第88回
マクロファージと不妊治療-III(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)
マクロファージ活性化や腸内フローラ移植が不妊治療に効果がある事を説明したが、もうひとつ効果的なモノがあると言った。実は、最近では、みなさん若返り治療でよくご存知のNMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)だ。意外に思うだろうが元々ミトコンドリア活性を上げることはよく知られていた物質だ。
NMNは、NAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)の前駆体として、細胞のエネルギー代謝や老化の抑制、細胞修復に重要な役割を果たす。不妊治療においてNMNが注目されるのは、加齢に伴う卵巣機能の低下、卵子の質の悪化、ホルモンバランスの乱れ、慢性炎症などに対して多角的な改善効果を持つためで以下、各効果について説明する。
まずは女性側から
- 卵巣機能の改善 卵巣機能の低下は、加齢、不良な代謝環境、酸化ストレスの蓄積に起因する。卵巣の健康維持には、ミトコンドリアが十分にエネルギー(ATP)を供給できることが重要で、加齢に伴いNAD+レベルが低下すると、ミトコンドリア機能が低下し、卵胞の成熟が不十分になる。そこで、NMNの補給により、NAD+レベルが回復すると、以下の効果が得られると考えられてる。
腸内フローラ移植は、一言で言うと腸内環境の改善や腸内細菌叢の多様性を増加させることを目的としている。そして、近年の研究では、腸内細菌とミトコンドリア機能の間に相互作用があることが明らかになってきている。- ミトコンドリア内の酸化的リン酸化が活性化し、卵巣内の細胞に十分なエネルギーが供給される。
- サーチュイン(SIRT1、SIRT3など)の活性化を通じて、卵巣細胞の老化が抑制され、卵巣予備能(卵胞の数と質)が維持される。
- 卵胞のアポトーシス(細胞死)が抑制され、卵胞の健全な発育が促進される。
- 卵子の質の向上 卵子の成熟や発育には、ミトコンドリアが重要な役割を果たす。卵子内のミトコンドリアは、分裂、DNA複製、胚の発育に必要なエネルギーを供給する。しかし、加齢や酸化ストレスによってミトコンドリアDNAが損傷すると、卵子の質が低下してしまう。そこで、NMNの補給により、以下のような効果が期待される。
- ミトコンドリアのATP産生能力が向上し、卵子の発育に必要なエネルギーが十分に供給される。
- 抗酸化酵素(SOD2やカタラーゼなど)の活性化を通じて、酸化ストレスが軽減され、ミトコンドリアDNAの損傷が抑えられる。
- サーチュイン経路を介したミトコンドリアの質の改善により、卵子の受精率や胚の発育能力が向上する。
- ホルモンバランスの調整 ホルモンバランスの乱れは、不妊症の主要な原因の一つだ。例えば、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)では、インスリン抵抗性やアンドロゲン過剰が排卵障害を引き起こしす。また、黄体機能不全やエストロゲンの異常な代謝も妊娠を妨げる要因となる。そこでNMNの効果として、
- インスリン感受性の向上: NMNは、NAD+を介してAMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)を活性化し、インスリン感受性を改善し、これによりPCOSの症状が緩和される。
- エストロゲン代謝の正常化: NMNが肝臓や腸内フローラに作用してホルモン代謝を調整し、エストロゲンの再循環が最適化されることで、排卵や月経周期の正常化が促進される。
- 炎症の抑制 慢性炎症は、不妊の原因となる子宮内膜炎や卵巣周囲の組織損傷を引き起こす。また、炎症性サイトカインの増加は、受精卵の着床や胚発育を妨げることがある。NMNの投与により
- NF-κB経路の抑制: NAD+レベルが上昇すると、SIRT1が活性化され、炎症を促進するNF-κB経路が抑制される。
- 抗炎症性サイトカインの増加: M2型マクロファージの分極を促進し、IL-10やTGF-βなどの抗炎症性サイトカインが増加することで、子宮内膜や卵巣の炎症が軽減される。
- 妊娠率の向上と加齢の影響緩和 加齢に伴うNAD+レベルの低下は、卵巣機能や卵子の質を著しく損なう。NMNは、加齢による不妊に対して次のような改善効果をもたす。
- 卵巣の老化を遅らせ、排卵率を維持する。
- 子宮内膜細胞のエネルギー代謝を改善し、胚の着床環境を整える。
- ミトコンドリアの健康を維持し、胚の正常発育をサポートする。
この様に、NMNは自然妊娠だけでなく、体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)の成功率を向上させるす。加齢による妊娠成功率の低下を軽減し、治療期間の短縮や成功率の向上が期待される。
以上のように、NMNは、卵巣機能の改善、卵子の質の向上、ホルモンバランスの調整、炎症の抑制を通じて、不妊治療における多方面での効果が期待されている。特に、加齢に伴う卵巣機能低下や卵子の質の悪化、PCOSなどの代謝異常による不妊に対して有望な治療法となり得る。
では、次回は男性側を。
著者プロフィール
Dr.中川 泰一
中川クリニック 院長
1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。
- Dr.中川泰一の
医者が知らない医療の話 - 88. マクロファージと不妊治療-III
- 87. マクロファージと不妊治療-II
- 86. マクロファージと不妊治療-I
- 85. 中国での幹細胞治療解禁
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- 83. 中国出張顛末記Ⅲ
- 82. 中国出張顛末記Ⅱ
- 81. 中国出張顛末記
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- 69. COVID-19感染の後遺症
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- 09. 癌治療の免疫療法の種類について
- 08. 食物繊維の摂取量の減少と肥満
- 07. 免疫系に重要な役割を持つ腸内細菌
- 06. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(2)
- 05. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(1)
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- 03. がん治療の現状(3)
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- 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
- 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長