コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界

2023.2.20|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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2022年に中国の北京市で、オリンピック冬季競技大会(北京冬季五輪)が開催された。夏季と冬季のオリンピックが開催された都市としては、北京市が史上初。冬季五輪は今回の北京大会で24回目。これにちなみ、開会日は2月4日が選ばれた。

北京冬季五輪の開会式
出所: Presidential Executive Office of Russia
2月4日は折しも立春(りっしゅん)であり、なんとも縁起が良い。開会のカウントダウンも、24にこだわり、十進法の数字ではなく、中国発祥の“二十四節季”を採用。美しい映像とともに、雨水(うすい)からカウントダウンが始まり、最後に立春が到来するという演出だった。

さらに開会時刻も北京時間の20時4分に設定。20と4を足せば、やはり24となる。ここまで24への執着が見えると、「開催年の2022だって、実は下二桁の22に、上一桁の2を足せば24だ!」なんて言い出しかねない。もちろん、冗談だが。

このように中華圏では、数字へのこだわりが色々な場面に現れ、それが時には個人や社会の重要な決定にさえ影響を及ぼす。

特に縁起の良い数字への執着心は強烈なものがある。縁起の良い数字の代表格は8だ。その発音から、“発財”(財をなす)や“発展”の“発の字”に通じ、たいへん好まれる。

2008年のオリンピック競技大会(北京夏季五輪)では、開会日時が8月8日午後8時8分8秒であり、縁起の良い“8”という数字が6つも並んだ。

この6という数字も“六六大順”(すべて、うまく行く)と呼ばれ、縁起が良い。また、9の発音も“久”に通じ、“末永い”という意味となるから、やはり人気が高い。

アリババの香港上場
中央は張勇(ダニエル・チャン)CEO
左には董建華・元行政長官の姿も
数字へのこだわりを香港証券取所は上手く利用している。未使用の株式コードから、縁起の良い数字を集めた特別枠を設定。特別枠の数字が欲しい新規上場企業は、一定金額以上を慈善寄付しなければならない。

2019年11月26日に香港に上場したアリババは、“9988”というコードを選んだ。人気の高い9で始まるコードはこれが初めて。縁起の良さに魅かれたかのように、IT大手の香港上場が続き、ネットイース(網易)が“9999”、バイドゥ(百度)が“9888”、JDドットコム(京東)が“9618”を選択。早い者勝ちの“数字争奪戦”となった。

数字へのこだわりは、重大な通貨政策にもみられる。香港ドルは1983年10月17日に変動相場から固定相場に移行。いくらで米ドルと固定するかという重大事について、英領香港の当局者が協議した。真っ先に出た案は、もちろん1米ドル=8香港ドルだった。

上海のエレベーター
4階、14階がない。
国際都市だけに13階もない。
しかし、整数の8は“科学的根拠”がない印象がすると指摘され、小数点をつけることで妥協。そうして決まったのが1米ドル=7.8香港ドルだった。香港の市民生活や経済活動に影響を及ぼす固定為替レートなのだが、何ともツッコミどころ満載な思考で決まった。

1米ドル=7.9香港ドルではなく、1米ドル=7.8香港ドルにしたところを見ると、やはり8への執着心は強い。

中華圏で縁起の良い数字は、大金で買う無形資産。自動車のナンバープレートや電話番号の割り当てでも、縁起の良い数字は競売にかけられ、高額で落札される。ワイロを送る場合でも、縁起の良い金額で振り込み、“受け取らなければ、幸運を逃すぞ!”と催促する。

一方、縁起の悪い数字は4だ。その発音が“死”に通じるからで、これは日本や韓国でも同じ。4を避けるのは東アジアの漢字文化圏で見られる現象であり、これを英語では“テトラフォビア”(四恐怖症)という。中華圏では4を嫌う意識も強烈だ。

中華圏では飛行機の型式、建物の階数や部屋番号、道路の路線番号など、幅広く4を避ける。ただし、軍用機、軍艦、軍事ミサイルなどでは、台湾や韓国が4を避けるのに対し、中国本土では気にせずに使っている。もしかしたら“敵に死をもたらす”という意味で、4を使っているのかも知れない。

ちなみに筆者が上海市の復旦大学に留学していた1998年、初めて寮の各部屋に電話機が設置された。それまでは各階に1台ずつだった。ところが、筆者の部屋に割り当てられた電話番号は“65647484”という何とも縁起の悪い数字。人に教えると、必ず笑われた。

先頭から読むと、“65”は特に問題ないが、“64”は南の方言では“転落死する”に似た発音になるし、なにより6月4日に起きた天安門事件を連想させる。その次の“74”は“憤死する”、最後の“84”は“父が死ぬ”に通じる。

もしかしたら、“留学生は外国人だから気にしないだろう”と考え、こうした番号が割り振られたのかも知れない。そのせいか、筆者の部屋の電話だけ、なぜか1年間も電話代が無料だった。この不思議な現象については、縁起が悪すぎる番号を割り振った担当者による罪滅ぼしと、筆者は思っている。

李沢鉅を誘拐した張子強
“香港三大賊王”の筆頭格
こうした数字の吉凶をめぐるこだわりは、命のやり取りという場面にも表れ、なんとも奇妙な駆け引きが起きたりする。香港一の富豪として有名な長江実業の李嘉誠は、1996年5月に長男の李沢鉅(ビクター・リー)を誘拐された。自宅にやって来た犯人の張子強と李嘉誠は直談判し、翌日に身代金10億香港ドルを支払うことで合意した。

今日のところは前払い金だけ持ち帰るよう李嘉誠は張子強に勧めたが、その金額は“死”を暗示する4000万香港ドル。これは縁起が悪いと、張子強は3800万香港ドルだけ持ち去った。4を消し去り、8を加えたわけだ。誘拐事件の身代金をめぐっても、こうした“数字をめぐる攻防戦”があった。

決算発表会で李沢鉅の話に耳を傾ける李嘉誠 犯人の張子強が受け取った身代金は、合計10億3800万香港ドル。これは身代金の世界最高額として、『ギネス世界記録』に認定された。この誘拐事件から2カ月ほど経った1996年7月17日、誘拐された李沢鉅が経営する長江基建が、香港証券取引所に上場した。

長江基建の証券コードは“1038”であり、支払った身代金の“10.38億香港ドル”と符合する。 その当時、李沢鉅が誘拐されたことを李嘉誠は秘密にしていたのだが、長江基建の証券コードに身代金の金額を盛り込んだのには、何らかの意味があったのかも知れない。

張子強(一番手前の白いシャツ)の裁判
(1998年11月12日)
張子強は身代金を仲間と分け合ったが、なんと4億3800万香港ドルも独り占めしたという。縁起の良い数字にこだわった張子強なのに、欲張ったあまりか、うかつにも自分が受け取る金額に“死”を暗示する4を入れてしまった。そんな彼に待ち受けていたのは、悲惨な最期だった。

張子強は1998年1月に広東省江門市で逮捕され、この年の12月5日に銃殺刑に処せられた。張子強の命日は1998年12月5日。この日付の数字を分解し、“1+9+9+8+12+5”と計算すると、答えは最悪な“44”だった。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は3/5公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 44. 民族の公認をめぐる試行錯誤~中国の民族政策におけるソ連の影響NEW!
  3. 43. 「あなたは何民族ですか?」~日本人と中国人の大きな違い
  4. 42. 洋の東西で同じ答えに~収斂進化した会計技術
  5. 41. これぞ「文明の利器」なる~王朝の誕生に会計あり
  6. 40. 商売の神様は実在した人物~彼が神たる理由とは?
  7. 39. 見た目は違うが、生まれは似ている~日本の「株式」と中国の「股份」
  8. 38. 香港市民の窮屈な生活~劣悪な住宅事情
  9. 37. 香港の“街並み景観”に歴史あり~租借地と王領植民地の違い
  10. 36. すべては英国王の手中に~英領香港の土地制度
  11. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
  12. 34. “所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度
  13. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
  14. 32. 香港裏社会に暗躍する三合会~返還後の表社会にも及ぶ影響力
  15. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
  16. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割
  17. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  18. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  19. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  20. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  21. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  22. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  23. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  24. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  25. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  26. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  27. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  28. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  29. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  30. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  31. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  32. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  33. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  34. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  35. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  36. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  37. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  38. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  39. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  40. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  41. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  42. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  43. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  44. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  45. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
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  2. 44. 民族の公認をめぐる試行錯誤~中国の民族政策におけるソ連の影響NEW!
  3. 43. 「あなたは何民族ですか?」~日本人と中国人の大きな違い
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  31. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
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