その結果、NKT細胞リガンドが、α-galactosylceramide(α-GalCer、アルファガラクトシルセラミド)で、NKT細胞を特異的に活性化できることを発見しました。T細胞が認識する抗原としては蛋白しか知られていなかったのですが、この結果によって、初めて糖脂質が免疫系によって認識できることが証明されました。このように、論理的に思考を積み上げれば、新しい発見に繋げることができるのです。
しかし、それはなかなか難しいことです。
難しいことかも知れませんが、本当に新しいものを見つければ、それに関連する全てが新しい発見に繋がるわけですから、頑張り甲斐があり、最も楽しい時間です。
NKT細胞を活性化させる
NKT細胞を活性化させるというのはどういったことですか。
NKT細胞には素晴らしい機能があります。それは1)長期免疫記憶を作る、2)NKT細胞のアジュバント作用により、エフェクター細胞群を活性化して、それらの急激な増殖・機能発現を誘導できる、3)未分化な樹状細胞に働いて成熟樹状細胞を作り、免疫環境を改善する、4)がん細胞が免疫系から自身を守るために誘導した抑制マクロファージや腫瘍随伴マクロファージを殺す事によってがん組織内の免疫環境を改善できる、5)直接腫瘍細胞に働いて殺す、などの働きがあります。
しかし、NKT細胞が機能するためには、活性化されている必要があります。病原体感染の場合には、病原体自体にNKT細胞を活性化するアジュバント物質があるために病原体の免疫記憶が誘導されます。しかし、がん細胞は自分の細胞ががん化したものなので、病原体のようにNKT細胞を活性化するアジュバント物質がありません。したがって、がん患者のNKT細胞は活性化されず、機能を発揮できないのです。そこで、人工的に患者NKT細胞を活性化して、がんの進行、再発、転移を防ぐ治療法を開発しました。
NKT細胞リガンドは、糖脂質であるため糖鎖部分は親水性である一方、脂質部分は疎水性であるため、そのまま血中に投与すると疎水性部分が互いに反応して塊となって、大きな塊を作りますので、目的のところにNKTリガンドが届けられず、NKT細胞を活性化できません。NKT細胞を活性化するために必要な形態として、NKT細胞リガンドを抗原提示細胞に結合させたものを用いることにしました。抗原提示細胞には、CD1分子という疎水性のポケットがあり、そこにNKT細胞糖脂質リガンドの脂質部分が結合すると、安定してNKT細胞受容体と反応でき、NKT細胞が活性化できる仕組みになっています。
NKT細胞リガンドによって刺激されたNKT細胞はどうなるのですか。
NKT細胞リガンドとNKT細胞のVα14Jα18受容体が結合すると、受容体からのシグナルがNKT細胞の様々な機能遺伝子を活性化して、前に申し上げたような様々なNKT細胞の機能発現が可能になります。活性化できないとNKT細胞は寝たままです。がんにはNKT細胞を活性化する物質がないので、人工的にNKT細胞を活性化する必要があるからす。
一方、免疫系には、がんや病原体感染細胞を直接攻撃するT細胞がいます。T細胞はいわゆる働き蜂で、がん細胞や病原体感染細胞を攻撃し、排除してくれるけれども、攻撃すると48時間以内に皆、死んでしまいます。したがって、絶えずT細胞を送り出す必要があります。そのようなときにNKT細胞の働きによって、これらT細胞の急激な増殖を助け、機能発現を増強させ、更に免疫記憶幹細胞を作り、長期に攻撃できる体制づくりをします。
すなわち、T細胞は「働き蜂」で、働き終わったら死ぬだけです。一方、NKT細胞は「女王蜂」で、働き蜂であるT細胞を次々と送り込んで、絶やさないようにして、がんや病原体を攻撃し続ける体制つくりに欠かせない細胞です。役割分担としては分かりやすいですよね。
分かりました。
免疫の重要ポイントは、免疫記憶を作ることができる点です。記憶を利用していなかったならば、免疫の一番いいところを活かしていないということになります。ところが、現在、がんに対する研究・治療法開発の焦点は、ほとんどが「がんを小さくする」ことで、がんに対する免疫記憶を作ることによってがんを治療する薬剤開発は行われていません。いわゆる、働き蜂の機能を利用した治療法しか開発されていません。だから、女王蜂戦略でがんを治療しようというのが今の研究です。
これまでとは大きく違いますね。今までは、抗がん剤、放射線などで「がんを小さくする」といった治療が一般的でした。
そうです。これまではどんながん治療をしても、がんに対する免疫記憶を作ることができませんでしたが、人工的にがん患者体内のNKT細胞を活性化することによって、がん免疫記憶を作ることが可能になり、がんの再発や転移、進行を止めることができます。
がん免疫療法はありますよね。
現在のがん免疫治療はほとんどが、「働き蜂」を用いた治療で、治療効果は一過性で、免疫記憶をつくる治療法ではありません。また、一般的にがん治療の問題点は、一旦、がんが小さくなっても、再発、転移することが多い点です。それは「免疫記憶」を利用していないからです。どんなものに対してでも免疫記憶はできるはずだから、記憶を利用すればいいのです。ただ、記憶の長さはがんの種類によっても変わってくると思われますので、免疫記憶を維持するためには、どのくらいの頻度で治療を繰り返すのが良いかは、これからの問題です。結核菌に対するワクチン効果、すなわち免疫記憶は50年続きますが、食中毒菌のようなものに対するワクチンは1カ月から数週間しか続きません。
東南アジアに行くと多くの場合、下痢しますが、頻繁に感染が繰り返されると慣れてきて、下痢しなくなります。それは免疫記憶ができたからです。しかし、帰国してしばらく時間があると、再度渡航したときに記憶が消えて、再び下痢が起こることは多くの人が経験しています。
著者プロフィール
著者名:谷口 克(まさる)
元 国立研究開発法人理化学研究所免疫・アレルギー科学総合研究センター長
1940年新潟県長岡市生れ。
1967年千葉大学を卒業後、循環器医を目指して1年間のインターン中に心臓カテーテルを実習し、千葉大学医学部第一内科に入局するも、関連病院での入院患者日本第3例目のマクログロブリン血症患者の受け持ち医になったのを契機に、免疫学を勉強するために1968年大学院に入学
1974年千葉大学大学院医学研究科を修了すると同時に、日本で初めて千葉大学に設置された免疫学研究センター助手に就任する。
その後、オーストラリア、メルボルンにあるウォルター&エリザ・ホール医学研究所に留学。
1980年千葉大学医学部免疫学教授に就任する。
1986年NKT細胞を発見し、1997年NKT細胞リガンドが糖脂質であることを発見するとともに、その生体防御機能、免疫制御機能を明らかにする。
1996年から2000年まで千葉大学医学部長を務める。
また、1997年から1998年まで日本免疫学会会長を務める。
2001年に特殊法人理化学研究所免疫・アレルギー科学総合研究センター長に就任する。
2013年独立行政法人理化学研究所統合生命医科学研究センター特別顧問兼グループディレクター。
2018年から国立研究開発法人理化学研究所科技ハブ産連本部創薬・医療技術基礎プログラム臨床開発支援室で客員主管研究員を務める。
Nature、Scienceをはじめ400編以上の論文を執筆。
ベルツ賞1977、野口英世記念医学賞1993、上原賞2004、紫綬褒章2004、瑞宝中綬章2016受賞。
また、2000年には日本国際賞委員長として、天皇・皇后両陛下に免疫・アレルギーの特別講義を行った
2014年米国免疫学会は、免疫学の進歩に貢献したとして、“NKT細胞発見” を “Pillars of Immunology” の一つに認定した。