医者が知らない医療の話
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第51回

ヒト幹細胞培養上清液Ⅱ

《 2021.12.10 》

 前回から上清液について触れ出しているのはわかっていただいてると思うが、「何を今更!」と言われるのも良くわかる。やっぱり本丸は「幹細胞!」と思っていたからだが。色々と症例が集まって来ると、そろそろ無視する訳にもいかないのではと思った次第だ。まあ無視してた訳でもないけれど、余りに幹細胞の一種のように一般に宣伝されてるのを見てると、「いや、違うだろう!」と言いたくなる。

 以前話したことがあると思うが、再生医療法制定の前、うちのCPCで線維芽細胞を培養しているときの培養液が肌のいわゆる美容にすごく良かった経験もある。そこで培養液、今で言う「上清液」の含有物分析などもやってた。これを「医薬部外品」の認可取ろうとしたりしたものだから、中々進まなかったわけだ。現状みたいに、何も考えず「幹細胞上清美容液」なんかで売り出せば儲かったんだろうが。

 実は、上清液を使おうと思ったのには訳がある。今、抱えてる患者さんで、「余命1ヶ月」の人が2人いる。腸内フローラの移植やウチのImmune Rgurating Factorの投与で、回復傾向、3ヶ月目で2人ともまだ元気にされているのだが、もう一つ決め手が欲しい。よく例えで言うのだが、野球で言うと9回裏2アウトで5点ビハインドの状態だ。満塁ホームランでも足りなくて、もう1点欲しいところなのだ。特に大腸癌の肝臓転移の方は某医科大学で画像では肝臓全体に転移巣があって、原発の大腸の手術も行わないことになった。

 このCTの解釈が私的にはちょっと疑問なのだ。これだけ肝臓全体が大腸癌の転移としたら形態的にも肝臓の形を保てなく歪になってるはずだし、大腸癌の転移巣にある辺縁の石灰化の所見もはっきりしない。臨床症状も黄疸も出ていない。転移も肝臓だけで、肺や脳などの他に転移しやすい部位には転移がない。第一、これだけ肝臓全体が癌なら生きて無いだろう。dynamic CTなんかは診れてないし、生検もしていない。まあ血の塊のような臓器である肝臓のしかも全体癌だらけと思われる所に生検の針突き立てるのはかなり勇気のいる事だからなあ。穿刺部位からの出血で亡くなる危険が大きいからだ。私の大学では生検時、Microwaveの電極を使って焼灼止血していたから、躊躇なく生検していたのだが。

 結局、私の見立ては「まだら脂肪肝に一部大腸癌が転移しているのでは?」なのだが、確かめようが無いのが残念。1例報告ものの症例だと思うのだが、何というか、主治医に治癒させようという熱意が感じられない。

 StageIVの患者さんはみんなそうだ。もう一人の方も某がんセンターで「原発不明癌」で「化学療法も無駄だろうからホスピスへ。」だ。まだ普通に生活しているのにだ。CTで胆管拡張ぐらいしかハッキリしないので、膵臓癌じゃないかと思ってるのだが。これも組織を採ってない。経験上病理的にも、原発不明癌は膵臓原発の事が多い。病理診ないと確定診断できないよ!

 余談だが、大学病院では、私が肝臓関係は全て病理の所見を付けていた。裏方の仕事といえばそうだが、病理の所見一つでその患者さんの運命が変わる。臨床家からみたら「癌か否か?」だけなんだけど、病理の世界ってそんなに白黒ハッキリしてる訳じゃない。 正常細胞じゃないけど、癌でもないadenomatous hyperplasiaやらatypical adenomatous hyperplasiaなんかもある。また、癌細胞でも低分化(悪性度が高い)で細胞の形態がハッキリしないものもある。そんな時はH E染色以外にも色々と特殊染色して判断するのだが、なかなか難しい症例もある。

 臨床の先生方もそうだが各施設の病理の先生方も研究会を主催していて、各施設のややこしい症例を持ち合って喧喧諤々の議論を交わしている。幸い、私は臨床も兼ねていたから、自分のチームで生検していたわけで、その患者さんの臨床データーやら、生検部位がちゃんと腫瘍をターゲットしたかどうかまで確認してるから総合的に判断できていたのだが。

 まあ余り、時代背景もあるだろうから、現役の大学の先生方を貶してもよろしくないのだが。私の様に恐ろしい、いや厳しいボスがおられないのかなと。大きな声じゃ言えないけど、臨床も病理も私のボスは相当怖かったですよ。ウチのスタッフはブチブチ文句言うが、私が「ブラック」とか「パワハラ」という単語に疎いのもこの方達のお陰だからね。

 ともあれ、かような事情で「上清液」を臨床に本格的に使ってみようと思う。単独での効果は判定し難いのだが、治療は「患者さんが治ってなんぼ。」だからね。

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著者プロフィール

中川 泰一 近影Dr.中川 泰一

中川クリニック 院長

1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。


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