コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

モンゴル独立をめぐる攻防~中露両国に翻弄された歴史

2025.01.05|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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1820年の清王朝
水色の領域は外蒙古、緑色は内蒙古、薄黄色は間接統治の藩部
清王朝はゴビ砂漠の南北でモンゴル人の土地を区別。17世前半に統治下に置いた南側を「内蒙古」として厚遇した一方、17世紀後半まで独立していた北側を「外蒙古」として処遇した。

外蒙古はハルハ部という大部族が中心。一方、内蒙古は複数の大部族が割拠するうえ、漢民族の方が多い。二つのモンゴルには、清王朝の時代から大きな違いがあった。

ハンダドルジ ロシア訪問中の外蒙古貴族使節団
1911年7月

清王朝は20世紀に入ると近代化を模索し、その影響は外蒙古にも及んだ。外蒙古の社会は激変し、ハルハ部のジャサク(貴族)たちは清王朝の新たな政治に不満を抱いた。

こうした貴族の一人だったハンダドルジは、外蒙古の独立を構想。密かにロシア帝国を訪問し、独立への後ろ盾を確保した。

辛亥革命が勃発すると、準備万端だったハルハ部の貴族たちは、1911年末に独立を宣言。モンゴル人が信仰するチベット仏教の化身ラマ(活仏)であるジェプツンダンパ8世を皇帝とする「大モンゴル国」を建国した。

ボグド・ハーン ジェプツンダンパ8世は「ボグド・ハーン」(聖なる皇帝)と呼ばれ、神権政治を敷いた。これに内蒙古の貴族たちも呼応し、外蒙古からの軍隊が進駐。だが、ロシア帝国からの撤退要請や清王朝の継承国である中華民国の反撃に遭い、内蒙古との合併は頓挫した。

1915年にロシア帝国と中華民国は「キャフタ条約」を締結。外蒙古の独立は取り消され、「ボグド・ハーン政権」の自治だけを承認。外蒙古を藩属国とする中華民国の宗主権は承認されたが、主権は認められなかった。この結果に中華民国は大きな不満を抱いた。

外蒙古に侵攻した中華民国軍とモンゴル貴族 外蒙古を支配した白軍のロマン・ウンゲルン ボグド・ハーン政権は1917年のロシア革命で後ろ盾を失うと、1919年に中華民国の侵攻を受けて崩壊した。ところが、そこに旧ロシア帝国の白軍が侵攻し、中華民国の軍隊を駆逐。ボグド・ハーン政権を傀儡として復活させ、白軍による苛烈な支配体制を敷いた。

白軍に反抗するモンゴル人の民族主義者や社会主義者の「モンゴル人民党」は、ロシア革命を進める赤軍に支援を要請。1921年に赤軍の後ろ盾で、ボグド・ハーンを君主とする立憲君主制の大モンゴル国が復活した。この2度目の独立に中華民国は猛抗議した。

ボグド・ハーンが1924年に崩御すると、立憲君主制は廃止され、世界で2番目の社会主義国「モンゴル人民共和国」が誕生。モンゴルはソビエト連邦の衛星国と化した。

一方、内蒙古では日中戦争中に日本の傀儡政権が樹立されたが、戦後は中国共産党が支配。1947年に内モンゴル自治区が誕生した。

華民国はソ連との友好関係の樹立を機に、1946年に外蒙古の独立を承認。1949年に誕生した中華人民共和国は、中華民国の継承国であると宣言し、同じく独立を承認した。

1966年刊行の中華民国の地図
台湾周辺しか実効支配していないが、外蒙古を含む領土を主張
だが、中華民国は国共内戦に敗れ、台湾に移転すると、1953年に独立承認を撤回。外蒙古も中華民国の領土と主張した。

モンゴル人民共和国は冷戦終結直後の1992年にモンゴル国に改称し、社会主義を放棄。2002年には中華民国が独立を再承認。ようやく中露両国の影響から抜けつつある。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は1/20公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 48. 同族意識と連帯感はそれほどでも~二つのモンゴルの違い NEW!
  3. 47. モンゴル独立をめぐる攻防~中露両国に翻弄された歴史
  4. 46. モンゴル国と内モンゴル自治区~二つのモンゴルの起源
  5. 45. 信仰で区別された特異な少数民族~中国の回族とは?<
  6. 44. 民族の公認をめぐる試行錯誤~中国の民族政策におけるソ連の影響
  7. 43. 「あなたは何民族ですか?」~日本人と中国人の大きな違い
  8. 42. 洋の東西で同じ答えに~収斂進化した会計技術
  9. 41. これぞ「文明の利器」なる~王朝の誕生に会計あり
  10. 40. 商売の神様は実在した人物~彼が神たる理由とは?
  11. 39. 見た目は違うが、生まれは似ている~日本の「株式」と中国の「股份」
  12. 38. 香港市民の窮屈な生活~劣悪な住宅事情
  13. 37. 香港の“街並み景観”に歴史あり~租借地と王領植民地の違い
  14. 36. すべては英国王の手中に~英領香港の土地制度
  15. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
  16. 34. “所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度
  17. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
  18. 32. 香港裏社会に暗躍する三合会~返還後の表社会にも及ぶ影響力
  19. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
  20. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割
  21. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  22. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  23. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  24. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  25. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  26. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  27. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  28. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  29. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  30. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  31. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  32. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  33. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  34. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  35. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  36. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  37. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  38. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  39. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  40. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  41. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  42. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  43. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  44. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  45. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  46. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  47. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  48. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  49. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 48. 同族意識と連帯感はそれほどでも~二つのモンゴルの違い NEW!
  3. 47. モンゴル独立をめぐる攻防~中露両国に翻弄された歴史
  4. 46. モンゴル国と内モンゴル自治区~二つのモンゴルの起源
  5. 45. 信仰で区別された特異な少数民族~中国の回族とは?<
  6. 44. 民族の公認をめぐる試行錯誤~中国の民族政策におけるソ連の影響
  7. 43. 「あなたは何民族ですか?」~日本人と中国人の大きな違い
  8. 42. 洋の東西で同じ答えに~収斂進化した会計技術
  9. 41. これぞ「文明の利器」なる~王朝の誕生に会計あり
  10. 40. 商売の神様は実在した人物~彼が神たる理由とは?
  11. 39. 見た目は違うが、生まれは似ている~日本の「株式」と中国の「股份」
  12. 38. 香港市民の窮屈な生活~劣悪な住宅事情
  13. 37. 香港の“街並み景観”に歴史あり~租借地と王領植民地の違い
  14. 36. すべては英国王の手中に~英領香港の土地制度
  15. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
  16. 34. “所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度
  17. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
  18. 32. 香港裏社会に暗躍する三合会~返還後の表社会にも及ぶ影響力
  19. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
  20. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割
  21. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  22. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  23. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  24. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  25. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  26. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  27. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  28. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  29. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  30. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  31. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  32. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  33. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  34. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  35. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  36. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  37. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  38. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  39. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  40. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  41. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  42. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  43. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  44. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  45. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  46. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  47. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  48. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  49. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力