コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

“割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興

2024.07.05|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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北京市の単位が従業員に割り当てた住宅
「筒子楼」というタイプの集合住宅
低コスト多人数収容型で、住環境は悪い
1978年12月に改革開放が始まる前の中国本土では、都市の住宅とは売買できる“私有財産”ではなく、勤務先の“単位”から従業員へ割り当てられる“公有財産”だった。

“単位”とは、中国の政府機関や国有企業などを意味する言葉だ。単位は職場の運営だけではなく、住宅、食堂、病院、学校などを建設し、従業員の私生活も面倒を見る。都市住民は何らかの単位に所属。結婚や旅行にも単位からの許可が必要だった。中国の国有企業などの単位は、西側諸国の“会社”のような営利団体ではなく、“特殊な共同体”と言えよう。

単位が住宅を建設しないことには、従業員は住む場所もない。しかし、改革開放前の地方政府や単位は資金に余裕がなく、住宅建設は停滞し、人々の住環境は悪化の一途だった。

農村や都市郊外では、一定の要件と基準を満たせば、自己資金での住宅建設が可能であり、それが主流だった。一部の都市では、この手法を単位が利用し、急場をしのいだ。

東湖新村
中華人民共和国で初の“買える住宅”
改革開放が始まると、黒字主体である家計の資金を活用することで、住宅問題を解決する方法が模索された。広東省広州市の東山区は、“東湖新村”という集合住宅群を建設することで、1979年10月に香港企業と契約。東山区が土地とインフラを提供する一方、香港企業が資金や建設を請け負った。個人でも購入可能な住宅が建設されるのは、これが改革開放後で初の出来事であり、分譲住宅を意味する“商品房”という新しい言葉が生まれた。

広東省深圳市では1980年1月に改革開放後で初の不動産デベロッパーである“深圳経済特区房地産公司”(深房集団)が誕生。広州の“東湖新区”と同じ方式で香港企業と契約し、集合住宅群の建設を始めた。

こうした改革開放の実践を背景に、1980年4月に鄧小平は、“都市住民は住宅の購入、建設、売却ができる”と発言。同年6月に中国政府は“住宅の商品化”を正式に始めた。

憲法十条を改正した第7期全人代第1回会議
(1988年4月13日)
違憲の疑いがあった土地使用権の取引を改憲で追認
1987年12月に深圳市で中国初となる土地使用権の競売が実施され、深房集団が落札した。この現実を追認するかたちで、1988年4月に憲法十条が改正され、“土地使用権は法律に基づき譲渡できる”という一文を追加。“土地の商品化”も始まった。この時期の中国では、課題解決の試みが優先され、それが成功すれば法整備されるという状況だった。

1991年5月に上海市は市民の住宅購入を促すため、シンガポールの中央積立基金(CPF)を参考に、“住宅積立金”(住房公積金)を導入。やがて全国に普及した。

1998年7月に都市住宅制度の改革が発表されると、住宅は割当品ではなく、完全に商品となった。こうして、住宅市場の高成長期が到来。経済成長と所得向上、それに投機熱も加わり、住宅価格は高騰した。

住宅問題の解決は、民間の資金を当てにすることが原点だった。その結果、個人が経営する民営企業が次々と住宅産業に参入し、雇用の受け皿となった。住宅産業は裾野が広く、経済波及効果も大きい。住宅事情は人々の身近な問題でもある。それゆえ中国政府はいつも住宅市場の動向に神経をとがらせている。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は7/20公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 44. 民族の公認をめぐる試行錯誤~中国の民族政策におけるソ連の影響NEW!
  3. 43. 「あなたは何民族ですか?」~日本人と中国人の大きな違い
  4. 42. 洋の東西で同じ答えに~収斂進化した会計技術
  5. 41. これぞ「文明の利器」なる~王朝の誕生に会計あり
  6. 40. 商売の神様は実在した人物~彼が神たる理由とは?
  7. 39. 見た目は違うが、生まれは似ている~日本の「株式」と中国の「股份」
  8. 38. 香港市民の窮屈な生活~劣悪な住宅事情
  9. 37. 香港の“街並み景観”に歴史あり~租借地と王領植民地の違い
  10. 36. すべては英国王の手中に~英領香港の土地制度
  11. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
  12. 34. “所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度
  13. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
  14. 32. 香港裏社会に暗躍する三合会~返還後の表社会にも及ぶ影響力
  15. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
  16. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割
  17. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  18. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  19. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  20. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  21. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  22. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  23. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  24. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  25. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  26. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  27. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  28. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  29. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  30. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  31. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  32. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  33. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  34. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  35. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  36. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  37. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  38. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  39. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  40. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  41. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  42. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  43. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  44. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  45. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


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  13. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
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