コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

商売の神様は実在した人物~彼が神たる理由とは?

2024.09.20|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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ローマの神君カエサル 実在する人物の神格化は、古代より洋の東西を問わずに行われた。西洋では古代のエジプト、ギリシャ、ローマなどで、君主や英雄が存命中や死後に、神として崇められた。

ローマ帝国では元老院の承認を経て、亡くなった皇帝を神格化することが多かった。

八百万神の国である日本は、今日も神格化が盛んだ。例えば、日光東照宮の主祭神「東照大権現」とは、神格化された徳川家康だ。近代では日露戦争で戦死した広瀬武夫・海軍中佐が神格化され、初の「軍神」となった。

万世橋駅前に存在した広瀬武夫中佐の銅像 日本の神格化は、人種や民族を問わない。ドイツ人細菌学者のコッホも神格化され、北里大学の「コッホ・北里神社」に鎮座する。

山口県下関市の中山神社には、1988年に「愛新覚羅社」が造営され、中国最後の皇帝の弟である愛新覚羅溥傑が祀られている。

ドイツ人のコッホを祀るコッホ・北里神社 中国人(満洲族)の溥傑を祀る愛新覚羅社

マレーシア・クアラルンプールの関帝廟 仏教の伽藍菩薩として祀られる関羽
台湾澎湖県の大池西林寺
儒教では武聖人の関羽(左)
文聖人の孔子(右)に並ぶ聖人とされる。
中国における実在した人物の神格化は、日本ほど多くはないが、漢民族の土着宗教である「道教」にみられる。中国で神として祀られる実在した人物のなかで、特に信仰が盛んなのが、「三国志」に登場する関羽だ。

関羽信仰は明王朝の時代に完成。悠久の中国史では最近のことだ。現代では中華圏だけではなく、世界各地の中華街に、関羽を祀る「関帝廟」が建てられている。関羽は建立された廟が最も多い中国の神と言えるだろう。

関羽の人気は他の宗教にも及び、儒教では「武聖人」として崇拝され、「文聖人」である孔子と肩を並べる。また、中国仏教やチベット仏教でも、日本の神仏習合のように、「護法神」「伽藍菩薩」などとして祀られる。

中国三大宗教である道教、儒教、仏教のすべてが、実在した人物である関羽を崇める。

では、関羽は何の神なのかと言えば、武将だから「武神」であるのは当然だが、商売の神である「財神」としての信仰の方が盛んだ。

では、なぜ関羽は財神なのか?幼少期の関羽は簿記や会計が得意だったという俗説があるが、根拠はなく、後世のこじつけだろう。

最も古い関帝廟は、宋王朝の時代に建てられた山西省陽泉市の「陽泉関王廟」とされる。

山西省は明王朝の時代から、中国で「晋商幇」と呼ばれる山西商人たちの根拠地。関羽信仰は山西商人に始まるといわれる。

山西商人は軍需物資の運送や塩の販売などで富を蓄積。清王朝の時代には金融業を支配した。貴重な商品を運ぶ山西商人たちは、盗賊の襲撃に備えて、武術の修練に励んだ。これが武神の関羽を崇拝する理由の一つだ。

山西省運城市の巨大な関羽像
本体は高さ61m、台座は19m
関羽の在世期間と独立した年齢に由来
運城市塩湖区解州鎮は関羽の故郷
関羽は山西商人にとって偉大な祖先
世界最大の関帝廟「解州関帝廟」もこの地にある。
もう一つの理由は、山西商人の独特な共同事業スタイル「東伙制度」にある。資力のある大商人たちは銀貨を拠出し合い、共同事業の持ち分である「銀股」を取得。経営は才覚がある人材たちに任せ、彼らには労働力を提供する見返りとして「身股」を割り当てた。共同事業の利益は、「銀股」や「身股」などの「股分」に応じて分配された。

血縁に頼らない東伙制度で、最も大事なのは信義だ。明王朝の時代には、関羽の信義の厚さが通俗小説「三国志演義」で知られていた。関羽のような信義こそ、商売には不可欠。これこそ関羽が財神である最大の理由だ。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は10/5公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 41. これぞ「文明の利器」なる~王朝の誕生に会計ありNEW!
  3. 40. 商売の神様は実在した人物~彼が神たる理由とは?
  4. 39. 見た目は違うが、生まれは似ている~日本の「株式」と中国の「股份」
  5. 38. 香港市民の窮屈な生活~劣悪な住宅事情
  6. 37. 香港の“街並み景観”に歴史あり~租借地と王領植民地の違い
  7. 36. すべては英国王の手中に~英領香港の土地制度
  8. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
  9. 34. “所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度
  10. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
  11. 32. 香港裏社会に暗躍する三合会~返還後の表社会にも及ぶ影響力
  12. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
  13. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割
  14. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  15. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  16. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  17. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  18. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  19. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  20. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  21. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  22. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  23. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  24. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  25. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  26. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  27. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  28. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  29. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  30. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  31. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  32. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  33. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  34. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  35. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  36. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  37. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  38. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  39. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  40. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  41. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  42. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 41. これぞ「文明の利器」なる~王朝の誕生に会計ありNEW!
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  12. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
  13. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割
  14. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
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  16. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
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  18. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  19. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
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  25. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
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  37. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  38. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
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  40. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  41. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  42. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力