第3回

若い世代への教育&腹腔鏡手術が目指す場所(1/2)

若い世代への教育

― 今の後期研修医をご覧になって、いかがですか。

福永
今、外科医不足と言われていますが、やる気のある学生や若手の医師は大勢います。学会で急いで走り寄ってきて、「見学させてください」とか、「先生のところで研修したいです」と言ってくるんです。見学に来る若手医師は熱心ですね。外科医不足と言われているにしても、こういうやる気の医師を育てていけば、その人たちがまた次の世代を育てていくのではないでしょうか。
古閑
全く同意見だね。僕のところに来るのは後期研修医よりも少し上で、専門医を取得したばかりの医師が多い。一番多いのは整形外科の専門医を取ったあとで、脊椎学会や脊椎病学会などの背骨の専門医を取り、さらに背骨の内視鏡を学びたいという人たちなんだけれど、かなりできあがっている人たちなので教えやすいよ。本当は医学生や初期研修医とも触れ合いたいのに、チャンスがないのが残念。
福永
我々のところに見学に来る医師も、ある程度、胃がんの手術ができるようになった人が多いよ。開腹手術はできるようになったから、腹腔鏡手術を勉強したいという人たちだね。もう一歩、先の手術を求めてという感じで来る。
古閑
だから、モチベーションが高いよね。

― 教えるのに苦労がないのはいいですね。

福永
国内留学の医師も多く来ます。何とか身につけたいと、無給でも来ますよ。今の医学生や若い医師はよく周りを見ている。学会のセッションでも、人が入っているのは腹腔鏡ばかりだし、今後は腹腔鏡が主流になることが分かっているんだよね。だから若手医師は症例の多いところで研修がしたいし、早く身につけたいと思っている。比佐志のところと全く同じだよ。希望して来るわけだから、皆、一生懸命に頑張っている。
古閑
哲とは領域が違うけど、お互いに頑張っていれば、若い人が来てくれるんだよね。若い人たちが来ると、僕たちもエンカレッジされる。もう少し頑張ろうかという向上心をもらえることが有り難い。僕も哲のところに見に行きたいよ(笑)。領域は違っても、使えるところはあるはずだ。
福永
使っている機械も違うから、参考になると思うよ。

低侵襲化を目指す

福永
今、我々が目指している腹腔鏡手術の方向性は2つある。生意気かもしれないけど、コンベンショナルな腹腔鏡手術、特に早期がんに対する切除は完成していると思う。そこで、もう一歩先を目指しているんだ。侵襲をさらに小さくしたい。腹腔鏡の一番の利点は侵襲が小さい、低侵襲性なので、これをもっと引き上げていきたい。例えば、今5本入っているポートを減らし、3本にするとか、あるいは1カ所に全部、集めてしまうとか、手術時間を短くするとかだね。極端に言うと、臓器を取り出すところを上から下、つまり痛みの少ない部位に降ろしていくことも考えている。そういう低侵襲を追求する手術が一つの流れだね。
古閑
低侵襲化は僕たちも同じ。僕たちは2種類の内視鏡を使っている。一つは20ミリで、もう一つは7ミリ。僕は7ミリを気に入っている。これだと、筋肉も骨も切らなくて済む。
福永
そうだよね。
古閑
本当に、翌日には退院できるからね。当日、帰している医師もいるけど、僕は心配性だから、翌日にしている(笑)。そういう低侵襲化は誰にとってもいいものだし、進めていくべきだと思う。
福永
内視鏡の一番の特徴だからね。比佐志たちも、ある程度、定型化されて、標準化されてきたものがうまくいって、大丈夫だと確信しているから低侵襲を追求できる。脊椎の内視鏡手術がこの段階まで来たことの証明だね。ここまで来ないと、低侵襲を追求できない。

適用の拡大を目指す

― もう一つの方向性とはどのようなものですか。

福永
いわゆるステージとしての適用拡大です。ガイドライン上はまだステージ1となっていますが、我々の施設ではステージ3まで腹腔鏡で手術しています。抗がん剤治療を行ったあとで行う手術も腹腔鏡でやっていますが、これはほかの施設ではあまり聞かないですね。技術的には確立されていると思っていますから、進行がんの手術にあたっても気をつけないといけないノウハウも十分にあるんです。さらに、ほかの臓器と合併切除するような手術も我々は腹腔鏡で行っていますし、食道の方に浸潤が進んでいるような症例も腹腔鏡を使っています。

― 日本の最先端ですね。

福永
腹腔鏡でここまでやっている施設は少ないでしょうね。腹腔鏡手術をするからと言って、患者さんにデメリットがあってはいけないので、その点を研究してきました。ここまでやっても大丈夫というラインを見極めながら、少しずつ適用を広げてきたんです。
古閑
僕も同じ。適用の拡大って、大切なことだけれど、安全に、かつ失敗なく拡大していかないと、そこでストップになってしまう。そのストップは自分だけではなく、皆にとってもそうなんだよね。内視鏡をやっているグループの皆がストップする。僕のところでは2001年からやっているけど、最初は背骨を長くやってきた。次に首をやって、それから胸椎をやってと広げてきて、今はほぼ全部の領域ができるようになった。疾患も最初は椎間板ヘルニアだけだったけれど、脊椎間狭窄症もするようになり、変性疾患のすべり症などにも拡大していった。哲が言ったように、安全を担保しながらノウハウを蓄積してきたよ。
福永
腹腔鏡手術も同じだよ。その意味では標準治療になってきている。

あらゆる外科の手技に起きる現象

― 1991年に始まった腹腔鏡手術がここまで来たのは早いですね。

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  • プロフィール
    福永 哲(ふくなが てつ)
    順天堂大学医学部
    消化器・低侵襲外科 教授

【略歴】

1962年
鹿児島県奄美市生まれ。
1988年
琉球大学を卒業
順天堂大学医学部附属順天堂医院外科で研修を行う。
1992年
順天堂大学医学部附属浦安病院外科勤務(助手)。
1994年
米国ピッツバーグ大学 麻酔・集中治療部に留学(リサーチフェロー)。
1996年
順天堂大学医学部附属浦安病院 勤務。
2004年
癌研究会附属病院消化器外科 勤務。
2007年
がん研有明病院消化器外科 勤務する。
2008年
徳島大学医学部臓器病態外科学臨床教授
2009年
聖マリアンナ医科大学消化器・一般外科臨床教授 併任。
2010年
聖マリアンナ医科大学消化器・一般外科教授 就任。
2015年
順天堂大学医学部附属順天堂医院消化器・低侵襲外科教授 就任。
聖マリアンナ医科大学消化器・一般外科客員教授 就任。

【資格・所属学会】
日本外科学会指導医・専門医
日本消化器外科学会指導医・専門医
日本内視鏡外科学会技術認定医
日本がん治療認定医など。

  • プロフィール
    古閑 比佐志(こが ひさし)
    岩井整形外科内科病院
    副院長/教育研修部長

【略歴】

1962年
千葉県船橋市生まれ。
1988年
琉球大学卒業。琉球大学医学部附属病院で研修。
1988年
9月に沖縄赤十字病院
琉球大学医学部脳神経外科研究生
1989年
琉球大学医学部脳神経外科助手
1990年
沖縄県立八重山病院脳神経外科
1991年
琉球大学医学部附属病院脳神経外科
1992年
新潟大学脳研究所神経病理学講座に特別研修生として出向
1994年
北上中央病院脳神経外科
琉球大学医学部附属病院
1995年
豊見城中央病院脳神経外科
熊本大学大学院研究生
小阪脳神経外科病院脳神経外科 勤務
1998年
Heinrich-Pette-Institut fur Experimentelle Virologie und Immunologie an der Dept. of Tumorvirologyに留学
2000年
ヘリックス研究所第3研究部門主任研究員
新潟大学医学部脳研究所非常勤講師
2001年
湘南鎌倉総合病院脳卒中診療科 勤務
かずさDNA研究所主任研究員
2005年
かずさDNA研究所地域結集型プロジェクト研究チームリーダー
2006年
かずさDNA研究所ゲノム医学研究室室長
2008年
千葉大学大学院分子病態解析学非常勤講師
2009年
岩井整形外科内科病院 脊椎内視鏡医長
2012年
中国福建省厦門の漳州正興医院で微創脊椎外科主任医師
2014年
岩井整形外科内科病院教育研修部長
2015年
岩井整形外科内科病院副院長

【資格・所属学会】
日本脳神経外科学会専門医
日本脊髄外科学会
内視鏡脊髄神経外科研究会
日本整形外科学会

岩井整形外科内科病院 PELDセンター

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