医者が知らない医療の話
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第88回

マクロファージと不妊治療-III(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)

《 2025.01.10 》

 マクロファージ活性化や腸内フローラ移植が不妊治療に効果がある事を説明したが、もうひとつ効果的なモノがあると言った。実は、最近では、みなさん若返り治療でよくご存知のNMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)だ。意外に思うだろうが元々ミトコンドリア活性を上げることはよく知られていた物質だ。

 NMNは、NAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)の前駆体として、細胞のエネルギー代謝や老化の抑制、細胞修復に重要な役割を果たす。不妊治療においてNMNが注目されるのは、加齢に伴う卵巣機能の低下、卵子の質の悪化、ホルモンバランスの乱れ、慢性炎症などに対して多角的な改善効果を持つためで以下、各効果について説明する。

まずは女性側から

  1. 卵巣機能の改善 卵巣機能の低下は、加齢、不良な代謝環境、酸化ストレスの蓄積に起因する。卵巣の健康維持には、ミトコンドリアが十分にエネルギー(ATP)を供給できることが重要で、加齢に伴いNAD+レベルが低下すると、ミトコンドリア機能が低下し、卵胞の成熟が不十分になる。そこで、NMNの補給により、NAD+レベルが回復すると、以下の効果が得られると考えられてる。
     腸内フローラ移植は、一言で言うと腸内環境の改善や腸内細菌叢の多様性を増加させることを目的としている。そして、近年の研究では、腸内細菌とミトコンドリア機能の間に相互作用があることが明らかになってきている。
    • ミトコンドリア内の酸化的リン酸化が活性化し、卵巣内の細胞に十分なエネルギーが供給される。
    • サーチュイン(SIRT1、SIRT3など)の活性化を通じて、卵巣細胞の老化が抑制され、卵巣予備能(卵胞の数と質)が維持される。
    • 卵胞のアポトーシス(細胞死)が抑制され、卵胞の健全な発育が促進される。
  2. 卵子の質の向上 卵子の成熟や発育には、ミトコンドリアが重要な役割を果たす。卵子内のミトコンドリアは、分裂、DNA複製、胚の発育に必要なエネルギーを供給する。しかし、加齢や酸化ストレスによってミトコンドリアDNAが損傷すると、卵子の質が低下してしまう。そこで、NMNの補給により、以下のような効果が期待される。
    • ミトコンドリアのATP産生能力が向上し、卵子の発育に必要なエネルギーが十分に供給される。
    • 抗酸化酵素(SOD2やカタラーゼなど)の活性化を通じて、酸化ストレスが軽減され、ミトコンドリアDNAの損傷が抑えられる。
    • サーチュイン経路を介したミトコンドリアの質の改善により、卵子の受精率や胚の発育能力が向上する。

     以上のように、卵子の質が向上することで、体外受精(IVF)の成功率が高まりまた、胚の分割や着床が改善されるため、不妊治療全般においてNMNが有用である。
  3. ホルモンバランスの調整 ホルモンバランスの乱れは、不妊症の主要な原因の一つだ。例えば、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)では、インスリン抵抗性やアンドロゲン過剰が排卵障害を引き起こしす。また、黄体機能不全やエストロゲンの異常な代謝も妊娠を妨げる要因となる。そこでNMNの効果として、
    • インスリン感受性の向上: NMNは、NAD+を介してAMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)を活性化し、インスリン感受性を改善し、これによりPCOSの症状が緩和される。
    • エストロゲン代謝の正常化: NMNが肝臓や腸内フローラに作用してホルモン代謝を調整し、エストロゲンの再循環が最適化されることで、排卵や月経周期の正常化が促進される。
  4. 炎症の抑制 慢性炎症は、不妊の原因となる子宮内膜炎や卵巣周囲の組織損傷を引き起こす。また、炎症性サイトカインの増加は、受精卵の着床や胚発育を妨げることがある。NMNの投与により
    • NF-κB経路の抑制: NAD+レベルが上昇すると、SIRT1が活性化され、炎症を促進するNF-κB経路が抑制される。
    • 抗炎症性サイトカインの増加: M2型マクロファージの分極を促進し、IL-10やTGF-βなどの抗炎症性サイトカインが増加することで、子宮内膜や卵巣の炎症が軽減される。
  5. 妊娠率の向上と加齢の影響緩和 加齢に伴うNAD+レベルの低下は、卵巣機能や卵子の質を著しく損なう。NMNは、加齢による不妊に対して次のような改善効果をもたす。
    • 卵巣の老化を遅らせ、排卵率を維持する。
    • 子宮内膜細胞のエネルギー代謝を改善し、胚の着床環境を整える。
    • ミトコンドリアの健康を維持し、胚の正常発育をサポートする。

 この様に、NMNは自然妊娠だけでなく、体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)の成功率を向上させるす。加齢による妊娠成功率の低下を軽減し、治療期間の短縮や成功率の向上が期待される。

 以上のように、NMNは、卵巣機能の改善、卵子の質の向上、ホルモンバランスの調整、炎症の抑制を通じて、不妊治療における多方面での効果が期待されている。特に、加齢に伴う卵巣機能低下や卵子の質の悪化、PCOSなどの代謝異常による不妊に対して有望な治療法となり得る。

 では、次回は男性側を。

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著者プロフィール

中川 泰一 近影Dr.中川 泰一

中川クリニック 院長

1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。


バックナンバー
  1. Dr.中川泰一の
    医者が知らない医療の話
  2. 88. マクロファージと不妊治療-III
  3. 87. マクロファージと不妊治療-II
  4. 86. マクロファージと不妊治療-I
  5. 85. 中国での幹細胞治療解禁
  6. 84. 過渡期に入った保険診療
  7. 83. 中国出張顛末記Ⅲ
  8. 82. 中国出張顛末記Ⅱ
  9. 81. 中国出張顛末記
  10. 80. 保険診療と自由診療
  11. 79. マクロバイオームの精神的影響について
  12. 78. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅲ
  13. 77. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅱ
  14. 76. 中国訪問記Ⅱ
  15. 75. 中国訪問記
  16. 74. 口腔内のマクロバイオームⅡ
  17. 73. 口腔内のマクロバイオーム
  18. 72. マクロバイオームの遺伝子解析
  19. 71. ベトナム訪問記Ⅱ
  20. 70. ベトナム訪問記
  21. 69. COVID-19感染の後遺症
  22. 68. 遺伝子解析
  23. 67. 口腔内・腸内マクロバイオーム
  24. 66. 癌細胞の中の細菌
  25. 65. 介護施設とコロナ
  26. 64. 訪問診療の話
  27. 63. 腸内フローラの影響
  28. 62. 腸内フローラと「若返り」、そして発癌
  29. 61. 癌治療に対する考え方Ⅱ
  30. 60. 癌治療に対する考え方
  31. 59. COVID-19 第7波
  32. 58. COVID-19のPCR検査について
  33. 57. 若返りの治療Ⅵ
  34. 56. 若返りの治療Ⅴ
  35. 55. 若返りの治療Ⅳ
  36. 54. 若返りの治療Ⅲ
  37. 53. 若返りの治療Ⅱ
  38. 52. ワクチン騒動記Ⅳ
  39. 51. ヒト幹細胞培養上清液Ⅱ
  40. 50. ヒト幹細胞培養上清液
  41. 49. 日常の診療ネタ
  42. 48. ワクチン騒動記Ⅲ
  43. 47. ワクチン騒動記Ⅱ
  44. 46. ワクチン騒動記
  45. 45. 不老不死についてⅡ
  46. 44. 不老不死について
  47. 43. 若返りの治療
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  57. 33. 新型コロナウイルスの治療薬候補
  58. 32. 熱発と免疫力の関係
  59. 31. コロナウイルス肺炎 III
  60. 30. コロナウイルス肺炎 II
  61. 29. コロナウイルス肺炎
  62. 28. 腸内細菌叢による世代間の情報伝達
  63. 27. ストレスプログラム
  64. 26. 「ダイエット薬」のお話
  65. 25. inflammasome(インフラマゾーム)の活性化
  66. 24. マクロファージと腸内フローラ
  67. 23. NK細胞を用いたCAR-NK
  68. 22. CAR(chimeric antigen receptor)-T療法
  69. 21. 組織マクロファージ間のネットワーク
  70. 20. 肥満とマクロファージ
  71. 19. アルツハイマー病とマクロファージ
  72. 18. ミクログリアは「脳内のマクロファージ」
  73. 17. 「経口寛容」と腸内フローラ
  74. 16. 腸内フローラとアレルギー
  75. 15. マクロファージの働きは非常に多彩
  76. 14. 自然免疫の主役『マクロファージ』
  77. 13. 自然免疫と獲得免疫
  78. 12. 結核菌と癌との関係
  79. 11. BRM(Biological Response Modifiers)療法
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  81. 09. 癌治療の免疫療法の種類について
  82. 08. 食物繊維の摂取量の減少と肥満
  83. 07. 免疫系に重要な役割を持つ腸内細菌
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