コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統

2024.05.05|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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サンフランシスコの慈公堂大楼
孫文も滞在した洪順堂の建物
香港には多くの犯罪組織が存在し、その歴史は長い。中国南部では清王朝の時代から、「天地会」と呼ばれる秘密結社が存在した。その目的は中国を征服した満州人の清王朝を転覆し、漢民族の明王朝を復興すること。天地会は明王朝の開祖である洪武帝にちなみ、「洪門」と呼ばれるようになった。

この「洪門」から18世紀に数々の分派が生まれた。江南の水運労働者から「青幇」が発足。四川では「哥老会」、広東では「三合会」が誕生。これらは“清王朝の三大秘密結社”と呼ばれた。「洪門」を源流とする秘密結社は、不法行為や犯罪に手を染めたが、中国革命の影の立役者でもあった。

サンフランシスコで開催した中国致公党の結党式(1925年) 華人労働者の移民先であるサンフランシスコで19世紀に結成された「洪順堂」は、「洪門」の流れをくむ組織。孫文の革命に協力し、1925年に「中国致公党」に改称した。

中国致公党の蒋作君・主席(2022年)
現任の全国政協・副主席
中国致公党は中華人民共和国で政党活動が許された八つの“民主党派”の一つとして現在も存続。一方、台湾の中華民国では、同門の「中華民族致公党」が活動している。

「洪門」の流れをくむ広東の「三合会」は、1842年に正式に発足した英領香港の華人社会に流入。香港政庁の英国人は「三合会」を“トライアド”という英語名で呼んだ。

広東省深圳市で開かれた宴会に警察部隊が突入
宴を催していたのは、香港から来た和勝和の幹部たち
中国本土の広東省も和勝和の活動圏内
(2013年3月)
現代の香港で三大犯罪組織の一角に数えられる「和勝和」は、1880年代に英領香港で発足した華人労働者の互助会「和安図」を起源とする。香港には「和」の字で始まる犯罪組織が多いが、それらは「和安図」の分派であり、まとめて「和字頭」と呼ばれる。

「和勝和」と並ぶ香港三大犯罪組織の一つである「14K」は、旧日本軍と中国国民党(国民党)が、誕生の背景にあった。

マカオ警察に逮捕された14Kの尹国駒(中央)
返還前のマカオで銃撃戦や爆弾テロで抗争を展開
警察幹部のバプティスタ(右)を狙い、逮捕された
(1998年)
戦時中に日本の傀儡だった汪精衛政権で軍事顧問を務めていた矢崎勘十・陸軍中将は、広東で「三合会」の活動が盛んなことに注目し、「洪門五洲華僑総会西南分会」を広州の西関宝華路14号に創設。この組織に中国人労働者を引き込んで、情報工作を展開した。

日本が降伏すると、中華民国の陸軍中将だった葛肇煌が、この組織を接収。「洪発山忠義会」に改称した。この組織が「14K」と呼ばれた。一説によると、「14」は本部の番地、「K」は国民党の頭文字を意味するという。

国民党が国共内戦に敗れると、葛肇煌は「14K」の構成員を率い、英領香港に移住。台湾から支援を受け、英領香港で反共工作活動を展開する一方、数々の犯罪に手を染めた。

「和勝和」「14K」と並ぶ犯罪組織の「新義安」も、出自は国民党だ。「義安」とは、広東の潮州地域の古称を意味する。創設者の向前は、香港で抗日運動を展開した中華民国の情報員であり、階級は少将だった。当初は「義安工商総会」の名義で活動していたが、1947年に香港政庁に犯罪組織と認定され、「新安公司」に名称を変更。これを機に「新義安」と呼ばれ、「和勝和」や「14K」と抗争した。

幹部の葬儀に参列した新義安の構成員たち 香港の三大犯罪組織は、いずれも「洪門」の伝統を継承し、秘密の儀式や掟などを有している。いまも香港社会で隠然たる勢力を保ち、その影響力は政財界にも及ぶという。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は5/20公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 44. 民族の公認をめぐる試行錯誤~中国の民族政策におけるソ連の影響NEW!
  3. 43. 「あなたは何民族ですか?」~日本人と中国人の大きな違い
  4. 42. 洋の東西で同じ答えに~収斂進化した会計技術
  5. 41. これぞ「文明の利器」なる~王朝の誕生に会計あり
  6. 40. 商売の神様は実在した人物~彼が神たる理由とは?
  7. 39. 見た目は違うが、生まれは似ている~日本の「株式」と中国の「股份」
  8. 38. 香港市民の窮屈な生活~劣悪な住宅事情
  9. 37. 香港の“街並み景観”に歴史あり~租借地と王領植民地の違い
  10. 36. すべては英国王の手中に~英領香港の土地制度
  11. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
  12. 34. “所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度
  13. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
  14. 32. 香港裏社会に暗躍する三合会~返還後の表社会にも及ぶ影響力
  15. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
  16. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割
  17. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  18. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  19. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  20. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  21. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  22. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  23. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  24. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  25. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  26. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  27. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  28. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  29. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  30. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  31. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  32. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  33. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  34. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  35. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  36. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  37. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  38. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  39. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  40. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  41. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  42. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  43. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  44. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  45. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


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