コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

モンゴル国と内モンゴル自治区~二つのモンゴルの起源

2024.12.20|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

このページをシェアする:

モンゴル国(ピンク色)と内モンゴル自治区(赤色) 世界で2番目に広い内陸国「モンゴル国」は、中国の「内モンゴル自治区」(内モンゴル)に接している。面積はモンゴル国が世界18位の157万㎢。内モンゴルは118万㎢で、世界25位のコロンビアよりも広い。

2020年の人口は、モンゴル国が328万人で、大部分がモンゴル人。モンゴル国は人口密度が世界一低い国家だ。一方、内モンゴルは2400万人で、うち漢民族が79%を占め、モンゴル人は18%の428万人に過ぎないが、モンゴル国よりも100万人ほど多い。

これら「二つのモンゴル」は、民族分断の悲劇を連想させるが、そんな単純な話ではない。二つのモンゴルの背景には、部族間の抗争が絶えなかったモンゴル人の歴史がある。

14世紀初頭のモンゴル帝国
緑色は中国を支配した元王朝
黄色はキプチャク・ハン国、紫色はイル・ハン国
灰色はチャガタイ・ハン国
モンゴル人は13世紀にユーラシア大陸の大部分を征服。広大な「モンゴル帝国」を築き、その一部である元王朝が中国を統治した。

14世紀の半ばに漢民族の明王朝が勃興すると、モンゴル人は中国から撤退。モンゴル高原で元王朝(北元)を存続させ、チンギス・ハーンの末裔がハーン(皇帝)の位を継いだ。

だが、ハーンの擁立をめぐり、モンゴル人の諸部族が分裂抗争を開始。そこに明王朝も参戦し、モンゴル高原は大混乱となった。

15世紀の東アジア勢力図 15世紀末に即位したダヤン・ハーンは、モンゴル高原を再統一。諸部族をハルハ部やチャハル部など6つのトゥメン(万人隊)に再編成し、「中興の祖」と呼ばれる。

17世紀に入ると、ツングース系民族「女真」(ジュシェン)が、中国東北地方に「金国」(アイシン・グルン)を建国。チャハル部は1635年に金国の第二代ハーンであるホンタイジに降伏し、元王朝の御璽を献上した。

ピンク色の領域はチャハル部を征服した時点の金国
ピンク色と緑色の境界線で。モンゴルが内外で分けられた
モンゴル人のハーンを兼ねたホンタイジは、翌年に国号を「大清国」(ダイチン・グルン)に改め、民族名も「満洲」(マンジュ)に変更し、清王朝が誕生。ゴビ砂漠以南のモンゴル人を清王朝は統治した。指導者を失ったチャハル部などは、皇帝が直接支配する「内属蒙古」となった。一方、皇帝に臣従する世襲の領主やジャサク (貴族)がいる諸部族は、「外藩蒙古」と呼ばれた。一方、ハルハ部は清王朝の朝貢国になることで独立を保った。

ハルハ部は17世紀後半に北方からロシア帝国の侵入を受ける。さらに、西方のジュンガル帝国に侵攻され、ハルハ部はモンゴル高原から駆逐された。清王朝はハルハ部を助けるため、ロシア帝国と国境条約を締結し、ジュンガル帝国を討伐した。ハルハ部は故地に帰還し、清王朝に臣従。ゴビ砂漠以北も清王朝の外藩蒙古に加わった。清王朝は従来からの外藩蒙古を「内蒙古」、ハルハ部を「外蒙古」と区別。二つのモンゴルの基礎となった。

ジュンガル帝国を討伐するため、モンゴル高原で野営する清軍 こうした歴史から、モンゴル国はハルハ部の国家だ。一方、内モンゴルは多様な部族の出身者が多く、漢民族との通婚も多い。同じモンゴルの名を冠しても、二つのモンゴルは大きく違い、民族分断の悲劇からはほど遠い。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は1/5公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 46. モンゴル国と内モンゴル自治区~二つのモンゴルの起源 NEW!
  3. 45. 信仰で区別された特異な少数民族~中国の回族とは?<
  4. 44. 民族の公認をめぐる試行錯誤~中国の民族政策におけるソ連の影響
  5. 43. 「あなたは何民族ですか?」~日本人と中国人の大きな違い
  6. 42. 洋の東西で同じ答えに~収斂進化した会計技術
  7. 41. これぞ「文明の利器」なる~王朝の誕生に会計あり
  8. 40. 商売の神様は実在した人物~彼が神たる理由とは?
  9. 39. 見た目は違うが、生まれは似ている~日本の「株式」と中国の「股份」
  10. 38. 香港市民の窮屈な生活~劣悪な住宅事情
  11. 37. 香港の“街並み景観”に歴史あり~租借地と王領植民地の違い
  12. 36. すべては英国王の手中に~英領香港の土地制度
  13. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
  14. 34. “所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度
  15. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
  16. 32. 香港裏社会に暗躍する三合会~返還後の表社会にも及ぶ影響力
  17. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
  18. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割
  19. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  20. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  21. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  22. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  23. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  24. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  25. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  26. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  27. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  28. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  29. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  30. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  31. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  32. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  33. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  34. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  35. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  36. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  37. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  38. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  39. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  40. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  41. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  42. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  43. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  44. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  45. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  46. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  47. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 46. モンゴル国と内モンゴル自治区~二つのモンゴルの起源 NEW!
  3. 45. 信仰で区別された特異な少数民族~中国の回族とは?<
  4. 44. 民族の公認をめぐる試行錯誤~中国の民族政策におけるソ連の影響
  5. 43. 「あなたは何民族ですか?」~日本人と中国人の大きな違い
  6. 42. 洋の東西で同じ答えに~収斂進化した会計技術
  7. 41. これぞ「文明の利器」なる~王朝の誕生に会計あり
  8. 40. 商売の神様は実在した人物~彼が神たる理由とは?
  9. 39. 見た目は違うが、生まれは似ている~日本の「株式」と中国の「股份」
  10. 38. 香港市民の窮屈な生活~劣悪な住宅事情
  11. 37. 香港の“街並み景観”に歴史あり~租借地と王領植民地の違い
  12. 36. すべては英国王の手中に~英領香港の土地制度
  13. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
  14. 34. “所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度
  15. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
  16. 32. 香港裏社会に暗躍する三合会~返還後の表社会にも及ぶ影響力
  17. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
  18. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割
  19. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  20. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  21. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  22. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  23. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  24. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  25. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  26. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  27. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  28. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  29. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  30. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  31. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  32. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  33. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  34. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  35. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  36. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  37. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  38. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  39. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  40. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  41. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  42. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  43. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  44. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  45. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  46. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  47. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力