コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点

2024.06.05|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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講談などで有名な清水次郎長
本名は山本長五郎
吉田磯吉
近代ヤクザの祖
大礼服姿の小泉又次郎
濱口内閣で逓信大臣に就任
2009年3月の第11期全国人民代表大会第二回会議
向かって後列右から周永康、左隣は李克強・副首相、習近平・国家副主席
前列中央は胡錦涛・国家主席、左隣は温家宝・首相
役職は当時のもの
急速な近代化や経済発展にともなう労働力需要は、新たな犯罪組織が勃興する契機となる。日本では明治時代がそうだった。

明治時代の前から日本のヤクザ者には、賭場を資金源とする「博徒系」と露天商を営む「的屋系」という二つの系統があった。

博徒系のヤクザは「渡世人」などと呼ばれ、その縄張りは「島」という。「天照大神」を祀り、その倫理観は「任侠道」。有名な清水次郎長や国定忠治などが、これに当たる。現代の住吉会や稲川会は、博徒系の暴力団だ。

一方、的屋系のヤクザは「稼業人」などと呼ばれ、その縄張りは「庭場」という。中国由来の「神農」を祀ることから、的屋業界は「神農界」とも呼ばれ、その倫理観は「神農道」。実在の人物ではないが、映画「男はつらいよ」の車寅次郎は、的屋系のヤクザ者だ。現代では極東会が、的屋系の暴力団だ。

明治時代の日本で近代化が進むと、新しいタイプのヤクザ組織が出現した。明治時代の北九州では、筑豊炭田からの石炭を舟で運ぶ水運業が盛んとなり、「近代ヤクザの祖」と呼ばれる吉田磯吉が台頭。肉体労働者への需要が高まったことで、荒くれ者をまとめる吉田磯吉のような親分肌の人物が、時に組織暴力をちらつかせるような実業家となった。

日本最大の暴力団である神戸の山口組も、元はと言えば、沖仲仕(船内荷役労働者)を集めた山口春吉が創始者。肉体労働者の斡旋組織を原点とするのが、近代ヤクザの特徴だ。

近代ヤクザの祖である吉田磯吉は、1915年に衆議院議員に当選。こうした親分の政界進出は珍しくなく、小泉純一郎・元首相の祖父である小泉又次郎が有名。横須賀軍港への労働者派遣で頭角を現した小泉又次郎は、1929年に入閣。「いれずみ大臣」と呼ばれた。

労働力需要を背景に暴力団が誕生するメカニズムは、中国にも当てはまる。例えば、清王朝の時代から中国の裏社会で暗躍した「青幇」と呼ばれる犯罪組織は、大運河で働く江南地方の水運労働者から誕生した。

1978年12月に始まった改革開放政策は、中国経済を世界2位に押し上げる原動力となった一方で、「黒社会」と呼ばれる犯罪組織が生まれる土壌となった。例えば、黒竜江省ハルビンでは喬四という人物が台頭。組織暴力を背景に、再開発用地の住民移転を“円滑”に進めることから、地元政府や開発業者と親密になり、やがて犯罪組織の首領となった。河南省鄭州では宋留根という人物が、組織暴力を背景に、地元の陸運業を独占した。

こうした黒社会の人物を時には中国共産党の幹部が利用。四川省の劉漢は有名な実業家だったが、その正体は殺人も厭わない犯罪組織の首領。この劉漢を庇護していたのは、中央政治局常務委員を務めた周永康だった。

こうした状況を背景に、中国政府は黒社会の撲滅を推進。2021年3月までの3年間で、3644つの犯罪組織を壊滅させ、24万人弱に上る容疑者を逮捕したという。

だが、黒社会の人口は百万人を超えるという研究結果もある。中国政府と黒社会の戦いは、まだまだ続きそうだ。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は6/20公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 44. 民族の公認をめぐる試行錯誤~中国の民族政策におけるソ連の影響NEW!
  3. 43. 「あなたは何民族ですか?」~日本人と中国人の大きな違い
  4. 42. 洋の東西で同じ答えに~収斂進化した会計技術
  5. 41. これぞ「文明の利器」なる~王朝の誕生に会計あり
  6. 40. 商売の神様は実在した人物~彼が神たる理由とは?
  7. 39. 見た目は違うが、生まれは似ている~日本の「株式」と中国の「股份」
  8. 38. 香港市民の窮屈な生活~劣悪な住宅事情
  9. 37. 香港の“街並み景観”に歴史あり~租借地と王領植民地の違い
  10. 36. すべては英国王の手中に~英領香港の土地制度
  11. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
  12. 34. “所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度
  13. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
  14. 32. 香港裏社会に暗躍する三合会~返還後の表社会にも及ぶ影響力
  15. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
  16. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割
  17. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  18. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  19. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  20. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  21. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  22. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  23. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  24. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  25. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  26. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  27. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  28. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  29. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  30. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  31. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  32. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  33. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  34. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  35. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  36. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  37. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  38. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  39. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  40. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  41. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  42. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  43. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  44. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  45. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
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  2. 44. 民族の公認をめぐる試行錯誤~中国の民族政策におけるソ連の影響NEW!
  3. 43. 「あなたは何民族ですか?」~日本人と中国人の大きな違い
  4. 42. 洋の東西で同じ答えに~収斂進化した会計技術
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  11. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
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  13. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
  14. 32. 香港裏社会に暗躍する三合会~返還後の表社会にも及ぶ影響力
  15. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
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  17. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  18. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  19. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  20. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
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  25. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
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  29. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
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  31. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  32. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
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  45. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力