iPS細胞技術を活用した未来の医療について

2021.02.20|text by 岡野 栄之

第6回

『研究成果を伝える』

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研究成果を伝える

研修の成果を伝えていくことも大事でしょうか。

基礎研究の場合、これを明らかにしたいという知的好奇心を満たしていくためにはしっかり成果を出さないといけません。それはすぐにでなくてもいいですし、50年かかったというのでもいいのですが、成果を結んでいくことが求められます。そして、その成果を誰にも伝承しないというのはいけません。
 

自己満足では終われないですよね。

やはり人と人との繋がりは大切ですね。国際会議などに行くと、自分のフィールドに似たような人がいて、結構いい成果を出していたら、「こいつにだけは負けたくない」みたいな気持ちになります。人間臭いところですが、そこはすごく大事です。
 

最先端の研究をしつつも、人間臭いところもあるんですね。

人間がすることですからね。アメリカでも研究のフィールドに居続けることはそれなりに難しいです。一流大学の教授になっても、企業に行く人もいますね。やだ、企業に行っても、いい立場を得て、すごい研究開発を進めて、大学にいたときよりもはるかに良い成果を出している人もいます。一方で、普通のビジネスマンになって、研究の第一線から退く人もいて、残念です。それだけ研究をアクティブに続けていくことは大変なのですが、そこに人間臭いところが関わってくるんですね。
 

先生はどのようにしてモチベーションを保っておられるのですか。

キャリアが長くなってくると、それなりに弟子が育ってきて、それなりに偉くなってくるんです。そうすると、一緒にやろうかということになります。うちの卒業生と新たに共同研究をすると、弟子たちに助けられたりしますから、その意味では人を育てておいて良かったなと思いますね。人材育成は大事です。
 

それは嬉しいですね。若い先生にも刺激になりそうです。

若い人たちが自分もと思ってくれるといいですね。組織の新陳代謝や自浄作用にもなります。
 

失礼ながら、先生はいつまで第一線にいらっしゃりたいですか。

日本の定年は65歳ですが、これははっきり言って早すぎです。海外のライバルは65歳でも現役でやっているのに、なぜ日本では65歳で退かないといけないのかと思います。だから、何らかの形で研究を続けたいです。
 

素晴らしいですね。

研究を続けられる環境にいたいですね。基礎研究には当然、限りはないですし、臨床研究や臨床応用は成果を確認するまで時間がかかるので、いずれにせよ、今後も見届けたいです。
 

これからも先生にお話を伺えればと思います。

 

最近の若者

最近の若い方をご覧になって、いかがですか。

日本の若者を見ていると、二極化していますよね。ものすごくできる人とあまりやる気がない人がいます。
 

医学生がそうなのですか。

医学生もそうですね。もう少し何かがあればと思います。今は医師でもオープンイノベーションに興味を持つ人が増えています。大学が活力を保つためには大事なことではありますが、スタンフォードの教授たちはトップの連中がそちら側に行って、会社を作ったりすると嘆いています。
 

そうなんですね。

それがシリコンバレーの活力を作ったわけですが、ただ金儲けするのではなく、自分たちの研究を社会に活かし、社会実装したいという思いを持ってほしいです。そして、それが大学にフィードバックされるようにしてほしいと願っています。そちら側に行ってしまうと、勉強自体に興味がある人が少なくなることを危惧しています。私はそれを推進する方ではありますが、オープンイノベーションへの流れは劇薬だなと思っています。
 

以前に比べると、大学は変わってきたのでしょうか。

変わりましたね。昔の教授であれば、臨床なら臨床の現場で学生を教え、研究なら研究の現場で学生を教えていたのでしょうが、今は論文を出すよりも早く特許を出さないといけないという風潮があります。そして、それを企業にライセンスアウトという流れがあります。自分自身で研究を高めていくのはいいことですが、特許の方に本気になるのはまずいです。
 

著者プロフィール

岡野栄之教授 近影

著者名:岡野 栄之

慶應義塾大学医学部生理学教室 教授

  • 昭和49 (1974) 年 3月 東京都世田谷区立山崎中学校卒業
  • 昭和52 (1977) 年 3月 慶應義塾志木高等学校卒業
  • 昭和52 (1977) 年 4月 慶應義塾大学医学部入学
  • 昭和58 (1983) 年 3月 慶應義塾大学医学部卒業
  • 昭和58 (1983) 年 4月 慶應義塾大学医学部生理学教室(塚田裕三教授)助手
  • 昭和60 (1985) 年 8月 大阪大学蛋白質研究所(御子柴克彦教授)助手
  • 平成元 (1989) 年10月 米国ジョンス・ホプキンス大学医学部生物化学教室研究員
  • 平成 4 (1992) 年 4月 東京大学医科学研究所化学研究部(御子柴克彦教授)助手
  • 平成 6 (1994) 年 9月 筑波大学基礎医学系分子神経生物学教授
  • 平成 9 (1997) 年 4月 大阪大学医学部神経機能解剖学研究部教授
  • (平成11 (1999) 年 4月より大学院重点化に伴い大阪大学大学院医学系研究科教授)
  • 平成13 (2001) 年 4月 慶應義塾大学医学部生理学教室教授〜現在に至る)
  • 平成15 (2003) 年より21世紀COEプログラム「幹細胞医学と免疫学の基礎-臨床一体型拠点」拠点リーダー
  • 平成19 (2007) 年10月 慶應義塾大学大学院医学研究科委員長
  • 平成20 (2008) 年 7月 グローバルCOEプログラム「幹細胞医学のための教育研究拠点」(医学系、慶應義塾大学)拠点リーダー
  • 平成20 (2008) 年 オーストラリア・Queensland大学客員教授〜現在に至る
  • 平成22 (2010) 年 3月 内閣府・最先端研究開発支援プログラム (FIRSTプログラム)
  • 「心を生み出す神経基盤の遺伝学的解析の戦略的展開」・中心研究者 (〜平成26年3月まで)
  • 平成25 (2013) 年 4月 JST・再生医療実現拠点ネットワークプログラム(拠点A)
  • 「iPS細胞由来神経前駆細胞を用いた脊髄損傷・脳梗塞の再生医療」・拠点長
  • 平成26 (2014) 年 6月 文部科学省・革新的技術による脳機能ネットワーク全容解明プロジェクト(中核機関・理化学研究所)・代表研究者
  • 平成27 (2015) 年 4月 慶應義塾大学医学部長(~平成29年9月)
  • 平成29 (2017) 年10月 慶應義塾大学大学院医学研究科委員長(~現在に至る)
  • 平成29 (2017) 年10月 国立大学法人お茶の水女子大学学長特別招聘教授(~現在に至る)
  • 平成29 (2017) 年10月 北京大学医学部客員教授(~現在に至る)
主たる研究領域

分子神経生物学、発生生物学、再生医学

受賞歴
  • 昭和63 (1988) 年 慶應義塾大学医学部同窓会・三四会より三四会賞受賞
  • 平成7 (1995) 年 加藤淑裕記念事業団より加藤淑裕賞受賞
  • 平成10 (1998) 年 慶應義塾大学医学部より、北里賞受賞
  • 平成13 (2001) 年 ブレインサイエンス振興財団より、塚原仲晃賞受賞
  • 平成16 (2004) 年 東京テクノフォーラム21より、ゴールドメダル賞受賞
  • 平成16 (2004) 年 日本医師会より、日本医師会医学賞受賞
  • 平成16 (2004) 年 イタリアCatania大学より、Distinguished Scientists Award受賞
  • 平成18 (2006) 年 文部科学省より「幹細胞システムに基づく中枢神経系の発生・再生研究」文部科学大臣表彰(科学技術賞)
  • 平成19 (2007) 年 STEM CELLS (AlphaMed Press) より、STEM CELLS Lead Reviewer Award受賞
  • 平成20 (2008) 年 井上科学振興財団より井上学術賞
  • 平成21 (2009) 年 紫綬褒章受章「神経科学」
  • 平成23 (2011) 年 日本再生医療学会よりJohnson & Johnson Innovation Award受賞
  • 平成25 (2013) 年 Stem Cell Innovator Award受賞
  • (GeneExpression Systems & Apasani Research Conference USAより)
  • 平成26 (2014) 年 第51回ベルツ賞(1等賞) 受賞
  • 平成28 (2016) 年 The Association for the Study of Neurons and Diseases (A.N.D.) よりMolecular Brain Award受賞
  • 平成28 (2016) 年 慶應義塾大学よりFaculty Award for Internalization 2016 (Impact factor Most Outstanding Award) 受賞
資格・学位
  • 昭和58 (1983) 年 7月 医師免許(昭和58年5月医師国家試験合格)
  • 昭和63 (1988) 年 7月 慶應義塾大学より医学博士
学術誌編集
  • Inflammation and Regeneration, Editor-in-Chief
  • Development of Growth Differentiation, Editor
  • The Keio Journal of Medicine, Editor
  • Stem Cell Reports, Associate Editor
  • eLife, Board of Reviewing Editors
  • Cell & Tissue Research, Section Editor (2003~2006)
  • Neuroscience Research, Associate Editor
  • J. Neuroscience Research, Associate Editor
  • Genes to Cells, Associate Editor
  • International Journal of Developmental Neuroscience, Associate Editor(2000~2003)
  • Stem Cells, Editorial Board
  • Cell Stem Cell, Editorial Board
  • Developmental Neuroscience, Editorial Board
  • Differentiation, Editorial Board
  • Regenerative Medicine, Editorial Board
バックナンバー
  1. iPS細胞技術を活用した未来の医療について
  2. 07. 慶應義塾大学アントレプレナー育成コース
  3. 06. 研究成果を伝える
  4. 05. 研究者を育てる
  5. 04. 再生医療の現状
  6. 03. アルツハイマー病の解明
  7. 02. 脊髄再生への挑戦
  8. 01. iPS細胞技術研究の意義

 

  • Dr.井原 裕 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
  • Dr.木下 平 がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
  • Dr.武田憲夫 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
  • Dr.一瀬幸人 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
  • Dr.菊池臣一 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
  • Dr.安藤正明 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長
  • 技術の伝承-大木永二Dr
  • 技術の伝承-赤星隆幸Dr