コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念

2023.10.5|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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上海東方濱江大酒店の朝食バイキング 中国の主要都市にある大型ホテルには、全国各地から人が集まる。漢民族の中国語は方言の違いが大きいうえ、55の少数民族は独自の言語を話す。ホテル館内ですれ違う宿泊者の会話が理解不能なのは、中国では普通のことだ。中国のホテルに宿泊すると、この国の多様性を実感できる。

宿泊者が多様なので、朝食バイキングの内容もバラエティーだ。日本との大きな違いを挙げると、麺料理の豊富さが思いつく。

麺料理と聞くと、日本人は「ラーメン」や「うどん」などを連想するだろう。つまり、ツルツルと食べる細長い食べ物が、日本人にとっての麺料理だ。

多種多様な中国の麺料理 しかし、麺料理の概念は、日本と中国で異なる。中国で麺料理とは“小麦製の食べ物”を意味する。だから、「中華まん」、「ギョーザ」、「シューマイ」も、中国では麺料理の範疇に入る。欧米から伝わった「パン」も、小麦でできているから、中国では麺料理であり、「麺包」(ミェンバオ)という。

日本人が連想する麺料理は、中国では小麦でできていれば「麺条」と呼ぶ。しかし、小麦製でなければ、麺料理に分類されない。

例えば、ラーメンのようにツルツルと食べる米製の「ビーフン」やベトナム料理の「フォー」、それに日本でも店が増え始めた雲南省名物の「ミーシェン」。中国でビーフンは「米粉」、フォーは「河粉」、ミーシェンは「米線」と書き、米製なので “麺”とは呼ばない。

雲南省名物のミーシェン
米製のミーシェンは麺料理ではない
一方、日本人はこれらを「米でできた麺」などと表現したりする。つまり、“日本人とっての麺料理”とは、その形状に着目した概念であり、英語の「ヌードル」に近い。

“麺”という漢字を使っても、小麦製か否かで定義する中国とは、基本的な概念が異なる。“麺”とは呼ばない。

同じ漢字を使っていても、国によって概念が異なる麺料理もある。それが「饅頭」だ。

日本で売られている韓国のマンドゥ
マンドゥを漢字で書くと「饅頭」
日本では“甘いお菓子”を指すが、中国では“マントウ”と発音し、“具材の入っていない中華まん”という意味だ。韓国では“マンドゥ”と発音し、いわゆる“ギョーザ”を意味する。

話を中国のホテルに戻そう。朝食バイキングに出される麺料理とは、「マントウ」や“具材が入った中華まん”の「包子」(パオズ)など。これらを好むのは、小麦を主食とする中国北部の人たちだ。

中国北部の主食であるマントウ
マントウを漢字で書くと「饅頭」
もちろん、日本人にとっても麺料理として認識される“麺条”や“中華ヤキソバ”の炒麺(チャオミェン)なども朝食に並ぶ。

一方、稲作地域に属する中国南部の人たちは、飯(めし)や粥(かゆ)などの米食を好むので、それに合う料理が用意される。

米食中心の南部にも麺料理があり、上海名物の「小籠包」(ショーロンポー)のほか、“もち米の入ったシューマイ”などがある。

ちなみに、「焼売」を“シューマイ”と発音するのは広東語。標準語では“シャオマイ”という。「ワンタン」は日本で「雲吞」という漢字を当てるが、中国では「餛飩」と書く。これを“ワンタン”と読むのは広東語。標準語では“フントゥン”だ。極東では麺料理の概念や名称が、ヌードルのように複雑に絡み合う。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は10/20公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 44. 民族の公認をめぐる試行錯誤~中国の民族政策におけるソ連の影響NEW!
  3. 43. 「あなたは何民族ですか?」~日本人と中国人の大きな違い
  4. 42. 洋の東西で同じ答えに~収斂進化した会計技術
  5. 41. これぞ「文明の利器」なる~王朝の誕生に会計あり
  6. 40. 商売の神様は実在した人物~彼が神たる理由とは?
  7. 39. 見た目は違うが、生まれは似ている~日本の「株式」と中国の「股份」
  8. 38. 香港市民の窮屈な生活~劣悪な住宅事情
  9. 37. 香港の“街並み景観”に歴史あり~租借地と王領植民地の違い
  10. 36. すべては英国王の手中に~英領香港の土地制度
  11. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
  12. 34. “所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度
  13. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
  14. 32. 香港裏社会に暗躍する三合会~返還後の表社会にも及ぶ影響力
  15. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
  16. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割
  17. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  18. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  19. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  20. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  21. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  22. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  23. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  24. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  25. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  26. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  27. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  28. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  29. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  30. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  31. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  32. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  33. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  34. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  35. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  36. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  37. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  38. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  39. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  40. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  41. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  42. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  43. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  44. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  45. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


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