コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

信仰で区別された特異な少数民族~中国の回族とは?

2024.12.05|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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寧夏回族自治区(赤色)
面積は北海道の8割ほど
首府は銀川市
中国政府は「回族」という少数民族を公認している。その人口は2020年の調査で1138万人に上り、中国の総人口の0.81%に相当。55種類の少数民族では3番目に多い。

また、中国には回族の自治権を認めた「寧夏回族自治区」が存在。その面積は総面積の0.55%であり、少数民族の自治区では最小だ。

少数民族で3番目に多いのに、その自治区が最も小さな理由は、回族の特徴にある。

回族は中国語を母語とし、外見も漢民族と変わらない。しかし、イスラム教(回教)を信仰することから、漢民族と区別された。

女優の劉詩詩
北京市出身の回族
言葉や外見は漢民族と同じ。
信仰の程度も個人差が大きい。
寧夏回族自治区の呉忠市同心県に住む回族の人々
男性はタギーヤ、女性はヒジャブをかぶる。
回族がムスリムらしい服装をする地域もある。

ただし、中国のイスラム教徒(ムスリム)がすべて回族というわけではない。中国のムスリム人口は約2300万人であり、回族はその半分弱。回族と他のムスリムは区別される。

回族の定義とアイデンティティは非常に複雑な問題であり、これをめぐる歴史も長い。

回族という名称は、モンゴル高原に帝国を築いたテュルク系民族の「回鶻」(かいこつ)に由来する。回鶻は唐王朝の時代に中国西部のタリム盆地に進出。やがてイスラム化し、現代のウイグル人の祖先となった。

北京市西城区の牛街礼拝寺
西暦996創建の清真寺(モスク)
回鶻の中国での名称は、宋王朝の時代に「回回」へ変化。モンゴル人が支配する元王朝の時代に、西方のムスリムが中国に流入すると、漢民族は彼らのことも回回と呼んだ。

元王朝の時代に中国各地に定住した回回は、明王朝の時代に中国化を強いられ、言語や容貌が漢民族と変わらなくなったが、信仰と宗教生活を保持。彼らは清王朝の時代には、「回民」などと呼ばれるようになった。

牛街礼拝寺の内部
中国とアラブの建築様式が融合
20世紀初頭に清王朝の立憲派は、「五大民族」による「五族大同」の理念を提唱。それを中華民国は「五族共和」として継承した。

この五大民族とは、漢民族、満州族、モンゴル族、チベット族、そして回族を指す。ただ、当時の回族とは、中国国内のムスリムの総称だった。信仰以外は漢民族と大差ない回民のほか、独自の言語や文化を持つウイグル人なども、当時は一括して回族と呼ばれた。

北京市回民学校の校門にはアラビア語 中華人民共和国が建国されると、ソビエト連邦にならい、少数民族の地方自治を推進。民族識別作業の調査結果に基づき、従来の回族からウイグル族など9種類の少数民族を分離した。こうして1954年に中国政府は国内のムスリムを10種類の少数民族として公認。このうち再定義された回族とは、言語や文化が漢民族化したムスリムを指す。

回族の結婚式(河南省) その歴史的経緯から、回族は最も広範囲に分散する少数民族だ。特定の故地はなく、各地の習俗に染まり、全国的なまとまりもない。

しかし、中国政府は人口が多い回族にも自治区が必要と考え、1958年に寧夏回族自治区を創設した。だが、自治区内の回族は、2020年でも回族全体の22%。そのうえ、自治区は漢民族が多く、回族は少数派だ。

現代では回族を血筋で認定。一方が回族の夫婦の子は、回族として戸籍登録可能。彼らは棄教しても、少数民族の回族として優遇される。一方、漢民族はムスリムになっても、回族になれない。こうした事情を背景に、回族の特権化や定義をめぐる論争が絶えない。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は12/20公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 46. モンゴル国と内モンゴル自治区~二つのモンゴルの起源 NEW!
  3. 45. 信仰で区別された特異な少数民族~中国の回族とは?<
  4. 44. 民族の公認をめぐる試行錯誤~中国の民族政策におけるソ連の影響
  5. 43. 「あなたは何民族ですか?」~日本人と中国人の大きな違い
  6. 42. 洋の東西で同じ答えに~収斂進化した会計技術
  7. 41. これぞ「文明の利器」なる~王朝の誕生に会計あり
  8. 40. 商売の神様は実在した人物~彼が神たる理由とは?
  9. 39. 見た目は違うが、生まれは似ている~日本の「株式」と中国の「股份」
  10. 38. 香港市民の窮屈な生活~劣悪な住宅事情
  11. 37. 香港の“街並み景観”に歴史あり~租借地と王領植民地の違い
  12. 36. すべては英国王の手中に~英領香港の土地制度
  13. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
  14. 34. “所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度
  15. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
  16. 32. 香港裏社会に暗躍する三合会~返還後の表社会にも及ぶ影響力
  17. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
  18. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割
  19. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  20. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  21. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  22. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  23. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  24. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  25. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  26. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  27. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  28. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  29. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  30. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  31. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  32. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  33. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  34. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  35. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  36. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  37. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  38. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  39. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  40. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  41. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  42. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  43. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  44. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  45. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  46. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  47. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 46. モンゴル国と内モンゴル自治区~二つのモンゴルの起源 NEW!
  3. 45. 信仰で区別された特異な少数民族~中国の回族とは?<
  4. 44. 民族の公認をめぐる試行錯誤~中国の民族政策におけるソ連の影響
  5. 43. 「あなたは何民族ですか?」~日本人と中国人の大きな違い
  6. 42. 洋の東西で同じ答えに~収斂進化した会計技術
  7. 41. これぞ「文明の利器」なる~王朝の誕生に会計あり
  8. 40. 商売の神様は実在した人物~彼が神たる理由とは?
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  10. 38. 香港市民の窮屈な生活~劣悪な住宅事情
  11. 37. 香港の“街並み景観”に歴史あり~租借地と王領植民地の違い
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  13. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
  14. 34. “所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度
  15. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
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  17. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
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  19. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  20. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  21. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
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  24. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
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  30. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  31. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  32. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
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  46. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  47. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力