コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

同族意識と連帯感はそれほどでも~二つのモンゴルの違い

2025.01.20|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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左はモンゴル人民党を結成したスフバートル
右はソビエト連邦のレーニン(右)と
両者の友好関係を強調したソ連の宣伝画
実際に両者が会談したことはない
モンゴル国(モンゴル・オルス)の前身である「モンゴル人民共和国」は、世界で2番目の社会主義国であり、1991年まで70年近くソビエト連邦の衛星国だった。

一方、中国の内モンゴル自治区(内モンゴル)は、中華人民共和国が誕生する前の1947年に発足し、社会主義国の一部となった。

遊牧民族の社会主義化は、カール・マルクスの理論や予想を超越した現実だった。

これら「二つのモンゴル」は、同じ社会主義の道を歩んだが、その有り様は別物だった。

3種類の文字による「モンゴル国」の表記
中国語簡体字
モンゴル語キリル文字(ロシア文字)
モンゴル語フドゥム(モンゴル文字)
フドゥムは縦書きしかできない
モンゴル国のモンゴル人は、ハルハ部という大部族が中心であり、文化は比較的均質。公用語のモンゴル語もハルハ方言を標準とし、ソ連の影響でロシア語と同じキリル文字で表記する。外国人が学習するモンゴル語は、キリル文字のハルハ方言が一般的だ。

一方、内モンゴルは漢民族が人口の8割を占め、モンゴル人は2割。しかし、モンゴル人の数は、モンゴル国よりも内モンゴルの方が、はるかに多い。内モンゴルのモンゴル人は、チャハル部やオルドス部などの諸部族からなり、文化も多様。公用語は中国語のほか、チャハル方言を標準とするモンゴル語。表記には伝統のモンゴル文字(フドゥム)を使う。

モンゴル国の首都ウランバートル(人口:約170万人)
中心地は住居費が高いため、郊外にはゲル(移動式テント)も点在
ハルハ方言とチャハル方言は差が小さく、互いに意思疎通可能だが、文字の違いから、文章によるコミュニケーションは難しい。

キリル文字が普及しているモンゴル国だが、2025年までにモンゴル文字を全面復活させる方針だ。しかし、モンゴル文字は縦書きしかできず、キリル文字との併記や情報機器への対応が大問題。作業は難航している。

内モンゴルの首府フフホト市(人口:約350万人) フフホト市の旧市街にある商店街
看板にはフドゥムと中国語を並記
一方、内モンゴルは漢民族が大多数の社会であり、モンゴル語を話せないモンゴル人もいる。モンゴル人と漢民族の夫婦の子では、進学などの優遇政策を目的に、「モンゴル族」として戸籍登録することが多いが、そうした家庭では中国語で会話するのが一般的だ。

モンゴル人と言えば遊牧民を連想するが、現代では本場のモンゴル国でも人口の1割ほど。二つのモンゴルの経済は、いずれも工業とサービス業が中心だ。ただ、経済の格差は大きく、2022年の名目GDP(国内・域内総生産)は、内モンゴルがモンゴル国の約20倍で、1人あたりGDPでも約2.9倍だった。

中国は1978年の改革開放政策で経済の市場化が進展。内モンゴルは資源採掘や工業への投資を背景に、2000年代に全国一の高成長を遂げた。一方、モンゴル国は1991年のソ連崩壊まで計画経済の社会主義国だった。

交通渋滞が深刻なウランバートル市 1992年にモンゴル人民革命党の一党独裁と社会主義を放棄し、市場経済化を進めたが、急激な物価高騰や失業率の上昇に見舞われ、貧富の差も拡大した。モンゴル国の経済は銅、石炭、金など豊富な鉱物資源に依存。海外の景気や商品相場に翻弄される。また、資源依存は産業の発展を遅らせる「資源の呪い」や放漫財政、政治腐敗の温床という指摘もある。

こうした歴史を背景に、二つのモンゴルは血統や文化の相違と経済格差から、時には互いに「ロシアの属国」「中国の属領」と反目。実は同族意識や連帯感が薄かったりする。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は2/5公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 48. 同族意識と連帯感はそれほどでも~二つのモンゴルの違い NEW!
  3. 47. モンゴル独立をめぐる攻防~中露両国に翻弄された歴史
  4. 46. モンゴル国と内モンゴル自治区~二つのモンゴルの起源
  5. 45. 信仰で区別された特異な少数民族~中国の回族とは?<
  6. 44. 民族の公認をめぐる試行錯誤~中国の民族政策におけるソ連の影響
  7. 43. 「あなたは何民族ですか?」~日本人と中国人の大きな違い
  8. 42. 洋の東西で同じ答えに~収斂進化した会計技術
  9. 41. これぞ「文明の利器」なる~王朝の誕生に会計あり
  10. 40. 商売の神様は実在した人物~彼が神たる理由とは?
  11. 39. 見た目は違うが、生まれは似ている~日本の「株式」と中国の「股份」
  12. 38. 香港市民の窮屈な生活~劣悪な住宅事情
  13. 37. 香港の“街並み景観”に歴史あり~租借地と王領植民地の違い
  14. 36. すべては英国王の手中に~英領香港の土地制度
  15. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
  16. 34. “所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度
  17. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
  18. 32. 香港裏社会に暗躍する三合会~返還後の表社会にも及ぶ影響力
  19. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
  20. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割
  21. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  22. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  23. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  24. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  25. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  26. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  27. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  28. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  29. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  30. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  31. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  32. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  33. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  34. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  35. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  36. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  37. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  38. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  39. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  40. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  41. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  42. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  43. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  44. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  45. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  46. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  47. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  48. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  49. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 48. 同族意識と連帯感はそれほどでも~二つのモンゴルの違い NEW!
  3. 47. モンゴル独立をめぐる攻防~中露両国に翻弄された歴史
  4. 46. モンゴル国と内モンゴル自治区~二つのモンゴルの起源
  5. 45. 信仰で区別された特異な少数民族~中国の回族とは?<
  6. 44. 民族の公認をめぐる試行錯誤~中国の民族政策におけるソ連の影響
  7. 43. 「あなたは何民族ですか?」~日本人と中国人の大きな違い
  8. 42. 洋の東西で同じ答えに~収斂進化した会計技術
  9. 41. これぞ「文明の利器」なる~王朝の誕生に会計あり
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  11. 39. 見た目は違うが、生まれは似ている~日本の「株式」と中国の「股份」
  12. 38. 香港市民の窮屈な生活~劣悪な住宅事情
  13. 37. 香港の“街並み景観”に歴史あり~租借地と王領植民地の違い
  14. 36. すべては英国王の手中に~英領香港の土地制度
  15. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
  16. 34. “所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度
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  22. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  23. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
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  25. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  26. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
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  30. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  31. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  32. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  33. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  34. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  35. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
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  40. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  41. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  42. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
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  45. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  46. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
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