第12回
結核菌と癌との関係
色々あるBRM(Biological Response Modifiers)療法の中でも最も興味深いのがBCGだ。カルメット・ゲラン桿菌(Bacille de Calmette et Guérin)とフランス語を略したものだ。フランス語は知らなくとも、結核の予防に用いる弱毒のウシ型結核菌製剤である事は日本では誰でも知っているだろう。大抵の方は子供の頃受けさせられたはずだ。(アメリカでは行なわれていないので意外と知名度が低い。)
近年では膀胱癌に対するBCG注入療法が有名だが、結核菌と癌との関係は古くから指摘されていた。1959年フランスでマウスの白血病細胞の増殖が抑えられたとの報告あたりが最初と思われる。ざっくり言うと、結核菌で局所ないし全身の免疫能を惹起すると言う発想だ。BCGのみを皮下注射する方法の他に、腫瘍細胞との混合液を皮下注射する方法や、直接がん細胞に注入する方法が試された。白血病や絨毛癌、バーキットリンパ腫などに用いられ有効性が報告されている。一方、熱発や肝機能障害などの副作用も報告されており、特に腫瘍に直接打ち込む方法では副作用が最も大きかったとなっている。
しかし、結核菌関係で癌といえば、最も有名なのが「丸山ワクチン」だろう。丸山千里先生が1966年、日本皮膚科学会雑誌に「結核菌のワクチンでがんが治療できる」と発表して以来、何と40万人が治療を受け、現在も治療が行われている。保険収載に関しては色々言われているが、本題から外れるのでここでは割愛。効果についても賛否両論ではあるが、効かない薬がこれだけ長期間、多くの人に用いられているとしたら不自然だろう。効果があるからこそ続いていると考える方が自然に思うが、いかがだろう?そして、最近ようやく、その作用機序も解明されつつある。
「丸山ワクチン」の主成分は結核菌由来の糖脂質である「ミコール酸」と「リポアラビノマンナン」だ。ところが近年、脂質抗原提示分子 CD1 が発見されるまで「糖脂質(脂質)によって免疫応答は起こらない。」とされていた。これが長い間、反対派をして効く筈のない「まがい物」呼ばわりされていた理由の一つである。
以前にも触れたが、抗腫瘍免疫細胞として最も強力な細胞は細胞傷害性Tリンパ球(cytotoxic T lymphocyte, CTL)である。特にCD8 陽 性 CTLががん細胞の破壊能力が高い。そしてこの CTL を最も強力に誘導するのは樹状細胞 (dendritic cell:DC)である。そして、その中でもDEC-205(CD205)分子を発現したDCは癌細胞の腫瘍抗原をclass I MHC 分子 を介して CD8 陽 性 CTL を強力に誘導できることが解ってきた。そこで、CDIによって「丸山ワクチン」の主たる成分である糖脂質抗原によりDC が活性化された場合も同様に腫瘍抗原特異的 CTL が誘導できると考えられるようになってきた。
まだ全てが解明されたわけではないが「全く根拠のない」と言うのは間違いで免疫システムそのものが「まだ解明されきっていない」と言った方が正解だろう。この他にも「丸山ワクチン」はインターフェロンの産生を増強したり、マクロファージを活性化していることが解ってきている。
このように免疫システムはまだまだ発見途上で分からないことが多々ある。BRMも新しい理論が証明されて陽の目を見る物もあるだろう。
BRMは取り上げ出したらキリがないので取り敢えずはこのくらいにして、次回は最近の一番の注目株「マクロファージ」について。
著者プロフィール
Dr.中川 泰一
中川クリニック 院長
1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。
- Dr.中川泰一の
医者が知らない医療の話 - 86. マクロファージと不妊治療
- 85. 中国での幹細胞治療解禁
- 84. 過渡期に入った保険診療
- 83. 中国出張顛末記Ⅲ
- 82. 中国出張顛末記Ⅱ
- 81. 中国出張顛末記
- 80. 保険診療と自由診療
- 79. マクロバイオームの精神的影響について
- 78. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅲ
- 77. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅱ
- 76. 中国訪問記Ⅱ
- 75. 中国訪問記
- 74. 口腔内のマクロバイオームⅡ
- 73. 口腔内のマクロバイオーム
- 72. マクロバイオームの遺伝子解析
- 71. ベトナム訪問記Ⅱ
- 70. ベトナム訪問記
- 69. COVID-19感染の後遺症
- 68. 遺伝子解析
- 67. 口腔内・腸内マクロバイオーム
- 66. 癌細胞の中の細菌
- 65. 介護施設とコロナ
- 64. 訪問診療の話
- 63. 腸内フローラの影響
- 62. 腸内フローラと「若返り」、そして発癌
- 61. 癌治療に対する考え方Ⅱ
- 60. 癌治療に対する考え方
- 59. COVID-19 第7波
- 58. COVID-19のPCR検査について
- 57. 若返りの治療Ⅵ
- 56. 若返りの治療Ⅴ
- 55. 若返りの治療Ⅳ
- 54. 若返りの治療Ⅲ
- 53. 若返りの治療Ⅱ
- 52. ワクチン騒動記Ⅳ
- 51. ヒト幹細胞培養上清液Ⅱ
- 50. ヒト幹細胞培養上清液
- 49. 日常の診療ネタ
- 48. ワクチン騒動記Ⅲ
- 47. ワクチン騒動記Ⅱ
- 46. ワクチン騒動記
- 45. 不老不死についてⅡ
- 44. 不老不死について
- 43. 若返りの治療
- 42. 「発毛」について II
- 41. 「発毛」について
- 40. ちょっと有名な名誉教授とのお話し
- 39. COVID-19と「メモリーT細胞」?
- 38. COVID-19の「集団免疫」
- 37. COVID-19のワクチン II
- 36. COVID-19のワクチン
- 35. エクソソーム化粧品
- 34. エクソソーム (Exosome) − 細胞間情報伝達物質
- 33. 新型コロナウイルスの治療薬候補
- 32. 熱発と免疫力の関係
- 31. コロナウイルス肺炎 III
- 30. コロナウイルス肺炎 II
- 29. コロナウイルス肺炎
- 28. 腸内細菌叢による世代間の情報伝達
- 27. ストレスプログラム
- 26. 「ダイエット薬」のお話
- 25. inflammasome(インフラマゾーム)の活性化
- 24. マクロファージと腸内フローラ
- 23. NK細胞を用いたCAR-NK
- 22. CAR(chimeric antigen receptor)-T療法
- 21. 組織マクロファージ間のネットワーク
- 20. 肥満とマクロファージ
- 19. アルツハイマー病とマクロファージ
- 18. ミクログリアは「脳内のマクロファージ」
- 17. 「経口寛容」と腸内フローラ
- 16. 腸内フローラとアレルギー
- 15. マクロファージの働きは非常に多彩
- 14. 自然免疫の主役『マクロファージ』
- 13. 自然免疫と獲得免疫
- 12. 結核菌と癌との関係
- 11. BRM(Biological Response Modifiers)療法
- 10. 癌ワクチン(樹状細胞ワクチン)
- 09. 癌治療の免疫療法の種類について
- 08. 食物繊維の摂取量の減少と肥満
- 07. 免疫系に重要な役割を持つ腸内細菌
- 06. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(2)
- 05. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(1)
- 04. なぜ免疫療法なのか?(1)
- 03. がん治療の現状(3)
- 02. がん治療の現状(2)
- 01. がん治療の現状(1)
- 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
- がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
- 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
- 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
- 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
- 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長