コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

これぞ「文明の利器」なる~王朝の誕生に会計あり

2024.10.05|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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浙江省紹興市の会稽山
この地で越王勾践は呉王夫差に敗北
「会計之恥」という四字熟語が生まれた
治水を行う禹を描いた後漢時代の画像石
山東省嘉祥県の武梁祠で発掘された
西暦151年ごろの作品
「大会」という言葉などの「会」という漢字は、中国の標準語「普通話」で「ホイ」(hui)と発音する。ただし、「会計」の「会」の字では、「クアイ」(kuai)という発音になる。

「会」という漢字を「クアイ」と発音するケースとしては、浙江省紹興市にたたずむ「会稽山」の「会」の字くらいしかない。

この会稽山は、山頂が海抜354メートルと、決して高くはないが、中国文明の始まりから天下に知られた名山だ。

中国で最初の王朝は、紀元前2000年ごろに誕生した夏王朝とされる。ただし、夏王朝は歴史書に記録が残っているものの、その実在を確実に証明するような考古学的物証を欠き、日本では「伝説の王朝」とされる。

この夏王朝を創始したのは、禹という人物。彼は13年の歳月を費やし、黄河の治水工事を成し遂げた。その功績により、伝説の帝王である舜は、禹に位を譲り、夏王朝が誕生。禹が崩御すると、息子の啓が王位を継承。血縁者が王位を継ぐ世襲君主制が始まった。

生前の禹は、治水工事のために各地をめぐり、その知識を基に、天下を九つの州に分けた。こうした禹の業績により、中国には夏王朝に由来する「華夏」や九つの州にちなんだ「九州」という別称がある。

禹が葬られた会稽山の大禹陵
紹興市越城区禹陵郷禹陵村
インカ帝国のキープ(結縄) 禹は会稽山を巡行した際に崩御したとされる。また、会稽山で禹が重大な祭祀を執り行ったという記録も残る。

この会稽山については、司馬遷が著した歴史書「史記」に「会稽とは会計なり」という記述がある。この山はもともと「茅山」や「苗山」といった名前だったが、この地で禹が諸侯と会合して、その業績を論じたことから、会計の意味を込め、会稽山に改名したという。

つまり、「会稽」と「会計」は、本来的に同じ意味。今日でも「会稽」と「会計」の「会」の字だけは、今日でも「クアイ」と発音し、そのほかの「会」(ホイ)と区別される。

このように、中国最初の王朝は、会計と大きな結びつきがあった。会計の歴史は古く、文字が発明される前から存在した。

中国には「結縄の政」という言葉がある。「結縄」とは文字を持たないインカ帝国で使われた「キープ」と同じものだ。縄に作った結び目の形状や個数で情報を記録し、これを使って国家を統治した。文字を発明する前の中国も、インカ帝国と同じであり、「老子」などの書物に、そうした記述がある。

太古の中国で政治に使われた結縄は、インカ帝国と同様に、財政収支や統計などを記録するのに不可欠なツールだったのだろう。

甲骨文字の数字
現代の漢数字の原形が垣間見える
夏王朝が崩壊すると、殷王朝の時代が到来した。殷王朝とは日本での呼称であり、中国では商王朝という。商王朝は政治に結縄ではなく、甲骨文字を使い、多くの記録を今日に伝える。そこには会計の記録も残っている。

一説によると、商王朝が崩壊すると、その国民、つまり商人は天下に散り、交易活動に携わった。これが「商人」という言葉の由来という。当然、商人たちは会計の知識も駆使しただろう。王朝の運営や商人の交易活動に使える会計は、まさに「文明の利器」だった。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は10/20公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 44. 民族の公認をめぐる試行錯誤~中国の民族政策におけるソ連の影響NEW!
  3. 43. 「あなたは何民族ですか?」~日本人と中国人の大きな違い
  4. 42. 洋の東西で同じ答えに~収斂進化した会計技術
  5. 41. これぞ「文明の利器」なる~王朝の誕生に会計あり
  6. 40. 商売の神様は実在した人物~彼が神たる理由とは?
  7. 39. 見た目は違うが、生まれは似ている~日本の「株式」と中国の「股份」
  8. 38. 香港市民の窮屈な生活~劣悪な住宅事情
  9. 37. 香港の“街並み景観”に歴史あり~租借地と王領植民地の違い
  10. 36. すべては英国王の手中に~英領香港の土地制度
  11. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
  12. 34. “所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度
  13. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
  14. 32. 香港裏社会に暗躍する三合会~返還後の表社会にも及ぶ影響力
  15. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
  16. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割
  17. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  18. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  19. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  20. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  21. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  22. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  23. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  24. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  25. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  26. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  27. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  28. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  29. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  30. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  31. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  32. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  33. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  34. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  35. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  36. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  37. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  38. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  39. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  40. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  41. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  42. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  43. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  44. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  45. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


バックナンバー
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