2022年に中国の北京市で、オリンピック冬季競技大会(北京冬季五輪)が開催された。夏季と冬季のオリンピックが開催された都市としては、北京市が史上初。冬季五輪は今回の北京大会で24回目。これにちなみ、開会日は2月4日が選ばれた。
北京冬季五輪の開会式
出所: Presidential Executive Office of Russia
2月4日は折しも立春(りっしゅん)であり、なんとも縁起が良い。開会のカウントダウンも、24にこだわり、十進法の数字ではなく、中国発祥の“二十四節季”を採用。美しい映像とともに、雨水(うすい)からカウントダウンが始まり、最後に立春が到来するという演出だった。
さらに開会時刻も北京時間の20時4分に設定。20と4を足せば、やはり24となる。ここまで24への執着が見えると、「開催年の2022だって、実は下二桁の22に、上一桁の2を足せば24だ!」なんて言い出しかねない。もちろん、冗談だが。
このように中華圏では、数字へのこだわりが色々な場面に現れ、それが時には個人や社会の重要な決定にさえ影響を及ぼす。
特に縁起の良い数字への執着心は強烈なものがある。縁起の良い数字の代表格は8だ。その発音から、“発財”(財をなす)や“発展”の“発の字”に通じ、たいへん好まれる。
2008年のオリンピック競技大会(北京夏季五輪)では、開会日時が8月8日午後8時8分8秒であり、縁起の良い“8”という数字が6つも並んだ。
この6という数字も“六六大順”(すべて、うまく行く)と呼ばれ、縁起が良い。また、9の発音も“久”に通じ、“末永い”という意味となるから、やはり人気が高い。
アリババの香港上場
中央は張勇(ダニエル・チャン)CEO
左には董建華・元行政長官の姿も
数字へのこだわりを香港証券取所は上手く利用している。未使用の株式コードから、縁起の良い数字を集めた特別枠を設定。特別枠の数字が欲しい新規上場企業は、一定金額以上を慈善寄付しなければならない。
2019年11月26日に香港に上場したアリババは、“9988”というコードを選んだ。人気の高い9で始まるコードはこれが初めて。縁起の良さに魅かれたかのように、IT大手の香港上場が続き、ネットイース(網易)が“9999”、バイドゥ(百度)が“9888”、JDドットコム(京東)が“9618”を選択。早い者勝ちの“数字争奪戦”となった。
数字へのこだわりは、重大な通貨政策にもみられる。香港ドルは1983年10月17日に変動相場から固定相場に移行。いくらで米ドルと固定するかという重大事について、英領香港の当局者が協議した。真っ先に出た案は、もちろん1米ドル=8香港ドルだった。
上海のエレベーター
4階、14階がない。
国際都市だけに13階もない。
しかし、整数の8は“科学的根拠”がない印象がすると指摘され、小数点をつけることで妥協。そうして決まったのが1米ドル=7.8香港ドルだった。香港の市民生活や経済活動に影響を及ぼす固定為替レートなのだが、何ともツッコミどころ満載な思考で決まった。
1米ドル=7.9香港ドルではなく、1米ドル=7.8香港ドルにしたところを見ると、やはり8への執着心は強い。
中華圏で縁起の良い数字は、大金で買う無形資産。自動車のナンバープレートや電話番号の割り当てでも、縁起の良い数字は競売にかけられ、高額で落札される。ワイロを送る場合でも、縁起の良い金額で振り込み、“受け取らなければ、幸運を逃すぞ!”と催促する。
一方、縁起の悪い数字は4だ。その発音が“死”に通じるからで、これは日本や韓国でも同じ。4を避けるのは東アジアの漢字文化圏で見られる現象であり、これを英語では“テトラフォビア”(四恐怖症)という。中華圏では4を嫌う意識も強烈だ。
中華圏では飛行機の型式、建物の階数や部屋番号、道路の路線番号など、幅広く4を避ける。ただし、軍用機、軍艦、軍事ミサイルなどでは、台湾や韓国が4を避けるのに対し、中国本土では気にせずに使っている。もしかしたら“敵に死をもたらす”という意味で、4を使っているのかも知れない。
ちなみに筆者が上海市の復旦大学に留学していた1998年、初めて寮の各部屋に電話機が設置された。それまでは各階に1台ずつだった。ところが、筆者の部屋に割り当てられた電話番号は“65647484”という何とも縁起の悪い数字。人に教えると、必ず笑われた。
先頭から読むと、“65”は特に問題ないが、“64”は南の方言では“転落死する”に似た発音になるし、なにより6月4日に起きた天安門事件を連想させる。その次の“74”は“憤死する”、最後の“84”は“父が死ぬ”に通じる。
もしかしたら、“留学生は外国人だから気にしないだろう”と考え、こうした番号が割り振られたのかも知れない。そのせいか、筆者の部屋の電話だけ、なぜか1年間も電話代が無料だった。この不思議な現象については、縁起が悪すぎる番号を割り振った担当者による罪滅ぼしと、筆者は思っている。
李沢鉅を誘拐した張子強
“香港三大賊王”の筆頭格
こうした数字の吉凶をめぐるこだわりは、命のやり取りという場面にも表れ、なんとも奇妙な駆け引きが起きたりする。香港一の富豪として有名な長江実業の李嘉誠は、1996年5月に長男の李沢鉅(ビクター・リー)を誘拐された。自宅にやって来た犯人の張子強と李嘉誠は直談判し、翌日に身代金10億香港ドルを支払うことで合意した。
今日のところは前払い金だけ持ち帰るよう李嘉誠は張子強に勧めたが、その金額は“死”を暗示する4000万香港ドル。これは縁起が悪いと、張子強は3800万香港ドルだけ持ち去った。4を消し去り、8を加えたわけだ。誘拐事件の身代金をめぐっても、こうした“数字をめぐる攻防戦”があった。
決算発表会で李沢鉅の話に耳を傾ける李嘉誠 犯人の張子強が受け取った身代金は、合計10億3800万香港ドル。これは身代金の世界最高額として、『ギネス世界記録』に認定された。この誘拐事件から2カ月ほど経った1996年7月17日、誘拐された李沢鉅が経営する長江基建が、香港証券取引所に上場した。
長江基建の証券コードは“1038”であり、支払った身代金の“10.38億香港ドル”と符合する。 その当時、李沢鉅が誘拐されたことを李嘉誠は秘密にしていたのだが、長江基建の証券コードに身代金の金額を盛り込んだのには、何らかの意味があったのかも知れない。
張子強(一番手前の白いシャツ)の裁判
(1998年11月12日)
張子強は身代金を仲間と分け合ったが、なんと4億3800万香港ドルも独り占めしたという。縁起の良い数字にこだわった張子強なのに、欲張ったあまりか、うかつにも自分が受け取る金額に“死”を暗示する4を入れてしまった。そんな彼に待ち受けていたのは、悲惨な最期だった。
張子強は1998年1月に広東省江門市で逮捕され、この年の12月5日に銃殺刑に処せられた。張子強の命日は1998年12月5日。この日付の数字を分解し、“1+9+9+8+12+5”と計算すると、答えは最悪な“44”だった。