コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

洋の東西で同じ答えに~収斂進化した会計技術

2024.10.20|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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ルカ・パチョーリの肖像画(1495年)
「近代会計学の父」と呼ばれる修道僧
彼は数学者でもあった
複式簿記はよる会計は、今や世界中で採用されている。この記帳法の起源をめぐっては諸説あるが、最も有力なのが13~15世紀ごろのイタリアで誕生したという説だ。

中国で最初に西洋の複式簿記を採用したのは、清王朝末期の1905年に設立された中国初の中央銀行「大清銀行」。近代化を進めるうえで、西洋の複式簿記は不可欠だった。

ただ、西洋式の会計を導入してからと言って、この分野で中国が劣っていたわけではない。中国にも独自に発展した記帳法があった。

「収斂進化」という言葉がある。系統の異なる生物同士でも、同じ環境で生きると、似たような器官や外見を備えるという意味だ。

イクチオサウルスの復元図
その姿はイルカに酷似
例えば、イクチオサウルスという海の恐竜は爬虫類であり、イルカは哺乳類だが、その外見は瓜二つ。これら二つの生物は、生態的地位が同じ。爬虫類と哺乳類という根本的な違いはあったが、同じ生態的地位に合わせて進化し、一つの最適解の姿にたどり着いた。

人間の社会活動や精神活動にも、どうやら収斂進化はあるらしい。独自に発展した中国の記帳法も、最終的には複式簿記だった。

日本でも知られた「量入為出」(入るを量りて出ずるを為す)とは、儒教の経典「礼記」にある言葉。このように春秋時代には、収入を「入」、支出を「出」、残高を「余」という一文字で表現する記帳法が誕生していた。

この「入」「出」「余」の三本柱からなる単式簿記は、「三柱法」と呼ばれる。

四柱法の会計記録
舊管(旧管)、新収、開除、實在(実在)の文字が見える
唐王朝の時代になると、「旧管」(前期残高)、「新収」(当期収入)、「開除」(当期支出)、「実在」(当期残高)で構成される「四柱法」が誕生。これが宋王朝の時代に普及した。

明王朝の中期には「三脚帳法」が誕生。現金収支のある取引では、相手方の勘定一つだけを記録し、それ以外は貸方と借方の二つを記したことから、この名がついた。これは単式簿記に複式簿記が混じった記帳法だった。

明王朝の時代に台頭した山西商人は、三脚帳法を基礎に「竜門帳法」を生み出した。これは「進」(収入)、「繳」(支出)、「存」(債権を含む資産)、「該」(受入出資金を含む負債)で構成。原因と結果という取引の二面性に着眼し、貸借平均の原理に基づいて記帳しており、その基本原理は複式簿記と同じだ。「進>繳」あるいは「存>該」であれば、決算は黒字であり、二つの基準で損益を判断できた。

中国独自の貸借対照表「存除結冊」
左に「天地符合」とある
清王朝の時代には「四脚帳法」が誕生。この名は、「現金収支のある取引と債権債務の取引という二つの形態に、それぞれ備わる貸方と借方の二面性」という四つの立脚点に由来。決算時には「収」(収入)と「付」(費用)を列記した損益計算書の「彩項結冊」を作成した。また、貸借対照表の「存除結冊」も作成。これは表を横線で上方の「天」と下方の「地」に分け、貸方と借方を列記し、天と地を一致させるというバランスシートだった。

このように文明の利器である会計は、世界の東西で個別に発展し、複式簿記という同じ答えにたどり着いた。まさに「収斂進化」だ。グローバル化が進んだ今日では、各国の会計が国際会計基準に収斂しようとしている。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は11/5公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 44. 民族の公認をめぐる試行錯誤~中国の民族政策におけるソ連の影響NEW!
  3. 43. 「あなたは何民族ですか?」~日本人と中国人の大きな違い
  4. 42. 洋の東西で同じ答えに~収斂進化した会計技術
  5. 41. これぞ「文明の利器」なる~王朝の誕生に会計あり
  6. 40. 商売の神様は実在した人物~彼が神たる理由とは?
  7. 39. 見た目は違うが、生まれは似ている~日本の「株式」と中国の「股份」
  8. 38. 香港市民の窮屈な生活~劣悪な住宅事情
  9. 37. 香港の“街並み景観”に歴史あり~租借地と王領植民地の違い
  10. 36. すべては英国王の手中に~英領香港の土地制度
  11. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
  12. 34. “所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度
  13. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
  14. 32. 香港裏社会に暗躍する三合会~返還後の表社会にも及ぶ影響力
  15. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
  16. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割
  17. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  18. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  19. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  20. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  21. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  22. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  23. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  24. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  25. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  26. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  27. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  28. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  29. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  30. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  31. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  32. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  33. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  34. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  35. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  36. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  37. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  38. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  39. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  40. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  41. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  42. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  43. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  44. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  45. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
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  3. 43. 「あなたは何民族ですか?」~日本人と中国人の大きな違い
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  31. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
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  45. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力