再生医療の現状
2014年にiPS細胞から作り出された細胞が患者さんに移植される、世界で初めての手術が行われました。それから6年ほど経ちましたが、再生医療を取り巻く環境はどのように変わってきましたか。
2014年の手術は加齢黄斑変性の患者さんに行われたものですが、今もしっかりと生着して機能しています。移植した方の眼は良くなり、移植していない側は悪くなっているということですから、圧倒的な成果でしたね。安全性についても十分に証明できているでしょう。今後は再生医療の手段の一つとして、ますます注目を集めていくと思います。iPS細胞による移植が想像やSFの世界ではなく、こんなことに使えるのだということが広まったことも大きいですね。
再生医療が医療の中で担う役目も大きくなりますか。
これまで治療法がなかった、いわゆるアンメットメディカルニーズを埋めていく大きな手段になるでしょう。再生医療が世界的な支持を集めていくことは予想されており、これから先の2、30年で何十兆円規模になるという試算もあります。一方で、我々としては再生医療が世界的な経験値を積むことで、高額医療ではなく、手が届く範囲のものになっていかなくてはいけないのだと考えています。
今はどういう段階なのですか。
そうは言っても、最近承認されたCAR-T療法のキムリアは3349万円ですから、iPS細胞による再生医療はそれよりは安いものです。キムリアはイギリスだとさらに高くなるらしいです。日本の場合はほぼ実費のようです。したがって、工業大量生産技術が開発されて、しかも品質が保証されていないと、価格破壊は起きないですね。価格破壊という表現はいけませんが(笑)。決して安くはないけれども、一般の方々の手に届く範囲になっていくことを期待したいです。
大阪大学でも角膜移植が成功しましたし、格段に進歩していますか。
格段にというまではいきませんが、進歩はしています。臨床に使うiPS細胞をどういう基準で用意すればいいのかということに関してはかなり経験値を積んできました。でもまだ完璧とは言えません。iPhoneだって、今から考えると1号機はダサいですよね(笑)。iPhoneがいつもアップデートして、進化しているのと同じような状況なのだと思います。
現状をどう改善すべきでしょうか。
臨床研究はそこそこうまくいくようになりましたが、やはり製薬企業がさらに入ってきてほしいですね。治療用細胞など、アカデミアでできるプロセスは徐々に次のフェーズになってきています。ファーストインヒューマンとして、最初の何例かを大学が行うのは良いのですが、慶應義塾大学の本来の目的は教育と研究をするところであって、細胞を大量に製造する場所ではありません。最初の開発は非常に先端的なものですが、大学ができたことなのだから、企業が工業的に開発を進め、適正な価格にしていくことや多くの人に扱えるものにしていくべきでしょう。