コラム・連載

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話

21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦

2024.04.05|text by 千原 靖弘(内藤証券投資調査部 情報統括次長)

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新疆料理チェーン「巴依老爺」のレストラン
経営者は阿依古麗・艾依提(アイギュル・ヘイト)
店内ではウイグル人も働いている。
新疆ウイグル自治区のウイグル人は1200万人弱。一方、ドイツのミュンヘンに拠点を置く世界ウイグル会議などの海外団体は、2000万~3000万人に達すると主張しているが、これを多くの学者は否定している。

米国では2018年から自治区内のウイグル人について、「少なくとも100万人、おそらくは300万人」が強制収容所に拘留されているという見解が広まっている。ただ、1200万人弱という自治区内のウイグル人の人口を考えると、誇大な数字という感は否めない。

綿花を摘む黒人奴隷とオーナーの白人
1881年制作の版画
米国南部でよく見られた光景
強制労働と言えば、この光景でもある。
ウイグル人は中国の主要都市にも住んでいる。米国で言われる拘留者数が本当なら、それは中国各地で暴動が発生するレベルだ。また、これだけの数を拘留すれば、消費や生産も停滞し、経済にも甚大な悪影響が表れる。

そうした指摘を考慮してなのだろうか、後にウイグル人が綿花栽培などの強制労働に従事させられているという主張が広まった。

米国は強制労働を防止するという見地から、新疆ウイグル自治区からの輸入を禁止。世界のサプライチェーンに影響を及ぼすようになった。ただ、誇大気味な拘留者数との“つじつま合わせ”のような強制労働の話も、冷静に考えれば疑問が残る。

そもそも、黒人奴隷を酷使した19世紀の米国南部と違い、21世紀は綿花栽培が高度に機械化。いまでは人海戦術の綿花栽培は、あまりにも高コストであり、極めて非効率だ。

2013年に撮影した新疆兵団の綿花農場
収穫機は米国からの輸入品
米国が喧伝する強制労働よりも低コスト・高効率
100万人以上を強制収容すれば、彼らの食費、光熱費、交通費のほか、施設の建設費や維持費、さらに管理者の人件費などが発生する。これらを極限まで削減しても、費用対効果は、機械作業に及ばないだろう。

自治区では過去に民族主義や独立運動を背景にテロ事件も発生しているので、危険人物の矯正施設が存在するのかもしれないが、そんな人々が100万人以上とは考えにくい。

反中国政府の活動家が主張する情報を西側諸国が都合よく活用し、対中制裁の大義名分としている可能性には注意が必要だ。

なお、自治区に住むのは、ウイグル人だけではない。人口の4割ほどは漢民族だ。また、周辺国の民族が国境を越え、中国の少数民族として自治区に定住しているケースもある。

アブドゥッレヒム・ヘイト氏
ウイグル人の詩人・音楽家
「彼が中国の収容所で拷問を受けて死亡」
「百万人のウイグル人が収容されている」
上記は2019年2月のトルコ政府の声明。
中国とトルコの関係が一時悪化した。
トルコ人とウイグル人は同じテュルク系民族
両民族の同胞意識は強い。
中国政府は彼の映像(上図)を公開して反論。
一方、「映像は捏造」と米国は指摘。
2019年7月にトルコ人記者が彼を訪問取材
死亡説は完全に否定された。
これも21世紀の情報戦の一つと言える。
例えば、オロス族と呼ばれる自治区の少数民族は、ロシア人を指す。このほかにも自治区の周辺国で多数を占めるカザフ族、キルギス族、モンゴル族、タジク族、ウズベク族なども暮らしている。彼らと周辺国との紐帯も強く、自治区内の民族事情は複雑だ。

自治区の周辺国は、19世紀に英国とロシアによる覇権争いの舞台となった。諜報活動や情報戦を展開した英露両国の抗争は、後に“グレート・ゲーム”と呼ばれた。

このグレート・ゲームはプレイヤーを変え、今日も続いている。中国が2013年に「一帯一路」を提唱すると、8カ国と国境を接する新疆ウイグル自治区は、地政学的な重要性が増した。中国の強大化と中露両国の関係強化を恐れる西側諸国は、ウイグル人をめぐる情報戦を展開。新疆ウイグル自治区は21世紀版グレート・ゲームの舞台と化している。

 

~内藤証券アナリストが書く~中国よもやま話
次回は4/20公開予定です。お楽しみに!

バックナンバー
  1. ~内藤証券アナリストが書く~
    中国よもやま話
  2. 44. 民族の公認をめぐる試行錯誤~中国の民族政策におけるソ連の影響NEW!
  3. 43. 「あなたは何民族ですか?」~日本人と中国人の大きな違い
  4. 42. 洋の東西で同じ答えに~収斂進化した会計技術
  5. 41. これぞ「文明の利器」なる~王朝の誕生に会計あり
  6. 40. 商売の神様は実在した人物~彼が神たる理由とは?
  7. 39. 見た目は違うが、生まれは似ている~日本の「株式」と中国の「股份」
  8. 38. 香港市民の窮屈な生活~劣悪な住宅事情
  9. 37. 香港の“街並み景観”に歴史あり~租借地と王領植民地の違い
  10. 36. すべては英国王の手中に~英領香港の土地制度
  11. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
  12. 34. “所有権はないが、不便もない”~中国本土の土地制度
  13. 33. 労働力需要で犯罪組織が誕生~明治日本と改革開放中国の共通点
  14. 32. 香港裏社会に暗躍する三合会~返還後の表社会にも及ぶ影響力
  15. 31. 香港犯罪組織の系譜~数百年に及ぶ「洪門」の伝統
  16. 30. なぜ犯罪組織が人気?~中国起源の任侠道が果たした社会的役割
  17. 29. 21世紀版のグレート・ゲーム~ウイグルをめぐる情報戦
  18. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
  19. 27. 新疆ウイグル自治区は東西交易の要衝~現代も続く「西域経営」
  20. 26. 東トルキスタン独立運動と西側諸国の連帯~ウイグル人が歩んだ歴史
  21. 25. 中国の街で目立つウイグル人~民族移動と人種的変容
  22. 24. チベット発展の秘策とは?~天国に最も近いタックス・ヘイブン
  23. 23. 神秘な世界の複雑な裏側~チベットの“化身ラマ制度”
  24. 22. 人を拒む神秘の地~異質で過酷なチベットの環境
  25. 21. 情報の真偽をめぐる混乱と論争~昔も今も中国は“遠い国”
  26. 20. 隋王朝に始まる中国経済の挑戦~言葉に映る南北の相違と一体化
  27. 19. 黄河文明と長江文明の融合と摩擦~中国の南北対立
  28. 18. 中国南北相違の原点~東アジアで異色な中国北部の小麦食
  29. 17. 漢字は同じでも、ひと味違う~複雑に絡み合う“麺料理”の概念
  30. 16. 現代中国の“漢服ルネサンス”~漢民族の服飾文化の探求
  31. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
  32. 14. 元々同じ圓が結ぶ奇妙な縁~東アジア一円の通貨
  33. 13. 誰もが彼らを無視できない~香港の摩天楼に潜む陰の実力者
  34. 12. 中国の人々を鼓舞する名曲~中国国歌の「義勇軍進行曲」
  35. 11. 伝統的バイオテクノロジーの傑作~茅台酒が高価な理由
  36. 10. 世界に目を向けよう~国際分散投資の魅力
  37. 09. なんでも漢字で表記~奥深い中国語名の世界
  38. 08. 自由を追い求める姿~中国の投資家たち
  39. 07. “口にすべし、楽しむべし”~中国的可楽世界
  40. 06. “いままで”と“これから”~EV投資をめぐる視点の違い
  41. 05. 株式市場を育てる順序~ミャンマーと中国の違い
  42. 04. 対中情報戦の犠牲者~王立強事件の空騒ぎ
  43. 03. 全国展開可能な中華料理~アメリカザリガニの恵み
  44. 02. 強烈すぎるこだわり~中華的な数の世界
  45. 01. イメージの先に在るもの~中国株投資の魅力

筆者プロフィール

千原 靖弘 近影千原 靖弘(ちはら やすひろ)

内藤証券投資調査部 情報統括次長

1971年福岡県出身。東海大学大学院で中国戦国時代の秦の法律を研究し、1997年に修士号を取得。同年に中国政府奨学金を得て、上海の復旦大学に2年間留学。帰国後はアジア情報の配信会社で、半導体産業を中心とした台湾ニュースの執筆・編集を担当。その後、広東省広州に駐在。2002年から中国株情報の配信会社で執筆・編集を担当。2004年から内藤証券株式会社の中国部に在籍し、情報配信、投資家セミナーなどを担当。十数年にわたり中国の経済、金融市場、上場企業をウォッチし、それらの詳細な情報に加え、現地事情や社会・文化にも詳しい。


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  1. ~内藤証券アナリストが書く~
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  11. 35. “割当品から商品へ”~中国本土の住宅市場勃興
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  18. 28. 現代の屯田兵~新疆生産建設兵団
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  31. 15. “人民服”の歴史的変遷~国民服から最高指導者の正装へ
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