コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

見た目は違うが、生まれは似ている~日本の「株式」と中国の「股份」

2024.09.05|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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中国本土の株式会社は、社名の最後がもれなく「股份有限公司」となっている。この「股份」とは、株式という意味だ。

老中の水野忠邦
天保の改革で株仲間を解散
株仲間の構成員が所持した株札

江戸北町奉行だった遠山影元
「遠山の金さん」のモデル
株仲間の再興に尽力した
日本の「株式」は、江戸時代の「株仲間」に由来する。株仲間は同業の問屋によるカルテル組織。「株」を持つ問屋だけが、その構成員となれた。植物は一つの株から多くの枝や根が生える。その様子から、この言葉が組織と構成員を表すのに使われたのだろう。

一方、中国の「股份」は漢字だが、多くの日本人にとって意味が分からない。

ところが、明治時代には「股分」という言葉を使った日本人がいた。人偏はないが、「股份」と同じ意味だ。この言葉を使ったのは、幕末明治に活躍した箕作麟祥(みつくり・りんしょう)。1846年に生まれた箕作は、幼少から漢学、蘭学、英学などを学び、1867年にフランスに留学。帰国後の1874年にフランスの諸法典を訳した「仏蘭西法律書」を出版し、近代法典とは何かを当時の日本に知らしめた。

1896年に公布された「明治民法」は、フランス民法典を母体としており、箕作が「法律の元祖」と呼ばれるゆえんだ。

箕作は「憲法」や「不動産」など多くの漢語を創作した。これらの和製漢語は、いまの中国でも使われる。箕作は「仏蘭西法律書」の中で「股分」という漢語を使い、これに「ワケマイ」(分け前)という傍訓を付けた。

明治時代に創作された膨大な和製漢語は、現代中国語に取り入れられた。それゆえ、いまの中国で使われる「股份」も、箕作が創作した和製漢語のように思える。

箕作麟祥
(1891年撮影)
だが、事実は異なる。幕末の日本に西洋事情の情報をもたらしたのは、中国からの輸入書物だった。つまり、中国から日本へ新しい漢語「華製新漢語」が流入していた。

清朝末期の1862年に創設された北京の同文館は、外国語を操る人材を育成する教育機関。ここで活躍した米国人宣教師のウィリアム・マーティンは、国際法を中国語に翻訳し、1864年に「万国公法」を出版した。

この書物は幕末の日本に大きな影響を与え、坂本龍馬なども愛読。この中で使われた「国債」「現在」「国会」など、西洋の知識を吸収した華製新漢語は、いまの日本でも使われる。近現代の日中両国は、漢語という共通の書き言葉を通じ、互いに影響し合っていた。

ウィリアム・マーティン
中国語の「万国公法」を出版
幕末日本に影響を及ぼした
同文館ではフランス人の化学教師が、母国の諸法典を中国語に訳し、1880年に「法国律例」を出版。この書籍で「股分」という言葉が使われており、それを箕作も見たわけだ。つまり、「股分」は中国由来だった。

では、「股分」はフランス人が創作した華製新漢語なのかと言えば、それは違う。

中国では明王朝の時代から、山西商人が共同事業に「股分」という言葉を使用。銀貨の出資者には「銀股」、労働力の提供者には「身股」を割り当て、これらの「股分」に応じて利益を分配した。一本の縄などを構成する一筋一筋の糸を「股」ということから、これが共同事業の一部を表すようになったのだろう。同じ意味の「株式」と「股份」は、漢字こそ異なるが、言葉の成り立ちは似ている。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は9/20公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 44. 民族の公認をめぐる試行錯誤~中国の民族政策におけるソ連の影響NEW!
  3. 43. 「あなたは何民族ですか?」~日本人と中国人の大きな違い
  4. 42. 洋の東西で同じ答えに~収斂進化した会計技術
  5. 41. これぞ「文明の利器」なる~王朝の誕生に会計あり
  6. 40. 商売の神様は実在した人物~彼が神たる理由とは?
  7. 39. 見た目は違うが、生まれは似ている~日本の「株式」と中国の「股份」
  8. 38. 香港市民の窮屈な生活~劣悪な住宅事情
  9. 37. 香港の“街並み景観”に歴史あり~租借地と王領植民地の違い
  10. 36. すべては英国王の手中に~英領香港の土地制度
  11. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
  12. 34. “所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度
  13. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
  14. 32. 香港裏社会に暗躍する三合会~返還後の表社会にも及ぶ影響力
  15. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
  16. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割
  17. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  18. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  19. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  20. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  21. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  22. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  23. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  24. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  25. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  26. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  27. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  28. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  29. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  30. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  31. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  32. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  33. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  34. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  35. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  36. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  37. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  38. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  39. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  40. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  41. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  42. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  43. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  44. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  45. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


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  1. ~内藤証券アナリストが書く~
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  31. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
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