コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

“所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度

2024.06.20|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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共産主義を標榜する中華人民共和国では、三大生産要素の筆頭格である土地が、国有あるいは集団所有となっている。個人所有の土地は存在しない。「中華人民共和国憲法」の第十条にも、“都市の土地は国家所有に属す”と明記されている。農村や都市郊外の土地は、国家所有の場所を除き、集団所有とされる。

国有地の使用権を証明する「国有土地使用証」
2015年に廃止され、現在は「不動産権証書」を使用
集団所有地使用権の「集体土地建設用地使用証」
集団所有地を非農業用に使用する場合に必要
中国で個人や法人は土地を所有できないが、土地使用権は有償で取得できる。これは定期借地権のような権利であり、最長存続期間は住宅地で70年、工業地で50年、商業地で40年。存続期間内は転売も可能だ。満期が到来すると、無償で政府に回収されることになるが、存続期間の延長を申請することも可能。土地の所有権はないが、不便もない。

こうした制度を背景に、中国企業が保有する土地とは“期限付きの権利”であり、“無形固定資産”として貸借対照表に計上され、“減価償却が必要”。一方、日本で土地は“減価償却が不要”な“有形固定資産”。日本人にとって中国の土地制度はかなり異質と言えよう。

“一所懸命の土地”という言葉に表されるように、昔の日本人にとって土地とは、“先祖から継承し、子孫に伝えるべき命よりも大切な財産”だった。こうした文化的認識を背景に、中国の土地制度を恐がる日本人は多い。

しかし、世界に目を向ければ、中国の土地使用権のような制度は多い。例えば、英国の土地利用形態は、“フリー・ホールド”と“リース・ホールド”に大きく分かれる。前者は日本での土地所有とほぼ同じ。後者は中国の土地使用権に相当し、こちらの方が一般的だ。

中国の土地使用権制度は歴史が浅い。1978年12月に改革開放が始まる前、中国の土地は政府によって計画的に管理され、公有財産として無償で分配されていた。

だが、改革開放が始まると、海外企業の工場建設などに便宜を図るため、土地を賃貸することが認められた。海外企業の誘致を目指す各地の地方政府は、土地の賃貸方法を各自で研究。こうして土地使用権の原型が出来上がり、やがて国内企業にも適用された。

中華人民共和国で初の土地使用権競売
(1987年12月1日)
深圳市の土地8588平米を525万元で落札
地方政府は一定基準を満たした企業に、所定の価格と期限で土地を賃貸していた。しかし、これでは土地の需給や適正価格が分からない。そこで、市場原理が取り入れられた。

1987年9月に広東省深圳市の地元政府は、企業との随意契約で決まった価格で、土地使用権を譲渡。さらに同年12月には土地使用権の競売を実施し、落札価格で譲渡した。

こうした深圳市の措置は、中国で初めての試みだったが、違憲の可能性が高かった。“いかなる組織や個人も、占有、売買、その他の形式で土地を違法に譲渡してはならない”と、憲法の十条に明記されていたからだ。

そこで、1988年4月に憲法を改正し、十条に“土地使用権は法律に基づき譲渡できる”という一文を加え、現実を追認した。

地方政府による土地使用権の有償譲渡は、随意契約で売却価格を決めるのが主流だったが、それが不正の温床となったため、今日では入札や競売しか許されない。この四十年あまりで、中国は土地制度も市場化が進んだ。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は7/5公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 39. 見た目は違うが、生まれは似ている~日本の「株式」と中国の「股份」 NEW!
  3. 38. 香港市民の窮屈な生活~劣悪な住宅事情
  4. 37. 香港の“街並み景観”に歴史あり~租借地と王領植民地の違い
  5. 36. すべては英国王の手中に~英領香港の土地制度
  6. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
  7. 34. “所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度
  8. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
  9. 32. 香港裏社会に暗躍する三合会~返還後の表社会にも及ぶ影響力
  10. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
  11. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割
  12. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  13. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  14. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  15. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  16. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  17. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  18. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  19. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  20. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  21. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  22. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  23. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  24. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  25. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  26. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  27. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  28. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  29. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  30. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  31. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  32. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  33. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  34. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  35. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  36. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  37. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  38. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  39. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  40. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


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  1. ~内藤証券アナリストが書く~
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  37. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
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